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ピンチのときに力に目覚めるのは、王道だけど必要な展開だよね

 あれはたぶん、中学生くらいのときだったと思う。


 たまたま、通っていた中学校の図書室でラノベや漫画を見つけて読みふけるようになったのがきっかけだ。


 俺、常世明人とこよあきとは常世家の長男として生を受けた。


 家はそこそこ裕福な家庭で、毎年クリスマスプレゼントも、誕生日も祝ってもらってたし、欲しい物はある程度は買ってくれて、本やドリルを使った勉強だってさせてくれる。


 何不自由のない生活をしていたが、ただ一点、娯楽に関しては口うるさかった。


 遊ぶ友達は選びなさい、トランプやテレビゲーム、アニメや漫画は駄目だし、読書だって文庫本とかしか読んじゃダメで、ライトノベルや当然ながら同人誌みたいなのも禁止。


 ともかく、あれこれ駄目、駄目、駄目の嵐だったんだ。


 だから純粋に、それらはただ面白いと思った。


 銃や剣を用いた魔法の世界で魔王を倒す勇者となって旅をしたり、ヒロインを助けてドラマチックに敵組織と戦って勝利し結婚したり、純粋に出会った仲間たちと世界中を駆け回ったりするのが羨ましかった。


 それは恐らくだけど、ずっと親にそれらの類を禁止された反動でもあったのだろう。


 とにかく学校だけじゃなく、市内の図書館にもこっそり行ってはありったけの本を読み漁り、何なら剣道を習いたいと言って異世界の技を真似して練習したり、射撃場に連れてってもらって撃つ練習をしたりもしてみた。


 けど、いずれは皆は大人になっていく。


 漫画やゲーム、アニメの世界は所詮はフィクションで、絶対に手にすることのできない妄想の仲の世界でしかないのだと。


 彼らは夢を見るのを辞めて現実と向き合い、高校進学、大学進学、果ては就職まで見据えるようになってくる。


 それでも――、俺は諦めることができなかった。


 だから俺は、高校生に入ってからは、昼間は真面目に勉強する優等生を演じつつも、夜になって家族が寝静まると、夜な夜な外に出ては暴力団や不良たちを狩っていった。


 身に着けた剣術が、柔術が、射撃術がどこまで通じるのかを試すためというのもあったが、一番は彼らの住む世界を身をもって体験するための、一種の狂気のようなものでもあった。


「キャッハー! さあ、もっと遊んでよお兄さんたち!」


「何だ、こいつ!?」


「おい、この黒服は……。最近噂の『闇討ち君』じゃねえか!?」


「逃げろ! こいつ、街の不良どもを片っ端から片づけてる野郎だ! この間も、高田組がやられたって……」


「馬鹿野郎! 相手はたった一人のガキ、しかも持ってるのは鉄パイプだろうが! この程度の奴に負けるか!」


 威勢のいい雄叫びを上げながら突っ込んで来る暴力団どもだったが、残念だったね。


「皆、そのたった一人の、鉄パイプ如きに負けるんだよ」


 向かってきた最初の一人のパンチを避けて横から蹴りを加え、続けざまに後ろの奴を鉄パイプで締める。それを好機と勘違いして襲ってきた仲間が金属バットを振りかざすけど、俺が仲間を盾にして顔面を潰させ、動揺している隙に顔面を殴りつける。


 結局、他の奴らも同じような感じで倒せてしまい、俺は無傷で彼らをのしてしまい、今はボロボロになって地面に倒れ伏す彼らを見下ろしていた。


「全く……。君たちが暴力団なおかげで、仲間割れで勝手に血を流してるみたいになってるのは助かってるけどさ。もっと、歯ごたえのある相手とやり合いたいよね」


 そんなことを考えていたら、怖い黒服のおっさんたちが現れた。しかも、全員が怖い黒のサングラス着用とかいう典型仕様。


 数は……、全部で六人、全員が銃で武装済みとかマジか。


 戦闘にいた男は特に屈強そうで、彼はかけていた黒のサングラスを取った。


 右目に大きな切り傷があり、如何にも歴戦の戦士って感じ。


「貴様か、最近ここらで暴走族狩りをしている『闇討ち君』っていうのは」


 男がドスの利いた声で聴いて来たけど、特に怖い感じもしなかったので近所のおばちゃんに挨拶するみたいな感じで言った。


「そうだけど? だったらどうなの?」


 おっさんは無言で銃を構えた。


「お前は、ここで死んでもらう」


 俺の口角は、上がらざるを得なかった。


 ドドドドドドドドド!


 荒れ狂う銃弾と連射音で視界がフラッシュに包まれる中、俺は姿勢を低くして迷うことなく突っ込んで行く。


 俺は戦闘の大男の股の間をスライディングで潜り抜け、奴らの背後に回る。


「辞めろ、撃つな! 同士討ちに……ぎゃあ!?」


「いいねえ! 銃撃最高! もっと楽しもう、怖いおじさんたち!」


 俺は至近距離でサブマシンガンを撃てないおじさんたちを次々と鉄パイプで殴りつけて気絶させていき、残ったのはやはり右目に傷を負った歴戦の戦士だけだった。


 彼は俺の接近と共に懐からナイフを投げつけて来た。


 俺はそれを鉄パイプでブロックしつつ彼に近づく。


 だが、それはかなり不用意な突っ込みだったと言わざるを得ない。


 てっきり武器が銃だけで、もう暗器はないと思っていたのだが、左の服の袖に隠したナイフを取り出し至近距離で切り付けて来た。


 流石に鉄パイプでブロックするしかなかったのだが、そのおかげで至近距離でサブマシンガンの的になってしまった。


 俺は左足で彼の右脛を蹴って距離を取る。


 彼は一瞬痛がる素振りを見せたが、サブマシンガンの銃口はこちらを向いており、彼は勝利を確信したかのように笑った。


 ドドドドドドドドド!


 相手がふらついていたおかげで、ほとんどの銃弾は明後日の方向へと飛んでいったが、残念ながら銃弾を右肩や左わき腹に食らってしまい赤い血が黒服から滲み出た。


 銃弾を貫いた箇所が焼けたように痛いが、止まっている暇など俺にはない。


 痛みを奥歯で噛んで堪えて、とにかく前に進むことだけを考えて前へと足を出して男の方へと向かって行く。


 ドドドドドドドドド!


 カチッ、カチッ。


 彼の残りの銃弾が何発から体を貫いたが、もはや慣れた痛みを何発食らおうと痛みとして認識することはなく、俺の振り上げた鉄パイプは真っ直ぐに男の脳天に振り下ろされた。


「馬鹿、な……」


 男は気絶したか、あるいは死んだか分からないが頭から派手に血を垂れ流し、白目を剥いて地面に倒れた。


 うんともすんとも言わなくなった男たちを背に、俺は暗い夜道を千鳥足になりながらも歩き出す。


「がはっ……」


 体重を前にかける度に、体の下からポンプで押し出されるみたいに血が吐き出される。


 さっきまでは戦いでテンションが高かったおかげで痛みもすぐに忘れられたが、今は体が思い出したかのように痛みが込み上げてきた。


 だが、それも数秒のことで、体はすぐに痛みを忘れていく。


 視界がぼやけ、辺りが暗いせいで自分が目を開けているのか、それとも閉じているのかも分からない。


 やがて自分が歩いておらず、地面にうつ伏せで倒れていることに気付けたのは、いつの間にか上からぼおっと降り注いだ月明かりがやけに眩しかったからだ。


 うつ伏せのまま、視線だけを上にやって見た光景……。


 そこには見知らぬ金髪の女の子が微笑んでいる姿があった。


 ああ、やっと俺は望みを……。


 こうして常世影人高校三年生は、フィクションに憧れるあまりやんちゃし過ぎたことによって、あっけなく命を落としてしまった。


 思えば、俺は銃撃戦に勝ったように見えたのは相手が倒れてくれたからであって、実際は俺は死んでいるのだから負けたのに変わりはない。


 どれだけ彼らの技を真似ようと、どれだけ彼らの行動をなぞらえようとも、俺は創作された物語の登場人物ではないのだから、破壊光線も、螺旋がんも、魔観光殺法も使えない。


 不思議な力で空を飛べないし、物を宙に浮かせることもできなければ、戦車の装甲のように体が硬くなることもなく、たかが鉛玉を数発もらうだけであっけなく死ぬ程度の存在に過ぎない。


 流れた血は元に戻らないし、空いた風穴が自然に塞がることもなく、銃弾を避けられるような超スピードが出せるわけでも、鉄パイプ一つ使うだけで武装した軍隊を相手にできるわけもない。


 結局、どれだけ物語の世界の住人に憧れても、現実世界の人間である以上、物理法則を超越することは許されず、詰まらない世界の理に縛られて生きていくしかない。


 『闇討ち君』は廃業、てか何だよ闇討ち君って付けたの、センスの欠片もないわ。


 待て、俺は本当にここで終わるのか?


 現実に屈したまま、俺は命を散らして「はい、終了」だと?


 嫌だ……。


 そんなものは、この俺が認めない……。


 これを現実だと認めるわけには……、行かないんだ……!


 ドクン!


 気付いた時、俺はそこに居た。


 生臭い匂い、やたら照りつける太陽の光が眩しく、体のそこら中が痒くて仕方ない。


 徐々に体の感覚が慣れて来ると、自分がどこかに蹲っていることが分かった。


 自分の両手を見てみると、それはまだまだ子どものような小さな手だ。


 見れば、自分の体もまた子どもまた子供の姿になっているではないか。


 やせ細った体、明らかに栄養失調だ。


 喉もカラカラ、まるで空気が皮膚の裏側を撫でるようにヒリヒリとする。


 このままでは死ぬ……。何か、食べ物と水を……。


 生存本能で、俺は入りきらない足腰に力を入れて立ち上がった。


 自分の恰好も酷い物だ、何日も変えてないのか布切れみたいな服には汚れと悪臭が蓄積されてハエまで集っている。


 頭を触れば髪はパサパサ、油でギトギト。


 とにかく、何とか状況を確認しようと周囲を見渡せば、そこは周囲を森や山で囲まれたどこかの農村らしかった。


 周りにも俺のようなみすぼらしい恰好の子供が地面に倒れていたり、あるいは蹲った状態でいて、もはや生きているのか死んでいるのか、境界が曖昧になっている。


「おい! クソ坊主!」


 そのとき、やけに大きな怒声が鼓膜に鳴り響く。


 あまり大声を出してほしくはなかったのだが、やってきたのは屈強な筋肉ゴリゴリの男とひょろそうな男が一人。


 恐らく、呼んだのは筋肉達磨の方だろう。彼はとても機嫌が悪そうに自分の髭を逆撫でて、俺のことを突き飛ばした。


 自分の体サイズの張り手が容赦なく体を打ち付けて痛い。


 地面についた衝撃で体に擦り傷ができる。土に触れたら汚いじゃないか、病気になったらどうしてくれるんだ。


「こんなところでサボりやっがって。そんなんだと、今日も飯が抜きになるぞ? いや、もう今日でお前も死ぬだろうな。使えねえ子供を村に置いておいても食い物が無駄になるだけだし、餓鬼が減ってラッキーだと思うべきか?」


「旦那、それならこいつの骨を出汁にしてスープを作りましょう。食料不足は改善されませんが、食料を節約することはできますよ」


「そりゃいい。なら、俺が今からミンチにしてやるよ」


 大男はボキボキと屈強そうで実に硬そうな拳を鳴らしながら迫って来る。


 どうやら、こんな訳の分からない状況の中、もう一度死を経験しなければならにとかいう謎の拷問を受けようとしている。


 夢、じゃないよな……。


 死んでるんだから、これは夢じゃなくて現実だ。


 生を受けて気付いたら処刑なんて、最悪以上の最悪な展開だ。


 けどな、俺が憧れた物語の主人公っていうのはな……。


「こういうとき、必ず力が目覚める物なんだよ……!」


「はあ? 何を言って……」


 そのとき、俺の体の内からまるで待っていたとでも言わんばかりの力が解放される感覚が全身を支配した。


 青紫色の光が俺を包み込み、さっきまで死にかけだった俺の体に確かな活力を授けてくれた。


「まさか、魔力……。こいつ、魔力持ちか!?」


「魔力……。そうか、これが俺の新しい力……」


 前世では絶対に得られなかった、人智を超えた超常的なパワー……。


 これがあれば俺は……。


 俺は、こいつにも勝てるんだ……!


「この! ぶっ殺してやる!」


 奴が岩石のような拳を降り下ろそうとするが、奴の動きがやけにゆっくりに見えた。


 俺は冷静にその拳を体を逸らして躱し、たんと地面を蹴って男の胸に向って飛んだ。


 そして、体を流れる魔力を拳に集め……。


 男の心臓に向って腕を突き出した!


「がはっ!?」


 俺の細い腕は男の体を意図も容易く貫き、心臓を抉りだすことに成功していた。


 確かに掴んだ筋肉の感触、俺はそれを引き抜いて男の目の前で握りつぶした。


 俺の手が、腕が赤色に染まる。


 素晴らしい——。これが、俺の求めていた力だ!


 それを見ていた細い男は言葉にならない恐怖を、顔を蒼褪めさせることで表現していた。


「ば、化物だ! 逃げろおお!」


 男はさっさと逃げていく。


 周りの子供たちは死んだ魚の目をしており、向こうの方に見える村人らしき影は俺を見るなり恐れて家の中に引っ込むか、もしくは武器を取って俺に警戒心を向けていた。


 魔力を使った俺の体は重く、とてつもない倦怠感が襲ってきている。


 どうやら力を使いこなせていない影響なのか、反動もまた凄まじいようだ。


 だが、それでいい。簡単に力を使いこなせるようになっては面白くないからだ。


「ともかく、村から逃げないと……」


 俺は体にかかる負担を顧みず、魔力を使って足に力を込めて森の方へと駆け出した。


 途端に目覚めてくれた魔力なる神秘の力のおかげで、何とか村の外へと脱出して森に逃げ込むことに成功したのだった。

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