第二十六話「戦場のアスカ様」⑤
「……さすがに僕もそこまで、短期間でと言うのは、思っても見ませんでしたが……。アスカ様は不可能ではないと言うのですね?」
「そうだな。お母様の力で、テクノロジーや食料生産力で圧倒的に優位に立っていて、神樹教会のネットワーク網も平原諸国を席巻しているのだ。ここまでお膳立てが済んでいて、のんびりやる理由もないであろう?」
「……アーク。お前も大変な方を主君としたのだな。だが、装甲騎士を簡単に時代遅れの遺物としてしまったのも事実であるし、教会も武力さえあれば、いつでも諸国統一が出来るだけの組織力はあると言われていたからな」
「そう言う事だな……ドゥーク殿もどうやら、私がやろうとしている事を理解しつつあるということか?」
「ええ、装甲騎士を簡単に無力化出来るとなれば、今の平原諸国の貴族軍はとても、太刀打ち出来ないでしょうし、海と河川を使った各都市の制圧。つまり、優位性を維持したまま、短期決戦で勝負を決めると言うことですね。なんと言うか、触りを聞いただけでワクワクしてきますね。となると、いずれにせよ、伯爵は邪魔者以外の何者でもないと」
「まぁ、そうなるな。もっとも、その分だと潜在的な裏切り者も大勢出て来るであろうからな。私が直接オズワルド子爵の元へ行くと、色々と問題があるから、アークには秘密裏にオズワルド子爵と接触するように命じる。まぁ、次の任務といったところか。すまんが、便利使いさせてもらうぞ」
「……心得ました。いえ、お見事なる戦略……さすがはアスカ様」
「ああ……俺も流石と言わせていただこう。そうなると当面、発生しうる問題としては、オーカスがバーソロミュー伯爵に接収されて、最前線基地化される事だな。こっちは……そうだな。支援隊は大半を引き上げさせたし、留守居の従士隊も新兵揃いながらも50くらいなら使える。クーデターには十分な数だし、市民軍を組織した上で籠城戦で粘るなら、いくらでも粘って見せるさ」
「おいおい、50の兵で城塞都市でクーデター起こして、掌握した挙げ句に籠城して、伯爵軍と一戦交えるってのか?」
「ああ、俺はオーカスのすべてを網羅してるからな。ゴブリンの群れとの戦訓を口実に、市民兵の訓練や物資の備蓄も十分行ってきたし、神樹教会の協力を得られるなら、なんとでもして見せるさ。アルジャンヌ、アークお前達にも、色々仕事してもらうと思うが、どうだ?」
「はいっ! 喜んで!」
「そうだな……ドゥ兄さんの頼みなら断れないな。と言うか、相変わらずの切れ味だな。アスカ様の話を聞いて、すでにそこまで視野に入れてるってのか……確かにオーカスが伯爵軍の最前線基地になると厄介だからな」
「そう言う事だ。悪いが、伯爵の思いどおりにはさせん。だが、アーク……お前もよくもやってくれたよな……。このお守りを鎧に仕込んでくれたアルジャンヌも……。今の俺があるのも神樹様のご加護とお前達のおかげだよ」
そう言って、笑い合う三人。
ドゥーク殿……私の話を聞いただけで、戦略構想を練って、なんだか、さもこちら側のようにアーク達と作戦会議のような事を始めているのだが?
どうやら、この者の頭の中ではすでに黒幕たる伯爵軍との戦いの算段まで出来ているようで、この様子では勝算すらあるようだった。
何よりも、アーク達とも無条件の信頼関係があるようで、ソルヴァ殿もすっかり気を許しているようだった。
と言うか、本気でこの男……名将ではないか!
10倍の敵を相手に、籠城して勝利する……はっきり言って、簡単なことではないと思っていたが。
私の戦略構想を容易く理解してしまったその知略。
そして、戦略レベルでの柔軟な思考と発想……片鱗だけでも半端ではないと解る。
実際、オーカスでクーデターを起こし、籠城し伯爵軍を釘付けにしてくれる。
それだけなら、何の意味もないが。
籠城軍に援軍があるなら、話は変ってくる。
伯爵軍がオーカス攻略に拘泥している間に、フリーハンドのこちらも軍を動かし、オズワルド子爵と共謀して、二正面作戦を強いらせる。
籠城された時点で、伯爵軍は装甲騎士を全く活かせず、足止めを食らった挙げ句に、本拠地を脅かされる。
戦略的にはこの時点で勝負ありと言ってもいいだろう。
そこまで計算の上でオーカスでのクーデターの上で自ら籠城戦の指揮を取る。
この男の知略……まさに一軍に値するほどであろうな。
だが、一応確認くらいはさせてもらう。
「うむ、ドゥーク殿はその様子だと、私の配下として降る……そう言う心積もりのようだが。お主をどこまで信じてよいのだ? ソルヴァ殿の話では、ホドロイ子爵を救うために命をかけたと聞いているし、此度の侵攻作戦はお主が立てたのであろう?」
「ええ、そうですね……。あの死ぬような思いをする前まで俺は、間違いなくホドロイ子爵の忠実な家臣でした。と言うよりも、俺は……イースやアークの事はもちろん、ヴィルカインだった事すらも忘れていたんです……。正直、自分が何をやっていたのか……困惑のほうが強いです。申し訳ない……少しでもアスカ様のお力になりたく思い、先走ってしまったかも知れません」
「アスカ様! お願いします! ドゥ兄様を信じてあげてください!」
「私からもお願いします! ドゥ兄様は明らかになにかに操られていたようで、まるっきり別人だったのです。でも、やっと……やっと、ドゥ兄様が帰ってきたんです!」
「ふむ……。確かにラースシンドロームは一種の洗脳状態と言える状態になるからのう。ソルヴァ殿やアークはどう思う?」
「俺か? まぁ、こんな風に黒幕の伯爵軍の情報をホイホイしゃべって、その迎撃プランまで勝手に考えてくれてるし、俺らにゃさっぱり理解できなかったアスカの戦略構想もなんだか、理解しちまってるようじゃねぇか……。やっぱ、コイツ半端ねぇな」
「ドゥ兄様は、私達ヴィルカインの中でもトップクラスの逸材だったんですよ!」
「ああ、そもそも、オーカスだってゴブリン1000匹に攻められて、騎士団もやられて割とどうしょうもない状況だったのに、コイツが率いる僅か100の歩兵部隊と寄せ集めの市民軍が返り討ちにしたんだからなぁ……。俺も神樹帝国の総大将なんて立場になっちまったが、将としてはなんつーか、格が違うって思うぜ」
「ソルヴァ殿程の者に褒められると悪い気はしないな。もっとも、あれは……なし崩しだったからな。その時の功績が元で騎士団長に任命されたのだが……。今となっては……だな」
「謙遜すんなよ……。今の話だけでも正直、すげぇって思ったし、実際、アスカやエイルの予想すらもアンタは超えてみせた。何よりも、可能ならスカウトを持ちかけろって言ったのはアスカだしな? なら、いっそ全面的に信用してやれよ」
「アスカ様、少なくともコイツが正気だって事は、この僕が保証します。イースもそこは、何となく解るだろ?」
「は、はいっ! この何処かやさぐれた感じながらも、お人好しな感じ……私がよく知るドゥ兄様です! アル姉様もそう思いますよね!」
イース嬢、それはフォローになっているのか?
「そ、そうですね……。ほんの半日ほど前までは、私のことすらぞんざいに扱って、すれ違って挨拶しても知らんぷり……。ホント、悲しかったんですけど……。黙って鎧にアークからもらった神樹のお守りを仕込んだんですけど、そのおかげだって聞いて……アークありがとうっ!」
「あれは……まぁ、お前らが心配だったからな」
「二人共すまなかった……。だが、アーク……お前のお陰で俺も正気に戻れたようなものだ。感謝してもしたりない……。アスカ様、今更ながら、俺もアルジャンヌもこの場で降伏する。俺はどうなってもいい。せめて、アルジャンヌだけでも助命いただけないか?」
そう言って、深々と頭を下げるドゥーク殿。
まぁ……むしろ、私はこの男を高く評価しているのだがな。
冗談抜きで、私の片腕を任せられるほどの逸材であるぞ?
実際、この者との戦略レベルの攻防にしても、ソルヴァ殿に無理をさせたから、ギリギリ迎撃が間に合ったようなもので、半日……いや、数時間遅れていたら、面倒くさいことになっていたのは確実だった。
アークは何も言わないが、イース嬢も拝むようにして、この二人に寛大なる処遇を……と無言で訴えていた。
ソルヴァ殿をチラリと見ると。
苦笑しながらも、任せろと目で訴えていた。
ひとまず、こちらも頷いて一任する。
「まぁ、一応俺が現場指揮官だからな! 悪いがこの俺が判断させて頂く! つか、オメェもアスカ様の理想に乗りたいって事でいいんだよな?」
「ああ、あんな話をされて、興味を持たないわけがない。それに、俺はもう子爵殿にも愛想が尽きた。と言うか、ヴィルカインとしてはアスカ様に付くのは当然だろう? いつか来るべき精霊の降臨……その日がついに来た……。信徒としては、喜んで馳せ参じるに決まっているさ」
当たり前のようにそう言うドゥーク殿。
まぁ、ヴィルカインの私への忠誠っぷりは、アリエス殿を例に出すまでもなく良く解っている。
この者も例外ではなかったと言うことだった。
「……当然と来たか。まぁ、この場にアリエス殿がいれば、許すの一言で終わりであろうからな。だが、現実問題として……。ホドロイ子爵達をどうやって退かせるのだ? まぁ、挑んでくるなら、こちらは縦深防御戦術で、削り殺すだけの話なのだが。参考までに、もしもこのまま、お主が総大将のままで進軍を続けろと言われたらどうしていたのだ?」
「……やはり、そう来ますよね。装甲騎士で曲がりくねった森の街道を駆け抜けるのは、無理があるので、馬から降ろした上で大盾を重ねて持たせた重装歩兵として使って、ジリジリと前に出す。もっとも、あの強力なエルフの矢が降り注いだら、それでも心許ない……。歩兵の頭数があれば、森の中を掃討しつつ進軍させるという手もあるのですがね……。いずれにせよ、電撃速攻での森の突破に失敗して、防御態勢を構築されてしまったら、もう打つ手などありませんよね……」
「なるほどな。では質問を変えよう。なるべく、装甲騎士団の犠牲者を最小限にした上で無力化し、ホドロイ子爵を孤立化させるとすれば、どうする?」
まぁ、試しているようで申し訳ないが。
これくらいはさせてもらうぞ?
「犠牲を最小に……ですが。俺としてはそうしてもらえるとありがたいですが。まず前提条件としてはどうなりますか? 一応、俺は一兵卒という事ながら、従兵隊の指揮権は現場の隊長から移譲されており、このまま戻してもらえるなら、従兵隊を指揮する事なら可能です」
「なるほど、必要ということなら、戻っていただいて構わんぞ。すまんが、これはお主の将としての器を測る私なりの試練といったところだ。見事、事態を丸く収めて、私を感服させてみるが良いぞ」
私がそう告げると、ドゥーク殿はなんとも清々しい笑顔で笑う。
「解りました。そう言う事ならば、このドゥーク……アスカ様のご期待に沿うべく、全力を尽くすとお約束しましょう!」
……そして、一世一代の知将ドゥーク殿の知略を、私も思い知ることになった。




