cross(碧 act3)
土曜日の動物園の入口に、私は今立っている。
『シャバナって見たことある?イケメンゴリラの。あれ、本当にイケメンなの?』
唐突に朔さんからメッセージが来たのは一昨日のことだ。
『見たことないです。獣医の友達が勤務してる動物園なんですけど、イケメンという評判はあるみたいです』
『俺も見たこと無いんだ。見に行こうよ』
動物園の入口前から最寄りの駅までの道はよく見える。腕時計をちらちら見ながら急ぎ足の朔さんがこちらに歩いているのが見えた。
朔さんが大きく手を振る。
この人混みの中でも構わず手を振る彼にそっと手を振り返す。遠くからでも、にかっと笑ったのがわかる。
動物園デートって…高校生みたいだな。
美大に入って以降、小説にありそうな、自分で言うけど情熱的な恋に身を焦がしていた私には動物園前で待ち合わせをすること自体が新鮮だった。
「おはよう!待たせてごめんな」
「いえ、私が早く着いちゃったから…」
今は集合時間の10分前だった。
「朔さんも、早めに来てくれてたんですね」
「不測の事態に備える癖がついちゃってるからね」
困ったように笑う朔さんに、学生の頃の彼の面影が見えた。あの頃ほんのり憧れていた朔さんと動物園デートだなんて、当時の私が知ったら卒倒するだろう。
「え、何か不測の事態がこれから起きるんですか?」
「事件は現場で起きてるからね…って、物騒なこと言わないで」
「朔さんが言うと本当に事件起きてそうですね」