疑惑 8
「ねぇ、ご飯まだ?」
「もうちょっと…ねぇ、それじゃ作業が…できないん、だけど…」
包丁を扱ってるときのバックハグは本当に困る。時緒はわざと気配を消して近づいてくる。急に後ろから抱きすくめられて指を包丁で切りそうになったことがある。
「待てないから英食べていい?」
「時緒…何度も言ってるけど、包丁持ってるときに後ろから来られるのは」
「嫌じゃないだろ?」
嫌じゃないです。はい。時緒のバックハグ、大好きです。言わないけど。
「でも危ないから」
「じゃあやめようかな」
「……やめるの?」
「やっぱされたいんじゃん」
「黙秘で」
碧が教えてくれた話をしたら、この幸せな時間が終わってしまうのかな?
肝心なことを話せないのは私達の弱さだ。私の弱さであり、時緒の弱さでもある。
時緒が話してくれるのを待つべき?でも今もきっと彼はひとりで抱えて苦しんでいるのかもしれない。
私に話すことで、重たい荷物を下ろすことにならないだろうか?それが出来ないのなら、私が一緒にいる意味って何?私が時緒に再会した意味は?また付き合えるようになったことに、必ず意味はあるはずだ。
「ねぇ時緒」
「ん?」
「ご飯食べたら、話したい事があるの」
「何?今じゃだめなん?」
「ご飯食べてからの方が…」
「気になるじゃん。今どうぞ?」
どうぞと言われても…。ご飯前に私達史上最大に重たい話をすることに、私は迷っていた。