胸踊る(澄麗 act6)
急展開って、このことを言うのだろうか。
上品なマダムのいる、あのカフェでカレーを食べたあの日。駐車場で九条くんの車に乗ろうと助手席のドアに手を伸ばしたその時。
「待って」
彼の声に顔を上げたのと同時に、目の前に彼の胸があった。彼の汗の匂いとデオドラントのシトラスの香りに包まれて、脳の機能が止まった気がした。
「もう俺、遠慮しないんで」
その直後、唇が重なった。息って、どうやってするんだっけ?何度か角度を変えてそっと触れられる彼の唇の柔らかさに脳が持っていかれそう。
無意識に彼の服にしがみつく。それを合図に、咥内に舌が滑り込んできた。絡まる舌の、ざらざらとした感触が、私をただの生き物にしてしまう。幸せで、気持ち良くて。何も考えられない。
唇が離れた。名残惜しくて、彼の顔をぼんやりと見つめた。
「──そんな顔されたら、本当に我慢出来ないんですけど」
目を逸らして右手で頭をくしゃくしゃっと掻いてる彼の頬が緩んでる。
「ねえ、遠慮、してたの?」
「してました」
不機嫌そうにまた目を逸らす。
「どうして?」
「沢田先生と付き合ってるんじゃないかって思ってたから」
「でも、違ったでしょ?」
「──もっと前から直接聞けば良かった。先生、車乗ってください」
「先生って、呼ぶの?」
付き合い始めたのに、名前で呼んでもらえないのは寂しい。
「如月、さん」
「え、苗字?」
「じゃあ澄麗さん」
「さん付けするの?」
「──澄麗」
やっと私の名前を呼んでくれた彼の表情からはいつものポーカーフェイスは消えていた。嬉しくて、くすぐったくて、しょうがない。