第二十三話「不穏なる影」②
イース嬢とアリエス殿にその場を任せると、リンカを引き連れて、廊下へと出て、エイル殿の元へと向かう。
「良い知らせか? 或いは悪い知らせか? まぁ、こうやって内密で話すとなると後者であろうな」
「ええ、アスカ様、お察しの通りです。東の隣国オーカスより装甲騎兵の軍勢が動いたとのことです。どうやら、討伐軍の第一陣と言ったところのようですな……」
隣国のオーカス市……ホドロイ子爵とか言う貴族が治める人口5万人とシュバリエよりも遥かに規模が大きく全周を城壁で囲った城塞都市国家だった。
ユーバッハ男爵とは親しくしていたようで、男爵の死について釈明を求めると称して、私自ら一人で出向いて来いなどと、使者を送り込んだ上で、要求してきていた。
当然ながら、側近は全員大反対し、私も「今は、忙しいので、また今度にしろ」と塩対応で済ませたのだが。
使者殿もギャースカ喚き散らした挙げ句、エイル殿の渾身のアックスボンバーで強制的に黙らされた挙げ句、文字通り街の外につまみ出されていたのだが……。
さすがに、ブチ切れたと言ったところか……。
なお、エイル殿もついカッとなってやってしまったそうだが。
私への明らかな侮辱の言葉もあったので、エイル殿が大人しくしていたとしても、他の誰かやっていただけの話だった。
なお、ボロ雑巾のようになった使者殿を気持ち程度の治療をした上で、返信のお手紙を添えて、オーカス行きの荷駄便で謹んでお返しした。
そもそも、話し合いを要求するのに相手に出向いて来いなどと、その時点で話し合いをする気がないと言っているようなものなのだ。
そもそも、ホドロイ子爵などと言われても、私は面識すらないのだ。
塩対応もあたり前であろう。
だからといって、宣戦布告もなしで、いきなり軍勢連れで押しかけてくると言うのも、さすがに穏やかではない。
もっとも、こう言うケースも想定の範囲内ではある。
慌てず騒がず、彼我の状況を見極めた上で、冷静に対応するとしよう。
「やはり来たか……思ったより早かったな。数は? やはり装甲騎士がメインであろうな」
「ああ、装甲騎士が総勢50騎ほど。領主のホロドイ子爵自ら率いているようだが、団長のドゥークと言う男はなかなかの名将だからな……油断していい相手ではないな。更に後詰めとして30騎ほどがオーカスに入って、駐屯しているらしい」
「なるほど……そうなるとホドロイ子爵も独断先行ではなく、相応の支援を受けているということか」
まぁ、体のいい代理戦争といったところか。
こういうのは銀河時代でもよくあったし、銀河帝国でも常套手段だったからな。
「どうもバーソロミュー伯爵の軍勢のようだが、偵察用の軽騎兵が主力のようで、多分、後方警戒部隊ってとこだな」
「なるほど、留守居役といったところか。バーソロミュー伯爵とやらはなかなかに巧妙だな。兵力を送りながらも主力は出さないと。ホドロイ子爵も体の良い噛ませ犬といったところか」
「まぁ、そうだな。後詰とするなら、自分達の懐もさして傷まず、援軍も送った事になるし、例え俺らが子爵の軍勢を打ち破ってもさっさと逃げて、関係ないとしらばっくれる事も出来るからな」
なんと言うか、頭がいいというよりも姑息だった。
自分は前に出ず、手下をけしかけると言うやり方も気に食わん。
この国の貴族共は本当にロクな奴がおらんな。
「まぁ、どのみち伯爵もいずれ退場していただくのであるがな。装甲騎士以外の兵力はどうなのだ?」
「あとは随伴歩兵がつかみで50と言ったところで、支援隊が100ってところのようだ……思ったより歩兵が少ない。装甲騎士ってのは、一人じゃ馬上鎧の付け外しもできないから、大体騎士一人に従兵二人付けるってのが基本なんだ。だから、普通はこの倍は必要なはずなんだがな」
「なるほど、兵数だけ見ると確かに思ったよりも少ないな……。もっとも歩兵が少ないのは動員が上手く行っていないのと、むしろ、装甲騎兵だけで短期決戦で押し切れると思っているのだろうな。ところで、見つけたのはどの部隊かな? 向こうが動いてすぐでそこまで詳細な報告を送ってきたとなると、普通の部隊ではなさそうだな。教会かエイル殿の同胞ネットワークか?」
「アスカ様が送り込んだヴィルカインズのアーク少年率いるオーカス潜入班より、神樹通信での報告とのことだ。もっともオーカスまでは50kmは離れているから、歩兵がいることを考えると、普通に一週間後くらいにここまで到着するんじゃないかな。どうする? アーク少年達に追跡の上で触接を命じておくかい? なんでもオーカスに到着するなり、出陣式やってるとこに出食わしたそうで、命じられればホドロイ子爵の暗殺も承るそうだが」
「いや、アーク少年達には引き続き、オーカスにて潜伏の上で敵情把握に務めるように指示しておいてくれ。ホドロイ子爵を暗殺したところでアーク少年達が危なくなる上に、要らぬプロパガンダに利用されるのが関の山であろう。それにそうなると、装甲騎士団もそのまま伯爵が接収するだけだろうから、問題の先送りにしかならんし、指揮系統を一本化されるくらいなら、各個撃破した方がよかろう?」
「確かにそうだな。だが、そうなると動向の監視くらいはしないと、こっちも気が気じゃないだろ。うちの斥候隊でも出そうか? うちの奴らなら、敵地だろうがお構いなしだし、境界線の辺りは森林地帯だから、俺らエルフの独壇場だ」
「触接は……そうだな。ファリナ殿達が例の新型飛行船の試運転飛行に出ているから、上空索敵による監視を命じるとしよう。まぁ、50km程度の距離なら、街の上空に浮かべるだけでも動きを把握できるであろう。すまんが、確認してもらっても良いかな?」
エイル殿も頷くと、耳の後ろ辺りから蔓を引っ張ってきて、ヘッドセットのようにすると、一言、二言ファリナ殿とやり取りを行う。
「今、直結通話でファリナと連絡を取ったところだが、ファリナ達もすでに敵軍を見つけていたようだ。試運転で街の上空をぐるぐる回っていただけだそうだが。長々と行列作ってて、一目瞭然だったそうだ。となると敢えて索敵を出す必要もなさそうだし、飛行船を浮かべておくだけ十分って事か。しっかし、上空索敵ってのはとんでもないな。オーカスどころか、伯爵領の向こう側……海の方まで見えてるって言ってるぜ。それに空からの目線なんて、隠れようもないじゃないか。こりゃ、軍を動かした時点で即バレで奇襲なんてどうやっても無理って事か。アスカ様も飛行船は最優先とか言ってたけど、こりゃ納得だ」
ちなみにあくまで地球上での話ではあるのだが。
大体、地上高度3000mで200km圏内を見渡せる計算になる。
実のところ、300mも上がれば、50km程度ならそれで十分索敵圏内に入るのだが、ファリナ殿達も高度限界チャレンジでもしていたのだろうな。
「まぁ、そんなものなのだよ。敵を先に見つけると言うことは戦の主導権を取れると言うことになるからな。宇宙での戦いも同じだからな……戦いの発端は、いつもお互いの目の潰し合いとなるのが通例だったぞ」
「いや、宇宙での戦いとか、さすがに想像も出来んよ。でも、昔、エルフ同士で戦争やってた頃は、初手は森の中で斥候同士の潰し合いから始まってたそうなんだが、それと似たようなものかな?」
「うむ、その理解であっているぞ。エイル殿は、我が銀河帝国にそのまま任官できそうなほどの逸材であるな。今もこうやって参謀役をきっちり務めてくれているしな」
「そいつは、嬉しい評価だな。まぁ、俺も四賢の一人じゃあるし、昔は、エルフの軍勢を率いて、炎神教団や南の蛮族共と戦ってたりしてたからな。つか、この飛行船があれば、あの戦いもむちゃくちゃ楽だったって思うぜ……。割りと際限なく登っていけたみたいで、寒くなって高度を下げたそうだが、どこまで行けるか解ったものじゃなかったそうだ」
エルフというのは、戦闘民族のような性格の民族のようで、エイル殿は将帥としての経験も豊富で私の軍事ブレインとして機能していた。
なお、リンカは戦略や戦術はさっぱりなので、解りません! と全力で無言の主張をしつつも、大人しく側にいるようにしたようで、至って静かだった。
「エイル殿も飛行船がどれだけ有用か良く解ったであろう? ゆくゆくは空中爆撃なども出来るようするつもりだぞ。空を制するものは戦場をも制するのだ」
「空からの攻撃がどれほど厄介かは昔、ワイバーン相手にやりあった事があるから、よく解ってるぜ。爆撃ってあれか……点火すると爆発する液体の詰まった木の実だったかな? あれもやっぱり、アスカ様の国の植物なんだよな。なんと言うか、えらく物騒な植物があるのだなぁ……」
「あれは、例のシャンプー草と同じ植物なのだぞ? あれは肥料次第で、様々な化学物質を生成するようになっていてな。土壌改質魔法を調整し、土壌に化学物質を含有させることで、自動的に調合してくれる。なんとも便利な植物でもあるのだよ」
「錬金術……のようなものなのかな? それを植物がやってのけると言うのか」
「まぁ、その見解であっているかな。その辺りはイース嬢が色々実験を交えつつ研究しているようだぞ。液体爆薬なども合成出来そうなのだが、イース嬢の話だと、まだまだ土壌改質魔法の調整が必要なようで、今回は間に合いそうもないな」
「うーむ、あのシャンプー草……。俺も使ってみたが、びっくりするくらいに髪の毛サラサラになってな。だが、そんな爆薬すらも合成できるとは……思った以上にヤバい植物なのだな。だが、せっせと輸出しようとしてるようだが、そんなのを他所で増やされたりしたらヤバくないか? 割りと無造作に増えるんだよな……あれ」
「なぁに、あれは土壌の成分調整を厳密にやらないと、まともな化学物質合成もままならんのだよ。適当な土に種を植えただけだと貧相な雑草モドキが生えてそれで終りだ。土壌改質魔法の調整式を門外不出とすれば、盗用される心配もないであろう」
「確かに土壌改質魔法なんて使えるのは、神樹教会の神官と我々エルフくらいだからな……。そうなると流出対策もバッチリって事か、さすが。だが、それよりもアスカ様、眼前の危機だ。俺の勘だと恐らく、このまま問答無用でまっすぐ攻め込んでくると思うぞ。早急に迎撃体制を整えるべきだと進言させてもらうぞ」
まぁ、そうであろうな。
宣戦布告も警告も何もなしでの国境目指しての軍勢の進撃。
敵の狙いはこちらが防衛体制を整える前に先制奇襲攻撃で一気に粉砕するつもりなのだろう。
確かに、それでも勝ちさえすれば、何処からも文句も出まい。
国際秩序も何もあったものではないが、王国と称しておきながら、バラバラなのが実情なのだ。
そんなものに期待するほど、私もおめでたくはない。
「なるほど、さすがに解っておるな……エイル殿。ひとまず、ソルヴァ殿達に即応部隊として国境ラインへ向かわせて、ラインを超えた者を足止め、もしくは即座に殲滅するよう指示を出す。これも事前想定どおりではあるから、ソルヴァ殿達なら、それだけで動いてくれるだろう」
「了解だ。そうなると神樹兵のみの精鋭を真っ先にぶつけるってことだな。そう言う事なら、うちからも兵を出そう。これは現地合流を目指すってことでいいかな? 俺達エルフは森の移動には長けてるから、エルフだけの方が動きやすいんだ。だから、街道を無視して森の中を突っ切る最短ルートで向かわせる」
「ああ、神樹兵なら、馬なしでも国境ラインまで一日もあれば着くだろうからな。必然的に時間にも余裕が出来るから、こちらも後詰めの軍勢と補給物資を送る準備をするとしよう。なぁに、装甲騎兵など恐れるに足らずだ。ちょうどいい実戦訓練の機会とでも思っておこう……もっとも、目標は敵軍の完全殲滅であるのだがな」
「皆殺しにすると? ……今回は話し合いはしないと言うことか。確かにホロドイ子爵は直率の上で全軍を出しているようだから、話し合いで決着は難しいだろうが……皆殺しにするのはどうかと思うぞ」
……私に言わせれば、全軍出撃など、正気の沙汰ではないのだがな。
勝てば問題ない考えているのかもしれないし、伯爵の軍が後詰として駐屯している様子から、一応保険はかけているようではあるが、これは敵の軍勢を一撃で殲滅するチャンスでもあるのだ。
要は相手が自分から、崖っぷちに立ったようなもので、これを生かさない手はない。
兵力規模からすると、シュバリエ市そのものの殲滅とか焼き討ちとか、そう言った目的では無いだろう。
恐らく敵の狙いは、こちらの野戦軍の殲滅。
その上でゆっくりと増援を集めて、包囲網を完成させて降伏勧告でもするつもりなのだろう。
そう言う事なら、50騎程度の装甲騎士で十分と考えているだろうし、実際、100の歩兵程度では正面から装甲騎士とやりあえば、容易く壊滅するだろう。
なるほど、敵の戦略目標は知れた。
そもそも装甲騎士では、制圧戦や市街戦には向いていない。
となれば、街の守りはこちらも一切考えなくても良いということだ。
そもそも、市街地での騎兵の相手など私とリンカがいれば、十分であろう。
これはむしろ楽な戦になりそうだな。
そんな訳で、全軍出撃も、戦略的見地で見ると、その時点で明らかに失策と言えた。
今のオーカスには、伯爵の送った留守番部隊しかいない。
子爵の軍勢を粉砕し、返す刀で、オーカス陥落をせしめるのも不可能ではないだろう。
もっとも、今の段階では別にオーカスなど要らぬのだが、子爵殿とその配下の装甲騎士団には、ここで消えてもらった方がこちらにとっては都合は良さそうだった。
敵の先鋒を粉砕してしまえば、今度は向こうが守りに入る番であるからな。
国境ラインも森の端まで押し出した上で、オーカスに圧迫を加えるだけで敵は身動きも取れなくなるだろう。
その間に、こちらは軍備を拡充するだけの話だし、時間をかければ、城壁を植物で飲み込んでしまうことだって出来るだろう。
「どのみち、侵略の意図は明らかなのだから、貴族共への見せしめとして、ここは圧倒的な勝利を演出し、向こうには一兵残さず全滅していただくとしよう。エイル殿は反対か?」
「いや、そう言う事なら、そうするべきだな。恐怖を喧伝し抑止力とすると言うのは大いに賛成だ。ただ、敵を国境を超えて追撃してまで殲滅するとなると、色々問題があるから、国境を超えて来た奴らは皆殺しって事にすべきじゃないかな?」
「まぁ、そうだな。逃げるものは追わない……それでいいかもしれんな。生き残って恐怖を喧伝してもらう必要もあるからな。なんだ、エイル殿も解っているではないか」
そう言って笑い合う。
虐殺の算段など、酷い話だとは思うのだが。
相手は軍人であり、侵略者に対応する……こう言うケースでは、情けも容赦も無用なのだ。
二度と侵略する気など起きないように徹底的に叩きのめすのは基本中の基本。
我が銀河帝国も古来からそうやってきたのだがら、大いに見習うべきであろう。
何よりも恐怖を与える事こそが、炎の精霊に対する最大の武器だと解ったのだからな。
魔王のごとく恐れられた方がこの先何かとやりやすいだろう。
味方へは慈悲と友愛を、敵には恐怖と死を与える。
これを我が国の基本戦略とすべきかもしれんな。




