Animal rhapsody (英 act1)
「おはよう!今日も…元気だね!」
オスのサンとメスのルナちゃんがこちらを振り向いた。2頭が同時に私に向かって一目散にダッシュする。身構える暇もなく私に目がけてジャンプすると、視界が反転した。ライオン2頭が同時に私に目がけてダイブしてきたのだ。
「ガルル…」
「ンゴ〜ァン…グルルル」
2頭が右から左から、私の頬に頬擦りを始めた。
最初の頃こそ驚いたが、この2頭は飼育員さんはじめ、人間が大好きだ。初めてこの熱烈歓迎ジャンプの洗礼を受けたときには走馬灯がよぎった。この2頭から頬擦りを喰らっている隙間から見えた先輩の噛み殺した笑いは一生忘れないと思う。この2頭が人間を大好きなのは極めて特殊な例だ。この2頭は産まれた時からこの動物園で育っているし、産まれてすぐ親ライオンと離れてしまったから動物園の人間が家族であるという認識をしていると予想できる。本来なら肉食獣にはもっと警戒するのが当たり前だ。
この南山動物園で、私は常駐の獣医をしている。毎朝全ての動物に「おはよう」を言いつつ健康観察をするのが常だ。お客さんの来ていない時間帯の動物たちは甘えモード全開で、動物たちの部屋に入ったら最後、出て行くのにまあまあ苦労する。ライオンは頬擦りをしたがる2頭と年老いたオスのソラしかいないから比較的スムーズに出られるのだけど、今日はペンギン舎では期待に満ちた瞳をしたペンギン達に囲まれてしまった。健康観察後、出口に向かうのに30分かかった。前よりあしらうのが上手になった今では、ペンギン舎から出るのにかつてよりは多少時間短縮出来たと思う。
学生の頃の学外実習では如何に少しの事しか出来ていなかったか、ということを痛感した1年目。園内の動物達と少しずつ信頼関係を築いた結果、ライオン2頭に同時にダイブされ頬擦り攻撃を受けても動じない、逞しい獣医が2年目にして誕生したのだ。