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婚約破棄

「悪いなメリッサ。貴様との婚約、なかったことにさせてもらう」


 それはパーティーの最中、急にぶつけられた言葉だった。

 はて、この方は一体何を言ってるのだろう?

 わけもわからぬまま、私は自らの婚約者――ルーシャス陛下の顔を仰ぎ見る。気品のある細面、怜悧な眼差し。一見すると優男だが、齢二十七にして大帝国を支配する若き皇帝だ。

 そんなお方との縁談がまとまって、田舎貴族の私はすっかり喜んでいたというのに。

 

「な、なぜですか陛下。私のどこが気に入らないのですか」


 必死に食い下がって問い詰めると、


「余は男しか愛せん」

「……は?」

「もう一度言おう。余は男しか愛せぬ。貴様のメス臭い体を見ていると吐き気がする」


 ぴしり、と頭の芯が凍り付く。

 陛下は今、何とおっしゃった?


「周りが身を固めよとうるさいのでな。適当にあみだくじで貴様を選んだが、まさかこれほど見目麗しい女が来るとは思わなんだ。……おかげで余の配下が貴様に見惚れているではないか。騎士アルスも! 大臣のエドワードも! いい男がみんなみーんなあんたに鼻の下をのばしてるじゃないの! なんなのよもう!」

「陛下、女言葉が漏れております」


 この瞬間、全てを悟った。この人は本当に男が好きなんだと。そっちの人なんだと。

 陛下のフルネームは「ルーシャス・チンスキー・オスホリック」。なんとなく嫌な響きのする名前だとは思ってたけど、やっぱり第一印象って当たるものなんですね……。


「荷物をまとめて、今日中にこの国を出ていけ。二度と顔を見せるな」

「陛下! どうかご慈悲を……!」

「聞く耳持たん」

「陛下と結婚する前提で組んでしまったローンがあるのです!」

「自業自得であろう」


 そして私は馬車に乗せられ、国境付近でポイっと捨てられたのだった。


「どうすればいいの……」


 もはや途方に暮れるしかなかった。無一文よりなお酷い、借金持ちの状態で放り出されたのだから。

 実家は険しい山を越えた先にある隣国だし、徒歩で帰ろうとしたら一体何日かかることやら。

 ウジウジしている間にもどんどん日は沈み、周囲の家々からは夕飯の匂いが漂い始めた。

 ……ああ、お腹が空いた。どこかにご飯を恵んでくれる家はないものか。

 藁にもすがる思いで付近の民家を訪問してみたが、見るからに貴族な格好をしているせいか門前払いを食らってしまった。


「どうせうちの粗末な食事を見て、『パンがないならお菓子を食べればいいのに』とか言うつもりだろ? 髪型見りゃわかるわ」


 二件目のお家でも、


「そのドリルロールが気に食わねぇんだよなぁ。あんたのヘアセット代だけで家が建ちそうだわ」


 と嫌味を言われた。

 三件目のお家でもやはり、


「ドリルロールでご飯を恵んでくださいとか言われても説得力ねンだわ」


 と唾を吐かれた。

 大体髪型が悪い気がしてきた。いかにも裕福そうに見えるんだろうなこれ。

 私は気に入ってるんだけどな……庶民受け最悪なんだね……。

 仕方なく髪をかき回してナチュラルヘアーにしてみたところ、四件目のお家であっさり「入れ」と受け入れられた。


「そのボサボサ頭を見るに、よほど苦労してるようだな。没落貴族か?」

「そんなところです。あの、庶民の方々は髪型で人を判断するのでしょうか」

「どうだろうな。ドリルロールとかモヒカンとか、極端にやばそうなのは警戒されるだろうが」

「ドリルロールはモヒカンと同列の扱いなのですか?」

「君、何も知らないんだな」


 私に夕飯をご馳走してくれた彼は、「アーサー・エーティーエームズ」と名乗った。

 真っ黒な髪と青い瞳を持った、いわゆる美青年である。年齢は私と同じくらい……二十歳前後だろうか。

 涼やかな目元とよく通った鼻筋は、どことなく育ちの良さを感じさせる。おまけにかなりの長身で、服の上からでもわかるくらい引き締まった体つきだ。すらりと長い手足。男っぽい腕から浮き出た血管。目のやり場に困るほどの美貌である。

 まあ目のやり場に困るとか言いながらめちゃくちゃ凝視してるんだけど。執拗に容姿を描写できるくらいジロジロ見てるんだけど。

 

「君の名前は?」

「メリッサ・ロウヒカ・ザルカイケイと申します」

「ザルカイケイ……いかにも貴族って感じのファミリーネームだな」

「そういう貴方こそ、上流階級のご子息ですよね?」

「……何?」


 アーサーは口元に運んでいたスプーンを止め、固まっている。

 

「なぜそう思った。俺が着ているのは平民用のベストだぞ」

「かなり鍛え込んだ体をしているのに、ほとんど日焼けしておりません。野良仕事に追われる庶民ではこうはならないでしょう。屋内で剣術鍛錬などに勤しむ習慣があるのでは?」

「ふむ」

「加えてテーブルマナーも完璧です。これはもう裕福な階層の青年と見て間違いないかと」

「……ご名答」

 

 アーサーは「ただのお嬢様じゃないようだ」と感心している。


「察しの通り、俺はとある国の王子で剣術の達人で莫大な資産を持ちながらなぜか独身で過去に女遊びもしてきたが真実の愛を見つけられなかった男だ」

「ものすごく設定盛ってきましたね」

「今は身分を隠してルーシャス皇帝の調査を行っている。仮想敵国の偵察ってやつさ」

「……戦争をするのですか?」

「まだわからない。ただ、ルーシャスからは危険な臭いがする」

「まあ確かに……」

「過去に宮廷行事で顔を合わせたことがあったが、俺をすさまじい目つきで見てきた。特に臀部をジロジロと眺めてきた。あの目は普通じゃない。あいつには何かあるんだ……何か……」

「あの、あまり深入りしない方がいいと思います」

「しかもその時、あいつのリクエストでレスリング大会をやらされてな。外交行事と言われたら断るわけにもいかないし……馬上試合やフェンシングならわかるが、なんで半裸でレスリング? やたら若くて顔のいい男とばかりやらされたのも意味不明だ」

「詳しく」


 ルーシャスはどうしようもない人だけど、男の趣味は悪くないようで……とテカテカしながら詳細を聞いているうちに、夕飯を食べ終わった。


「今夜はどうするんだ?」

「泊めてくれないんですか?」

「……それはまずいと思うが」

「?」

「年頃の男女なんだぞ」

「では野宿をしろと?」

「もっとまずいじゃないか」


 アーサーは眉間を抑えながら唸っていたけど、最終的には「俺が床で寝る。君はベッドを使うといい」と折れてくれた。

 根はいい人なのかもしれない。


「天蓋のないベッドって初めて使います」

「……そのレベルのお嬢様がどうして国境沿いをふらふらさ迷ってるんだ?」

「話せば長くなるのですが――」


 私はかいつまんで身の上話を始めた。

 隣国の田舎で代々地主をやっている家系に産まれたこと。父に勧められて、皇帝ルーシャスと婚約したこと。

 この国に来てたった二週間で追い出されたこと……。


「今にして思えば、愛のない結婚でした」

「政略結婚か」

「お父様が言うには、『お前は美人だが金遣いが荒いからぜってー夫になった男は苦労する。ざまみろルーシャス、ガハハハハ!』だそうです」

「政敵を弱らせるために送り込まれた傾国の美女か……これもまたある種の政略結婚だな」

「でも……それでも私は……縁談が決まって嬉しかったのですよ。たとえ夫がどんな人物だろうと……妻として支えるつもりでいたのに……」


 声を殺して泣いていると、「まさかルーシャスを愛していたのか?」と質問された。


「わかりません。まだ夫婦らしいことは何もできておりませんから。ただ……」

「ただ?」

「皇帝の妻になることを前提に人生設計を立ててしまったので、ローンで馬車やドレスをいくつも買い込んでしまいまして」

「おい。君と一緒にいたら借金取りが押しかけてくるんじゃないか」


 顔をしかめるアーサーに、「ご心配なく」と声をかける。


「あなたに迷惑はかけません。今夜かくまってくださればそれで結構です」

「ほう?」

「私とて貴族の娘。自分の尻ぬぐいは自分でいたします」

「どうするつもりだ?」

「働いて返します」

「君の目の前に裕福な王子がいるんだが、頼ろうとは考えないのか?」

「力を貸してくれるんですか?」

「君がどう交渉してくるかによるな」

「? どうすればいいんでしょうか?」

「それはそちらが考えることだ。もっとも、君が俺に支払えるものなど限られてくると思うがな……」


 アーサーの視線が、さっと私の体を撫でるのがわかった。……まさかこの人、私に娼婦の真似事をしろと?

 ――頭にきた。


「甘く見ないでくださらない! どんなに窮しようと、誇りまで捨てた覚えはありませんわ!」

「ほう?」

「明日になったら仕事を探します。どこかに事務職で座ってるだけで月三万ゴールドくらいもらえるお仕事があるはずです」

「……面白い女だ」


 アーサーはにやりと笑う。


「職探しに対する姿勢は貴族特有の舐め切ったものだが、その気位の高さは見上げたものだ」

「何が言いたいのですか」

「大抵の女は、俺の身分や財力を知ったら媚びてくるものだが……君は違うんだな」

「はあ?」

「すまない。さっきのは君を試したんだ、非礼を詫びよう。人間、金を持つと無駄に疑り深くなるらしい」

「私、貴方のことが嫌いです」

「やっと淑女にふさわしい警戒心が出てきたな。俺達の距離感はこのくらいがちょうどいい」

 

 アーサーはランプの明かりを落とすと、「そろそろ消灯だ」と呟いた。


「朝になったら仕事を紹介しよう。そこから這い上がれるかどうかは君次第だ」

「恩に着ます」

「ところでメリッサ、一ついいかな」

「何でしょう」

「向こうを向いて寝てくれないか」

「私の顔も見たくないと。はいはい」

「……君の美しさは、いささか刺激が強すぎる。その顔を見ながらでは眠れそうにない」

「は、はい!?」

「おやすみメリッサ」

 

 それっきり、アーサーは返事を寄こさなくなった。

 どうやら眠ってしまったようだ。人を散々動揺させておいて、酷いお方だ。

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