第二十四話「国境戦線」③
もはや、ドゥークも必死だった。
敵を侮った挙げ句、死地に陥る……一瞬で絶望的な状況を悟った、ドゥークも先程までの余裕は消え失せていた。
「相手が並大抵の手合なら、そうでしたが……相手と状況があまりに悪いです! 貴様、その蒼鋼の重剣……蒼剣のソルヴァ殿とお見受けするが、どうだ?」
とにかく、ここは時間を稼ぎ、なんとしても逃げ延びるべき局面だった。
だからこそ、ドゥークは会話による時間稼ぎを試みることにした。
何と言っても、その異形の大男が持つ蒼鋼製の重剣には、心当たりがあった。
相手を煽てるなり、何なりして、とにかく話し合いに持ち込む。
ドゥークなりに考えた一手ではあった。
「お、さすが俺……隣国まで勇名が轟いちゃってるって訳か。まぁ、隠すつもりもねぇからな。俺は噂の正義のヒーロー! 蒼剣のソルヴァ! まぁ、我らが皇帝陛下、アスカちゃんから神樹帝国抜刀騎士のナンバー1を拝命しちまったんでな。今後はそっちの通り名でよろしく頼むぜ! しっかし、帝国抜刀騎士ナンバー1とか、我ながら超カッコいいねぇ……大出世かよ!」
「ちなみに、オレっちは帝国抜刀騎士ナンバー2のモヒート様だっぜ! ヒャッハー! ちなみに、そこで首だけになってる装甲騎士もオレっちが刈り取ってやったんだぜ? まぁ、こっちが歩兵だからって舐めてかかって来やがったから、両腕の腱を切ってから、じっくりと首はねてやったら、イイ悲鳴を上げてくれてな! もう生き残ってた奴らも腰抜けちまって、後はもうタダの作業だったぜ!」
……先遣隊の者たちは三種類の死に方をしていた
装甲騎士のうち二人は、馬諸共袈裟懸けで鎧ごと潰されたような有様になっていて、従兵の何人かも似たような有様で原型を留めていなかった。
この力任せに粉砕すると言うやり方は、ソルヴァの仕業だと思われたが、装甲騎士の鎧をここまで破壊する時点で、もはや人間業とは思えなかった。
ドゥークもソルヴァと言う冒険者の噂は聞いたことあるくらいだったのだが、ここまでの化け物だと言う話は聞いていなかったが。
眼の前に居るのは、むしろオーガやオークキングと言った人間を一撃で屠る魔物同様の化け物だった。
そして、従兵の半数近くが全員、首を刎ねられるという死に方をしており、それはこのもう一人のモヒートの仕業のようで、それをただの作業と言ってのけるあたり、ある種の狂気を感じさせた。
他に、体に大穴が空いた者もいて、それはどちらかという少数派だったのだが、装甲騎士の鎧を容易く撃ち抜いている時点で、おそらくそれが最大の脅威と言えた。
要するに、先遣隊はほとんどこの二人に一方的に虐殺されたようなもので、おまけに強力な伏兵が森に潜んでおり、その存在はドゥークにすら居場所も気配も悟らせていなかった。
その現実を理解したドゥークは、震え上がるのを抑えられずに居た。
今すぐ、この場から背中を向けて一人で逃げ出したいとすら思っていたが、それだけは出来ないと自分に言い聞かせ、とどまっていた。
「……その気になれば、お前達二人だけで私と子爵殿くらいはあっさり殺せる……そう言うことか。おまけに伏兵まで配置してると来たか。これは全軍で挑んでも勝負にならんかもしれんな……」
そもそも、先遣隊の伝令が来てから、子爵と共に現場に来るまで30分程度しか経っていないのだ。
そんな30分足らずの間に、20人からなる先遣隊を皆殺しにする。
装甲騎士を夜の森にて威力偵察に出すには、かなり無理があったのだが。
先遣隊の5人の装甲騎士は夜間演習なども重ね、限定的ながら、夜戦も可能とするほどには腕利きで、その無理を可能としていたし、軽騎兵の15名も従兵ながら、厳しい訓練を重ね精鋭と呼んでいいほどに練度を高めた者たちだったのだ。
それを一瞬で無傷で葬り去る。
その時点でもはや人間業とは思えず、この二人が化け物じみた戦闘力を持つと容易に理解できた。
彼らが設定した国境ラインの線と言っても、単に適当な位置に、地面に線を描いただけで、双方が話し合った上で決められていたわけではなかった。
要するに、国境については、あくまで地図上で設定されたあやふやな境界線でしかなかったのだが。
その境界は、文字通りあの世とこの世を隔てる境界線と言えた。
先遣隊の者達もソルヴァ達から警告は受けていたのだろうが、敵を侮ったか、或いは挑発に乗ったかで、この線を不用意に越えてしまった結果、無惨な屍を晒すことになったのだろう。
そして、ホドロイ子爵はその線からもう1mも離れておらず、今もドゥークの制止を振り切って前に出ようとしていた。
「ソ、ソルヴァ殿! 後生である! 子爵殿はこの私が責任を持って国元へ連れ帰る! 軍勢も全て退かせるっ! だから、貴殿らは何があってもこの線を越えない……それを必ず守ると約束してくれぬか?」
こんな殴り込みに近いような形でケンカを売っておいて、よく言えたものだとドゥークも思うのだが、部隊を全滅させるよりかは遥かにマシだった。
そもそも、これは相手の良識にすがっているだけの、交渉とも呼べない交渉だった。
「いいぜ! 俺達に下ってる命令はこの線を越えてくる奴らは全員ぶっ殺せって、超解り易い命令だったからな。我らが皇帝陛下アスカ様は俺らと違って、慈悲深いお方だからな……敵を皆殺しにしろとは別に言われてねぇんだ。まったく、お優しいこったが、必要以上に殺さねぇってのは、悪かねぇよな……。まぁ、そうだな、ちゃんとバカどもの手綱を握って、素直にお家に帰るってのなら、わざわざ追撃なんてしねぇし、俺らもこんなとこで、侵略者共の死体の山作りながら、夜通し見張るなんて不毛な作業は止めて、寝蔵に帰って酒飲んで寝るだけって話だ」
その回答に、ドゥークも拍子抜けを覚えていた。
ソルヴァ達は、この国境ラインを越えるかどうかが重要で、超えなければ、敵対行動とみなさない。
暗にそう告げていた。
実際、線を越えていないドゥーク達に、手を出してくる様子も無かった。
国境線と言っても、そんな協定もなく、要は向こう側が勝手に引いただけの線なのだが、それ故にそのルールは厳密に守るつもりらしかった。
「ふざけるな! 貴様っ! 我が先遣隊を皆殺しにしておきながら、帰れだと! 子爵たるこの私を怒らせてタダで済むと思っているのか! そもそも、貴様らが私の送った使者をぞんざいに扱って、ふざけた返答を寄越しよったからではないか! これは我ら貴族の誇りを守るための制裁なのだ! 退くことなど絶対にありえんっ!」
「ははっ! そう言う事なら、むしろ、そんなとこでギャースカ騒いでないで、さっさと線を踏み越えてくんねぇかな……。こっちも、アンタをぶっ殺せば、話もはえぇし無駄な殺生もしなくて済むからな。そこのアンタもこんなバカ貴族の為に身体なんて張らんでもよくねーか? 騎士道精神ってのも解らなくはないが、バカな貴族の意地に付き合って死ぬほど、バカバカしい事もあるまい?」
「すまぬな……ソルヴァ殿。私にも騎士の誇りがあるのだ。ホドロイ子爵殿、貴方には解らぬでしょうが、そこの二人以外にも恐らくエルフ共が数十人ほど森の中に潜んで狙いを定めています……。それも装甲騎士の鎧を紙のように射抜く恐るべし矢を持った者達です。線を越えたら、そこの死体のように穴だらけになって確実に死にますよ? それでいいなら、もうお止めしません」
こんな夜の森の中で完全に気配を消しての狙撃等と言う芸当をやってのけるとすれば、もはや考えられるのはエルフの弓兵くらいだった。
人数については、まったく解らず、案外少ないのかもしれないが、ホドロイ子爵へ現実的な脅威として認識してもらうためには、大目に告げるくらいでちょうどいい位だった。
「ば、馬鹿な……何を言っている……あんな真っ暗闇の森の中に伏兵がいるだと? それに装甲騎士の鎧を撃ち抜く武器だと! そんな物聞いたこともないし、平民共がそんな高度な武器を使うわけが……」
「あちゃー、バレちまってたのか。アンタ、マジでなかなかやるねぇ。つか、噂以上に有能なんだな。仰るとおり、エルフの弓兵隊が伏兵として数十人単位で潜んでて、アンタらがその線を越え次第、一斉狙撃でケリを付けるって段取りなんだ。俺らはただの撒き餌ってとこだな……。ちなみに、俺らのコイルガンはお前らの鎧なんぞ、紙同然に撃ち抜くからな。嘘だと思うなら、線を越えてみればいいぜ? すぐに解るだろうが……まぁ、死んじまっちゃ信じるも何もねぇか」
「……その手には乗らんぞ。だが、装甲騎士の鎧を容易く貫く矢か……。ユーバッハ男爵の装甲騎士団が容易く壊滅させられたという話は聞いていたが、エルフ共はそんな武器を開発していたのだな……まさかとは思っていたが、この目で見たからには信じるしかあるまい。だが、飛び道具頼みとは、実に姑息な奴らだな。貴様も元近衛騎士と言う話だが、騎士の誇りも捨てたと言う事なのか?」
実際は、エルフではなくアスカが作り出した武器で、ソルヴァもその仕組みはよく解っていないのだが。
神樹兵と呼ばれる強化人間達にとっては、標準装備のようになっており、その威力は城壁に軽く穴を空けるほどで、射程も1km以上の距離でも余裕で当たると言うとんでもない代物にもかかわらず、弾丸も細く短い鉄の矢で十分で、一人で100本は軽く持てるので、弾切れの心配も殆どいらないという文字通りの超兵器だったが……。
ソルヴァは頑なにコイルガンを使おうとせずに、自前の剣に強いこだわりを持っていた。
「いんや、俺は今や皇帝アスカ陛下お抱えの帝国騎士様なんだぜ? そもそも俺は昔から、この絶対壊れない相棒が戦場の友。飛び道具頼みなんて言われんのは心外だぜ。アンタも一騎討ちがお望みって事なら、それでもいいぜ? 俺もそう言うのは嫌いじゃねぇ。一応、俺がここの総大将って事だし、総大将同士殴り合って決着付けるってのも悪かねぇよな」
「いや、今の貴様に私が敵う道理などないだろう。帝国騎士か……そう言う事ならば、立派な騎士であろうし、圧倒的に有利にも関わらず、一騎討ちで勝負を付けようと持ちかける……その心意気も見事だ。出来れば、私も貴様との一騎討ちに応えたい所だが、彼我の実力差が解らないほど、私も愚かではないし、無駄死にはごめんだ」
「ほほぅ、そこまで解るのか。なぁ、アンタ! なんなら、うちに来ねぇか? 俺達は今、絶賛軍拡中で装甲騎士団の団長なんてもう大歓迎だぜ! いいか? アスカ様の目標はデカく大きく、平原諸国統一どころか、いずれこの世界の国を全てまとめあげて、惑星統一国家ってのを樹立して、星の世界へ俺達を連れて行ってくれるんだとよ。いやはや、俺もすんげぇ勝ち馬に乗っちまったかもしれんな。アンタも一口のらんか? ぜってぇ損はさせねぇぜ!」
そう言って、ソルヴァは満天の星空を指差す。
星の世界……おとぎ話で語られるような神々の住まう世界。
それがドゥークの認識だった。
そんな神々の世界へ人を導くべく、全ての国を下し統一国家を建国する……。
そもそも、大陸以外に国があるかも解っていないのに、そんな大言壮語を部下に語る辺り、おそらく平原諸国の統一すらも、ただの通り道としか思っていないのが伺えた……。
もはや、壮大過ぎてめまいがする程の話でドゥークも思わず、呆然としてしまった。




