第二十三話「不穏なる影」①
もっとも、敵の主力となるであろう装甲騎士への対抗戦術についても、電磁草は地面から生やすことで有刺鉄線代わりにも使えるので、近接戦用の前衛抜刀隊が電磁草の壁で装甲騎士のランスチャージを受け止めて、強引に足を止めたところで、両翼に展開させたコイルガン装備の弓兵隊の側面からの一斉射撃で殲滅する。
この戦術で対応するのが、もっとも効果的であろうと想定している。
正面で拘束し、両翼からの包囲戦を仕掛ける……要するに、古典的な両翼包囲戦術ではあるのだが。
この戦術は、銀河守護艦隊との最終決戦でハルカ・アマカゼが使っていたように、どんな時代であろうが、兵器、戦場を問わず、不動の必勝戦術のひとつと言えるのだ。
この態勢に持ち込んでしまえば、装甲騎士などもはや、時代遅れの無意味な物と成り下がるのは必至と言えた。
ひとまずフレッドマン殿達にも仮想敵としてご協力頂いた上で、小規模ながら演習などを重ねながら、練度向上に努めている段階だったが。
アグレッサー役のフレッドマン殿達の感想としては、駆け足に移ってから、目標の間に障害物が湧いて来る時点で反則級で、解っていても直前で止まるのがやっとで、何も知らずに突撃を開始して、突っ込んでしまえば、後続を巻き込んでの大クラッシュの末に、軽く全滅すると断言していて、騎兵対策としては、十分すぎる程の対策になるようだった。
この鉄条網による拘束戦術と浮舟草飛行船による航空支援攻撃を組み合わせることで、たとえ100騎単位で押し寄せてきても撃破は容易だろうと見ている。
そもそも、装甲騎兵自体が広めの平原地帯くらいでしか真価を発揮できない極めて汎用性が低い欠陥兵科とでも言うべき代物なのだ。
そんなモノに頼っている時点で、この私に勝てるはずがない。
……鉄条網と言うと二十世紀の戦争ドラマに出てくるような骨董品で、現代戦で使われることなどありえないと思われがちなのだが。
鉄条網については、帝国地上軍でも、無造作に置いておくだけで十分機能する割には破壊には相応の手間がかかり、低コストで敷設も簡単と、戦場における使い勝手が良すぎるので、普通に現役兵器として使われている程なのだ。
もちろん、同様の阻止兵器としては斥力シールド柵や、埋設型の電磁ワイヤートラップなどもあるのだが。
それらは、相応のランニングコストがかかるし、それらに使用される小型電子機器などは、EMP電子爆弾一発でまとめてダウンしてしまうと言う欠点もあるのだ。
もちろん、EMPシールドを使えば、対策は出来るのだが、そこまでするくらいなら、電子機器も何も使わない鉄条網の方がよほど使い勝手も良いであろう?
レーザーによるバースト射撃対策としてALコーティングを施した上で、磁性化しておけば、パワードスーツ歩兵や装甲車両ですら、足止め出来るほどに素材なども進化しているので、あくまで地上戦限定ではあるが、現代戦でも多用されているのが実情なのだ。
実際、対騎兵用の防御兵器として、鉄条網はかつての古代地球の戦争で機関銃と組み合わせることで、完全に騎兵にトドメを刺したほどの代物で、20世紀の四大軍事発明のひとつに挙げられているほどなのだからな……。
もっとも、領主達の中には、空を飛ぶトカゲ……ワイバーンや20mほどもある地竜と呼ばれる巨大モンスターを飼いならして兵器化していたり、魔法で動かすロックゴーレムなどを多数所持している領主がいるとの情報もあるので、こちらも対抗戦術を研究中だった。
なお、どれも以前だったら出食わしたら、割りとどうしょうもなかったそうなのだが、今の神樹帝国軍ならば対抗は可能だろう。
それから、冒険者ギルドマスターのソサイエ殿との話は、細々と続いたのだが。
ラースシンドロームについての話になった時点で、ソサイエ殿が真剣な顔となった。
「……ラースシンドローム? 男爵殿や装甲騎士団の者達が唐突に横暴かつ、いつも怒鳴り散らすようになっていたのは、それが原因だったのですか……それに確かに怒り狂って憤死する者の話も以前よりよく聞くようになりましたが……。そして、この神樹のお守りも何かと思っていたら、その予防策……と言うことですか」
そう言ってソサイエ氏は、大事そうに首からかけていた小袋を見せてくれる。
これはラースシンドローム対策として、神樹教会が全市民へ無償で配布するようになったもので、中身はマナストーンをごく少量入れてあるだけの代物だったが、効果はちゃんと出ているようで、これまで市内にて時折発生していた不審火もとんとなくなり、火病と呼ばれていたラースシンドロームの罹患者も嘘のようにいなくなったとの事だった。
「ああ、そう言うことなのだ。ソサイエ殿は立場上、他国の支部ともやり取りがあるだろうから、似たような症例を聞いたことはないか? どうも、医療関係者からは「火病」とも呼ばれているようで、比較的冒険者の罹患率が高いとも報告を受けていてな」
神樹教会の医療関係者の間でも火病罹患者増加の話は、有名になりつつあったようだったのだが、やはり原因不明とされていて、効果的な治療法もなく、縛り付けて隔離した上で発作が収まるか、力尽きるまで放置すると言う治療にもなっていないような対処しか出来ていなかったようなのだ。
もっとも、この辺りは、我々も似たようなものだったので、悪く言うことなどとても出来なかった。
もっとも現状、火病罹患者については、マナストーンを敷き詰めて密閉された部屋で、その者の一番の恐怖の対象を見せるという幻覚魔法の一種をかけることで、根治が可能だとイース嬢達によって実証されており、その話を聞いた各地の教会の医療関係者も色めきだっているとの事だった。
当然ながら、各地の教会からはマナストーンを求めて、関係者が続々と来訪していて、アリエス殿辺りはてんてこ舞いのようだが、まぁ、当然と言えば当然の話だった。
もっとも、火病については、どうもかなりの広範囲に広がっているようで、各地の教会やエルフ達の報告を纏めた限りだと、どうも平原諸国全域に広がっているようなのだ。
さすがに、その事実を知った時は驚愕したが、感染力はむしろ低いようで爆発的な感染とまではなっていないのが救いと言えた。
これはやはり、天敵と言って良いお母様の存在がかなり大きいのだろう。
とは言え、ラースシンドローム罹患者についても、即座に暴徒化するのではなく、未発症のまま市井に溶け込んでいる者たちも多数いるようだった。
その者たちは、少しばかり怒りっぽくて、理性的な判断力を失いがち程度で、自覚症状もない事がほとんどのようで、判別も困難で罹患者総数については見当も付いていなかった。
この世界の人類種はラースシンドロームに対して、ある程度の免疫を持ちつつあるのかもしれないのだが、これはあまりいい傾向とはいえない。
むしろ、銀河系にはびこっていたラースシンドロームよりも、より進化している可能性が高いのだ。
致死性の高いウイルスなどは、宿主が死んで共倒れとなることで、パンデミックもほどほどで収まるケースが多いのだ。
逆に感染者が死ぬことはまず無い、風邪だの水虫と言った古来からある病気は、三十一世紀になっても、撲滅出来ず居た……。
二十世紀の頃から、これらの特効薬も撲滅も夢物語などと言われていたようだが。
千年かけても、やっぱり無理だったと言うのが現実だった。
要は、この世界のラースシンドロームは、感染者を死なせないように、症状自体をマイルド化することで、潜伏化を会得している可能性が高いのだ。
おそらく、長年このお母様と火の精霊の人知れぬ攻防が繰り広げられた結果、向こうもより巧妙化しつつあるのだろう。
この辺りは、人類のウイルスなどとの戦いと同様で、人類側の対策とそれに対する適応進化の繰り返し……。
その辺りと同じような経緯を辿っているのだろう。
なんとも厄介な話ではあった。
「そうですなぁ……。確かに、我がギルドにも何人か火病で死に至る者が複数出ておりましたが、そこまで目立っていたのですか?」
「うむ、神樹教会の医療部門からの報告を纏めた結果であるから、確かな情報だ。他業種と比較すると、やはり冒険者が突出して高いようなのだが。何か心当たりはないだろうか?」
ラースシンドローム自体は、感染源となる火の精霊との接触が原因だと思われるのだが。
冒険者の罹患率が高いとなると、冒険者にエインヘリャルが紛れている可能性や、冒険者がよく行くところに感染源がある可能性が考えられるのだ。
冒険者でもあるソルヴァ殿や、教会関係者からの話を聞く限りでは、心当たりもないようで、暗礁に乗り上げていたのだが。
冒険者を束ねる冒険者ギルドのマスターなら、より詳しい話を聞けるのではないかと機会があれば話をしたかったのだが、実にいい機会が回ってきたものだ。
「私が知る限りでは、最前線で戦う戦士職の者が火病にかかるケースが比較的多いと聞いています。逆に神樹教会から派遣された神官やエルフ達や、神樹の森での活動を中心していた者たちは火病にかかるケースは皆無のようでして……。個人的な印象ではありますが、確かにかなり偏りが強いようですね。なんでしたら、過去の事例も含めて、詳細な調査の上で結果をご報告させていただきますよ」
「ぜひ、そうしてくれ。私としては、この火病対策は最優先で進めるべきだと考えている。それとここだけの話だが「火病」の原因は火の精霊のようなのだ。精霊使いや魔法師などで火魔法の使い手や火の精霊使いがいるようなら、リストアップするようにお願いする。それとこの件は本人には絶対に悟られないように進めて欲しい。お願いばかりで申し訳ないのだが、当然ながら、報酬は支払うので冒険者ギルドへの仕事の依頼と思ってくれて構わん」
「なるほど……内密でという事ですね。そうですな……我々としても色々と便宜を図っていただいた事もですが、今後の為にも全面的にご協力をお約束します。そもそも火病もこれまで、原因不明とされていて、予防方法も解らなかったのですが……。なるほど、そうなると、この神樹の守りも早急に冒険者たちに行き渡らせるとしますし、火に関する魔法師や精霊使いの件も早急に調査いたしますが……火の魔法ともなるとあちこちで多用されているのですが、例えば、街の街灯守りなども対象ということでしょうか」
「ああ、それはもちろん解っている。だが、基本的に火の魔法や火気は神樹様とも相性は良くない上に、火病の原因の可能性が高いのだ。そうなると、街の灯りなども早急に火を頼らないようにしたいものだな。その辺りについても、冒険者たちは案外、解決策を持っているかもしれんからな。そう言ったアイデアの取りまとめなどもお願いしても良いかな?」
「畏まりました。実を言うと、これでもアスカ様に苦情を申し立てたつもりだったのですが。代わりに宿題を山ほどいただいてしまったし、仕事も盛大にいただけてしまった……。こうなると、我々もお役に立たないと立場がありませんな……」
「そう言う事だ。それに、他国の情報なども私は欲しくてしょうが無いのでな。情報と言うものは値千金でもあるのだ。その手の情報もあれば高く買うし、今回も相談に乗っていただけた謝礼を補助金という事で、支給させていただくつもりだ。情報収集販売……そう言う商売も十分にありであろう?」
「……確かにそうですね。まったく、アスカ様のものの見方は新しすぎて、この調子では着いていくのも一苦労ですなぁ……はっはっは」
「そこは頑張って追いついてもらわんといかんぞ? それでは頼んだぞ!」
「御意のままに! 神樹様のご加護があらんことを! それでは早速、ギルド職員達を集めて、ご依頼の件を進めたいと思いますので、これにて失礼させていただきます!」
そう言って、深々と腰を折ると、商業ギルドのミグロ氏と連れ立って、足早に去っていく。
なるほど、意外と拙速を尊ぶ人物のようだ。
これからも、色々と便利使いさせて頂くとしようか。
かくして、二大ギルドのマスター達が支持を明確にしてくれたことで、それを皮切りに次々と支持者達が名乗りを上げてくる。
もう少し抵抗勢力が頑張るかと思ったが。
どうやら、先程の法務官殿が最後の抵抗勢力であったようだった。
遺族たちもすでにご退場いただいたし、今頃は札束で殴られながら、妥協を強いられている頃であろうな。
まぁ、何もせずに大人しくしているなら、何もするつもりもないし、この街から出ていくなら、止めないつもりだった。
かくして、もう顔と名前が訳が解らなくなるほどの挨拶攻勢にいい加減、疲れて来たところで、イース嬢が今日はここまでーと打ち切ってくれた。
なんと言うか、アイドルの握手会でもやってるような気分になったぞ。
「イース嬢、すまんな……。さすがの私も疲れたぞい……」
握手だって、百人以上はこなしたし、あまりに色々ありすぎて、頭がパンクしそうだった。
「あはは、さすがにこれは、そうなりますよね。あと、エイル様がお呼びのようなので……。後は私とアリエス様で話を聞いておきますので、リンカちゃんと一緒に行っちゃってください! ここだけの話、割りと深刻な話のようですので……。兄さんも言ってたんですが、ちょっと雲行きが怪しいようですからね」
言われてエイル殿を探すと、出入り口のところで、真剣な顔でこちらに目線を送って、外へ出ていくところだった。
正直、いちど屋上に戻って、一息つけたかったのだが。
どうやら、ただ事ではないようだった。




