桜の頃 4
職員室に戻ると九条くんがパソコンに向かって難しい顔をしていた。学級通信と戦っているらしい。
教室掲示か…。学級開きの日に担任の願いを図にした掲示物を児童に示すのが定番になっている。文章を書くのは好きなんだけど、掲示物はそもそも作ること自体が苦手だ。図工なんてもっての外で、私が図工を担当する子達には毎年申し訳ない気持ちになる。
「掲示ですか?」
心地良い低音に振り向くと向かいの席にいたはずの九条くんの整った顔が間近にあった。びっくりし過ぎて身体が強張ったのは気付かれていないだろうか?
「うん…。毎年悩むんだけどね。どうもパッとしなくて」
私が学級開きで子ども達に示す言葉は毎年『笑顔』だ。子どもがにこにこと笑っている姿を色画用紙で表現しようとさっきから苦戦しているのだけど、どうも私が作ると地味になる傾向がある。
「反対色…使ったらどうすか」
「反対色?」
長身を屈めて机上に散乱する色画用紙に手を伸ばした。
「赤をベースにするなら…緑とか?本来赤の反対色は青緑ですけど。ポイント使いするとか」
「反対色…そうか、やってみるよ」
たち上がって備品室へと向かった。赤の画用紙に緑の画用紙の切れ端を載せてみる。白の画用紙も組み合わせてみると、何となくいけそうな気がした。
「いいの、出来そうですか?」
「うん。ありがとう。いけそうな気がする」
「良かった。如月先生、結構難しい顔してましたよ?」
「え」
くつくつと笑う九条くんは視線をパソコンに戻した。