桜の頃 7
「どこ中ですか?」
「北陵中って…わかる?」
「わかりますよ。バスケ強いところですよね」
走り出しも減速するときも、ほとんど振動を感じない。運転にはその人の性格が出ると云うけれど、九条くんは比較的穏やかな人なのだろう。
「今もバスケ強いかどうかはわかんないけど…」
「僕が練習試合行った時は強かったですよ」
「九条くんバスケ部だったの?」
「はい。如月先生今年で4年目でしたっけ?」
「そう。歳は碧…葉月先生と同じ」
彼は赤信号で停車して考え込むと、後方の車からクラクションを鳴らされてしまった。
「あっ…すみません」
慌ててアクセルを踏んだ。また車は走り出す。
「そんなに長く停まってなかったのにね」
「いえ、僕が考え込んじゃったんで…。で、如月先生、もしかして僕の2つ上ですか?」
「九条くん、今年24?」
「はい。…いや、僕の2つ上なら、中1の時の練習試合で北陵中行ってたんで…」
「北陵来てたんだ。じゃあ、すれ違ってたかもしれないね」
世間は狭い。私の母校に九条くんが練習試合で来ていたとは。
「如月先生は…何部だったんですか?部活」
「私?吹奏楽部だったよ。葉月先生も一緒だった」
「何の楽器だったんですか?」
視線の先に公園前駅の入り口が見えた。静かに車が停まった。
「バリトンサックス。大きい、低音のやつ。葉月先生はパーカッションだったよ。…ありがとう。すぐ着いたね」
遠回りしても良かったんですけどね、とぼそっと聞こえた気がした。え、と振り向いても彼の視線の先は窓の向こうだ。
「お疲れ様でした。また明日」
「うん、送ってくれてありがとう。また明日」
車から降りて歩道に立つと、九条くんの黒いフィットはクラクションを一度だけ短く鳴らして道の向こうに吸い込まれていった。