第二十二話「追放裁判」④
エイル殿の質問に、商業ギルドのミグロ氏が嬉しそうにそろばんを弾きながら返答する。
「はい、少なくともシュバリエ市だけなら、5年は優に持つほどの量があると推測されており、商業ギルドの穀物倉庫も大急ぎで増築中ですし、あちこちから買付の商人がやってきていて、我々も嬉しい悲鳴をあげているところです」
「まぁ、量に関しては十分過ぎるという事か、だが無闇に安く売りつけるのは無しにせんといかんな。いくら生産力に余裕があるからと言って、タダ同然で売りさばいてしまうと、他国の農民や商売人も困ってしまうであろう? なんなら、他国への食料輸出については、関税を乗せるというのもいいな。本来、そう言うのはセーフガードと言って、輸入する側が自国の権益保護の為にやるのだが……。それをやらせて、相手の懐を潤させると言うのも面白くないからな。ひとまず、相場の2割引きくらいで売れるように調整するというのはどうかな?」
「確かにそうですなっ! まぁ、輸送料なども考慮しても、それくらいで売っても、利益は十分出ますが、その価格だと原価を考慮すると儲け過ぎてしまうと思うのですが……」
「まぁ、そうなるだろうな。だが、それで誰か何か困るのかな? 要は国民には安く提供し、国外へは高く売ると言うだけの話なのだ。儲け過ぎて、後ろめたいなら、関税という形で国庫に収めてしまえば良いのだ」
「確かに、考えてみれば、誰も損はしませんな! いやはや、アスカ様が商売について、ここまで話が解る方だったとは……例のシャボン草も早速、大商いになりつつあり、私共としても笑いが止まりませんよ! 今後とも良きおつきあいをお願い致します」
まぁ、銀河帝国は今でこそ銀河の覇権国家国家なのだが、本来は商業国だったのだ。
それ故に皇帝育成プログラムには、経済学や経営学も取り込まれているのだよ。
「いやいや、ミグロ殿。こう言う時は、こう言うのだぞ? そちも悪よのぅ……くっくっく! となっ!」
「なるほど! 商売とは時に腹黒くやることも必要ですからな……くっくっく」
「……別に君ら、悪じゃないよね? それ……」
冷静なエイル殿のツッコミ。
「いいではないか! これは、お約束というものでな……。のう、ミグロ殿、私も諸君らには今後も色々世話になるつもりなのでな。……今後ともよしなにであるぞ?」
「ええ、毎度ご贔屓ありがとうございます! 神樹様の加護のあらんことを……」
そう言って、お母様に向かって一礼。
どうも、これは神樹教徒のお約束のようなものらしい。
「うん、話がまとまったところで、次行ってみようっ! 冒険者ギルドマスターのソサイエ老師……アスカ様へご要望があるって聞いてるから、どうぞいらっしゃってください!」
「そうか、ではなんなりと申すが良いぞ。私は民の意見は無碍にはしない主義だからな」
私がそう応えると、威厳たっぷりと言った様子の老人が前に出る。
私も名前くらいは聞いた事があった。
「ご指名ありがとうございます! 冒険者ギルドシュバリエ支部のギルドマスターを務めさせていただいております、ソサイエと申します。お目にかかれて光栄です」
「うむ、よしなにであるぞ。忌憚なき意見を述べると良いぞ」
「ええ、実を申しますと……」
ギルドマスター殿の話ははっきり言って長かったのだが。
簡単に言うと、現在冒険者ギルドは圧倒的に仕事不足になっているようだった。
もちろん、食料生産やインフラや街の設備の増築に仕事自体は、山ほどあるのだが。
冒険者向けの仕事となると、むしろ激減してしまったようなのだ。
魔物退治に、隊商の護衛、農村や個人向けの用心棒、薬草や希少素材の収集などなど。
このあたりが冒険者の仕事の主たるものなのだが。
このうち、まず私のせいで神樹の森の魔物が壊滅した事と、お母様のマナストーンぶっ放しで、シュバリエ周辺から魔物が消滅してしまった事で、魔物退治系クエストが激減。
農村の用心棒についても、その農村が耕作地を放棄の上での市街地への人口集中のあおりを受けて、依頼激減……。
個人向けの依頼も治安の良好化と、用心棒が必要な後ろ暗い商売をしていた連中がこそーっと逃げ出したことでやっぱり激減。
冒険者ギルドとしては、私のせいで……とは言わなかったものの、急激な状況の変化についていけずに、冒険者たちは暇そうに遊んでいたり、麦刈り労働者へ転職してしまったり、他所の街へ行ってしまったりと、困窮しているようだった。
まぁ、実際冒険者と言っても、体の良いフリーランサーのようなもので、帝国ではそんな手合は少数派だったのだがな。
そもそも、帝国ではどこも人出が足りなかった上に、管理社会国家であったからな。
転職の自由は認められていたが、無職になる自由は事実上、認められておらず、気まぐれで働くようなフリーランサーは圧倒的に少数派だった。
それを考えると、別に冒険者連中はまとめて労働者としてしまっても良かったし、軍属としてまとめて徴用すると言う手もあったのだが。
冒険者ギルド自体は、各国に支部がある国際組織であり、敵に回すと面倒な相手であり、適当に妥協し持ちつ持たれつの関係となるのが最善だと私も判断した。
「なるほど……。そうなると、冒険者向けの仕事をこちらが紹介するようにすれば、お互いWinWinの関係が築けそうではあるな……」
「はぁ……ですが、どうなのでしょう? 確かに麦刈りの仕事などは割もよく、危険もないということで、若手冒険者の間では悪くないとの評判なのですが。最近では武器も持たずにギルドにやってきては、その手の楽なクエストを受注するものが増えてきていて、これではただの職業斡旋所のようになってしまっていて、冒険者の意義というものがですね……」
ノーリスクのスローライフで、生計を立てる。
ほとんどの者達がそう言う生活をしているのだから、いい機会だから冒険者生活から足を洗うのも手だと思うのだがな。
まぁ、そうは言っても冒険者ギルドにも事情はあるのだ。
理解できなくとも、理解を示すのが大事なのである。
「エイル殿、どうだろう? 冒険者向けの仕事を冒険者ギルドへ依頼するにしても、どのような仕事があるだろうか。要は政府がクライアントとなれば、冒険者ギルドも安定するし、悪くないと思うのだが」
「まぁ、そうだねぇ……。冒険者向けとなると、商隊の護衛や東の森のダンジョン探索、他にも防衛軍の補助戦力としての徴用とか、色々あるけど。確かに魔物退治系は激減しちゃってるよね……。まぁ、この辺りはアスカ様の御力故に、平和になったって喜ぶべきなんだがな……」
「まぁ、そうだな。ひとまず、冒険者の戦闘力を活かすとなると、やはり軍属となってもらうのが一番良いかもしれんな。そうなると収入も安定するし、こちらも色々便利使いできて助かる。どのみち、文明が高度化していくと、職域も専門化が進み、冒険者のような商売は、成り立たなくなるものなのだ」
「そうですね。確かに……昨今は軍勢と言えば、必要な時に予備役を徴用する仕組みとなっていて、兵士達の普段の生活など全く顧みられなかったですからね……。それゆえに普段は冒険者として生計を立てていたり、スラムでくすぶっていたり、盗賊になるようなケースも出ていて、各地で社会問題になりつつあったのです」
この冒険者ギルドと言うのも、どうも各国が徴兵制に移行した結果、どこも最低限の常備軍しか持たなくなった事で、魔物退治や街道整備と言った本来国がやっていた仕事を民間の商業ギルドや冒険者ギルドがそれらをやるようになった結果、台頭し、巨大組織が育つ土壌になっていたようなのだ。
もっとも、私は軍勢は基本的に常備軍とし、徴兵制などは一切行わずに、職業軍人のみとする構想で、徹底した中央集権体制とする所存だった。
なぜなら、帝国と言う成功例があるのだから、それに従うのが当然であり、私は専制政治こそ、至高の政体であると確信しているのだ。
民主主義だの合議制なども悪くはないのだが。
その場合でも、その上に絶対権力者を置いておけば、難しい判断や収拾がつかなくなったとしても、思考停止と言う最悪の状況は防げる。
実際、帝国の皇帝と言うのはそんな物で、困った時のご意見番と言うのが本来の役割だったのだ。
「うむ、徴兵制は精霊の国でも大昔には、採用されていた時期もあったのだが。軍人と言うものは専門性を要求される上に、出来るだけ高待遇で常時雇用の名誉職とするのが理想なのだ。実際、私の国では冒険者などと言う職業は存在しなかったし、無職の者など出ようものなら、次の日にはスカウトが来て、仕事に就かせるのが当たり前だったのだ。そんな人を遊ばせておくような余裕など無かったのだ」
「確かに、かつては冒険者といえば、仕事にあぶれた者の受け皿と言う面があったのですが、今のシュバリエでは、どこも人手が足りないと言っている有様ですからね。そうなると、我々も考え方を変える必要がある……そう言うことですか」
「そう言うことだな。だが、私も必要ないからと無下にするつもりもない。ソルヴァ殿達のように、冒険者ギルドに間に入ってもらうと言うのもありだと思うし、こちらからも色々細かい仕事を回すようにするので、それでご容赦いただけないかな?」
「ソサイエ殿。これがデイリーで回せそうなお仕事リスト。他にも不定期でまわせるような仕事もいっぱいあるし、商業ギルドも隊商を大幅に拡充するそうで、護衛が欲しいって話も来てるから、ぶっちゃけ仕事なんていくらでもあるんだ。冒険者は武器を持って戦わなければならないとか、そう言う変な拘りを持ってると、あっという間において行かれちまうぜ? だから、そこは柔軟に考えてみてくれ。実際、日雇い労働者なども増えてるんだが、トラブルも多いみたいでね。労働者と雇用者の間に入って調整する組織ってのも必要になると思うんだ」
「これは……。確かに、思った以上に仕事はあるようですね。……解りました。我々も冒険者の定義などと言っている場合ではないですね。ええ、前向きに検討させていただきます」
「そうして欲しい。いかんせん、軍勢についても早急に整備したいのだが、全く人手が足りていないのだ。レンタル移籍と言う形でも構わんから、暇そうな者がいるなら、どんどん斡旋して欲しい」
軍勢については現状、駐屯地を整備して、兵舎を建てて、人を集めつつの再編成の真っ最中なのだ……。
従士隊と言った下敷きはあったものの、当面の目標としては1000人規模の軍勢を目指しているのだが、現状、戦力として使い物になりそうなものは100人にも満たず、目標にはまだまだ程遠かった。
なお、装甲騎兵などと言う金食い虫のガラクタには頼らない方針で、オール歩兵ドクトリンで行く予定だった。
実際問題、装甲騎士など使いようがないからのう。
そもそも、馬からして駆け足となると、真っ直ぐ進む以外は出来ないと言う微妙な代物で、それを自由に操るとなるともはや職人芸じみた技術を要求される……そう言うものらしい。
この辺りは地球原産の馬は随分と賢かったらしいのだが、所詮はイノシシであるからなぁ……。
むしろ、こんなものをよく兵器転用しようと考えたと感心するほどだった。




