桜の頃 2
富士見小の周辺には飲食店が少ない。前任校である栄小の周辺は有名な商店街があったので外食は基本徒歩だった。富士見で外食するには車が必須なんだそうだ。私は地下鉄で通勤しているから当然車は出せない。5年チームで車通勤なのは稲垣先生と九条くんなのでどちらかの運転に甘えることになる。
稲垣先生が連れてきてくれたのは中華料理店だった。稲垣先生の教え子のおうちで、店主は台湾の方だそうだ。本場の方が経営する中華料理店あるあるで、基本ランチはボリュームが多い。単品よりもランチセットの方がお手頃なのだがどう考えても食べ切れる自信が無いぐらいの充実度だ。稲垣先生と私はデザートに杏仁豆腐がついたAセットを、九条くんはチャーシューメンとチャーハンが同じ盆に載ったBセットを注文した。
「もう始まるね」
「4月始まってから入学式まで、ほんとあっという間ですよね」
稲垣先生と私が世間話をしている間、九条くんはスマホを弄っていた。スマホの画面からはTwitterの画面がちらりと見えた。若いな…。職場の方と食事に出掛ける時にスマホを堂々と弄るという発想は私には無い。
ランチが私達のテーブルに到着した。AセットもBセットも美味しそうだ。立ち昇る湯気と出来立ての料理の匂いが食欲をそそる。ただ…Aセットの唐揚げ、多過ぎないか?メニューにあった写真の2倍はあるのではないだろうか…?
「九条くん…唐揚げはお好き?」
静かに手を合わせて『いただきます』をしてからチャーシューメンを啜っていた九条くんは私を一瞥すると、静かに頷いた。
「私、絶対食べ切れないから…半分貰ってくれると嬉しいんだけど」
「いいんすか?」
ぱあっと嬉しそうに答える彼に、小皿に載せきれない程の唐揚げを手渡した。幸せそうに唐揚げにかぶりつく彼の姿はテレビのコマーシャルを見ているようだった。