第二十六話「戦場のアスカ様」④
「ふむ、実のところ……我々もそこまで状況を把握しておらんのだ。お主らの襲来も情報は掴んでいたが、いくらなんでも性急に過ぎると思っていたからな。なぜ、ああも進軍を急いだのだ? 通常の倍のペースというのは、些か無理をしたのではないか?」
「確かに……我々も何もかも準備不足でしたし、落伍者の数なども酷い事になりましたが……戦とはそう言うものではないですかね? つまり……一言で言うとですね」
「「先手必勝ッ!」」
思わず、ドゥーク殿と声を揃えてしまったが。
この戦とはそう言うものだったのだ。
お互い準備不足を承知の上で、互いに譲れない戦略目標を達成する為に、様々な物を切り捨てながら、主導権を得るべく、凌ぎ合っていたのだ。
戦とは、直接戦力をぶつけ合うだけで済むような物では決して無い。
むしろ、それは最終段階のおまけのようなもので、そこに至るまでにあらゆる手段を講じて、できるだけ多くを積み重ね、戦略的に相手を上回ってこそ、勝利を得ることが出来るのだ。
それこそが、戦の真髄というものなのだ。
小手先の一戦の勝敗なぞ、さしたる問題ではないのだ。
そして、それを理解できているこの男……やはり出来るッ!
「はっはっは! さすが、そこまで理解されていたと言うことですね。やはり、俺が勝てる道理も無かった……ええ、完敗でした。実際、こちらもアスカ様達が準備不足である事を賭けて、電撃速攻でカタを付ける……そう考えていましたし、それしか勝機はないと考えていましたからね」
「なるほど。確かに上手い手だったぞ……。こちらの迎撃準備が整わぬまま、森を抜けられて、平原での戦いに持ち込まれていたら、こちらも負けないまでもそれなりに苦戦していたかも知れぬからな」
「……負けないと言い切りますか。その様子では装甲騎士の欠陥もよく理解しているようですね」
「当然であろう? あれは人間の防御力を極限まで高めようとした末の失敗作のようなものだ。発想としてはそう間違ってもいないのだが。強力な飛び道具と、突撃衝力を受け止める障壁兵器があるならば、ただ鈍重な的でしかないのだ」
「……なるほど、案の定、対抗戦術も完璧だった訳ですね……。俺も装甲騎士に対しては似たような戦術を考えていましたよ。あれは、集団で突撃させれば強大な破壊力を生みますが。それ以外は、使い所も難しいですからねぇ……。仰るとおりの失敗兵器なのですよ」
「なるほど、言われるまでもなく理解していたのだな」
「ええ、この装甲騎士と言う兵種を考案したのは、かの有名なアースター公だったんですがね。アースター公は兵力不足を補う苦肉の策だったようなのですが、貴族共は自分達に向けられた際の威力と、蛮族軍相手に大勝利をしてしまった事で、勘違いをしてしまったのですよ。もっとも、機動力は侮れないものがあるので、防御を捨てて、機動力の高い弓兵として使うなど、使いようはあると思いますけどね」
「なるほどな。いかんせん、装甲騎士はあまりに汎用性が低い。結局、どんなに進歩しても、いつの時代でも最後に勝負を決めるのは生身の歩兵なのだ。これは断言してもいいぞ」
パワードスーツやナイトボーダーと言った歩兵タイプの機動兵器が登場するたびに生身の歩兵なぞ、もはやお呼びでないと言われたのだが。
森林戦や閉所戦闘、市街戦などでは、なんだかんだで旧態依然の軽装歩兵が、生存性も戦果も一番高くなると言うのが現実なのだ。
なにぶん、惑星制圧戦闘ではそんな所が戦場になるケースは避けられない。
かくして、帝国軍惑星降下兵団では、レールアサルトライフルとALジャケット程度の装備しか持たない古参軽装歩兵が幅を利かせて、時に勝利の決め手となる事がたびたび起こっていたのだ。
「ええ、仰るとおりです。特に防衛戦では装甲騎士はまるで使い所がない。結局のところ、軽装歩兵辺りの数を揃えるのが、今の一般的な技術力では最適解だと思いますね」
「慧眼であるな。ふむ、今の話だけでお主の軍人としての先見性や戦略的見地についてはよくわかった。そう言う事なら、伯爵軍について情報をくれ。お主の視点なら、かなりのことを知っているのであろうし、その的確な分析力なら期待して良さそうだな」
「ええ、喜んで……! ひとまずアスカ様へ敵対する者達の兵力についてですが、伯爵の本軍……これは全部で600くらいにはなるはずです。賛同者はマドロックにボルゾー、カザリエ男爵、ボンドール子爵にオズワルド子爵……他に準男爵や騎士爵がいくらか。これら全部で600。装甲騎士だけで400騎ほどになるでしょうね」
装甲騎士だけで400騎。
歩兵も加えて、1200から1500と言ったところか。
兵力差は歴然であるなぁ。
「装甲騎士だけで400か……結構な数だな。だが、一枚岩ではなさそうだな。貴族共が親分に言われたからって、そう簡単には結託はしねぇだろ。なんせ、国王陛下が手出し無用って言ってんだからな。アースター公の乱とは訳が違うだろ」
ソルヴァ殿が話に加わってくる。
まぁ、実際、最前線を担う将だけに、気になるのは当然であろうな。
「ええ、カザリエ男爵とオズワルド子爵あたりは、熱心な神樹教徒として有名なので、ポーズだけじゃないかと思いますし、アスカ様の神樹帝国から見ると、伯爵領より後方に位置します。この辺りを調略すれば、随分と楽になると思うのですが。どうやって渡りを付けるか……ですね」
オズワルド子爵は、私も知っている。
なにせ、この者……ご丁寧に秘密裏に挨拶状を送ってきたのだからな。
内容は、面従腹背であることのアピール。
その時が来たら、当たり前のように伯爵を裏切るし、情報だって提供するとのことだった。
「ああ、そこは僕に任せてくれ。上手いタイミングで裏切って、後背を脅かすとかそんな風に動かす……それでいいんだろ? どうでしょう、アスカ様」
「いや、オズワルド子爵については、すでにこちらに降る旨、連絡が来ておる。地政学的に伯爵に従っても何の旨味もないからには、そうなるのは当然であろう」
なにせ、その隣のルペハマの市長とも仲が良いらしいからな。
かと言って、露骨に伯爵を裏切ると領地が隣接している関係上、攻め入られる危険もある。
だからこその面従腹背。
なかなか、解っているヤツであるな。
なお、返信無用との念押し付き。
おそらく、こちらとの繋がりを悟られるだけでも危険と言いたいのであろう。
その辺りの事情は説明されるまでもなく解る。
実際、その連絡の書状も旅人に扮した冒険者が冒険者ギルド経由で持ち込んできたのだ。
いずれにせよ、オズワルド子爵には、伯爵の後背にて獅子身中の虫となってもらうのが最善であろうな。
なお、これは『遠交近攻』とも言って、古代地球の中国の『兵法三十六計』と呼ばれる書物に記載されており、近代にも通じる戦略の教科書とも呼ばれるような古文書であるのだ。
当然ながら、皇帝教育の一環として、私も学んでいるので、よく知っている。
ちなみに、古来からよく使われている表現『三十六計逃げるに如かず』についても、この書物に記載されており『走為上』とも呼ばれている。
まぁ、これは要するに、勝てない状況でも逃げを打てば、負けることもない……そんな意味であり、帝国軍の基本戦略の一つにもなっているのだがな。
「なんだ、すでに話を付けていたんですか……。なら、僕としては、そのダメ押しに行くってところですね」
「なるほどな……。しかも、真っ先に港湾都市のルペハマとの繋がりを持つと言う発想も凄いな……。その狙いは海洋進出……。そうなると、本気でこの平原諸国を統一する……そう言う事なんですね」
「なんと! お主、これだけで私の基本戦略を理解したのか!」
まぁ、そう言う事なのである。
この世界の船舶と航海技術は陸地が見えるところを進む、沿岸航法と帆船レベルが良いところのようだが。
お母様の植物を自在に生み出す力と、電磁草を応用することで、電磁推進船舶の実用化と大量生産が可能だと見ているのだ。
ちなみに、電磁推進とは、要するにレールガンの弾の代わりに、水を吐き出す事で推進源とする方式で、エーテル空間船の推進方式としては、我が帝国では主流としていた方式でもあるのだ。
記録に残っている限りでは、この電磁推進方式は割りと歴史があり、二十世紀後半に古代日本で実験船が作られたものの、実用にならなかったとの事で長い間お蔵入りとなっていたのだ。
2700年代に帝国がそれまで利用していた外輪推進方式に限界を感じて、エーテル空間での高速性能を確保するために、そんな古代技術を引っ張り出してきたのだが。
古代日本の実験船で問題になっていたのは、海水が中途半端な伝導体であったことと、電磁場の出力不足と不安定さが原因で、実用に耐えなかっただけの話で、エーテル流体は導体であり、かつ電磁場制御技術も当時の比ではなく、流体制御技術を併用することで120相対ノットは出せるほどになっていたのだ。
なお、当時のエーテル空間船舶の最高速度は40相対ノット程度で、軍用艦でも60相対ノット程度と早くはなかったのだが。
電磁推進方式船舶だと、120相対ノットと言う3倍もの速度での移動が可能となっていた。
まぁ、これは船舶自体を極端なリアヘビーの双胴船とすることで、限りなく流体面を滑走するような形態とすることで、達成していたのだが。
それまで頑なに古代地球では一般的だったと言うスクリュー推進方式にこだわっていたスターシスターズが我軍の艦艇の高速性を目の当たりにしたところ、顔色を変えて、そそくさと電磁推進方式に乗り換えてしまったことでも、その有用性は明らかだった。
まぁ、要するに私にとって、電磁推進方式は枯れた船舶技術と言え、レールガンが使えるなら、電磁推進も可能と認識しているし、小舟に小型の電磁推進機関を搭載し、川に浮かべて遡上させる程度ながら、すでに再現実験にも成功している。
この時点で、この世界ではオーパーツ級の電磁推進式大型船の建造が可能と断言できる。
そして、このバレンツ平原は、割りと大規模河川が多く、基本的にどの都市もそれなりの規模の河川に隣接している関係上、制海権を抑えてしまえば、各河川の河川遡上により各都市の制圧も楽に出来てしまうのだ。
なにせ、河川に戦闘艦が入り込んで遡上の上で迫ったとしても、この世界の軍勢ではまともな反撃手段がないのだ。
なお、遠距離への攻撃手段としては、火薬式の銃や大砲も実用化されていない。
魔法もいいところ、2-30mくらいまでしか届かず、バリスタや投石機程度しかないようなのだ。
バリスタも投石機も固定目標を狙うことを想定しているので、高速移動する船舶への対抗手段にはなり得ない。
対して、こちらは大型のコイルガンでも装備すれば、それだけで鉄球だなんだのをバンバン撃ち込めるし、電磁加速弾の破壊力なら、物理衝力だけで城壁だろうが、城塞だろうが撃ち崩せる。
要するに、平原諸国の軍備では、まるっきり土俵が違うので、勝負にならないのだ。
その上、植物テクノロジーはどれもこれも模倣が極めて難しい。
そもそも、この世界の一般的なテクノロジーや魔法技術と比較すると、異質すぎて、同じことをしようとしても、数々のハードルにぶち当たって、対抗しようがないのだ。
これが私の考案したこの世界の制圧戦略であり、恐らく極めて短期間で達成は可能だと見ていた。
だからこそ、私も平原諸国でも最大規模の港湾都市でもあるルペハマには早い段階で目をつけていて、そこまで進出した段階で、ほぼ趨勢は決まるとまで判断していた。
当然ながら、その統治者にも渡りを付けようと考えていたのだが。
ルペハマの市長殿は、熱心な神樹教徒で話自体は、すぐに付いてしまったのだ。
もっとも、陸路での距離については、ルペハマまで、徒歩では一月近くかかり、間には敵対貴族の筆頭でもある伯爵領があり、相応の難儀が予想されたのだが。
飛行船の開発を進めることで、この距離と伯爵の相手をしなければならないと言うの問題を一気に解決しようとしていたのだ。
「しかも、その拙速を尊ぶ戦略構想からすると、現時点でも同時進行で準備を進めていると言うことですか?」
「当然であろう。現状は、皆が思っている以上に危うい状況なのでな。北の炎国、南の蛮国、さらに海の向こう側にも何やら異種族が住む大陸があると言う話ではないか。そんな状況でこんな分裂状態でくだらん内輪もめを続けるなぞ……他所から見たら、滅ぼしてくれと言っているようなものなのであるぞ?」
「そうだな……。確かに、アスカはこの辺りの情勢を聞かせて、真っ先に話にならんってぶった切ってたからなぁ。もっとも、まさか早々に国を作っちまうとは思わんかったがな……。そんな急がずとも良かったんじゃねぇかな?」
「……私もそう思っていたのだがな。だが、状況は私の予想以上に逼迫していると実感してな。まぁ、そうだな……私の構想としては、一年以内に平原諸国は一つの国にまとめ上げる。そして、三年以内にこの大陸を統一し、十年以内に宇宙へと旅立てるようにしたいものだな」
私がそう言うと、その場の全員が呆気にとられたようだった。。
「ふむ? その様子だと、私が大ボラ吹き……とでも思っているのかな?」
「い、いや……。だが、さすがにそれは急ぎすぎだろ。あのアースター公ですら、そこまで性急じゃなかったぜ……。なぁ、一体何を焦ってるんだ?」
ソルヴァ殿が呆れたように返してくる。
だが、焦るだと? それはさすがに心外であるな。
「焦るも何も、惑星制圧なんぞ、一ヶ月か二ヶ月で終わるのが普通であったのだぞ? そもそも、戦争なんぞ、長々とやるものではあるまい」
戦争は戦略目標を制定した上で、その目的を達成次第、早々に足抜けするに限るのだ。
現状は、とにかく海洋への連絡路と制海権の確保が最優先と考えている。
当然ながら足りない物もまだまだ多いのだが。
長期戦となって、相手に模倣されるようでは泥沼化は必至なのだ。
であるからこそ、圧倒的なテクノロジーと現地人の発想の外側から、可及的速やかに、相手の政治中枢と軍勢を制圧するのが惑星制圧戦のセオリーとも言えるのだ……。
総力戦などと言って、民草を巻き込むような戦争なぞするから、要らぬ怨恨やら憎悪だのが募るのだ。
何よりも、宇宙進出も出来ていないような文明の脆弱さは私はよく知っている。
このままでは、星間文明の侵略を受けたら、為す術なく軌道制圧されてしまい、あっという間に根絶やしにされても文句は言えない。
はっきり言って、惑星地表上で小競り合いなんぞやっている場合ではないのだ。




