第二十二話「追放裁判」③
むしろ、何いってんだコイツ的な冷めた目線や、敵意のこもった視線しかなく、法務官殿もその現実に愕然としたように項垂れた。
「さぁ、今度こそ最後通牒だ……。君のくだらない裁判ごっこももうおしまいだ。まだやるってのなら、面倒だから実力勝負と行こうぜ。この俺が君を殴り続けるから、生きてたらチャラってのでもいいぜ?」
エイル殿がそう言って凄みのある笑みを浮かべて立ち上がり、ゴキゴキと拳を鳴らして、上着を脱いでご自慢の筋肉を見せつけると、怖気付いたのか、はたまたようやっと自分の立場に気付いたのか、法務官殿は自分から回れ右をすると、すごい勢いで駆け出していく。
背後まで来ていた衛兵……エルフの若者達が頷きあうとそのあとを追っていった。
まぁ、めちゃくちゃな理屈と言えたが。
実際、私は人間ではないので、人間の決めた法に従う道理などなく、王国法典にも私のような人外に対する規定など一言も書かれていなかった。
まさに、ザル法。
決めてない方が悪い……その一言で終わりなのだ。
そもそも、王国法典の人殺しうんぬんについても、
『人を殺した者は、その命を持って償うべきである』
そんな風にしか書いておらず、その後は良く解らない逸話のようなものが記載されているだけ。
要するにただの理想論であり、こんなものを法的根拠にしている時点で、この世界の法務関係者の正気を疑ってしまう話ではあった。
いずれにせよ、エイル殿の見解を借りるとすれば、この世界には私を裁く法などありはしない。
そう言う事だった。
まぁ、確かに死刑判決を受けて、断頭台に立たされても、処刑人や見物人を逆に皆殺しにするとか、付き合いきれんと牢獄から脱走だって、私にとっては、恐らく造作もない事だろう。
そうなると、今度は私は法に守られない存在と言う事でもあるのだが。
そこはまぁ、気にしなくてもいいだろう。
そもそも、銀河帝国皇帝は誰かを守ることはあっても、守られるようなか弱い存在ではないのだ。
つまるところ、この裁判は単なる茶番。
それ以上でも以下でもなかった。
「さて、かくして神同然の存在たるアスカ様を裁く法は、このシュバリエ市には存在しないし、王国法にもそんな規定はない! どのみち、王国法も破棄の上での独自法整備が着々と進んでるからね。そんな訳で、アスカ様はもう無罪と断定っ! ついでに、法務官も無能と無知を晒したので、もう要らないって事で公式にクビとする。はーい、それでは本日の裁判終ー了っ! アスカ様もわざわざお呼び立てして申し訳なかった……お疲れ様!」
「うむ、よしなにであるな」
「さてさて、お集りの皆様、なにか異議申し立てはあるかい? 例によって、参考意見位は聞くし、せっかくアスカ様がお見えになられたのだから、ちょっとばかりアスカ様とのお話タイムってのはどうかな?」
そう言いながら、何故かムキーンと筋肉を見せびらかすポージングを決めるエイル殿。
この者、実に有能なのだが、何かと言うと脱いで筋肉を見せびらかすと言う奇行に走るのが玉にキズだった。
なお、エルフはどちらかと言うと華奢な者が多く。
エイル殿は明らかに例外なのだが、エルフも鍛えるとマッチョになると言う実例を体現しているらしいし、その直弟子であるファリナ殿もそりゃあもう立派な腹筋の持ち主で、がっつりシックスパックであった。
ぷにぷにのイース殿の腹筋とは対象的だった。
ちなみに、イース嬢も毎晩、筋トレと称して、腹筋をやってたりするのだが。
10回くらいで、こんなもんでいいかな! とか言って、やめてしまうので全く成果は出ていなかった。
まぁ、イース嬢のお腹はぷにぷにで誰も困らないから、むしろ、頑張らなくていい。
と言うか、殿方は別に脱いでも文句は言われないと言うのは、正直羨ましい。
もちろん、私は別にこんな公衆の面前では脱がぬのだがな。
「そうだな。良き指導者とは聞き上手でもあるべきであるからな。何か意見や要望などでもよいし、今後ともよろしくの一言でも構わん。たまにはそう言うのも悪くない。遠慮などいらんぞ?」
見渡してみると、男爵関係者の席については、総じてお通夜状態だったものの、それ以外はなんともお気楽なムードだった。
この場における唯一の男爵派だった法務官の演説は不発に終わり、名実ともにクビになって、お帰りになられた。
……まぁ、あの様子からして、今頃、追っていったエルフの若者達に射殺されて、土にでも埋められている頃だとは思うがな。
さすがに、私もエイル殿の「最後まで」と言う言葉の意味を取り違えたりはしない。
公職にあるものを追放処刑するのではなく、筋を通して公職から追放の上で闇に葬り去るのだ。
似ているようで、そこは全く違う。
私を訴えたと言う遺族や関係者達も、すでに周囲を兵達が囲っていて、静かに別室へ連行中。
簒奪にあたって、前任者の息のかかったものは出来る限り処分する……これは、統治において常識と言えた。
リサイクルなどケチなことを言っていると、足元を掬われる。
すみやかに公職から追放するなり、可能なら処分する。
将来の遺恨は出来るだけ、後々に残すべきではないからな。
そこまで解っていたのだが……。
恭順の意思を示されては、こちらも受け入れざるを得ず、自らの知識をひけらかし、他者を見下す知識エリートにありがちな鼻持ちならさが気にはかかったのだが。
なにかの役には立つだろうと、甘い対応をした結果、まんまと裏切られてしまった。
実際のところ、我が国の内情を理解しているあの男をこのまま生かしておくつもりもなかったのだが、エイル殿はやはり抜け目なかったようだった。
法務官殿も何やら、あの場で必死になって、私を犯罪者に仕立て上げようとしていたようだったが。
前例もなく、まったくの想定外ともなると、法と言うものは簡単に無力となるのだ。
もちろん、国家には超法規的措置と言う法をかなぐり捨てる例外措置と言うべきものがあるのだが。
その場合は、それなりの実力と言う裏打ちがないと結局何の意味もない。
なにせ、それは要するに力づくでその物事を解決すると言う事なのでな。
身も蓋もない話なのだが、世の中というものは、結局、力あるものが正義なのだ。
いかに法を振りかざしたところで、力なき法などお題目に過ぎぬのだ。
その力づくを封じると言う意味もあって、男爵の軍勢については、最優先で壊滅させることとしていたのだがな。
国家における力でもある軍勢の粉砕。
これこそが、国家を打倒する要であり、男爵と装甲騎士団については、どのみち敵対し、粉砕していた事には変わりなかったであろうな。
まぁ、エインヘリャルと言うおまけもあったが。
連中とのチュートリアル戦としては、悪くない戦果ではあった。
相手が実体を持たぬエネルギー生命体と知った時は、さすがにどうなることかと思ったが。
まさか、反物質兵器を地上で使って、強引に上書きして消してしまうとはな……。
確かに、帝国でもエインヘリャルに対しては、核融合弾攻撃で身も蓋もなく粉砕と言うのが、第一選択であり、今から考えるとそれが大正解だったと言えるのだが。
それと同じことを、極小範囲に限定させた上で平然とやってのけた……。
もはや、この時点で軽く銀河帝国の科学技術力を超えており、まさに恐るべき存在だった。
以前、お母様は今回よりも遥かに大型の炎の精霊を自力で撃退したそうだが。
あの森の北の広大な荒れ地は、おそらくマナストーンによる反物質兵器と、核兵器級の炎の応酬でああなったのだろう……。
むしろ、よくこの惑星が更地にならなかったなと思うぞ?
「……神樹教会としては全くの異議なしですね。裁く法がない以上、裁く道理もありません。何より、エイル殿のおっしゃる通り神を裁く権利など、人にはない。この話はそれで終わりです。そもそも、先に手を出したのは男爵でしたからね。盛大な自業自得……同情の余地すらありませんが。そんな者へも惜しみなく神樹様への導きを与えたアスカ様に改めて敬意と祈りを捧げましょう……」
そう言って、私へ祈りを捧げるのは、シスター・アリエス殿だった。
この場にいた神樹教徒達も当然のように私へ祈りを捧げる。
私としては祈りを捧げてもらっても、ご利益があるとは思えないのだが。
信仰の対象となるのも別に一向に構わなかったので、立ち上がり軽く片手を上げて、皆の祈りに応える。
まぁ、いつもの光景だった。
今のところ、シスターアリエスは、エイル殿と並んで我が配下のツートップの一人となっている。
司祭の位階持ちで結構偉い人。
言ってることは、神樹様を神と崇める人達にとっては、至って真っ当。
すでに、総本山からも私に関することについては、全面的に委任を受けていて、ここシュバリエ市の統治についても、神樹教会の関係者がかなりのウェイトを占めていた。
なお、総本山も引っ越しを検討しているらしく、神樹教会としては、完全に王国を見捨てる方針のようだった。
身も蓋もない話だが、現国王はただの老害だとかで、むしろ私の敵に回りそうな勢いらしく、総主教殿も本当はすぐにでも私に拝謁しに来たかったそうなのだが、今、国王を放置すると何を仕出かすか解らないので、つきっきりで見張りながら、諌めているとの事だった。
なんと言うか、物凄く苦労人らしかった。
もっともさすがに老王も、老い先短いだけに御使いに手を出すと死後、神樹様に迎えられることもなく、悪霊として現世をさまよい歩く事になるとまで言われては、震え上がるしか無いようだった。
と言うか、神樹教会の死後の教えはそんな感じのようなのだが。
別に、お母様は死者の魂を導いたりはしないそうな。
これは、当のお母様が「わたしにそんな機能はないのだー」とあっけらかんと言っていたので、事実のようだった。
もっとも、信仰と言うのはそんなものであろうし、私のようなケースもあるのだから、私もわざわざ皆に、事実を告げたりはしなかった。
なにせ、死後に救いの一つもないようでは、安心してあの世にも行けぬだろうからな。
優しい嘘と言うものも、世の中には必要なのだ。
もっとも、例の宇宙植物……水素バルーンで空に浮かぶ「浮舟草」にゴンドラをくっつけて、風の魔法で飛行制御する植物飛行船も試作機が完成しているので、試運転ついでにひとっ飛びで王都に行って、総主教殿と国王殿に顔見せに行こうかと思っているのだが。
王都でも近衛騎士団あたりが妙に殺気立っていて、戒厳令一歩手前と言う不穏な情勢のようなので、アリエス殿やエイル殿からはやんわりと止められているし、まだまだ、こちらも手放しには出来ないので、王都への表敬訪問はもう少し先の話になりそうだった。
「それでは、まずは商業ギルドのミグロ氏、アンタはどうだい? 色々とアスカ様にはお世話になっているだろう。何か意見とかあるかい? 先程の裁判への異議申し立てとかもあるなら、承るよ?」
「は、はい! 我が商業ギルドとしましても、異議は全くございません。まったく、あの若造……アスカ様に取り入っておきながら、訴えるとは何を考えているのやら……。とっくに死んだ男爵に義理立てなぞ、何の意味もないでしょう……。これまでも男爵に商人への税金を上げるべきだの要らぬ助言ばかりして、こちらもいい迷惑でしたよ。もっと早く排除するべきだったのではないでしょうか」
「すまぬな……。まんまと恩を仇で返されてしまった。私も人を見る目が無かったようだ」
まぁ、実際は表面上は職務に忠実で、難解な王国法典の解釈について的確な見解を聞かせてくれたりとそれなりに役には立っていたのだがな……。
「そうだね……。どのみち彼は二度と日の目を見ることは無いだろうから、もう気にしなくていいよ。案外、今頃は土の中かもしれないしね。世の中には喧嘩を売ってはいけない相手も居るってことさ」
「左様ですが。肝に銘じるとしましょう。ああ、アスカ様の奇跡により賜ったあの膨大な穀物の件ですが……アスカ様のおっしゃっていたようにスラムや農村から人を雇って、昼夜を問わず収穫を続けていますが……。いまだ果てまでたどり着いていないようでして……」
「すまぬな。お母様がフルパワーで力を使ってしまった結果がこれだ。シュバリエ市が麦畑に飲み込まれずに済んでよかった」
「そうだねぇ……麦畑の中に市街があるような感じになってしまったようだけど、そんなのは些細な事だ。なにせ、去年は猛暑でどこも凶作で、冬を越せなかった農村もあちこちにあったようだからな。今年も、去年同様猛暑続きで怪しかったんだが……そうなると、この分だとなんとかなりそうなのかな?」
ちなみに、季節的には今は夏の盛りのようなのだが。
どうも、惑星規模で温暖化が進んでいるようで、お母様もほとほと参っていたようなのだ。
その原因はどうも、この惑星のあちこちにはびこっている炎の精霊が原因らしい。
この辺りはお母様情報なのだが、ちゃんと近年の平均気温の推移までデータ化して、説明してくれたので、科学的根拠もあると言えた。
銀河系でのラースシンドローム騒ぎから考えると、炎の精霊とやらも、ある種の星間文明の侵略体の可能性も否定できず、これは要するに二つの星間文明による惑星の所有権を賭けた凌ぎ合いでもあるのだ。
どのみち、炎の精霊は無条件で私の敵なので、居場所を捕捉次第、滅ぼす所存だ。
当面の目標は、北の炎国とやらと炎神教団が崇めている大型精霊の殲滅。
もっとも、相手も核融合弾クラスの殲滅兵器を所持しているようなので、迂闊に手を出すのは危険であり、何より情報がほとんどないようなのだ。
まぁ、そのうち嫌でも敵対するだろうから、今は内政の時間と言う事で、足場硬めに専念すべきだった。




