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温泉に入って一休み

※視点変更「第三者」


 ここは、男にとっては桃源郷とも呼べるだろう女子浴場の中。


 秘密の花園では今、体を洗い終えて湯船にゆっくりと浸かる三人の美少女がいた。


「気持ちいわね~。まさか、温泉というのがこんなにも心休まるものだなんて思わなかったわ~」


 いつもは毅然としているAが、今はだらしない表情を浮かべて寛いでいる。もはや、顔が溶けていると言っても過言ではないくらいの様相は、よほど温泉がお気に召したらしいことを表わしていた。


「このお湯……。色が緑色っぽいですね。不思議です、これには体に良い効能でもあるのでしょうか?」


 Qはお湯を手で掬っては顔に当ててゴシゴシとしてみたり、肩などにかけてみたりして体の変化を調べている。姉と同じ白い雪色の肌を持つ彼女の体のラインを温泉の雫がツーッと流れていく上から柔らかい小さな手で優しく撫でる。


「いやあ~、やっぱりいいよね温泉。入るのはかれこれ一年か、二年ぶりくらいだけど、やっぱり癖になっちゃうよ。どこの国でも自由に入れるといいんだけどね~」


 頭に生えた金色の耳をピクピクと動かし、自らのふさふさな尻尾を抱きながら極楽へと身を任せるKは、「はあ~」と大きな溜息を吐いて体の力を抜きつつ、視線をAとQの体の方へ向ける。


 温泉慣れをしている彼女は温泉自体よりも、一緒に入る同胞や知り合いたちの体、つまりは発育具合の方が気になるのだ。


「それにしてもさ、AとQ、二人は綺麗な体してるよね。銀髪と白い肌って色合い的に合うし、瞳が紫っていうのも中々見ないしさ」


「そ、そう? 私たち、髪の色が銀髪っていう理由で忌み子として集落の人間たちから除け者にされてたから、そういうことを言われたのは初めて」


「初めて? ジョーカーに褒められたことはないの?」


「あの方は女性の見た目を褒めたりはしないみたいです」


「そもそも、そういう性格じゃないでしょう? 女性にはかなり無関心みたいだし」


「あの男……。それだと、二人も大変だね」


「何が?」


「何がですか?」


 姉妹揃って首を傾げるので、「こいつらも鈍いな」と思いながらKがはっきりと言った。


「恋だよ、恋。好きなんでしょ? あいつのこと」


「そう……かもしれないわね」


「当然です! 私はいつか、ジョーカー様のお嫁さんになるんですから」


「相変わらずQの脳内はお花畑で出来ているのかな……?」


 Aは割と淡白に、Qは情熱的にあっさりと自白した。


 元々、Qが彼に対して好意を抱いていることは知っていたが、むしろKにとってはAがジョーカーを本当に好いている方が意外だった。


「Aもジョーカーのことが好きなんだ。どうして? Qが押して、押して、押しても靡かないような男だよ? まあ、あの心酔っぷりはもはや病とも言えるかもしれないけど……」


 KはいつものQの様子を思い浮かべながら若干顔を引きつらせる。


「病じゃありませんよ。列記とした恋慕、私はジョーカー様一筋なのです! 振り向いてくださらないのは確かに、ちょっとだけ寂しいですけど……。でも、諦めません!」


 Qがばしゃりと水飛沫を立てて反論するが、すぐにしょぼんとしてして、また活気を取り戻した。Qはどこまでも猪突猛進に恋をし続ける女である。


 AはQの傍に近づいて頭を撫でながら、穏やかな顔でKの質問に答えた。


「私たちを救ってくれた。それだけで、好きになるには十分な理由じゃない? 誰も見方がいなかったあの森で、集落を追われてからもなお人に狙われていたところを颯爽と現れて、圧倒的な力で敵を蹂躙した。その上、霧の竜まで討伐できるほど強い人なんて、これ以上にないくらい格好良いでしょう?」


 まるで自分のことのように自慢気な顔で理由を話すと、Kは涼やかな顔で笑った。


「もう正妻気取りなんて早すぎじゃない? 私がいることを忘れないでよね」


「この雌狼。あなた、まだジョーカー様に近づこうと言うのですか?」


 Qがロリとハイライトの失った瞳でKを見る。


 やはり渡す気はないらしいが、それでも「どうどう」とKは彼女を宥めた。


「ちょっと、そんな怖い顔しないでよ。いいじゃない、ほんのちょっとくらい分けてくれても。それに、お姉ちゃんだってジョーカーのこと狙ってるんでしょ?」


「お姉ちゃんはいいんです。むしろ、ここは姉妹丼ということにして一緒に頂かれるのはどうでしょうか? 一人で押し切れないのは悔しいですが、姉妹で協力すればあるいは……」


「ちょっと、Q? 私は何もそこまで……」


「お姉ちゃんは嫌なんですか? 姉妹丼」


「ええと、それは……。嫌……じゃない、と、思う、わ」


「じゃあいいじゃないですか。というわけで、Kはお呼びじゃないんです。諦めてください」


「それはできないな。傭兵時代は毎日のように戦場に駆り出されて恋路なんて夢のまた夢だったからね。傭兵廃業からの冒険者転職、しかもこの時代で唯一の頼れる男。もはや狙わない理由がないでしょ? それとも、私に取られるのが怖いとか?」


「な。何を……」


「だって、これの大きさは私の方があるみたいだし」


「なっ!?」


 Kは水面下に沈む自分の双丘をぐっと持ち上げてみせた。


 Qも自分のそれを確認するためにぎゅっと体を抱く。


 どちらも大きさは同じくらいだが、確かによく比べると若干だけKの方が大きいようだ。


「こんな屈辱が……。ですが! ジョーカー様はそういうのには……」


「分からないよ? どんな男だって生物である以上は性欲だってある。一説によれば、女性の胸の大きさは生殖行為において子孫を残せるかどうかの判断材料にもなるって言うじゃない? 頑張ればもしかしたら、この胸で堕とせるかも?」


「この、調子に乗って……。しかし、私のように知的かつ御淑やかな女こそ正妻に相応しいというもの。あなたみたいな性欲のことしか頭にない動物とは違います」


「亜人に対してその物言いは禁句だよ! Qだって、自分の頭の中が年中御伽噺の世界じゃないか! 頭メルヘンよりまともな私の方が、正妻に相応しいんじゃない?」


「何を!」


「何さ!」


「こらこら、二人とも。喧嘩しないの」


 Aが二人を諫めると、膨れっ面をしていた二人の頭の熱は引いていき、やがて互いに申し訳なさそうな顔になる。


「ごめんなさい」


「私こそ、ごめん」


「よろしい。喧嘩は良くないわ」


 流石は姉といったところだろうか、やはりこの場で一番理性的なのは彼女らしい。


 ……と、二人は思ったことだろう。


 彼女が風呂から出て、豊満な胸を見せるまでは。


「そろそろ私は上がろうかしら。のぼせて来たし、最近またちょっと育ったみたいで魔力で衣服の調製をしたいし……」


「お姉ちゃん!」


「このデカ乳が!」


「ちょっと、あなたたち……、きゃっ!? どこ触ってるの!?」


「けしからん! けしからん胸を持つなんて大罪だ!」


「どうしたら大きくなるんですか!? というか着痩せしてたんですか!? ズルいですよお姉ちゃん!」


「いい加減に、しなさーーい!」


 これまた、Aにはらしくない大声が浴場に響き渡った。むしろ、これが起爆剤となり言い争いはデッドヒート……。


 それからもわちゃわちゃしていたら出るタイミングを見失い、三人揃ってのぼせることになったのは言うまでもない話である。



※視点変更「ジョーカー」

 いや~、良い湯だった。やっぱり、入って疲れを癒すならお風呂じゃないとね。水浴びばっかりしてて忘れそうになってたけど、今度からは銭湯を見かけたら積極的に利用するようにしないと。


 魔力で再び黒衣を纏ってから二階の自分の部屋に戻ると、二つのベッドの上でだらんとだらしない顔をして仰向けで脱力している三人の姿があった。


「何をしている?」


「……のぼせました」


「右に、同じく……」


「ごめんなさい、ジョーカー……。もう少ししたら回復するから……」


「そうか」


 一体何があったのか知らないけど、よっぽど風呂が気に入ったのだろうか。


 のぼせ上るくらい好きなら、暫くは王都に滞在して風呂を楽しんでもいいかもしれない。


「ねえ、ジョーカー。これからどうするのかしら?」


「どうするとは?」


「ほら、王都観光って言っていたでしょ? せっかく来たならってことで、どこか行く当てでもあるのかと思っただけよ」


「特に行くような当てもないが、品揃えに関しては国の中心地なのだから間違いなくいいはずだ。お前たちもいつまでも魔力で服を作っているわけにもいかんだろうし、ちゃんとした服を買い揃えたい。Kもその服はボロボロだしな、新品に買い替えた方がいいだろう」


「そうなると、お買い物だね。奢ってくれるなら、遠慮なく奢られておくよっと」


 Kは腹筋を使ってベッドから一早く起き上がると、俺の目の前までやってきた。


 それから俺のことを何をするでもなくじーっと見つめたかと思えば、俺の瞳を覗き込むように顔を近づけた。


「……何だ?」


「いや、ただ見つめてるだけ」


「……」


「……」


「何か感じたりしない?」


「何も。Kは何を期待している?」


「……いや、いいや。本当に関心ないの?」


「何にだ?」


「女の子に」


 どうしてそういう話になるのだろうか。


 あまりに文脈が繋がっていなさすぎるけど、もしかしたら風呂場でそっち系の話題が出たのだろうか?


 よくある物語世界での、女の子の秘密の花園。風呂に浸かっているときは何故かお喋りになり、人の恋バナをしたりする生き物なのだ。


「……お前たちは一体、浴場でどんな話をしてきたのだ?」


「ジョーカーが女の子に興味ないって話。ねえ、私ってプロポーションに結構自身あるんだけどさ、欲情したりしないわけ? 湯上りの女の子、男の子にとっては絶好の獲物じゃないかなって思うんだけど」


「……」


 彼女は上目遣いで、たゆんと乳を揺らしながら聞いて来た。


 俺は今、かなりのレベルで焦っている。肝が冷えるとはこのことを言うのだろう。


 この質問に対して、何と答えるのが正解なのだろうか。


 今、ジョーカーというキャラを演じている自分は、まずもって女の子にがっつくことなんてあってはならないのだ。


 しかしながら、俺とて年頃の男子だ。泥が落ちてより金髪の輝きが増し、目がくりんと大きくて胸もかなりある獣耳美少女を目の前にして何も思わないことがないわけがない。


 それを直接伝えるわけにはいかないが、さり気なく匂わせる感じで誤魔化す方法は……。


 いや、もうこれしかない。俺は今は、ジョーカーなんだから。


「一つ言えることは、俺も男だということだ。いくら理性的に振る舞おうとも、欲求を完全に消すことは人間である以上は不可能。分かるか?」


「つまり、ジョーカーも欲情はするし、心が揺らいだりもするってこと?」


「ああ。だが、例え考えたとしても、俺は理性でそれらを制御することができる。故に、感じていないのと同じかもしれんな。理性を持たぬ人間など、ただの獣に過ぎん」


「ふうん? じゃあ、少し試してみようか」


 Kは俺の腕ごとぎゅっと全身を使って抱き着いて来た。


 湯上りの女の子の匂いはとても甘く、胸板に押し付けられた柔らかい物が二つ当たるおかげで別の意味の食欲がそそられそうになる。


 しかし、キャラを演じているおかげか心臓の鼓動が早くなったりはしないし、下半身が反応するようなこともない。


 どうやら一年に渡るジョーカープレイのおかげで、魔力と合わせて鋼を超える強度の肉体に加えて屈強な精神を手に入れたらしい。


「それで? 何を試すんだ?」


「あれ? だって、ジョーカーは自分で男だって……」


「言ったろう。俺は人間であり、理性的な生き物だと。この程度の誘惑に心を揺さぶられるほど軟弱な心は持ち合わせてはいない。それよりもいいのか?」


「な、何が……?」


「あそこに、今にもKを殺さんとする奴がいるということだ」


「あ……」


 察して振り返る頃には、既に遅い。


 その手に包丁を握らせたら、きっとすぐにでも心臓を抉りださんとする形相でKに殺気を放っているQがいるのだから。


 というか、既に黒剣を手にしているじゃないか。


 言われずともコメディアンな彼女には、毎回とても感心させられる。


「ねえ、ジョーカー。私たち、仲間だよね? ちゃんと守ってくれるよね?」


「知らん。自分で何とかしろ」


「そんな薄情な! でも、こうして掴んで入れば道連れに……ってあれ?」


「どこを見ている?」


 俺は既に彼女の腕から逃れ、優雅に机の前にあった椅子に座わって強者の風格を出す主人公を足を組んでやっていた。


 いやあ、いいねえ。


 今夜にでもこれを仲間の前でやって、「敵はすぐそこまで来ている」とか「今宵は宴になりそうだ」みたいな台詞を吐いてみたいよ。


「ちょ、ちょっと? Q、落ち着こう! 私たち、仲間だろう?」


「仲間……?」


「そうだよ。これから一緒に旅をする大事な仲間。だから、ね? その剣を下ろしてさ、仲良くお買い物をしよう。その後は楽しくご飯を食べて、寝る前はまた談笑してさ」


「……言いたいことはそれだけですか?」


「えっと……」


「言いたいことは、それだけですか?」


「その……。待って……」


「いいいいやああああああ!」


「ぎゃああああ!?」


 黒剣の餌食にならないようにKが避ける大道芸が再び始まった。


 はあ、Kは何も学ばないし、QはQで独占欲が滅茶苦茶に強いしで、どうすればいいのやら。俺にはもう、どうすることもできないよ。


「……うるさいわ。もう少し静かにしてもらえないかしら?」


 彼女は気だるげそうに天井から目を離さずに不満をこぼした。


「Aは加わらないのか?」


「私? そんなことをする必要はないわ。いくら誰かのことが好きでも、大事なのは相手の気持ちの方。なるようにしかならないもの」


 流石は理性の塊。言うことが一番まともなのも彼女らしい。


「それは諦めか?」


「まさか。あなたはグイグイと来られるよりも、奥ゆかしい方が好きなんじゃないかって私の中で勝手に思ってるだけよ」


「そうか」


 実を言うと、彼女の考えは結構な確率で的を射ているように思える。


 好意をぶつけられるのは嬉しいけど、がっつかれるのは逆に反応に困ってしまう。


 適度な距離感っていう意味ならAが一番自然で付き合いやすいし、彼女に据えるならAみたいな女性が理想的ではある。


 ただ、俺のキャラ設定上、例え気付いていても気付いてない風に見せなきゃいけないし、俺の方から告白しに行くようなことは絶対にあってはならない。


 クール系強敵キャラ……。特に、強敵という要素を取り入れてしまったがための弊害だが、格好良く見せるためには誰かの前でだらしない顔を見せるとイメージが崩れるし、色恋に溺れる強敵なんて俺が見たくないのだ。


 そういう意味でも、それとなく傍に居てくれる感じのAは一番良いと思っているのかもしれないけどね。


「あと五分したら出るぞ。行けるか?」


「ええ、そろそろ回復すると思うわ。心配してくれるの?」


「いつも気にかけているつもりだがな」


「あなたのそういうところ、やっぱり不器用よね。甘い言葉でも囁けば、抱くことだってできるでしょうに」


「夜伽の話なら、俺はするつもりはないぞ」


「知ってる。だから、ちょっと残念かも、一番振り向いてほしい人に、振り向いてもらえないのが、ね。村の皆は私たちを銀髪といって注目して処刑しようとして。外に出たら出たで、変なのに追われるしで散々よ」


「それだけ魅力がある証拠だろう。もっと誇るといい」


「あなたが私を受け入れてくれたら、考えるわ」


 妹がKと未だ乱闘中で、その隙をついた明らかに誘い文句なのだが、俺はやはり乗る気は全く以てない。


 彼女が嫌いなわけじゃないが、ここで手を出すのは俺が望むキャラとは違うからだ。


「そろそろ行くぞ。俺は先に下に降りているからな」


 一足先に扉に手をかけて部屋を出ようとした時だ。


 Aのグサッと来る呟きを聞き逃さなかった。


「……意気地なし」


 悪かったよ、意気地なしで。

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