第二十二話「追放裁判」②
「うん、なるほど! その論理は確かに、ごもっともと言えなくもないな! ……ははっ! じゃあ、ひとつ聞くけど……そもそも、君は神を裁く法なんてものが、この世にあると思うのかい? 神が人を裁くことはあっても、人に神が裁かれることは決してない……そうだろ?」
「か、神を裁く……た、確かにそんな恐れ多い事、許されないと思います……。ですが、法と言うものは……人が人として……」
「解らないかなぁ? それと同じ事だと言う事なのだよ。我らにとって、神にも匹敵する存在、星霊アスカ様を裁く権利は誰にもないのだ。むしろ、裁きようがないだろ。仮にアスカ様に死刑を命じたとして、じゃあ誰が処刑するんだい? 実際、アスカ様は最強の騎士と言われていたシュミットをあっさり殺してみせた……俺だって、アスカ様と真正面からやりあって生き残れる気なんてしないよ。そんなにアスカ様を処刑したいなら、アスカ様に決闘でも申し込めばいいんじゃないかな? アスカ様、どうですか?」
「決闘? そんな剣も持ったこともなさそうなモヤシが私に挑んだところで弱いものいじめにしかならんであろう? まぁ、本人がお望みなら、この場で死なない程度に切り刻んで、そのよく回る舌を切り落とすと言うのも悪くないかもしれんな。と言うよりも、この私を裏切った釈明を聞かせてくれるのではなかったのか? 貴様の法解釈など、むしろどうでもいいのだ」
鷹揚に足を組んで、法務官殿に殺気を送りながら、睨みつける。
実際問題、こんなモヤシが挑んできたところで、敵にもならんだろう。
「わ、私は文官なのですよ……。そんな剣を取ってなんて……。で、出来もしないことをおっしゃらないでください……。そ、それに……私は裏切るも何も、初めから……」
顔面蒼白で目も合わせようとしない。
話にならんな。
「うん、そう言う事さ。君がどんなに騒いだところでアスカ様を裁くなんて、やりようがないだろ。君も法を司る法務官なら、現状、彼女にどのような罪状が適用できるのか……むしろ、教えて欲しいくらいなんだが、どうだい?」
「……だ、男爵様を殺し、シュミット卿を惨殺し、装甲騎士団の者達も同様に……少なくとも10名もの人命がこの者の手によって、奪われたのですぞ! 少なくとも、その断罪をせねば、遺族達も納得できないでしょうし、人を殺した者はその命を持って償うと、この王国法典にも記載されています!」
なるべく犠牲を最小限とするつもりだったのだが、思ったよりも死んでいた……それが事実ではあった。
まぁ、戦争をやる以上は誰かが死ぬ……そんなものだ。
ただ10名というのは、あの場でベルダの自爆に巻き込まれた従士隊の兵や、従軍を拒否し激昂したバルギオ殿に斬られた従士隊の兵も含まれているとの報告で、そもそも男爵殿は病死なので、ノーカンであろう。
……何故、それが私が殺したということになっているのだがな。
まぁ、男爵の心臓の鼓動を止めたのは私である以上、殺したと言えなくもないが。
フレッドマン殿も男爵の最期については、きっちり公の場で証言してくれたので、男爵は病死であると公式認定されており、王都へもその旨、通達がなされていたし、シュバリエ市についても自治を認めるとの国王からの返答が届いており、建前上も法的にも問題は無かった。
私が直接殺めたのは……実のところシュミット位で、他は勝手に転んで頭から落ちて死んだとか、矢の当たりどころが悪かったとか、そんな調子であるし、ベルダの自爆に至っては私も巻き添えで危うく燃えカスになるところだったのだぞ?
それをまとめて私のせいにされてもなぁ……。
もっとも、結果はどうあれ、私の戦争で発生した10名ほどの人死は、全て私の責任であり、私の殺人カウントに足させてもらうことで、業として引き受ける所存であるのだがな。
まぁ、盗賊団の25人と足して、35人か。
50億からすると、限りなく計測誤差ではあるが、そこは真摯に受け止めている。
その10名については、神樹教会の者達がシュミットも男爵もまとめて、全員平等に葬儀をしてくれたし、私自ら神樹様へ魂の安寧を祈った事で、誰もが幸せな死後の世界へと旅立った事になっている。
それに立派な墓や慰霊碑まで作ってやったのだから、本来、それで話は終わりではあるのだがなぁ。
「君もわかんない人だなぁ……。そりゃ、大昔の人間が決めた法典であって、神同然である存在のアスカ様は、そもそも誰にも裁きようがない上位存在なんだよ。そんなの恐れ多い事、俺だって出来ない。だいたい、君だってそう言ってたでしょう? 自分の言葉にくらい責任持とうぜ」
「わ、私は一般論を述べたまでで……そもそも、彼女が神同然だなんて、いったい誰が決めたと言うのだ……。私は一度たりとも認めていない」
「君が認めるとか、そんなのは関係ないだろ? なにせ、当の神樹様が自分の娘だと言ってるんだから、そう言う事で決まりだろ? それとも炎神教団のバカ共みたいに、神樹様は神ではないとか言っちゃう? もしそう言う事なら、君は我がエルフ族はもちろん、神樹教会の教徒全てを敵に回すも同義なんだが、どうなんだい? アスカ様は神同然の存在であり、裁かれるような立場ではありません! 君がそう言えば、全て丸く収まるんだぜ? ここは素直に言っちゃおうぜー」
「……」
やれやれ、この期に及んでもまだ頑張るつもりなのか。
法務官殿は、下を向いて沈黙を持って、この場を乗り切るつもりのようだった。
もっとも、私を神同然と認めてしまえば、もうこの男は私を断罪など出来なくなり、それはどうやらこの男にとっては、自分のすべてを否定するようなものらしかった。
「……沈黙は雄弁なりってね。そして、そんな彼女に矢を射かけるように命じ、挙げ句に人買いに売る算段だった。その時点で男爵もシュミットも殺されて当然だったんだよ。俺は秒で納得したし、そんな外道にも関わらず、アスカ様が男爵に対して行った行為は、もはや慈悲深すぎて、近くで見ていて感動の涙が出たくらいだったよ」
「こ、殺されて当然? 馬鹿な! 男爵様もシュミット殿もそれでは浮かばれない……遺族達だって納得していないですぞ! 法を……ないがしろに……」
「ないがしろにしているのは君だろ? 法とは君のようなケチな男の復讐心を満たすために存在しているのではない。その後生大事に抱えてる法典ももう捨ててしまっていいだろう? 君には過ぎたものだ!」
そう言って、エイル殿は法務官殿の抱えていた法典を奪い取ると、素手で真っ二つに引き裂いてしまう。
「きっさまぁあああっ! なんということをぉおおおっ! 貴様のその行為こそ、法をないがしろに……権威ある王国法典を何だと思っているのだ! これは……ほ、法廷侮辱罪だぞっ! ああああっ! 私の王国法典がぁああ……これは男爵様から法務官への就任祝いとして頂いた大切な物だったのに……ああああっ! あんっまりだぁああああっ!」
エイル殿の怪力で、見る間にバラバラにされていく王国法典の残骸の紙切れを絶叫しつつ、必死になってかき集める法務官殿。
そして、どう見てもごみの山にしか見えない物を抱きしめながら、滝のような涙を流し、泣き叫ぶその姿にはもはや、かつての知的エリートの影など無かった。
どうも、心の支えにして大好きだった男爵様の忘れ形見のようなものだったらしい。
エイル殿……まさに外道ッ! だが、私が許す! 存分にやれ。
なお、法廷侮辱罪などと言う犯罪は無い。
そもそも、王国法典なんぞ私ですら持っているし、リンカの枕にされようが、別に私は気にしない。
……書物に権威も何もあるまい? こんな紙の書物など、銀河時代には博物館に飾られている程度であったからな。
一応、私もこの平原諸国の法への理解を深めるべく、一読くらいはしているので、その王国法典がどんな内容なかのも知ってはいた。
もっとも、難解かつ独特な文体による、固有名詞だらけの表現と、どうとでもとれる曖昧な表記ばかりで、その内容は極めて理解しがたい内容だった。
私の言語理解が未熟なだけかもしれないが、法規範と言うよりも、ただ理想を語り、美辞麗句を並び立てているだけで、現実と言うものを全く理解していない者が書いたような夢物語にしか思えないような内容だった。
……一言で言って、壮大なファンタジー小説?
こんなものを法的根拠にしている時点で、文明国としてはあり得ないと断言しても良かった。
どうも、法務官という職はこの難解なファンタジー小説を元に独自解釈の上で法制度化するという職人芸のような職務のようなのだ。
それに対する私の対応は実にシンプルなものだった。
こんなものはかなぐり捨てて、速やかにまともな独自法整備を進めろ。
思えば、この法務官殿も私の心無いその一言をきっかけに、こうなってしまったのかもしれんな。
なお、全く反省などしていないがな!
エイル殿が法務官殿の心の支えだった王国法典を、目の前で素手でバラバラにしたと言うのは、実にスカッとした。
実際、私も読み終わって、窓から投げ捨てようかと思ったほどにはしょうもない書物だったのだからな。
エイル殿と目があったので、やれと言わんばかりに首を掻っ切る仕草をすると、エイル殿もですよねーと言いたげに頷く。
これ以上は時間の無駄……さっさと引導を渡してやるべきだった。
「ああ……君、もう帰っていいよ。なんか、同じことしか言ってないし、少しは参考になるかと思ってこの場に呼んだけど、結局、参考にもなりゃしないどころか、会話もまともに成立しないと来たか……。君が人間本位で古臭い貴族主義で考えが凝り固まっている頭でっかちの坊やって事は、良く解ったよ。そんな者に我が国の法務官なんてとても任せられないから、君は今日付けでクビだ! 実は、そう言う話だったんだよ、これ。どう? 皆……こんな頭のおかしい無能が、法務官なんて重職を担うとかおかしくない? アスカ様はどう思いますか?」
「ああ、そうだな。私の国に無能もバカも必要ない。そう言えば、正式に名乗られた覚えがないので、名前も忘れてしまったのだが、別に構わんか……。すまんが、そう言う事なのだ。解ったら、消えるが良いぞ、我が国に貴様の居場所など無い。なにより、貴様は私の信頼を裏切った……。釈明の機会を与えるつもりで、この場を設けてやったが、さすがにこれでは、もはや救いようもないな」
「……との事だ。アスカ様にとって、君は名を覚える価値もなかったそうだ。衛兵諸君……元法務官のなんとか殿は、これにてお帰りだそうだ。「最後」までご案内するようにお願いするよ」
「ば、馬鹿な! 貴様は何を言っているのだ! 都市国家たるシュバリエ市は法治国家ではなかったのか! 長年この地を統治し、領主を務めた男爵とこれまでこの街を守ってきた装甲騎士団の騎士たちが何の非もなかったのに一方的に虐殺されたのだ! これが罪でなかったらなんなのだ! そもそも、流浪の民だったエルフの貴様が議会を仕切り、権威ある王国法典を引き裂くなど暴挙の挙げ句、この私を解雇するだと! ……そんな権利があるなんて、認められないっ!」
「認めなくて結構っ! と言うか、君、アスカ様に忠誠を誓うとか言っておきながら、当たり前のように裏切っておいて、それでもまだ法務官の地位で居られると思ってる方がおかしいんじゃないかな? アスカ様はお優しい方で、犯罪者だろうが君みたいなカスでも、それなりに役に立つって言ってて、君がこの場で訴訟を取り下げるなら、寛大な措置で済ますと、おっしゃっていたんだがね。君は全てのチャンスを袖にした……もう終わりだよ」
「……う、裏切っただと! 私の恩人にして主でもあったユーバッハ男爵様を無惨に殺した相手に何故忠誠を誓う必要があるというのだ! これは裏切りではない! 男爵様に代わっての復讐なのだっ! なにより、この私が居なければシュバリエは……立ち行かないのだ! 皆の者! 横暴な簒奪者に好きにさせてはいけない! 今こそ、法と正義の名のもとに立ち上がり反旗を翻すのだっ!」
そう言って、法務官殿は威勢よく立ち上がるのだが。
辺りは静まり返ったままで、誰一人として彼の言葉に賛同するものはいなかった。




