第二十三話「不穏なる影」③
「どのみち、侵略者に情けなど無用であるからな。何より、全軍を出しているとなると、こちらから何らかの譲歩を引き出すなり、どこかで略奪なりしない限りは退くつもりもないのだろう」
まぁ、そんなものである。
脅しや威嚇で全軍出すとか、なんの意味もない。
「確かに軍隊というものは動かすだけで金がかかるしな。タダで済ますつもりは向こうも無いってことか。話し合うにしてもまずは金の話になると」
「恐らくな。だが、こちらも金貨一枚くれてやる気はないし、一歩たりとも譲る気など無い。となると、一戦交えるのみ。どのみち選択の余地などあるまいて……」
「ははっ、アスカ様に助言は不要のようですな。同じようなことを説明しようかと思ってたんだが……。結局、先に言われてしまって、言うことがなくなってしまったよ」
「そうか? むしろ、見解が一致したと言うことで、お互い判断に迷いがなくなるというものであろう。さて、こちらの戦力はどんなものだ? 今の時点ですぐに使えるとなるとそう多くはないとは思うが……」
「まず、我々エルフの神樹弓兵が20名。もちろん、他にもいるが皆、神樹兵になりたてで、さすがに実戦では使い物にはならんのでな。ひとまずソルヴァ殿抜刀隊の10名と現地で合流させよう。これがこちらの即応部隊ってとこかな。戦力としては、いささか頼りないが、今実戦に出せるとなると、そんなものだよ。これでも頑張った方なんだがな……神樹兵になると、身体の感覚が変わるし、出来ることが大幅に増えるから、慣れろって言っても簡単じゃないんだ」
「まぁ……妥当だな。他は? この際、出せそうな兵は全て使おう。迎撃戦ともなると、頭数も必要となるからな」
敵の兵力総数は100のようだが。
それに対して、30ともなると、戦力比としては正直キツイ。
もっとも、ソルヴァ殿は一人で十人相手にしても勝てるとか言っていたし、森に囲まれた狭い街道で戦うとなると、兵力差よりも個人の戦闘力が物を言うのは間違いなかった。
元々ソルヴァ殿も戦士としては、一級品の実力者だったのだが。
神樹兵として強化後は、モヒート殿と並んで、本気で我軍最強の実力者となっていた。
なにせ、コイルガンの弾道を見切って、叩き落とすとか信じられないことをやってのけるし、5mもある岩の塊を一刀両断にしたとか、数々の超人技を見せつけてくれた。
装甲騎士の突撃を真正面から受け止めるなんて、力技も見せてくれて、バルギオ殿達が愕然としていた程だったからな。
たった一人での軍勢の足止めくらいなら、期待しても良いのかもしれないし、下がりながら、足止めと奇襲を繰り返す、縦深遅滞防御戦術で、エルフのアンブッシュ戦術と組み合わせることで、十分勝機はあるだろう。
そして、街道上でネチネチといたぶって、十分に弱らせたところで、平原地帯で全兵力を持って、迎え討ち、包囲殲滅をかける。
基本的な戦略構想はそんなものでいいだろう。
正直、負ける要素は皆無と言えた。
「他に使えそうなのは、ファリナ達飛行船組がすぐに使えるな。あとは編成中の一般歩兵で使えるとなるとせいぜい50ってとこだが、バルギオ達アグレッサー装甲騎兵隊の10名も出そうと思えば出せるし、連中も快く引き受けてくれるだろう。うちのエルフ弓兵も二線級でいいなら50くらいは出せなくもないか。ここはいっちょ実戦訓練って事で出してみるか……。そうなると数の上でも勝ってくるし、ちょっと負ける気はしないなぁ」
なお、バルギオ殿達はそんな名称で我軍に編入されていた。
内訳としては、フレッドマン殿とその部下3名と、バルギオ殿とその配下5名ほどだった。
20名いたシュバリエ装甲騎士の半数が、こちらに降ったと言うことだが。
残りは、戦死したものもいたが、重傷を負って療養中だったり、潔く騎士職を辞して労働者になったりだった。
私に言わせれば、半分も残ったのだから、上出来だと考えている。
もっとも、装甲騎兵と言っても、バルギオ殿達の鎧は大幅に改良し、胸部と頭を重点的に守れるようにして、簡素化しており、胸甲騎兵とでも言うべき、機動力重視の部隊となっていた。
彼らの馬を自在に操る貴重な技能を腐らせない手はなかったので、敢えて新兵科として騎兵を残すことにしたのだ。
当人達も身軽になった事で、機動力も大幅に上がり、下馬戦闘など臨機応変に対応出来るようになったと至って好評のようだっただった。
まぁ、馬から降りたら最後、自力で動くのもままならないようでは、話にもならんからな。
元騎兵でもあるソルヴァ殿とも気が合ったようで、反乱などの心配も要らなさそうだった。
「そうだな……。バルギオ殿達アグレッサー隊は、歩兵隊と共に最終防衛ライン受け持ちへ回そう。だが、勝負は敵が国境を超えて、森の街道にいる間に決めるつもりだから、あくまで保険程度なのだがな。基本は後退防御戦術としよう……街道にいる間に、障害物や擾乱攻撃で足止めしつつ、断続的に森の中からコイルガン狙撃により奇襲をかけ続ける。これでどうだ?」
「イイねぇ! それ、俺らからしたらやりたい放題じゃないの。装甲騎士は森の中なんて入っても何も出来ないだろうしな。マジで装甲騎士がただのハリボテみたいに思えてきたな。アスカ様がガラクタ呼ばわりする訳だな」
「だから言ったであろう? 防御頼みなぞ、いずれ廃れると。まぁ、万が一平原への突破を許した場合でも、バルギオ殿達であれば、なんとかしてくれるだろう。敵を葬るのは、基本的に飛び道具……コイルガン狙撃で削り尽くす。すまんが、エルフの弓兵隊には主攻役と言う事で、少しばかり苦労してもらうことになる」
「いやいや、お見事ですよ! 一瞬でこれ以上無いほどに最適な配置と戦術を提示されては、本気で俺の仕事がなくなりそうだ。確かに、俺達エルフとコイルガンの組み合わせ、マジでヤバイからな。主攻扱いしてくれるなんて、むしろ皆、張り切るだろうさ。しっかし、こうも早く動くとはねぇ……。正直、もうちょっと平穏な日々が続くと思ったんだがな……」
「向こうも、こちらが体制を整える前に一撃食らわせて、主導権を得たいと考えたのだろう。実際、向こうも騎兵に対し歩兵が明らかに少ないとなると。準備不足を承知で拙速を選んだと言うところであろうよ。これは敵将のドゥークとやらの判断かな? そうなると、夜通しの強行軍で来るやもしれんな。ソルヴァ殿達にも急ぐように言わねばな。おそらくこれは、敵との展開速度の競争となるだろうが、譲るつもりはまったくない」
「なるほど、まずは一撃当てて、戦の主導権を得ることが向こうの目的と言うことか……。敵の戦略目標までお見通しとは……。そして、その対策としては、敵の先手を取ってのスピード対応。アスカ様は、将としても実に有能のようですな」
「それは当然であろう? 私は1000万の軍勢ですら、指揮したことがあるのだ。だが、向こうの出方を測り知るために、アーク少年達を送り込んだのだが、こちらの想定を相手が上回ったと言うことだな。これはこちらも失策を認めねばなるまい。まんまと先手を打たれてしまったな」
「いいや、おかげで敵の動きがすぐ解ったし、全軍出払った後のオーカスの状況もアーク少年たちが斥候として機能するなら、こちらもその後の戦略が組みやすくなる。むしろ、アーク少年達という伏兵を今の段階ですでに送り込んでいたその判断力こそ、お見事と言わせていただくよ」
正直、アーク少年もあまりに急いで出立していってしまったので、こちらも困惑したくらいなのだが。
案外、ここに来るまでに情報収集を行っていて、急いで現地へ向かう必要があると判断したのかも知れなかった。
そう考えると、間違いなく有能と言えた。
これは期待しても良いかもしれんな。
「そんなに煽てるな。調子に乗ってしまうぞ? そもそも、これはアーク少年の手柄であろう。あの者、この様子だと何か持っているのかもしれんな……」
「はっはっは! 良いじゃないですか、むしろ調子に乗りましょうや! では、直ちにオークスよりの軍勢が迫りつつある旨と、シュバリエ市の戦時体制への移行を公式に発表します。一般市民の避難とかは必要かな? ここシュバリエは城壁もないから、籠城にも向いていないし、あちこちで拡張工事の真っ最中だから、市街戦になったら、大変なことになる……。なんとしても、それより前の段階で封殺しないといかんな」
「まぁ、そこまで追い詰められる気はしないのだが、これも予行演習と言う事で、段取りの説明くらいはやっておこう。ひとまず、大会議室をそのまま臨時の作戦本部としよう。まぁ、指示はもう出したつもりであるから、以降、私は置物で結構だがな」
「そうですな。では、俺はアスカ様の副官と言う事で同じく置物兼伝令係と言う事で! 俺達みたいなのは、指示を出したら現場にお任せ、荒事はソルヴァ殿達、専門家にお任せするとしようか」
「うむ、解っているようだなっ! 気があったところで、お互い仕事を始めるとしよう!」
予想外の敵の奇襲だったが。
出立の時点で捕捉出来たと言うのは、間違いなく僥倖だった。
もはや、この時点で奇襲など成り立たなくなった。
アーク少年たちは実にいい仕事をしてくれた。
我々としては、それに応えねば立つ瀬もあるまい。
かくして、我が神樹帝国の初の本格実戦が始まるのだった。




