彼女の名は……
「はぁ……。はぁ……。これで、満足した?」
恥辱に恥辱を塗り重ねて恥辱をトッピングしたような責め苦を受けて、彼女は顔を赤らめて息を荒くしながら言った。
ぶっちゃけ、俺自身はノリでやっただけなのでどうでもいいのだが、隣にいる二人はそうでもないらしい。
「ジョーカーが止めたから止めたけど、割と本気で私は八つ裂きにしようと思ったわ」
「ジョーカー様の食べ物を盗り、あまつさえ無礼な態度を取るとは万死に値します。ジョーカー様、今からでも遅くないですからちゃんと処刑しましょう」
「ひっ……」
あまりに凄まじい殺気を当てるものだから、彼女もビビッて今度は顔を青くしている。
顔の色を即座に変える選手権があったら優勝間違いなしだ。
しかし、流石に彼女が可愛そうなのでここらで辞めてあげよう。
「まあ待て。本人も反省しているようだ、そこまでやるのは無情が過ぎるというものだ」
「……ジョーカー様がそう仰るなら。ちっ」
「……ちっ」
「ねえ!? 今舌打ちした! 舌打ちしたよね!? しかも二回!」
相当気が立っているらしい二人の態度を見て、金髪狼娘がきゃんきゃん吠える。
ただでさえ、一度は俺に牙を剥いたこいつを処刑するのを我慢しているらしいから、余計なんだよな、きっと。
「それはお前が悪い。自分の行いを振り返り、ちゃんと反省するんだな」
「……分かったよお」
涙目を浮かべている彼女は本当に反省しているらしく、もう責めるのはよすことにした。
だが、無銭飲食をさせるわけにはいかない。ちゃんと情報は貰わないと。
「さて、人様の飯をたらふく食ったなら少しは役に立て。お前は誰で、どうしてこの森にいて、どうしたらこの森を出られる?」
質問に対して少しばかり考える素振りを見せた彼女は、やがて口を開いた。
「分からない。何一つ」
「……Q」
「はい、ジョーカー様」
Qはゆらりと揺れて彼女の背後に回り込み、首筋に黒剣を当てる。
「ジョーカー様が質問してるんです。真面目に答えてください、雌狼。それとも、この首を斬り飛ばさないと思い出せませんか?」
「待って! 本当に分からないんだ! 頼む、後生だから殺さないで!」
捲し立てるように命乞いをする彼女に、今度はAが猟銃を作り出して彼女のこめかみに突きつける。いくら苦手と言えど、ゼロ距離では狙いを外せるはずもない。
「本当に嘘を吐いていないの? 私はQほど短期じゃないけど、気が長い方でもないの」
「本当だって! 私はただの雇われ傭兵で、勝ち目のない戦と分かって近くの森に逃げ込んだら出られなくなったんだ! 彷徨っても食料を見つけられなくて、凄く気が立ってたんだ! 空腹だったの! どうしようもないくらい!」
俺は自分の右手を顎に添えて、ゆっくり彼女を観察した。
視線、瞳孔の開き具合、声のトーン、体の至るところの反応も含めて……。
「……嘘は吐いていないようだな。こいつは本当に何も知らない。どうやら、期待外れだったようだ」
「……そうですか」
「良かったわね、信じてもらえて」
AとQが構えていた武器を消し、Qが俺の隣に戻って来た。
「ふぅ、ふぅ……。生きた心地がしない……」
亜人の彼女は一命を取り留め、涙目になりながらも息を整える。
泣き言を言っている彼女を他所に、俺は少しばかり考え込む。
正直、彼女の存在を当てにしていたこともあったせいで、気分の沈みはかなり大きい。
てっきりお助けキャラだと思ったんだが、やはり現実は現実か。ファンタジーな世界であっても、これが今の現実となれば厳しさは前世と大して変わらないらしい。
そうなると、いよいよ彼女を介護してやる理由もない。
「行くぞ、A、Q。別の方法を探す」
「分かったわ」
「かしこまりました。また振り出しですが、めげずに頑張りましょう」
俺が踵を返して歩き出し、AとQも後に続いて歩き始めた。
しかし、上空に大きな影が横切ったかと思えば、金髪の彼女は俺のたちの行く道を阻むようにして立った。なので、仕方なく三人して歩みを止めることに。
こいつ、俺たちを飛び越えたのか? 大した身体能力だ、流石は亜人。
「ちょっと待って! 何勝手に去ろうとしてるの!?」
そして、何故か文句を垂れられた。
あまり取り合う気はないんだが、一応は説明した方がいいか。
俺はわざと大きな溜息を吐いて、鬱陶しそうな感じで説明する。
「いいか? 俺たちは森を出たい。だが、お前は偶然森に迷い込んだだけでここがどこかも知らず、当然、帰り方も分からない。これ以上、一緒にいる理由がない」
「そんな!? まさか、まだ勝手に食べ物を食べた事を怒ってるの?」
「それに関してはもうどうでもいい。正直、俺はそこまで怒っていない」
「な!? それであんな所業を!?」
「だが、やられたことに対する正当な罰だ。お前は罪を償った、それはいい」
「確かに、そうかもしれないけど……」
あまり納得いっていないのか眉間に皺を寄せるが、これに関しては文句を言われても仕方がない。こっちはこれでも、かなりの譲歩と温情を与えてやったのだ。
「しかし、一緒にいるかどうかはまた別の話だ。足手纏いを増やす理由はない。これ以上、面倒ごとを持ち込まないでくれ」
「私、何かトラブルメーカーみたいに思われてる? 確かに、部隊にいた頃も割と色々とやらかしてた気がするけど、そこまで迷惑かけてないよ? せいぜい、間違って爆弾の起爆装置を押しちゃったり、食料を狩り尽くして怒られたくらいで……」
「行くぞ」
「ええ」
「はい」
「だから待って!」
いや、今の話を聞いてどうして一緒にいたいと思うんだ。
まさか、野生で天然のトラブル製造装置が落ちているなんて……。
これ以上関わりを持ったら、むしろこっちが命の危険に晒されそうだ。
俺たちは彼女に構わず横を通り過ぎようとするが、彼女は左足にがしっとしがみついて離れようとしない。
それでもなお進み続けるので、彼女が地面を引き摺られておかしな絵面になってしまう。
「お願いだから! 女の子をこんな森の中に放置しないでよ! 私だって出たいの! でも、出方が分からないんだもん……。このままじゃあ遭難しちゃうって!」
「……」
「私亜人だし、鼻が利くし、きっと役に立つ! いや、役に立って見せるから!」
「……はあ」
俺が歩みを止めると、AとQも歩みを止めてくれた。
振り返って彼女たちの表情を見ると、あまり気は進まないような感じだったけど。
「本当に連れて行くの? ジョーカーがそうしたいなら従うけど」
「私もあまり気は進みません。この雌狼、主様に抱き着いて……。いえ、主様を一度は殺そうとした輩ですし」
Aはともかく、Qのそれは九割以上は私怨だよね?
俺はともかく、クールフェイスを崩さないように淡々と説明する。
「こいつも言っていたが、鼻が利くというのはかなり便利かもしれない。亜人は生まれつき身体能力が高いから戦闘でも役立つ。露払いくらいにはなるだろう」
「じゃ、じゃあ!」
「気は進まないが、取り敢えず使ってやるから感謝しろ」
「ぐぅ~、何でこんなに扱いが雑なのさ……。もういいけどさ」
彼女はよっと軽い身のこなしで立ち上がり、自分の服に着いた泥を軽く払う。
「それで? お前、名前は何と言う?」
「名前? そんなのないよ」
「何だと?」
彼女が当然みたいに言うと、AとQの表情が若干揺らいだ気がした。
二人も元々は名前を持っていなかったし、同じような境遇を想像したのだろうか?
名前が無い、ならこっちが勝手に決めるしかない。
「何か、呼ばれてた名前とかはないのか?」
「う~ん、泥棒狼とか、死の狩人とか……。ああ、育ての親の上官には金髪娘って呼ばれてたかな」
「決まった名前もないか……」
にしても、酷い名前だ。こんなのを名前にするわけにはいかないな。
参考になるかと思ったが、あまり意味はなかったようだ。
なら、もうこっちで呼びやすい名前を付けてやろう。
「なら、お前の名前は今日からKだ」
「Kか……。うん、いいと思う。ありがとう、良い名前を付けてくれて。えっと……。ジョーカー。それに、AとQだっけ。よろしく、三人とも」
本人は気に入ったらしく、無邪気で大きな笑顔を浮かべて喜んだ。
これでまた、新しい仲間が加わったか。
「ねえ、因みにKって何で付けたの? どういう意味?」
彼女は後ろに手を回して上目遣いで聞いてきた。
きっと、ここでナイスな答えを返すとラブコメ的な展開に走ることもできるのだろうが、俺はあくまでもクール系強敵キャラなので、そんなことは絶対にしない。
なので、素っ気なく本当のことを答えた。
「意味などない」
「え?」
あれ、聞こえなかったかな。
「だから、意味などない」
「え、ええ!? 嘘でしょ!? じゃあ、私は意味もない名前を付けられた……?」
「いくぞ、K。もたもたするな」
「K、駄々をこねてると置いて行くわよ」
「K、ジョーカー様が付けてくださった名前に文句を言わないでください。行きますよ」
「ちょっと!? 皆揃ってどういうつもり!? せめてもう少しドラマチックな名前とかないの!? も~!?」
「お前は牛か? なら、今からでも牛に改名するか」
「辞めて! それだけは本当に辞めて! 私は狼だから、これでも列記とした狼だから! 狼に牛なんて名前つけないで! Kでいい! Kが気に入った! Kにするよおおお!」
こうして、少し騒がしくはなったが新しい仲間を加えて旅をすることになったのだった。




