プロローグ ~我らは何者でもないが、何者にでもなれる者――~
日常が退屈だと思い始めたのは、いつの頃だったろうか――。
人は、少なくとも俺の考えでは、現状の生活では常に満足していられない生き物だ。
他の生き物は基本的に自分の本能に従って生きているために、それさえ満たすことができれば満足してしまう。
だが、人間には固有の自我が存在し、新しい物を生み出す力がある。
言語然り、生活用具然り、武器然り、彼らは新たに物を生み出すことで自らの生活をより豊かにしようという考え方を持つ。これは、人間として生まれた僕たちに与えられた特権とも言えよう。
何故、そんなことをするのか? それは、人は際限なく自分の生活を良くしたい、良くできる、楽ができると考えることが出来てしまうからだ。
だから人は言語を作って他者と円滑なコミュニケーションを取れるようにし、生活用具を作り出して物を楽に持ち運んだり、簡単に身の回りを綺麗にできるものなどを作り、他者をより簡単に殺して制圧できる武器というものを開発した。
少しばかり残酷な部分はあるものの、人の発展は物作りと共にあり、現代のネット社会とも呼べる圧倒的情報過多な環境はこれらによって形成されたものだ。
そんな人だからこそ、考えてしまうことがある。
あれができたら、こんなことがあったら。
現実には起こり得ないようなことを夢想し、実際にその世界を体感出来たらと。
それが転じてアニメや漫画といった娯楽へと発展し、創作物なるものを作り出した。
大概の人間は、それらに登場する人物などを自分や友人の姿と重ね合わせて共感を得たり、まるで自分がその世界の主人公になったみたいに戦う姿を想像して楽しむ。
それで満足できるなら、本当に幸せなことだろうと俺は思う。
けど、残念ながら俺は違った。
漫画やアニメを手に取って、それを視聴しても全然満足できない。
むしろ、どうしてこの世界が剣や銃などの武器が携帯することを許されず、魔法や亜人、エルフといった神秘が存在せず、地球の終末みたいな隕石落下やゾンビウィルスによるパンデミックが起こらないのか。
理解できない。それが世界の仕組みだから? ふざけるのも大概にしてほしい。
俺の知らないところで組み上げた歴史で、俺のいないところで勝手に戦争を終わらせて、俺が生きているこの世界を退屈な世界へと仕立て上げたのは誰だ?
人間か? あるいはこの世界を創った神様的な何かだろうか?
俺は現実を受け入れることが、どうしても出来ないでいた。
周りの皆が諦めて大人になろうとする中で、俺だけはどこかに存在するであろう非日常を手にすることを諦めることが出来ないでいた。
しかし――。
俺の夢は、ひょんなことから叶えられる運びとなった。
ここは、セントラル王国の王都リンブルド郊外。今は先行した仲間たちの報告を待っている状況だ。
すると、先行した偵察部隊の一人が戻って来た。
「ジョーカー様、ダンジョン内の偵察報告をいたします」
「聞こう」
「敵の戦闘員が見張りで三名、更に奥に反応が七名と、最奥の部屋に最も強い魔力を持つ三名の反応を確認しています」
「ご苦労。しばし待て」
そして、俺に報告をしてくれているのは耳が人間にしては耳が長い女の子。今は魔力によって練られた黒服を身に纏っている。
彼女はエルフと呼ばれる種族で、名前はQ。夜空に浮かぶ星々の輝きを写したような銀髪で、前髪を左右でそれぞれ三つ編みにしている。
彼女は俺からの言葉を、今はただ待っている。
ここはあくまでもクール系強敵キャラっぽく、とにかく威厳を崩さないようにしないと。
「そうか。ならば、すぐにでも仕掛けよう。AとKはどうした?」
「現在はダンジョン前の茂みにて、洞窟の監視を行っています」
「そうか。ならついて来い。今宵は楽しくなるぞ」
「はい! どこまでもお供します!」
彼女がぐっと身を乗り出して、キラキラと輝かせた瞳を俺の目の前に近づけた。そのとき、ほんわかにフローラルな香りがして心地の良い気分になる。
そして、揺れる育った十四歳少女の歳不相応な豊かな双丘。
こんな美少女に慕われるなんて、異世界はやっぱり最高だね。
俺は変に格好つけて急に席を立ち、そして窓の前へと立つとバサッと扉を開け放った。
轟と強い風が気圧差で入り込んできて、冷たい風が頬を撫でた。
空の上に眩い星々が煌めく、絶好の狩り日和。
今日も今日とて、俺は俺のしたいことをしたいままにするのだ。
ここには、俺の望んでいたものが全て揃っている。
美女揃いのエルフや亜人がいて、魔法があって、剣や銃を携帯することが許されていて戦うこともできて、竜や怪物による未曾有の大災害だって日常のように起こったりもする。
素晴らしい、流石は異世界だ。
せっかく生まれ変わった異世界生活、やっぱり謳歌しないと駄目だよね。
「我らは何者でもない者だが――」
「何者にもなれる者――」
俺が言おうとした言葉の先を、Qが先行して言う。
「ジョーカー様のお言葉は、いつでも格好良いです」
「そうか」
いつもの事とはいえ、本当に彼女は飽きないね。
でも、それだけ俺が主人公出来てる証拠なのかもしれない。
俺の胸の内は自然と高ぶり、やる気に満ち溢れて来る。
「行くぞ」
「はい!」
俺たちは夜空を駆けるように地を強く蹴って駆け出し、魔力で作った黒衣と共に目的地へと一直線に駆け抜ける。
これは、俺が異世界に来てからもう少し後の話――。
そうだな、まずは俺が異世界に転生する直前から話をするとしようか。
物語っていうのは、順序が大事だからね。