第二十二話「追放裁判」①
「ようやっと、アスカ様もいらっしゃったことなので、皆、休憩はおしまーいっ! それではこれより、裁判を始めるよー! んじゃま、例によって、年の功って事でこのエイルさんが暫定統治会のリーダーってことになっちゃってるんで、仕切らせてもらうよ」
市庁舎の大会議室に入るなり、なんかチャラくて軽薄な感じのエルフ兄さんこと、エイル殿が休憩終了の宣言をする。
このゆるい感じ……なんとなく、いくつもの記録映像で見たゼロ陛下とも被るところがあるような気がする。
ちなみに、聞いた話だと500年以上生きているらしい。
さすがに、ヴィルデフラウのように不老とまではいかないまでも、同様に遺伝子テロメアの摩耗が少ないようで、おおよそ千年くらいの寿命があるらしい。
500年か……ヴィルゼットと同等と考えると、どんな人物かよく理解できる。
一言でいえば、化け物。
百年単位の長い時を生きていると、精神構造からして人間離れしてくるし、その積み重ねた経験値から得た直感とで言うべきものが顕著化してきて、人外じみた生き物となっていくものなのだ。
まぁ、エルフは誰であろうが、問答無用で私の味方のようなので、味方で良かったと思うべきなのは言うまでもなかった。
なお、裁判などと言っているが。
これは……あの時の戦いで出た装甲騎士団の戦死者の遺族や男爵の元家臣などが、集団訴訟を起こしたので、私がやらかした事を法的にどう扱うのかを裁判で決めるとかそんな話になったのだ。
なお、被告人はこの私だ。
もっとも結論はとっくに出ているので、結果は誰が何を言おうが、変わりない。
要するに、これは一方的に説明だけして終わりの説明会以外の何物でもなかった。
「じゃあ、俺が仕切る事に関しては、異議なしって事でっ! 次にぃ……ユーバッハ男爵殺害の件……そして、その被告人アスカ様の罪状……。えっと、まず男爵本人がアスカ様に言っていた罪状は、国家反逆罪って話で死罪が妥当とかなんとか……おお、怖い怖い。だけど、アスカ様は平民どころか神樹様の御使いだからねぇ……。そんな方を人の法で裁くとか、ちょっと正気を疑っちゃうんだけど、ホント、ユーバッハ男爵も解ってなかったんだろうけど、何言ってたんだかね! 無知ってのは実に悲しい。ねぇ、法務官君……君が根拠としているこの法規定は、御使い様の犯罪をどう扱うかって、ちゃんと事前に規定してたのかな?」
「あ、いえ……この国家反逆罪に関する法規定は、旧王国時代に発布されたものでして……それに、御使い様の犯罪を想定と言われましても……。ですが、この者は、領主たる男爵閣下とシュミット隊長を始めとして、数多くの装甲騎士を殺害したのですぞっ! 市井の一般民や農民共を殺したのとは訳が違います! とにかく、本件については、今後のシュバリエ市の統治も含めて、近隣の他の領主も集めたうえで領主会を開催してですね……」
ちなみに、この法務官殿は以前から、このシュバリエ市の法務関連業務を仕切っていた文官で、男爵の忠実な家臣だったとかで、私を訴えた張本人だった。
本来、真っ先にクビにするつもりだったのだが、忠誠を誓うなどと称して、恭順の意思を示してきたので、他の行政関係者同様、引き続き業務に励むように言っていたのだがな……。
まさか、こんな形で裏切るとは思ってもいなかった。
「領主会? んな面倒な事やってらんないし、悪いけど我が神樹帝国はライオソーネの盟約も何も関係ないんだけどさ。そもそも、旧王国時代ってそりゃいったい何年前なんだい? そんなカビの生えた古臭い法規定で、御使い様を裁くとか、君、寝言は寝てから言いたまえ……だよ? はっはっは!」
その言葉を聞いて傍聴席の一般市民たちがどっと沸く。
なにせ、法規定についても、従来の訳の判らんものはごっそり破棄して、現実に即した新法改正の準備中なのだ。
にも関わらず、無駄な抵抗を続けているのが、この男率いる法務部の者達なのだ。
なお、法務部はすでに人事異動で、やる気のない者や元法務部だった老人などを配属して、骨抜き状態になっており、まともな職員はこの男しか残っていない。
なお、その法務部の連中は、即時対応課……通称「なんでもやる課」にまわしたので、毎日ヒーヒー言いながら、駆け回っていて、市民にこき使われているらしい。
法務官殿が悔しそうに歯がみしつつ、周囲を見渡すのだが、部下のはずの元法務部の老人達は揃って狸寝入りしていて、誰一人として自分の味方がいない事に気付いたようだが、必死で反論を始める。
「そ、それは……ですが! 神樹様の御使い様だからと何をやっても許されると言うのですか! そんなことでは秩序が保てません! それでは、御使い様が死ねと命じられたら、死ぬとでもいうのですか! 違いますよね? エイル殿は法をなんだと……」
早口でまくしたてたところをそこまでと言わんばかりに、無言で手を向けられただけなのだが、法務官殿は、強烈なプレッシャーを感じたようで、思わずと言った様子で反論の論説を強制停止させられてしまった。
「うん? アスカ様が死ねと俺に命じたらだって? そりゃ、仰せのままにって言って、死ぬに決まってるだろ。我々エルフとは、そういう種族なのだ。で、それでなにか問題でもあるのかね? まぁ、一応、最後まで言いたいことくらいは言わせてあげることにするけどね。あんまエキサイトするようだと、途中退場だから、そのつもりで」
「あ、ハイ! ……い、いえ。ま、まぁ……死ねと命じられたらとか、そういう事はともかくとしてですなっ! 法が守られないとなると、誰も法によって守られなくなってしまうのですぞ! つまり、ここでそのアスカという者の罪を許してしまうようでは、ここに居る人々も含めて、誰一人として彼女の横暴から守られなくなってしまうのです! 皆様はそれで……それで、よいのですかなっ!」
完璧なる論理……これでこの場の誰もが自分の味方。
そんな風に考えているのが伝わってくる。
……まぁ、法を守ることで、法によって守られる。
確かにそんな風に解釈することもできるわな。
ルールを守っている側がルールを守らない側より優位となる。
そうでなくては、法の存在意義がないと言うべきだ。
だが、現に法に守られていなかった者達も存在するのだがなぁ……。
この頭でっかちの法務官は、言っていることは、実にご立派で知識や教養もそれなりにあるようだが。
中身は大したことはないのだろうと、当たりを付ける。
そもそも、シュミットなど、人狩りと称して、スラムの者達を意味もなく殺して回っていたと言う話で、それについてもこの男は見て見ぬふりをしていたらしい。
フレッドマン殿やバルギオ殿などは、割りと良心派だったようで、シュミットに撃てと命じられても、わざと狙いを外したり、馬の機嫌が悪いとか言って、サボタージュしていたらしかった。
ちなみに、どちらも恭順の意志を明らかにしているし、ラース化している状態と言うのは、とても正気とは言えないのだ。
そして、正気に返ったら返ったで、その上で自らの暴虐などもまざまざと思い起こせるのだ。
この時点で十分な刑罰であり、バルギオ殿なども従軍拒否した従兵を斬ったことなども覚えていて、酷く後悔しているようだった。
いずれにせよ、それなりに見どころのある者達ではあったので、別に無罪放免でも構わなかったのだが。
どちらもそれでは、自分たちの気が済まないと言う事で、犯罪奴隷扱いと言う事で、仮想敵や指導官として仕事をしてもらっている。
本人たちも、こんなものは刑罰でも何でも無いと言っていたが。
選択の自由などないのだから、それで十分と説明したら、納得はしていただいたようだった。
なお、法務官殿の判断は、スラムの住人は勝手に住み着いていただけで、市民ではないから殺しても問題ないとのことで、シュミットを含めて全員無罪とのことだった。
男爵の人買いについても、単なる仲介役なので、法的に問題ないと平然と言い放ったそうだ。
なんというか……法が聞いて呆れる話だった。
実に下らぬ者だった。
この裁判と称する茶番は、この男の存在を全否定し、公職から追放する追放劇のようなものなのだ。
いかんせん、始末するにせよクビにするにせよ、問答無用でやってしまうと、他の者達が萎縮してしまい恐怖政治のようになってしまう事が予想されるのでな。
だからこそ、強権を使うのではなく、筋を通す。
誰でも解るような真っ当な理由を突き付けてから、ナチュラルに解雇通達をさせてもらう……要するにそう言うシナリオなのだ。




