お前たちを鍛えてやろう
「A、そしてQ。二人の晩御飯だが、二人に自分で獲ってきてもらおう」
「私たちが、自分で……?」
「狩りをするんですか?」
「当然だ。俺の行く道に足手纏いは必要ない。自分たちで食事を獲れるくらい強くなれ。それが、お前たちに課す第一関門だ。だが、俺も鬼ではない。魔力の使い方を教えよう」
「魔力……」
「でも、私たちは使えないですよ……」
「使う前から諦めてどうする。お前たちは俺に付いてくるのだろう? それとも、もうやる気がなくなったか?」
俺が問うと、彼女たちは互いに目を見合わせたあと頷き合い、再びこちらを向いた。
「やるわ、あなたがそれを望むなら」
「が、頑張ります……。ですが、その……。お手柔らかにお願いしますね?」
「……では、早速始めよう」
俺は彼女たちの前に立ち、そして自分の胸元に手を当てて魔力をゆっくり体内循環させる。その様子を分かりやすく見せるために、より強い魔力を送り込んで青紫色に体を発光させた。
「す、凄い……」
「綺麗、です……」
「これが魔力だ。自分の内側にある力を感じろ。魔力を使えるようになるまで、今日は眠ることはできないと思え」
彼女たちはとにかく、自分の中にある魔力をまだ自覚できていない。
だから、それを知覚して操れるようにするのだ。
「精神を研ぎ澄まし、どこまでも深く潜るのだ。暗闇の果てに、その力はある」
「「……」」
二人は目を閉じ、自分の胸に手を当てて静かに瞑想する。
俺はただ魔力を循環させ続け、二人が覚醒するその瞬間をただ待った。
待って、待って、待ち続けた。
やがて焚火が消えて、周囲が暗闇に支配された。
俺の青紫色の光が辺りを照らし出し、その光に吸い寄せられるように夜の獣たちが周りに集まって来た。
「いいか、二人とも。これから何があろうと目を開けるな。ただ、集中しろ」
「「……」」
二人は頷き、俺は彼女らを見届けるために立ち続ける。
そのうちの一体……。三メートルくらいの巨大な熊が姉妹の背後から襲ってきた。
「邪魔をするな……。『斬撃』」
俺は魔力で作った刃を飛ばし、熊の首を一撃で落として見せた。
熊が襲ってきたのを皮切りに狼や猪が俺たちを強襲するが、そのこと如くを『斬撃』によって始末していく。
どれほどの時が経ったろうか。
既に朝日が昇り始め、白色の光が俺の背後から降り注ぐ。
そのときだ。彼女らの体に変化が訪れたのは。
「……見事だ。よくやった」
「「……」」
流石に疲れたのか、目を閉じたまま眠るように崩れ落ちそうになるのを抱き留める。
二人の寝顔はとても安らかで、すぅすぅと気持ち良さそうな寝息を立てていた。
まあ、流石にずっと歩きっぱなしだったし、疲れたよな。
二人に魔力で作った毛布をかけてやり、周囲に転がった獣たちの死体の処理を始めた。
焚火を起こして、死体を解体して肉を剥ぎ取り、魔力の串に刺して焼いてやる。
彼女たちが寝てから三時間くらい経った頃だろうか、太陽が天高く昇り始め肉が旨そうに焼けた頃、AとQが鼻をひくつかせながら目を覚ました。
「これは……」
「美味しそうな、匂いがします……」
AとQが目を擦りながら焚火で焼いている肉へと目をやった。
そのとき、ぐう~と二人の腹の虫が盛大に鳴り響く。
「おはよう、二人とも」
「おはよう、ジョーカー。これは、あなたの朝ご飯かしら?」
「いや、これはお前たちに用意した飯だ。食え」
「でも、私たちは自分で狩りをしてませんよ?」
俺は顎に右手を添えて考える仕草をして、用意した言い訳を口にする。
「お前たちが囮になってくれたおかげで、狩りがしやすかった。お前たちは確かに、狩りに参加していた」
二人は暫くポカンとしていたが、やがて二人揃って噴き出した。
あれ、何かおかしなこと言ったかな?
「……何がおかしい?」
「だって……。ジョーカー、貴方って人は……。本当に、言い訳が下手だなって。もっと良い言い訳はなかったのかしら? ふふ」
「笑い過ぎですよ、お姉ちゃん。ジョーカー様は、本当はとてもお優しい方なんです。私たちを助けてくれた時から、私はちゃんと分かっていましたから」
ずっと張り詰めていた彼女たちが初めて見せた笑顔は、あの天高く昇り極光をもたらす太陽よりも眩しく見えた。
「……悪くない、な」
「ジョーカー、何か言った?」
やべ、声に出てたか。
「……何でもない。そんなことより、食べないのか? 食べないなら、俺が全部……」
「「いただきます!」」
二人は待ちきれんと言わんばかりに串をそれぞれ手に取り、バクバクと齧りついた。
とても女の子らしいとは言えない食べ方だったが、それほとお腹が空いていたのだろう。
「美味しい、美味しいわ!」
「はい、お姉ちゃん。とっても、とっても美味しいです!」
二人の目から薄っすらと涙が滲み出ていたのを見て、この二人が相当に過酷な環境下で生き延びて来ただろうことはよく分かった。
二人を見ていると、久方ぶりにまともな食事にありつくことができた半年前の自分を思い出す。
やっぱり夢中になるよね、そりゃ。だって、生きていくためには食事は必要不可欠だから。
「それを食ったら訓練だ。今のうちに食べておけ」
「了解、ジョーカー」
「かしこまりました、ジョーカー様!」
暫く彼女たちが肉を食べ尽くすのをじっくりと鑑賞した後、訓練を始めるために森の中を少しだけ移動した。
理想的なのは、少しばかり広くて木々の密度が薄く、地面がなるべく平らな場所。
……ここら辺でいいか。
見晴らしが良いとは言い難いが、木々の間隔がさっきよりも遠く動きやすい。
根っこなどの隆起も少なく、地面が平らという条件も満たしている。
「お前たちは魔力を手に入れた。だが、その掌握がまだできていない。これから一年を使い、お前たちは自分の力を使いこなせるようになってもらおう。今の状態で街へ行っても、実力がなければすぐにまた奴隷にするために襲われる。お前たちは、自らを守れるだけの強さを手にしなければならない」
俺は彼女たちの前で黒剣を作って見せる。
「まずは、自分の服と剣を魔力で編めるようになれ。できるようになるまでは、俺が剣を貸してやる。それを取れ」
俺は自分用の他に、もう二本とも同じ剣を用意して二人の足元に投げつけた。
二人は足元に刺さった黒剣を手に取り、その刃にそっと手を当てる。
「凄い……。まるで鏡みたいな美しさね」
「流石はジョーカー様……。自らが扱う剣ですらも最高の美術品というわけですね?」
「無駄口を叩いている暇はないぞ。俺が稽古をつけてやる。俺の真似をして打ちこめ」
俺が剣先を彼女たちに向けると、彼女たちもまた剣先をこちらに向けた。
「分かったわ、あなたの剣を必ず物にしてみせる」
「私たちはジョーカー様のお役に立つために。それが、今の私たちの生きる意味です」
「……では、行くぞ」
まず始めたのは、徹底的な基礎の叩き込みだ。
重心がブレないようにし、かつ無駄な動きという無駄な動きを削ぎ落しまくる。
癖っていうのは一度付くと中々直らないので、徹底して基本の型にはめ込む練習だ。
まずは剣を両手で支えて自分の体を半分に折る線をイメージ、その線上に重なるように剣を添え、角度は斜め四十五度。
そこからまずは、剣道で言うところの素振りを行い、足の運び方を同時に教える。
「態勢を崩さず、とにかく真っ直ぐに。力は入れ過ぎるな」
「はい!」
「わ、わわ……っと、危ない……」
Aは言われた通りに剣を振るえるが、Qはあまり剣に向いていないらしく時折、態勢を崩して倒れそうになる時がある。
圧倒的に体幹が足りていないのもそうだけど、彼女は剣には向いていない気がすると一目で分かった。
「も、もう一度、お願いします!」
「私も、もう百本……、いえ、二百本の素振りを!」
本人たちは凄いやる気なので、俺は訓練を続行することにした。
ただひたすらに素振り、素振り、素振り。
縦に振るのが終わったら、横に払う練習をして、それも終わったら今度は体の軸に対して直角に突きを出す練習をする。
森の中にひたすら剣を振るうヒュン、ヒュンという音が響き、朝から夕暮れ時までとにかく振り続ける。
この訓練は二人に基礎を叩き込む意味もあるが、俺自身、もっと無駄のない動きができないかを確認するための重要な時間でもある。
彼女たちは俺の姿を見てそれを真似するので、彼女たちの剣の腕も必然的に上昇する。
そして夜になったら、今度は魔力を使った瞑想をする。
自身の体に流れる魔力を意図的に操作して体内を循環させ魔力と一体化になる訓練だ。
個人が有する魔力の量は、使えば使うほどに多くなる。
一種の筋トレと同じ感じで、とにかく魔力を徹底的に使いまくるのが一番良い訓練となるのは間違いない。
体の中の魔力を循環させ、それに体が慣れたら徐々に体外へと放出しつつも自分の中では魔力の流れを乱さない。
これらを呼吸をするように、考えずとも自然にできるようになれば上出来だ。
その方法に瞑想を選んでいるのは、一応、ちゃんとした理由がある。
体の中の不純物を取り除いて、自分の内側を真っ新にする感覚を身に着けることで、戦闘においても冷静さを欠きにくくなる。
それに、疲れた体を更に酷使するのは、筋トレをする上ではあまり良くないこととされているので、しっかりと体を休ませるという意味でも瞑想は理想的な魔力操作感覚を身に着けるトレーニングになっているのだ。
結局のところ、基礎が大事というのは何も変わっていない。
ひたすら、基礎、基礎、基礎。
毎日、毎日、毎日、飽きもせずに同じことを続けていた。