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ついに来た、冒険者ギルド!

 スワンの案内で王城を出て、次にやってきたのは王都の大通りにある一軒の建物だ。


「着いたぞ、ここが冒険者ギルドだ」


 他の住宅よりも若干豪華そうな素材の木材を使い、看板の文字には煌々と輝く金色の塗料が使われている。


 扉の色も黒で取っ手が金という豪華仕様、流石は冒険者ギルドだ。


 彼が扉を引いて中に入ったので、俺たちはそれに続いて入っていく。


 中は雰囲気を柔らかくするためか橙色のライトが使われており、天井にはファンとも呼べばいいのか四枚羽のプロペラが何台かクルクルと回転しており、イメージ通り、カウンターの周りには酒を飲み交わすための席も十席ほど、右側の壁には依頼書らしき張り紙を張る掲示板まで。


 うんうん、ここまで想像した通りだとお約束の展開も期待できそうだ。


「なるほど、酒場も兼ねているわけね」


「ちょっとだけ、大人な感じがします……!」


「ああ。冒険者たちが寛げる場所でもあるからな」


「なるほどね、私が知っているのよりだいぶ綺麗な場所だ。時代の流れって言うのは案外、良い物なのかもしれないね」


「Kの知っている冒険者ギルドは違うのか?」


「もっと殺伐としていて、一触即発ってイメージの方が強いよ。こんな穏やかな気分で入れるとは思わなかった」


 ふうん、彼女の居た時代は傭兵の需要があったみたいだから、きっとかなり荒れていたのだろう。


 確かに、俺の知る冒険者ギルドよりも雰囲気的には落ち着いているように見える。


 スワンも言っていたが、今は治安維持くらいしか仕事がないくらい平和だからなのかもしれないね。


 周囲には何人かここの冒険者と思わしき剣士や魔法使いっぽい恰好の子、拳闘士、盾持ち、弓使いと色とりどりって感じがする。


「スワンさんだ」


「騎士団長が来るなんて……」


「あいつら、誰だろうな」


 スワンの姿を見るなり、皆から羨望の眼差しが彼に向けられる。


 彼は冒険者たちからもかなり信頼が厚いようだ。分かっていたけれどね。


 そして、俺たちに向けられているのは余所者に対して向けられる視線だ。


 あいつらは誰か、どうして騎士団長と一緒なのか、などなどだ。


 いいよ、このまま誰かの感情が爆発してくれればお約束を体験できるかも。


 期待に胸を膨らましつつ、受付へと向かった一行。


 受付には、ギルド受付嬢とも言える長い金髪で青い瞳を持った女性が立っていた。


 緑色のそれはギルド仕様の制服だろうか? 帽子の端に青い羽が刺さっていてちょっとだけ可愛い。


「こんにちは、スワンさん。いつもお疲れ様です」


 受付嬢の人がにこやかな営業スマイルでスワンに挨拶した。


「こんにちは、リオ。今日は忙しいか?」


「いいえ、そこまでは。今は書類の整理をしていたところなんですよ」


 彼女は手元にあったらしい書類の束を見せながら言う。


 受付奥は本棚になっており、そこには幾つもの書物が収められている。


 リオと呼ばれた受付嬢はその中から一つ書物を取り出して、そこに手元にあったしょるを挟んで棚に戻した。


「これで完了です。それで、スワンさんの用件というのはそちらの四人の方々のことでしょうか?」


「そうだ。彼らは霧の民でね。身分証を作ってやって欲しい」


「そういうことでしたか。でしたら、改めて……」


 彼女はこほんと咳払いをすると、満面の笑みを浮かべて言った。


「ようこそ、冒険者ギルドへ! 私は受付嬢をしております、リオと申します」


 おお、何だかファンタジー定番のそれっぽい演出だ。


 今までも何度かファンタジーな経験をしたが、それでもなお新鮮味を感じるくらいでとても興奮する。


 俺はスワンの横に立ち、リオに挨拶をする。


「俺はジョーカーという。霧の向こうからやってきた者だ。こっちの三人は俺の連れで……」


「Aです。よろしく」


「Qと申します。よろしくお願い致します」


「Kです。よろしくね、リオちゃん」


「はい、よろしくお願いしますね。ここでは冒険者登録をすることによって、自身の身分を証明することができる身分証の発行を行っています。同時に、冒険者登録をすることで、ギルドが発注する依頼を受けることも可能です。依頼の難易度に応じては多くの金額を稼ぐこともできますし、依頼を達成することによって上げられる冒険者ランクが高いと、様々な恩恵を受けることもできます」


 なるほど、これも大体のファンタジー設定と同じような感じか。


 冒険者になることで依頼をこなせるようになり、お金を稼ぎながらランクを上げて有名になる的なやつだ。ここで言うランクというのは剣道とか柔道で言うところの階級や帯の色を指すもので、ランクが高いほど強くて有名みたいなイメージだ。


「今回はスワンさんの紹介ですし、身分の審査はパスいたします。そして、冒険者になる方々にやっていただくことがあります」


「ほう?」


 俺は何の意味もなく、ただ格好良さそうと思って呟いてみた。


「それは、言語習得です。魔法で脳に負荷をかけて、強制的に言語を習得してもらいます」


「うわ、出たよ」


「あれ、ヤバかったよね」


「俺はもう御免だ……」


 周りの冒険者たちが急に騒ぎ出した。


 言語の習得とは一体、どういうことだろうか?


「俺たちに何をしろと?」


「この水晶に触れて頂くだけでいいんです。エリュシオン様がお作りになった、赤ちゃんでも世界共通言語が喋れるようになる優れものです。本来、言語習得の魔法には、金貨一枚ほどの費用がかかると言われているんですよ?」


「金貨一枚か……。スワン殿」


 俺がどういう意味かと視線を送ると、彼は答えてくれた。


「世界共通の通貨は、銅貨、大銅貨、銀貨、金貨、白金貨だ。大銅貨は銅貨十枚、銀貨は大銅貨十枚、金貨は銀貨百枚、白金貨は金貨百枚の価値がある。金貨一枚だと、大体小さな領地一つを買って屋敷を立ててもお釣りが来るくらいの値段だろうか」


 わお、それは凄い。


 領地と屋敷を買うお金を日本円にしたらどれくらいか分からないけど、一千万円もあれば戸建てくらいは買えるだろうと仮定しよう。


 つまり、金貨一枚で一千万円くらいとして、銅貨一枚の価値は百円くらいか。


 うん、値段設定としては大体合っている感じかな。


「つまり、俺たちにその借金を返済できるくらいは働けということか」


「正解です。賢い人は好きですよ」


 笑顔で借金取りみたいな台詞を吐くとは、中々面白いキャラ設定じゃないか。


 きっと、前世の暴力団たちも裸足で逃げ出す肝の座り方をしてるぞ。


「いいだろう。やってくれ」


「かしこまりました。では、今水晶を起動させますね」


 リオが水晶に魔力を込めると、ガラスの内側から冒険心をくすぐるような青い光をぼうっと放ち始めた。


 へんてこ占い師とかが使うインチキ水晶じゃない、本物の水晶か……!


「四人とも、こちらに手を置いてください。すこーし、ほんのすこーしばかり頭痛がするかと思いますが、きっと何とかなりますから安心してくださいね」


 うん、全然安心できないよ、その台詞。


 というか、周りの皆が怖がってたのって実はこういうことなんじゃないかな?


 しかし、俺はどんな時でもキャラを貫き通す男。


 いかなる痛みが体を襲うと、無様に泣き叫んではならないのだ。


「案ずるな。痛みなど、感じることはない」


 俺たちは全員で水晶に手を触れさせる。


 一瞬の冷たさが伝わって来た直後、脳内に膨大な量の情報が強制的に記されていく。


 まるで、脳みその血管一本、一本にペン先を走らされているかのような地獄の痛みが襲い掛かり、内心では超が付くほど痛がりたいし、絶叫したいとすら思っていた。


 だが、絶対にキャラを崩さないという強靭な意志をもってこれを耐え抜き、何とか叫ばずに言語習得を完了させた。


 水晶の光が収まる頃には痛みも完全に引き、俺たちは無事に言語習得を完了したらしい。


「大事ないか、お前たち」


「ええ、少し痛かったけれど大丈夫よ」


「私も、そこまでは問題ないですね。ご心配いただき、ありがとうございます」


「私はほとんどなかったかな。元々、知ってる言語もあったし」


 どうやら、書き込まれる予定の言語の習得率や種族的な違いによっても痛みの振れ幅はかなりあるらしく、とんでもない激痛が走ったのは俺だけだったようだ。


 何だか理不尽な気もするが、叫ばなくて本当に良かった。


 ありがとう、俺のキャラ作り。ありがとう、過去の俺。


「はい、これで言語習得は完了ですね。皆さん、泣き叫ばないなんて非常に偉いですよ。毎回、習得した後に発狂したり、一週間病院送りになったりする人もいますからね。今回は仕事の手間が省けて安心しました」


「そうか。それは何よりだ」


 全然、良くねえよ!


 言語習得するだけで病院送りとか、魔法にしては随分な副作用だ。


 でも、水晶に手を置くだけで習得できるなら、本来は勉強に費やすはずの時間を省くっていう意味でも代償は少ない方なのかも?


 それで廃人になったら意味ないけどね。


「では、お次はこちらの装置を使いますね」


 リオは今出していた水晶を受付の下にしまい、今度は中型の機械を取り出し受付の上に置いた。


 全体に金をあしらったそれは、三脚の上のかぎ爪のような場所にバスケットボールくらいのサイズの水晶玉がセットされている。一方で、上からは直径一ミリか二ミリくらいの針が水晶の中心を通るよう水平面と垂直に吊るされていて、理科の実験室にありそうな実験器具を連想させる格好になっている。


「こちらは、冒険者となる方々の基本情報を測定できる装置ですね。年齢、身長、出身地、取得した資格や過去に討伐経験のある魔物などの情報、犯罪歴、あとは魔力量なんかも測定することができますね」


「魔力量?」


「はい。人の体内にどれほどの魔力を保有しているかの総量ですね。魔力はより強い戦闘を経験したり、後は強い自我を持っていると総量が増えやすいとも言われていますが詳しいことは分かっていません。ですが、魔力量を見ればその人物の強さは大体分かります。魔力持ちの方が強いのは明らかですし、魔力量が多い人間は必然的に強力な魔法や身体強化ができますから」


「へえ、魔力量が測れるなんて便利な世の中になったよね」


「……なるほどな」


 俺たちの生きていた時代は、思っていた以上に昔だったのかもしれない。


 むしろ、こうして文明が発展した時代に来れたことは運が良かったのだろう。


 具体的に数値化された分かりやすい指標があれば、周囲との強さの比較にもなるし便利だろう。


「では、先程と同じように水晶に手を置いてください。今度は、一人ずつお願いします」


「さて、誰から行く?」


「ジョーカー様はきっと素晴らしい魔力をお持ちでしょうから、最後がよろしいでしょう。まずは私が……」


「待って。ここは私で。この中だと一番弱そうだし、あの竜にも歯が立たなかったからね」


「私はいいけど、ジョーカーはそれでいいの?」


「構わぬ。では、俺は最後だ」


 俺は一歩だけ下がって道を譲り、まずはKが基本情報を測ることに。


 彼女はその白く綺麗な爪を持った手を水晶に添えた。


 すると、水晶が青く光り出して装置が動き出し、その光を吸い出すように針へと魔力が吸い出されていく。


 数十秒ほどそうしていたら、すぐに光は収まって装置の動きは止まった。


「では、こちらでステータスを確認いたしますね。装置から送られた情報がこちらから出力され、冒険者カードへと書き込まれます。……はい、登録完了ですね。ギルドでも情報を残すため、ステータスを確認させていただきますが宜しいですか?」


「いいよ、全然」


「ありがとうございます。では……。え?」


 今、リオの素での「え?」が聴こえた。


 リオは顔を少し赤くして咳払いをすると、ステータスをスラスラと手元の資料か何かに書き込んでいく。


 そして、記録が終了すると冒険者カードとやらをKに渡した。


「こちらが登録された内容になります。名前は現在、自分が使っている頻度が高い物を自動的に表示し、左上の冒険者ランクを最低のEランクで登録しています。ランクはE、D、C、B,A、Sの六階級になっていますので、頑張って上のランクを目指してくださいね。名前の下に現在の基本情報を表示していますので、どうぞ、仲間の皆さんでご確認なさってください」


「はい、ありがとう……。ふうん? これが基本情報ってやつか」


「見せてくれるか?」


「別にいいよ。AとQも見なよ」


 俺たち三人に冒険者カードを見せてくれたので、そこに書かれた情報を読み取ってみる。


 確かに異世界言語で書かれているが、先程の言語習得のおかげで文字が読めるようになっていた。


K:ランクE

身長:163cm

年齢:14歳

出身地:旧ビースト皇国(現ビースタニア)

経歴:傭兵(七年)

討伐経験:霧の竜(他三十七種の魔物)

獲得資格:なし

犯罪歴:なし

魔力量:6805


 なるほど、これがKの基本情報か。


 確かに、年齢や出身地、魔力量などのデータを表示してくれている。


 やはり、年齢は俺たちを変わらないくらいか。出身地は、名前からして亜人国家だろうか? 討伐に霧の竜が含まれているということは、あれは俺たちが全員で討伐した扱いになるのだろう。


「K、こんなにも沢山の魔物を討伐していたのね」


「凄いです、傭兵はそういう仕事も請け負ったりしていたんですか?」


「まあね。仕事柄、旅をすることも多いから必然的に魔物と出会う数も多いんだ」


 犯罪歴無し、これは意外と重要かもしれない。便利だなあ、魔法って言うのは。


 そして問題の魔力量だけど、比較する対象がないせいで、これでは周囲と比べてどれだけ高くて、逆にどれだけ低いか分からないな。


「リオ」


「はい、何でしょう?」


「冒険者の平均的な魔力量の数値を教えてくれ」


「平均値ですか……。能力にばらつきがありますので一概には何とも。ですが、全体の中央値は凡そ2000くらいでしょうか。人族ですと大体2000前後、亜人は1800ほどで、エルフや妖精族、魔族だと3000~4000くらいでしょうか。参考になりましたか?」


「ああ、助かった」


 亜人の水準が1400ってことは、Kは既にかなり強いのでは? リオが驚いていたのはそのせいだろう。


「K、自分で言うほど弱くないんじゃい?」


「そうみたいだね……。自分でもちょっとびっくりしてる」


「確実に強くなっている、ということでしょう。元々、魔力量が多かったのでは?」


「……もしかしたら、霧の竜を倒した影響かもな」


「ああ……。それはあるかも。強敵との戦いを経験してってところかな」


 なるほど、これが魔力量が上昇するってことなのだろう。


 一気に3000も4000も増えたとも思えないし、実力は最初から高かったのかもしれない。


 初めて会ったときの戦闘でも、派手に魔力を使っていたし。空腹で理性を失ってなかったらもっと苦戦していただろう。


「では、次の方。お手をどうぞ」


「次は私ですね」


 Qが装置の水晶に白い小さな手を触れさせると、再び装置が動き出し水晶が青い光を放ち始める。


 やがて、所定の手続きが終わると水晶玉の反応も収まった。


「もう手を離していただいて大丈夫ですよ」


「何か、ちょっとドキドキしますね」


「冒険者登録される方々は、最初はそう仰るんですけどね。期待値が高過ぎて自分の魔力量の低さとかに絶望成されたり、中には犯罪歴を暴露してしまう方もいますからね」


 リオはそれを見るのが楽しみとでも言うような今にも鼻歌を歌いだしそうな笑顔で喋る。


 この人、ちょくちょく毒舌発言するし、もしかしてSなのでは……。


「今から基本情報を記録しますが宜しいですか?」


「はい、構いません」


「ありがとうございます。では……。え?」


 また「え?」って言った。


 ちょっと、リオさん。度々、素に戻っていますよ?


「いえ、何でもございます。これで記録は完了しました。どうぞ、ご確認ください」


「ありがとうございます」


 Qが受け取った冒険者カードを見てみると、彼女についてもちゃんと記録されていた。


Q:ランクE

身長:166cm

年齢:15歳

出身地:未開地(所在不明)

経歴:流浪者

討伐経験:霧の竜

獲得資格:なし

犯罪歴:なし

魔力量:8391


 出身地が未開地の場合は魔法でも分からないのか。経歴に関してはどう表示されるのか気になっていたが、特に仕事とかをしていなかったら流浪者で登録されるらしい。

エルフの魔力水準は3000~4000、つまりQは倍以上の魔力を保有している。リオが素に戻ってしまうのもよく分かる。


 だって、俺がそっちの立場だったら目を引ん剝くだろうからね。


「霧の竜と戦った時から思ってたけど、Qって強すぎじゃない?」


「そうでしょうか? 私はジョーカー様に比べたらまだまだですし、お姉ちゃんよりもまだ弱いと思いますよ?」


「これで弱いっていうのが良く分からないよ」


「けど、単純な魔力量だけじゃ強さは分からないんじゃない? Kは私たちより遥かに身体能力に秀でているし、あの竜には物理的な攻撃が効きにくい様子だったから」


「そうかもしれないな」


 Kは亜人である分、種族的にエルフよりも魔力量が少なくなるのは仕方ないのだろう。


 代わりに、それを補うだけの身体能力の高さがある。Aの言う通り、単純な魔力量だけで強さを測ることは難しそうだ。


「では、次の方」


「私ね。よろしくお願いするわ」


 もう手順は分かっているので、Aが手を置くと勝手に測定が始まった。


 三回目ともなると装置の動きよりも、彼女を測定している様子を観察するリオの視線の方が気になってくる。


 周囲の冒険者たちも彼女らが測定する様子を静かに見守っていて、待っている時間が落ち着かない感じになってきたのだが、俺のキャラ設定上、大人しく待つ以外の選択肢はない。


「はい、測定終了ですね。今から基本情報を……」


「大丈夫だから、やってちょうだい」


「はい、ご協力ありがとうございます」


 もう何を言われるか分かっていたので、Aも流れで許可を出す。


 ああ、あるよねそういうの。いつも行くお店とかだと面倒だからやっちゃう。


 本を読むときとか行きつけのカフェを利用してると……。


「っ!? ……これで基本情報の登録は完了です。ご確認ください」


 今、一瞬だけ目を見開いた気がしたがすぐに営業スマイルへと早変わりしてAに冒険者カードを手渡した。


 リオのもうこれ以上は素を見せないという強い意思を感じる。


「なるほど、これが私の……」


 例によって、Aのステータスも全員で確認することに。


A:ランクE

身長:166cm

年齢:15歳

出身地:未開地(所在不明)

経歴:流浪者

討伐経験:霧の竜

獲得資格:なし

犯罪歴:なし

魔力量:8725


「確かに、Aの方が強いみたいだね」


「流石はお姉ちゃんです。私も負けないように頑張らないと」


 Kが評論するように言って、Qは姉の強さに目を輝かせながらも闘志を燃やす。


「魔力の精密な操作で言えば、Qの方が上よ。私は割と力任せに剣を振るっているところもあるから」


 Aの剣技は力強いが決して雑というわけではない。魔力の精密な操作に劣るために汎用性が低い分、一つ一つの技は生半可な強さではなくなるという強みもある。


「だが、その力は霧の竜にもダメージを与えていただろう」


「ほんの微々たるものよ。褒められるほどのことでもないわ」


「謙虚が過ぎるよ。私よりはずっと善戦してたのに」


「ふふ、ありがとう」


 Kに褒められて小さく顔を作った。


 こうして互いを認め合える仲間がいるのもまた、ファンタジー世界の醍醐味ってものだよね。いいよ、そういう展開も大好きだ。


「では、最後ですね」


「よろしく頼む」


 いよいよ、皆を測定を終えて俺の順番が回って来た。


 皆の様子を見ていたのに、改めて装置の前に立つと緊張するな。


 健康診断とか、ちょっとした抽選会に参加したときとかも、何でもない動作をするのに皆に見られているってだけで変なて汗かくよな。期待とか、不安とか、やっぱり少なからずは感じてしまうんだろうね。


 今はクール系京手キャラ設定のおかげで自分を大きく見せてるから動揺は隠せてると思うけど、後は表情に注意を払いながら堂々としていないと。


「では、こちらにお手を触れてください」


「ああ」


 俺が自分の手をかの水晶玉の上に置くと、やがて装置が動き出して水晶玉から青い光が発光し始めた。


 他所で見ているのと、実際に体験するのは違う。この世界に来て、賊を狩り、竜と戦って、色々な経験をして分かったことだ。


 本で読み進めることで得られる興奮はあるが、あれらは彼ら自身の物語であって、所詮は物語の世界の外から傍観する第三者に過ぎない俺にとって、やはりどうしようもない飢餓感を与える材料になっていた。


 彼らの体温を、感情を、臨場感を感じているにも関わらず、手の触れられる距離にないことを悔しみ、そして同時に強い憧れと衝動を抱く。


 だから思うんだ。俺は、今最高に充実していると……!


「はい、終わりましたよ。もう手を離して大丈夫です。基本情報の記録にもご協力いただけますよね?」


「ああ。頼んだ」


「畏まりました」


 俺は自分の手を離して、彼女が自分の情報を書き終えるのを待っていると……。


「え?」


「え?」


 俺はつい反応してしまった。


 だって、急に眼を大きく見開いて書かれた情報を二度見したから。


 それはここまでで見た事ないほど盛大に顔が引きつっていた。


「す、すみません……。もしかして、見間違いかと思いまして……。もう一度、確認いたしますね」


「うむ」


 リオは何度も、何度も、何度も確認するが結果は変わらず、サラサラと筆を進めていく。


 だが、引きつった顔は完全に顔面崩壊を引き起こしており、この世の終わりを見ているかのような人の顔だった。


「どうした。何か非常事態でも起きたか?」


「い、いえ……。こちら、冒険者カードになります。ご確認ください。私は、少々席を外させていただきます」


 彼女は一歩、二歩と下がりピュッ―とでも音が鳴りそうな猛ダッシュで受付の右側へと引っ込んでいった。たぶん、スタッフルームか何かに行ったのだろう。


「ジョーカー様、ささ、見せてください」


「気になるわね。私たちのリーダーの情報」


「勿体ぶらないで、早く見せて」


「……ああ」


 まだ俺も確認してないんだけど、皆で見れば問題なよね。


 俺は皆に見えるように冒険者カードを広げて見せ、俺も情報を確認するが……。


 ぎょっとして、俺もまた二度見しそうになった。


 危ない、危ない。俺のキャラ設定上では、どれだけ高いステータスでも「これくらい当然」くらいの肝の座り方をしないといけないのに。


 しかし、心臓は霧の竜と対峙したときに近い緊張感で鼓動をしている。


「これは……。流石に、絶句せざるを得ないわね」


「やはり、流石はジョーカー様……!」


「こんなの、もう人間なのか怪しいレベルなんだけど……。人間、なんだよね?」


 彼女たちが動揺するのだって分かるよ。


 当人が一番動揺してるんだからさ。


ジョーカー:ランクE

身長:170cm

年齢:15歳

出身地:未開地(所在不明)

経歴:流浪者

討伐経験:霧の竜

獲得資格:なし

犯罪歴:なし

魔力量:15856


 だが、残念なことに産まれも育ちもここ異世界であり、俺は列記とした人間だ。


 恐らく、自我が強いとか、霧の竜という強敵を倒しまくったとかが主な原因だろう。


「私はもっと、あなたに近づきたい。あなたがこれだけ強いなら、私たちはもっと強くならなければならないわ」


「ですね。私も、もっと、もっと頑張ります!」


「二人は前向きだね。私も言ってないで、まずはトレーニングからようかな」


 三人がやる気になっているので、俺も言葉を選んでっと。


「……期待しているぞ」


「ええ、必ずや応えて見せる」


「ジョーカー様のお傍に立てるように」


「やったろうじゃないの」


 改めて決意を固め直した俺たちのところへ、ギルドの奥からリオが誰かを連れて戻って来た。


 その男は黒をベースとした伯爵服を着ていて、左胸には金色の五芒星の勲章らしきものを付けた白髪の男だ。見た目は五十歳くらいだが、がたいがしっかりしていて身長が高いお蔭か貫禄があり、品定めでもするかのように目を細めて俺のことをじーっと観察している。


 彼はギルドのカウンターからこちら側へとやって来ると、俺の前で立ち止まった。


「君が、ジョーカー君かね?」


「ああ。そうだ」


 ビブラートのかかったイケボの、イケおじさんが尋ねてきた。


 視線の動き、呼吸の仕方、そして魔力の量……。


 彼は間違いなく強者だ。俺と比べると弱いだろうが、このギルド内で俺たち新人冒険者を除けば間違いなく一番強い。


「そうか。それは良かった。私は、ここ王都リントブルムのギルドマスター、エルハルト・バーンという。ようこそ、冒険者ギルドへ。君たち四人を歓迎しよう」


 彼はにこりと笑顔を浮かべて言うが、明らかに営業スマイルだろうなこれは。


「この人、恐ろしく強いわ」


「ええ、今の私たちではとても……」


「これがギルドマスター……。全身の毛が逆立つよ」


 三人も彼の強さを肌で感じられているようだ。


 だが、動揺を顔に出そうと一歩も引かない姿勢を見るに、ミスティアとの戦いで精神的にかなり成長をしたみたいだ。


「ギルドマスターが自ら……」


「マジかよ、こんなの今までにあったか?」


「とんでもない新入りってことだろう?」


 周囲の冒険者たちがわちゃわちゃと騒ぎ出す。


 ギルドマスターとはつまり、このギルドで最も位の高い人物のことだ。


 これはまさか……。ファンタジー定番、強い新人冒険者が現れギルド騒然!? というやつではないだろうか?


 俺が望んでいた展開とは少しだけ違うけど、こういうのも悪くない。


「まさか、ギルド長殿が……」


 スワンが口にすると、エルハルトが彼に気づいて視線をそちらに向ける。


「おや、そこにいるのはスワンじゃないか。久しぶりだね」


「ギルド長殿こそ、息災で何よりです」


「ありがとう。また今度、一緒にお茶でもしようか」


「光栄です!」


 どうやら、スワンとエルハルトは知り合いのようだ。しかも、騎士団長とも言える立場の人間がエルハルトに畏まるとは、ただならぬ関係ということだろう。


 旧友の再会を喜んでいるところ悪いが、本題に入らせてもらおうか。


「ギルドマスターが直々とは、随分と豪勢な歓迎会だな」


「はっはっはっ、謙遜することはないよジョーカー君。君たちのような強い冒険者が来てくれることは歓迎されるべきことなのだ」


 彼は俺たちに再び視線を戻しながら、ギラリと眼光を光らせた。


 俺たちに会いに来たのは、単に挨拶に来ただけか? それとも、何か用事あるのか?


「何か用か? 俺たちは身分証を作るためにここへ来た。今日の宿すらも怪しいほど金もないのでな。できれば手短に済ませて欲しいものだ」


「そう焦ることはない。ならば、どうだろう。私が君に一対一の決闘を挑む。勝っても負けても、報酬は金貨一枚。これなら、当分生活に困ることはないだろう。聞けば、君たちは霧の向こうから来たというじゃないか。私は個人的にも、とても興味があってね。引き受けては貰えないだろうか? 私、ギルドマスター直々の依頼をね」


 彼の問いに応えるか、否か。


 そんなもの、俺がもしも彼らファンタジー世界の主人公たちのような立場にあるというのなら答えはもう決まっている。


「受けよう。ギルドマスター」


「良い答えだ。私を前にしてもなお向かって来るその姿勢、若造にしてはよくやる」


「それで、ルールは?」


「何、簡単なゲームだよ。今から私が使う魔法を受けきれば君の勝ちだ。どうかね?」


「いいだろう。三人とも、下がっていろ」


 俺は不安げな表情を浮かべる三人に、背を向けながら言った。


「……分かった、気を付けて」


「ジョーカー様、ファイトですよ!」


「ほら二人とも、早く下がらないと巻き込まれるかも」


 三人が下がったのを確認し、エルハルトの内にある魔力が増幅し始めた。


「『汝の魂よ、我の呼びかけに応え姿を晒せ——魂映写ソウル・スクリーン』!」


 彼が唱えたのは、恐らく魔法を唱えるための呪文。


 その瞬間に、俺の心臓が鷲掴みにされたかのような激痛を胸に感じ、血流が加速したみたいに体中が熱く火照り始め、脳が焼き切れそうになるほどの強い眩暈が引き起こされた。


 気付けば、そこは何もない荒野のような場所に俺は一人立っていた。


 仲間もおらず、周囲に人の気配すらなく、どこまでも果てしない大地が永遠と続く場所。


 空がまるで球体のようになった世界で、俺は一人冷静に思考する。


「どうやら、ここは俺の精神世界のようだな」


 何となく、そんな感じがする。


 ギルドから急に転移させるなんて、竜種のミスティアでもない人族のギルドマスターにできるわけもない。


 なるほど、自分の精神世界を体感する魔法か、あるいは浸食系の魔法か。


 どうなるか、暫く観察していようか。


 すると、向こうの空が鈍色に光始め、やがて赤く錆びれた血色の空へと景色が変わり、世界の端の方から徐々に、徐々に俺の精神を蝕むかのように世界が解けて消えていく。


 暖炉に燃え盛る炎に本の端を触れさせ、徐々に物語が消えていくかのように。


 何もしないでいると、世界の消失と共に俺の精神が侵されていくのが分かる。


 やはり、精神支配系統の魔法だったようだ。俺が発狂するのかどうかを試している。


「……だが、この程度か」


 俺はちょっとだけ残念に思っていた。失望、と置き換えても良い。


 どうせギルドマスターと勝負するなら、滅茶苦茶に剣を交えてギルドをぶっ壊すとか、新手の第三者が出現してギルドマスターの目の前でそいつを倒すとかしたかった。


 個人的には、俺たち新入り冒険者をいびるモブの中でもそこそこ強そうなやつが現れて「新人のくせに生意気なあ!」と襲い掛かってくるのを返り討ちにしたいのとかやってみたかったんだけど。


 まあいっか。初ギルドのイベントは十分に堪能できたし、そろそろ終わりにしよう。


「さて、現実世界の俺はどうなってるかな」


 意識を少し外側に向けてみれば、俺は棒立ちのまま突っ立っていた。


 たぶん、意識を精神世界に引き込まれてるせいで本体に意識がないのだろう。


「なら、さっさと戻るか。皆が待っている。来い、『黒剣』!」


 俺はいつも通り、黒剣を出してそれを頭上に掲げ両手で支えた。


「このような世界に、用はない。砕け散れ。黒剣弐ノ型——『星砕き』!」


 俺の精神世界を自ら崩壊させることで外への脱出路を確保、そのまま意識は体へと戻されていった。


 目を開けると、そこはギルドの中。目の前には俺を睥睨するエルハルトの姿があった。


「どうだったかね、君の精神世界は」


「やはり、あれは俺を映す鏡だったか」


「そうだ。私が編み出した固有魔法『魂映写』は人を己の魂と向き合わせる。精神を悪くしている者ほど悪夢のような光景を幻視しやすく、発狂する者すらもいる。意識が戻らず帰って来なかった者いるくらいだ。だが、君は帰って来た。故に問おう。君は、君の心の中で何を見た?」


 あの精神世界は、俺の心模様を表わしていた。


 だとすると、あの世界はファンタジー世界に対する純粋な憧れであり、世界の崩壊とはすなわち非情にも夢が叶うことがないという現実に打ちひしがれた俺自身か。


 だが、それはもはや過去の俺に過ぎない。今の俺は欲しい物を既に手に入れている、だからこそ俺はあの世界で振るった黒剣によって精神世界を脱出できた。


 後に残ったのは、何もない無の世界。それが、今の俺の答え。


 故に、俺は答えた。彼の質問に対する、俺だけの回答を。


「何もない」


「何だと?」


「何もない、と言ったのだ。だが、それは空っぽという意味ではなく、むしろ幸福で満たされている。何故なら——」


 俺はここぞとばかりに、決め台詞を言った。


「俺の名はジョーカー。何者でもないが、何者にもなれる者だ——。故に、縛られた世界の形は俺に相応しくはない。常に自由にあり続けること、それがあの世界で俺に見せてくれた心の在りようだ」


 俺の答えを聞いて驚いていたエルハルトは、やがて「ふっ」と笑って踵を返した。


「合格だ、ジョーカー君。君の強い精神力は、その強大な力を持つに相応しいようだ。今後も、君の……いや、君たちの活躍に期待しよう」


 顔を見せないまま裏に戻ってしまったので彼がどんな表情をして言ったのかは分からないが、彼の声は幾分か弾んでいるような気がしてならなかった。


「ギルドマスターが……」


「ギルドマスターが認めたぞ!」


「「「うおおおおおおおお!」」」


 ギルドは沸き立ち、こんな狭い室内に男女関係ない雄叫びが響き渡る。


 流石に叫び過ぎだろう、少し耳が痛いよ。


「おめでとうございます、ジョーカーさん。ギルドマスターがあそこまで評価する人材は久しぶりです。本当に喜ばしいですよ」


「感謝する」


「むしろ、こっちが感謝したいくらいです。改めて、ようこそ冒険者ギルドへ。ジョーカーさん、Aさん、Qさん、Kさん。こちら、報酬の金貨一枚です。どうぞ、お納めください」


「ああ」


 俺は金貨一枚を懐にしまい、周囲が新しい冒険者誕生を祝って本人たちを置き去りに酒を頼んでは乾杯をする中、Kに向き直った。


「ありがとな、K」


「ど、どうしたのさ、急に」


「ただの礼だ。霧の森で助けてもらったこと、まだちゃんと言葉で伝えてなかったからな」


「ああ、別にいいのに。私だって、出たかったんだからさ」


「でも、あなたがいなかったら私たちは永遠にあの森を彷徨っていたかもしれないわ。本当にありがとう」


「こういうときくらい、Kには感謝してあげます。ありがとうございました」


「何だよ、そんな上から目線で……。でも、うん。こっちこそ、ありがとね」


 にへらと笑うKに、俺もつられて笑いそうになるのを抑え込む。


「あ、今ちょっとだけ笑ったでしょ」


「笑ってなどいない」


「嘘だよ、笑ったって」


「ジョーカー様が!? ああ、そのお姿を見逃すなんて! もう一度笑ってください! ほら、にぃーって」


「Q、可愛いわね」


「お姉ちゃんじゃなくて! ジョーカー様!」


 だが、この賑やかな雰囲気も今日で終わりか。


 少し寂しい気がするが、仕方ないよな。


「さらばだ、K。お前は傭兵として頑張れ。俺たちも冒険者として努力していく」


「じゃあね、K。またどこかで会いましょう」


「次に会った時は、ちゃんと勝負をしましょう。それまで、訓練を怠ったら駄目ですからね」


「ああ、ありがとう。三人とも」


 俺はひらりと黒衣を翻して、依頼を受けるために掲示板の方へ歩みを進め、AとQもそれに続く。


 少し長すぎたが、これでプロローグは終了だ。


 ここから俺たちは冒険者として、この世界で逞しく生きていくことに……。


「ちょーーーーーっと待って!」


「ん? 何だ?」


 せっかくの感動的な展開だったのに、いきなり大声で呼び止められたので振り返る。


 すると、KはAとQの間を通って俺の下へとやってきた。


 まだ何か用事でもあるのだろうか?


「何だ、じゃないよ! 普通、ここは「これからも四人で頑張ろう!」みたいな胸が熱くなる展開でしょうが! 何でもう別れることになってんの!?」


「いや、Kとは協力関係にあっただけだし、傭兵の仕事もあるだろうと思って気遣いをしたまでだが」


「それはどうも! けどね! もう百二十年以上も元居た時代から経ってるのに、仲間が一人でも生きてると思う!? 長寿の種族に知り合いなんていないし、一人で傭兵するには限界があるって!」


「それはすまなかった。まさか、Kがそこまで俺たちとの生活を気に入っているとは思わなくてな」


「はあ~。まあ、私も最初はあの森を出たら別れるつもりでいたからね。人のことは言えないけどさ。でも、良かったら寂しい事を言わないで、私も連れてって。必ず、ジョーカーやA、Qの役に立つからさ」


 彼女は真っ直ぐな瞳で俺の姿を捉える。言わば、「Kが仲間にしてほしそうにこちらを見つめている」的な奴だ。


 AとQに目配せをすると、彼女たちも同行を許可する意味で首を縦に小さく振った。


「いいだろう、これからよろしく頼む」


「よっし! じゃあ、よろしく。ジョーカー、A、Q」


 俺自身としては本当は「あの時から私は強くなった」的な感じで再開する展開も予想していたんだが……。


 彼女がとても嬉しそうに無邪気に笑うものだから、これも悪くないかなと思った。


「あ、そうだ。せっかく仲間になったんだし、ジョーカーに甘噛みでもしようか」


「甘噛み?」


「首筋に私の歯形を付けるんだ。自分が親愛を向ける対象にするんだよね。どうかな?」


「いや、流石にここでは……」


 人の目もあるし、何よりそれを許さないであろう人物が一人いるだろうし。


「なら、ご主人様呼びで靴でも舐めようか? 上官が「いつか心の底から信頼できる相手ができたら靴を舐めて忠誠を誓え」とか言ってたし!」


「絶対に辞めろよ。フリじゃないぞ? 絶対にするな」


 というか、上官さんはなんてことを教えたんだ!?


 まさか、こいつの言動の端々が阿呆の子になってるのって上官って人のせいなんじゃ。


「じゃあ、ご主人様……。覚悟!」


「くそ! 辞めないか、この阿呆!」


 彼女が飛び掛かって来たので、がしっと彼女の腕を押さえて抵抗していると、Kのすぐ背後から邪悪なオーラが漂ってきた。


「ジョーカー様に、そんな破廉恥な……。やはり、仲間にするべきではなかったかもしれませんね。お覚悟、雌狼!」


「ぎゃああああああ!?」


「待て、Q! 俺を巻き込むな!」


「いいぞ! 乱闘だ!」


「やれやれ! 今日はお祭り騒ぎじゃああ!」


 みんな大人しそうかと思えば、やはりここは冒険者ギルド。


 血の気の多い者たちが集まっていたようで、あっという間に乱闘騒ぎは伝染病のように広がりどんちゃん祭りだ。


「うふふ、皆元気が良くて飽きないわね」


「そんなことを言ってないで止めろ! A!」


「それも面白そうだけど、私も混ざっちゃおうかしら」


「寄せ! A!」


 チャンバラごっこに唯一理性的なはずのAも加わり、完全に混沌となったギルド内。


 やがて争いが静まる頃にはギルド内のテーブルや椅子は滅茶苦茶になり、所々に乱闘によってできたらしい傷跡があった。


 その様子を見ていて、一番お冠だったのは他でもないリオだったようだ。


 彼女は静かに笑みを浮かべていたが、迫力はラスボスレベルで全員が絶句している。


「皆さん……。表に出なさい! そして、反省しなさああああああい!」


「「「「ぎゃああああああああ!」」」」


 地獄の底に住む鬼のような形相に冒険者たちは絶叫した。


 無論、俺たちが絶叫することはなかったわけだけど、処刑から逃れることはできず……。


 俺たち冒険者一同、それから一晩中冒険者ギルドの前で「私たちがやりました」というメッセージ付きの看板を持たされて正座させられ続けた。


 俺としては宿代が一泊分浮いたとも考えられたけど、朝になったら足が痺れて動けなくなっていたのは記憶に新しい。


 このギルド内で一番怒らせてはならないのは、実はリオだったということを思い知った瞬間なのであった。

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