大切なもの
取り敢えず、Kに現在の自分たちが置かれている状況を説明した。
この森は霧によって空間が歪められていること、霧の原因となっているものを絶たない限り出られないこと、見つけられなければ一生をここで暮らし骨をうずめることになることも。
「それは、確かに大変だね……。よし、連れてってもらうからには、ちゃんと役に立つ。まあ、ここは任せてよ」
あれだけ散々な扱いをされてよくやる気を出せるものだと感心しつつ、Kを加えて森を探索し続けるが、やはり進展らしき進展はない。
探索を始めてから、かれこれ五時間は経っただろうか。既に空は茜色に染まり日は暮れそうになっているが、まだまだ終わる気配はない。
俺たちは全員、森の中の微かな変化や脱出の糸口を見逃さないために無言で探索していたが、流石に気になってKに話しかけた。
「K、自分の鼻に変化は感じないのか? 微かな違和感でもいい」
「う~ん、やってるんだけどねえ……。そこら中からこの森の匂いとは違う何かが漂っては来てるから、たぶんこれだとは思うけど……。どこから来てるのかが分からない」
「違和感を感じたのはいつからだ?」
「つい、十分くらい前かな……。最初は気のせいかと思ったから言わなかったけど……。うん、何度も確かめたから間違いないと思う」
「そういうことはもっと早く言え。別にKのことを疑うようなことはしない」
「了解。これからはちゃんと言うよ」
やはり、亜人だからこそ感知できる匂いがあるのかもしれない。
だが、仲間が一人加わっても森が狭くなったわけではないので、探索範囲が膨大な事実は変わらないままだ。
ここは一先ず、彼女の感じている違和感の正体を明らかにする必要があるようだ。
「A、Q、目視できる距離に何か違和感はあるか?」
「ないわ。それが分かれば、とっくに外に出られてるもの」
「私も同じです。申し訳ありません」
「いや、構わない。俺も見つけることができないでいる。すまない」
「あなたが謝ることじゃないわ。悔しいけれど、Kの嗅覚を頼りにするしかない」
「K、その違和感の原因となる匂いの発生源はまだ特定できないんですか?」
「そうは言われても……。すんすん、すんすん……。あー、でも匂いは強くなってるみたい。あ、これだ」
Kはたったと走り出し、すぐ目の前の木に触れたり、顔を近づけて匂いを嗅いだりし始めた。一見、何の変哲もないただの木のように見えるが……。
「どうしたの、K。トイレでもしたくなったの?」
「この状況で冗談が言えるのは流石だと言いたいけど、割と本気で言ってるみたいだね……。って、違うよ。この木が明らかにおかしい」
「この木が?」
「うん。匂いが一番強いのはこれ。でも、どうしてだろう。それが分からない」
俺たちもまたKと同じように触ったり、匂いを嗅いでみたりしたが、これと言って明確な違いがあるようには見えなかった。
「Kの言う事は取り敢えず信じましょう。けれど、見た目には違和感を感じないし、ここからどうすればいいのかしら?」
「叩いたり、切り倒してみるのはどうでしょう? 何か入っているかもしれません」
「……」
叩く、割る、燃やす、切り倒す、食べる……。色々な意見が出る中、俺はもう少しだけ考え続ける。
こういうとき、五感じゃないもう一つの感覚があれば……。
あ、あるじゃないか。魔力感知が。
どうしてここに来るまで思い至らなかったのか、自分の間抜けさに嫌気がさす。
俺はここ一帯の木を対象に魔力感知を使ってみた。
するとどうだろう。他の木と見比べてみると、明らかに強い青紫色の光を発している。
この木自体にかなりの魔力が蓄えられているのか?
とりあえず、俺は今分かったことを三人に伝える。
「違和感の正体は魔力の量だ。この木は、非常に濃密な魔力を蓄えている」
「なるほど、流石はジョーカーね。魔力感知という手に気づくなんて……」
「私もまだまだですね。御見それ致しました」
「それで? 魔力がいっぱい蓄えられてるから何だって言うのかな?」
確かにKの言う通り、重要なのは違和感の正体が魔力だと分かったことではなく、これをどうしなければならないのかだ。
「……分からん」
「分からないのか……。人のことを散々攻めてこいて、いざとなったらこれなの?」
「ジョーカーはいいのよ。どうせすぐ答えにたどり着くわ。私はそれより早く答えにたどり着いてみせる」
「私だって、今度こそジョーカー様に良い所を見せないと……」
「君たちのジョーカーに対する信頼がどれだけ厚いか分かったよ、ありがとう。それで? 頼みの綱であるジョーカーは答えは分かりそう?」
「ああ。既に答えは出ている」
半分本当で、半分は嘘。
心当たりというか、解決方法っぽい定番は知ってるけど、確証がないって話だ。
「なら、教えてよ。その方法。こんな森、さっさと出て皆で祝賀会を開こうよ」
「そうしたいのは山々だが、今日はもう日が暮れる。それに、こういうイベントの後はボス戦が基本だからな。しっかりと英気を養う必要がある」
「いべんと? ぼす、せん?」
おっと、危ない。つい、こっちでしか把握していない言葉を使ってしまった。
謎の言葉を呟く不思議系キャラじゃないから、そういう言動は極力避けないと。
「危険なことが待ち構えているという話だ。今日は休むぞ、焦りは禁物だ」
「ああ、そういうこと。それなら、明日の朝一まで待ちますか。どうせ、この森には長いこと閉じ込められるかもしれないんだし、一晩待つくらいはどうってことないよね」
「それでは、野営の準備をしましょう。K、あなたも手伝いなさい」
「サボったらご飯抜きにしますよ」
「やるよやるって。全く、君たちは上官みたいなことを言うんだな……」
野営を準備を終えた頃には、すっかり日も落ちてしまっていた。
今日のご飯は川魚の香草焼き盛り合わせ……。これもそろそろ飽きて来たし、確かに早くこの森からは出たいかも。
「いやあ、美味しいねえ! こんな森で大量に魚が食べられるなんて贅沢だ!」
俺たち三人にとってはもはや当たり前の食事なのだが、臨時メンバーである彼女はとても嬉しそうに食べていた。
口の周りを油やお焦げだらけにして、バクバクと食べている。
俺たちくらいの年齢なら食べ盛りなのだろうけど、明らかに俺たちより食慾旺盛でニ十匹近くあったはずの川魚を一人でもう十匹は食べている。
俺たちはそこまで食べないからいいけど、本当によく食べるなあ。
「珍しいか、魚は」
話の種に聞いてみた。
「珍しいも何も、森の中を行軍するときに川魚を食べられることの方が少ないよ。川を見つけなきゃいけないし、川が見つかっても獲れる魚は一匹や二匹さ。よしんば多く獲れても、基本は皆で分け合うことになるから一匹丸々なんて無理だしさ」
「そういうものか」
そう言えば、彼女は傭兵をやっていたんだっけ。
雇われだと給料とか貰える食料の分け前とかも基本的には少なそうだし、彼女の感覚はある意味で正しいのかもしれない。
「ねえ、Kは傭兵って言っていたわよね? 戦うことが仕事なのかしら?」
「うん、そうだよ。基本的には戦って、食べて、寝る。それくらいしかしない。私は孤児だったからさ、上官に拾ってもらった小さな傭兵部隊で戦闘訓練してもらって、七歳くらいからはずっとあちこちに行ってはこの爪を振るったよ。魔力の使い方とかも、上官に教えてもらったんだ」
「孤児ですか……。言いたくなければ答えなくてもいいですが、Kは両親とかの顔はおぼえているんですか?」
「いんや? 気付いたら貧民街に居たからね。ああ、別にそれが辛かったとか、親を恨んでるとかないから気にしないでいいよ。上官に拾ってもらえて私は幸せだったからさ」
彼女は再びバクバクと魚を齧り始めた。
Kの言葉に嘘はない。しかし、望んで孤児になるような人間はいない。
偶々、彼女は運が良かっただけで、もしかしたら俺やA、Qのように集落の人間から殺されそうになったり、労働力として体が壊れるまで働かさせられることになっていた未来もあったのかもしれない。
しかし、こうして俺たちが出会えたのは皆が辛い境遇を経験していたからで、それらを考えると後付けにはなってしまうが生きていて良かった、こんな境遇も悪くないと思えてしまうのが人間の不思議なところである。
前世でもしも長生きしていたら、そんな風に思える日が訪れたのだろうか?
そんな考えが脳裏を過って、すぐに忘れた。
ふと用意した魚盛りを見れば、もう魚は二匹しか残っていなかった。俺たちは特に食べる気はないので、嬉しそうに食べているKに譲ることにしよう。
「上官は、良い人だったんだな。この森を出たら、会いに行くのか?」
「それは無理。上官、戦死してもういないからさ」
まさかの地雷を踏んでしまい、途端に申し訳のない気持ちになる。
「……すまない」
「いいよ、別に。あの人が死んだ事実はもう飲み込めてる。傭兵とかやってたら、死ぬのは当たり前だよ。人を殺ってお金貰ってるんだからさ」
何度も言うが、俺はこれでも常識人だ。他人を慮る気持ちはちゃんと残しているつもりだし、人の死を嘆くことができない無情な人間でもないつもりではいる。
ただ、ほんの少しばかり……。
「羨ましい、のか……」
「え?」
「……いや、何でもない」
つい呟いてしまった。キャラを崩してはならないってさっき言っていたばかりなのに。
彼女のように、失った時に嘆くことができるほど大切な人が出来ていたら……。
俺はファンタジー世界の住人になりたいという荒唐無稽な夢を諦めて普通の男子高校生として、皆と一緒に大人になっただろうか。
さっきの考えの続きだ。長生きした人生の延長線上に、そういう人が出来ていたらと。
俺は前世に、未練があるのか?
考えれば考えるほど分からなくなる。けれど、見ないようにしていた気持ちに気づいてしまったがために無視することもできない。
羨ましかったのだ。叶わない夢を追いかけることは辛いことだ。
しかし、諦められないのだから仕方ない。そう言って現実逃避を続けていたのは、俺があの娯楽たち以上に大切なものを見つけられなかったから、あるいは見つけようとしなかったからだ。
そして更に言うと、俺は同時に理解して欲しかったのかもしれない。
俺の憧れを、このどうしようもなく届かないと分かっている場所に手を伸ばし続ける俺のことを誰かに。
家族でも、友人でも、誰でもいいから……。
まあ、それは絶対に無理だったんだけどね。親は頭が固くて俺の話は聞こうとしない、いつも自分たちが正しいと思っている。
剣道やりたい、柔道やりたいって言ったのは俺だけど、彼らは俺が強くなりたいのを知っていて通わせてくれていたわけじゃない。将来の役に立ちそう、もしかしたら大会で優勝して有名になるかもしれない。
私利私欲のため、どこまでも俺のことを便利な道具としてしか見ていなかった。
あの時は、解釈はどうあれお金を出してくれるならウィンウィンの関係としか思ってなかったけど、俺が通いたいと言い出した理由くらい聞いて欲しかったのかな……。
たんと、俺の両手に誰かが触れた。
俺の手の上には、似ているけど二つの違う白銀の雪原のような綺麗な手が置かれていた。
「……どうした、急に」
犯人確定のAとQに聞いてみる。
俺の視線は未だ置かれた手に向けられていて、二人の表情は見えない。
「ジョーカー、あなただって人間なんだし、辛いこともあったのでしょう?」
「ジョーカー様、私たちはいつだってお傍にいます。話したくないことは話さなくてもいいですが、私たちのことをもっと頼ってくださいね」
温かい。彼女たちの体温が手から徐々に伝わって来る体温のおかげだろうか。
いや、それだけじゃない。心が何故か、とても安らぐ感覚がする。
「まあ、会ったばかりの私が言うのもなんだけどさ。こんなにも優しくしてくれる女の子が二人もいるんだから、頼っちゃえばいいと思うよ? AとQはジョーカーのことを理解しようとしてくれてる。上官が私に対してそうだったようにね」
「K……」
「大切なものは、簡単に手放しちゃ駄目だよ。失ってから気付くと遅いからね」
「……」
そうか……。俺は既に、手に入れていたのか。
俺は、俺を理解してくれようとしてくれる大切な人たちを。
俺の主人公プレイに付き合わせようとして一度は見捨てるところだったのはまあ……、うん。だけど、結果的オーライってことで。
だから、伝えるべきことはちゃんと伝えないとな。
「ありがとな、A,Q」
二人の目を見てちゃんと言うと、彼女たちは優しく微笑んだ。
「いいのよ。いつでも頼って」
「これくらいはお安い御用です。できれば、その……。もっと、家庭的な面でも支えられるようになれたらとは思いますが……」
Qはシリアス調でも平常運転かあ。もう逆にほっとするよね。
「それから、Kもありがとう。おかげで、大切なものに気づくことができた」
「そう。なら、これからも大切にしてあげなよ? こんな可愛くて甲斐甲斐しい二人を蔑ろにしたら承知しないからね?」
彼女はニカッと笑って親指を立てたので、俺もふっと格好つけて小さく笑む。
「さて、じゃあ私もお三方の方にお邪魔しようかな」
「え?」
俺が間の抜けた声を出している間にもKはこちらに近づいてきて後ろに回り込み、大胆にも俺に抱き着いて来た。
ぎゅっと押し当てられた膨らみかけの二房が何とも言えない感触で……。
「おい、何をしている?」
「いや、だって私だけ仲間外れって嫌じゃない? いいじゃん、ちょっとくらいは。男なら、こういうことされたら役得ってものじゃないの?」
うん、俺は別にいいんだ。俺はね。
けどたぶん、隣の二人が黙ってない気がするんだよね。
特に、Qが……。
「ねえ、雌狼。人生最後に良い思いができて良かったですね?」
「あれ? Q?」
Kが冷や汗を滝のように流しながら、ギギギとロボットのようにして右側を見る。
そこには、紫紺の瞳にほんの少しばかりの愛憎と底知れぬ狂気を宿した女の子がいた。
「はあ、やったわね。ご愁傷様」
「ちょっと、A? 何でそんな諦めて……。ちょ、ちょっと待とうか、Q。ほ、ほら、もう離れたよ? 手も離しちゃったし、ちゃんと距離を……」
「……すぅ」
Kが手放しをしてアピールをするも、もう遅い。
Qの手には黒剣が握られており、処刑準備は万端だ。
「お覚悟」
「待って! お願いだから!」
「問答無用です! ジョーカー様に卑しい胸を押し付けて! 匂いをつけて! 許しません! 絶対に!」
「落ち着こう! 話せば分かる! 出来心だったんだ!」
「出来心で許されたら浮気は存在しないんです!」
「ぎゃああああああ!?」
楽しそうに? 二人はそこら中の茂みを駆け回る。
いやあ、よく逃げるねKは。亜人の身体能力の高さを利用した見事な身のこなしで黒剣の斬撃を避けている。
「仲が良いな、あの二人は」
「そうかしら? まあ、Qに私以外に親しい人がいるのは悪い事じゃないわ。気兼ねなく感情をぶつけられる友人が一人くらい居てもね」
「呑気なこと言ってないで助けて! 殺される!」
「はいはい」
Aが渋々といった風にQのことを止めに入る。
本当、賑やかで騒がしいけど、居心地は良いかな。
夜の森に響く彼女たちの元気な声をBGMにして、一足先にぐっすりと眠りについたのだった。




