桜の頃 5
悪戦苦闘しつつ、何とか掲示が完成した。達成感と共に職員室内を見渡す。職員の多くはもう帰ってしまったようだ。それもそのはず。私達教員が早く家に帰れるだなんて事は滅多に無い。新学期が始まる前のこの時期は皆さんお早いお帰りなのだ。
早く帰れる時は早く帰りなさい。幾度となく言われてきた言葉を思い返す。そうだな。まだ始まっていないのだから。今日はこのぐらいにして、早く帰ろう。
帰り支度を済ませ、職員玄関でパンプスに靴を替えていた。
「あれ?如月先生」
「お疲れさま」
九条くんが気怠げな空気を纏って職員用靴箱を開けた。入学式のスーツはロッカーに置いてきたらしく、ジャージとスニーカーで帰るようだ。
「車だといいね。ジャージでも問題無くて」
「だからスーツなんですね。そうか、電車か…」
陽はすっかり暮れていた。職員玄関から薄暗い門の近くまで一緒に歩く。門の手前で左に曲がると駐車場がある。
「じゃ、お疲れさまでした」
「はい、お疲れさまです。………あの!」
門に手をかけて開けようとした瞬間、九条くんの声に振り向いた。
「ん、何?」
「あの…乗ってきませんか?駅まで。その、道、暗いし…」
「大丈夫だよ。慣れてるし。九条くん逆方向でしょ?」
運動場に沿った街灯のある道を通って大通りに向かえば、経験上襲われることは無い。
「慣れてるって…。いや、乗ってください。何かあったら俺の夢見が悪くなるんで」
「夢見って」
くすくす笑っていた。ふと我に帰ると思いの外真剣な顔をしている九条くんに気付いた。
「いいの?」
「はい。乗ってください」
「じゃあ…お言葉に甘えようかな」