俺の考えていたシナリオと違う、だと……?
決まったあああああ! 完全に、決まったあああああ!
俺がやりたかったランキング堂々一位、ヒロインを助けて格好良く名乗って去る。
素晴らしい、凄い満足だ!
魔力を得ただけで見違えたように人生が充実している!
興奮が収まらない、だが抑えなければならないもどかしさが、また良い!
ああ、堪能した。これで気兼ねなく、この人生を謳歌できるぞ。
完全に満腹になった俺は、取り敢えず森の出口らしき方向へと足を向けてひた歩く。
この後は街にでも行って、そこで新しいプレイを考えないといけない。
さあ、今度はどうしようか。
悪徳領主を探し出して、理不尽に連れ去られる町娘を助け出すとか面白そうだな。
そもそも、悪徳領主がいるかは知らないけど、それっぽいプレイができれば何でもいい。
チラッ。
後はそうだなあ、冒険者ギルド的な奴があったら「てめえ、子供が何をしに来た!?」みたいな展開からの「実は滅茶苦茶強かった!」をやりたいな。あの斬り捨てた男たちの様子から見ても、俺ってかなり強い部類だと思うんだ。
実力を過信するのはよくないと思うけど、もっと強くなるきっかけとなるイベント「主人公、敗北」を体験できる可能性も捨てきれない。
チラッ。
ああ、楽しみだな街中。早く着かないかな。
チラッ。
……って、妄想を膨らませて楽しんでるところなのにさ。
どうして、彼女たちは未だに俺の後ろをついて歩いて来てるんだ?
距離は……。大体、四、五メートルくらい後方かな。
木の陰に隠れながら一定の距離を保って付いて来てる。
本人たちは隠れているつもりなんだろうけど、俺からするとバレバレの尾行だ。
もっと自分の視線を明後日の方向に逸らして、気配はしっかりと消さないと。
というか、これは俺のシナリオにはないパターンだな。
助けた娘たちが数年後に偶然再会、「あ、あなたはあの時の!」みたいな展開が俺の理想だったんだ。
そもそも、主人公も敵役もそうだけどさ、彼らは有名な俳優や女優、声優のように自分の役割を演じて登場してるんだ。
彼らにもきっと普段の暮らしとかあるんだろうけど、そういうのを見せないのが美しいと思うんだよ。
感動とか、人物にのめり込ませるために敢えて描写するのは良いけど、どっぷり密着取材したら駄目なんだって。
好きなヒロインが糞してるところなんて、誰も見たくないでしょ? それと同じ。
あのキャラを演じた以上、このまま猛スピードで逃げたらそれはそれで美学がない。
あくまでもクールかつ謎めいた感じを残し、強敵感を出すのが良いんだ。
ヒロインから逃げる主人公なんてナンセンスもいい所だよ。
……仕方ない、ここからはアドリブか。
けど、そういうのがあってもいい。全てがシナリオ通りでは、それはそれで面白くもないだろうからな。
俺はあからさまに歩みを止めて後方を振り向く。
一見、誰もいないように……見えないね!
たぶん、妹の方だろうか? 銀色の髪がチラリと見えてしまっている。
なんて精度の悪い達磨さんが転んだ……。実はわざと見つかろうとしてるとかじゃないよね?
「そこに居るは分かっているぞ。姿を見せろ」
しかし、彼女たちは隠れたまま姿を見せようとしない。
……なら、こうするしかない。
俺が黒剣を構えて、魔力を更に高める。
「出てこないなら、力づくで出させるまで!」
「ま、待って! 今出る!」
「出ますから、乱暴しないでください……」
二人はそろり、そろりと木の影から出て来て俺の前へと進み出て来た。
さて、ここからどうするか?
「お前たち……。何故、俺の後をついて来る?」
あくまでも、自分が強敵かつ謎の人物である人格は崩さないように演技を続ける。
圧倒的なまでの殺気を当て、とにかく彼女らにここを去るように遠回しに伝える。
しかし、彼女たちは顔を蒼褪めても引き下がることはせず、むしろ俺に一歩踏み込んだ。
そこは俺の黒剣の間合いの内側、斬られても文句は言えない場所だ。
「……これが答えよ。私たちはあなたに……。ジョーカーに恩返しするためについてきた」
「恩返しだと?」
「あの、えっと……。ジョーカー……様は私たちの命を救ってくださったので、どうしても恩返しをしたいって、二人で決めて……」
恩返しねえ、これは予想外。まさか、ここまで情の厚い輩とは思わなかった。
というか妹、お前はどうして様をつけて呼んでるんだ!? 俺はお前の主人になった覚えはないぞ!
……ともかく、この二人を引き離す方向性を変えるつもりはない。
取り敢えず、それっぽいことを言っておこう。
「……恩返しは不要だ。疾く去れ」
だが、彼女らは俺から離れるつもりはないらしい。
「斬り捨てられたいのか? せっかく救った命を無駄にするのか?」
俺は姉妹の二人に黒剣を向けて、姉の方の首筋に剣の先を当てるか、当てないくらいのッ距離で添えてやる。
しかし、二人はそれでも動こうとはしない。
その紫紺の瞳は潤んでいるが、絶対に引き下がらないという確かな意志を感じる。
「斬りたいなら斬りなさい。元より、私たちは集落を追われた身だもの。二人じゃ、生きてはいけない。情けない話だけど、私はあなたしか頼れる人がいないの」
「あ、あの……。お願いです。私たちを、一緒に連れて行ってください……」
「……恩返しとは言うが、結局は庇護下に入りたいと言うのか」
俺はわざと瞳を開き、あともう一押しとして魔力で圧力をかけてやる。
二人は斬られると思ったのか、姉は表情を歪め、妹は怯えて瞳から涙を零しそうになる。
「だが……。悪くない」
二人から声なき声が漏れ出た。
俺は黒剣と魔力のオーラを消し、妹の涙を拭ってやった。
「ついて来ることを許してやる。だから泣くな」
俺は再び先へ、先へと歩き出す。
彼女たちはそこで固まったまま動かない。
首だけ横に向け、右目の瞳で彼女らを捉える。
「どうした? 来ないのか?」
「あ、ありがとう……」
「ありがとう、ございます……」
二人は俺のすぐ後ろまで駆け足で追いつき、ゆっくりと俺の歩幅に合わせて付いて来た。
少しばかりシナリオは変わったが、これもまた悪くはないだろう。
主人公にも、悪役にも、仲間は必用だ。それが少しばかり早くできたというだけの話。
こうして俺の仲間に、銀髪のエルフ少女が加わった。
本当は今日にでも森を抜ける予定だったが、旅の仲間が二人加わったことで予定を大幅に遅らせることにしたため、今日も夜は森の中で過ごすことに。
俺は焚火を起こして近くの木を切り倒し、それを椅子代わりに座った。
二人の後ろにあった木も、俺が黒剣を作って飛ばして斬り飛ばした。
丁度、切り株が座る椅子になってくれて良かった。
「座れ。そこがお前たちの席だ」
「ええ、ありがとう。何から何まで」
「失礼します」
二人が腰を下ろしたのを確認してから、話を始めようと足を組んだ。
その前に、だ。
「お前たち、名前は何という?」
「……特にはないわ。おい、とか、それみたいに呼ばれたことはあるけど……」
「わ、私たちは忌み子なんです……。エルフの集落では銀髪は不吉の象徴で……。十二歳になると、悪魔祓いと称して皆の前で処刑されるんです」
「それまで、特に意味もなく生かされる。殺されはしないけど、死んだも同然の扱いね」
「だから、逃げて来たんです。お姉ちゃんは頭が良いですから、大人たちを欺いて集落から逃げ出せたんですけど……」
「最後は、奴隷商か何かに追われたか。銀髪は珍しいと言っていたからな」
なるほどね、そういう事情があったのか。
つまり、この子たちもまた孤児であり、周囲のエルフから見捨てられたのだ。
二人はその時のことを思い出したのか、目を伏せる。
きっと、彼女らにとっては辛い十二年間だったのだろう。
「……二人のこれまで歩んできた人生は確かに悲惨だったかもしれない。だが、そう悲嘆することもないだろう」
「え……」
「それは、どうしてですか?」
あまりに意外な言葉だったのか、二人は興味深そうに俺の次の言葉を待つ。
「俺もまた、孤児だ。親も友人も知り合いもいない。何もない男だ」
「「……」」
「だが、何者でもないからこそ、何者にもなれる可能性がある。お前たちは集落を追われたことで、逆に無限の可能性を手に入れたのだ。それはとても、喜ばしいことだ」
前世、俺は確かにそこそこ裕福な家庭で、何不自由なく育てられた。
だが、親の決めた指針に逆らうことは許されず、自らが望んだ物も手にすることができない地獄のような人生だったと俺は思う。
俺は前世の俺では、俺のなりたい者にはなれなかった。
俺は常世家の長男であり、大事な跡取りであり、親が出世するための道具に過ぎない。
だから俺は、少しでも彼らに近づきたくて暴走族狩りをしていた。
無駄だと分かっていても、抗わずにはいられなかった。
しかし、今はどうだ?
何も持たず、何もない。
だが、俺は全てを持っている。俺の望んだ、全てを。
「俺は今の境遇に対して、悲嘆することは何一つない。俺が何者でもないからこそ、何者にもなることができるのだから。俺がこうして力を振るえるのも、お前たちを助けることができたのも、全ては俺が何者でもないからだ。だから、お前たちは運がいい」
「ジョーカー……。そう……。そういう風に言ってもらえると、ここまで生きて来た価値があったのかもしれないわね」
「ジョーカー様……。素晴らしい生き様です。私、とても感動しました!」
そんなに目を輝かせて言われると、流石の俺も照れるな。
おっと、それより名前だ、名前。話が逸れた。
「お前たちの名前だが……。姉はA、妹はQと名乗るといい。それが、お前たちの新しい名であり、新たな人生への門出を祝うための贈り物だ」
「A……。分かったわ、私は今日からA。あなたに付き従うわ」
「Qですね……。ありがたく頂戴いたします」
さて、これで名づけも終わったことだし、後は彼女たちをどうするかだが。
ここもまた、俺の主人公っぽいプレイをして楽しませてもらうとしようかな。