縁 (英 act5)
「──匠?大丈夫だ。お前が気にすることじゃない」
晩御飯を作っている最中だった。相変わらず調理中に後ろからちょっかいをかけられていた。スマホに着信の表示があることに気付いた時緒は画面を見てすぐにベランダに向かった。向かいながら通話していたようで、少し話し声が聞こえた。
時緒がベランダの窓ガラスを閉めてしまったから、それ以上は聞こえなかった。冷房をつけていたから、それを気にしたのかもしれないのだけど。
時緒には何度か「何か困ってるでしょ?」と追及した。その度に彼は困ったように笑って「英が心配するようなことは無いよ」とはぐらかされてしまう。
時緒の食欲は少しずつ落ちていた。毎日一緒に3食共にしているのだから、誤魔化しようが無い。こういうとき、同じ職場なのはありがたかった。
どんなに取り繕っても彼の表情や体調、食欲や寝てる様子で何かを抱えていることはわかってしまう。それが解決していないということも。
「電話、長かったね」
「ああ、弟だった」
「……弟?時緒、弟さんいたんだ」
長い付き合いだと思っていたのに。一緒に暮らしているのに。それでも私は彼に弟がいることすら知らなかったことにショックを受けた。
「母さんの、連れ子なんだ」
「連れ子…」
「俺、小さいときに母を病気で亡くしてるんだ。高校生の時に俺の父と今の母が結婚してさ。で、さっきの電話の…匠は母の連れ子。思うところあるみたいで匠は亡くなったお父さんの苗字を名乗ってるけど。今は小学校の先生やってる」
そう語る彼の表情は柔らかいけれど、その目には悲しみを抑えられないように見えた。