胸踊る 8
もう出勤していた碧が私の机の近くでしゃがんだ。その蛙を凝視する。
「これ……フィギュア、だね。ガチャガチャで見たことある」
「え、生きてない?」
「うん。ほら」
碧は人差し指と親指でつまんで私の顔の前に近づけた。咄嗟に蛙のフィギュアから距離を取る。
「碧……こういうの平気な人なのね?」
「澄麗、苦手だっけ?」
「得意なわけないでしょ⁉︎ていうか誰よコレ置いたの」
周りを見渡す。匠が下を向いてくつくつと笑っていた。
「く、じょう先生⁉︎」
彼はもうただひたすら嬉しそうに笑っている。
「いや、いいリアクションしてくれますね」
「朝から何してくれてんのよ⁉︎こんなリアルな蛙とか!」
「可愛いでしょ?最近のガチャガチャは優秀ですね」
「うんそうだねーとか言うわけないよね⁉︎」
夜通しこの人に、結構激しめに抱かれていただなんて、誰が予想出来るだろうか?
「もう……蛙は置くしキスマークは付けるし……」
「刺激が多くていいでしょ」
この人、ポーカーフェイスキャラだったはずなんだけど。今日は一日中ずっとにこにこしていた。あまりにも匠──九条先生の機嫌が良過ぎて、高学年女子達が驚いていたぐらいだ。こんなに顔に出る人だったとは。
昨日の今日で、また仕事帰りのデートができるって幸せ。今日が金曜日で良かった。ただ人目は一応避けないとなんだけど。
私の手料理を食べてみたいって言うから。私の最寄り駅の隣のスーパーに匠と来ていた。
「あれ?兄貴……?」
スーパーの、道路を挟んで向かいの公園に男性が3人見えた。背の高い男性がもう1人を庇う様に立ち、どうやら言い争っている様子だった。
「匠、どうしたの?」
スーパーの袋を握って無い方の手を握って指を絡める。彼の腕に胸が当たるよう、身体を近づけた。
「あ、ああ……」
折角胸を当てて見たのに。特に反応の無かった彼に少し不満を持った私は、随分と呑気だったと思う。