第二話「異世界の大地に立ちて、物想う」①
――帝国歴327年6月27日 AM 03:12――
――第三帝国艦隊旗艦「アルファグランテ3」轟沈――
辺境銀河七帝国最後の七皇帝……第三帝国皇帝、クスノキ・アスカはこの日、この瞬間に……。
エーテル空間にて、麾下の艦隊と僅かばかりの将兵達と共に壮絶なる戦死を遂げた。
そして、その名は銀河史上最大規模の戦乱を引き起こし、自国だけでなく占領下のいくつもの国々で、非人道的な虐殺を繰り返し、50億人と言う凄まじい数の犠牲者を出した大戦乱を引き起こしたすべての首謀者と言うことで、「悪虐帝」の枕詞と共に、銀河の歴史にその汚名を刻まれることとなった――
さてさて……。
ここまでが、この私の前世のおはなし。
人間死ねばそこまで。
そう思っていたのだったが。
唐突に、第二の人生が始まった。
今ではない、いつか。
どこでもない、何処かで。
……悪虐帝と呼ばれた元銀河帝国皇帝、うっかり異世界転生しちゃったよ! テヘペロッ!
なーんて! 敢えて、今どきの若者チックに軽く言ってみたが、ちょっとなかなかどうして、ヘビーな過去ではあるからなぁ……。
いやはや、なんとも壮絶な人生だった。
我ながら、これはないわ。
これでも、正義のために、銀河人類を救おうと頑張って、それなりに上手く行きかけていたのに、過去の亡霊みたいな連中にひっくり返されて……。
挙げ句、追い詰められてなぶり殺されて、悪虐帝とか呼ばれて、歴史に名を残したって、そりゃどう言う事よ?
んな、悪役人生……やってられっかぁいっ!
まぁ、はしたないわ……おほほほほっ。
コレでいいかな?
もっとも、私自身に与えられた悪役としてのお役目は、とっくに果たしたのだ。
かくして、銀河共通の敵、悪は滅んだ……めでたし、めでたし。
カーテンコールのお呼びもないようだし、私の出番はもうおしまい。
まぁ、私に言わせれば、私を殺したところで事態は全く解決しておらんし、それでどうするんだ? と言う話なのだがな。
むしろ、「かくして人類は滅亡した」と言うバッドエンドになったとしか思えん。
だが……もはや、終わった話なのだ。
私、もう関係ないですしー。
ちょっとくらいお気楽になったって、許されると思うのだよ。
確かに結果的に、軽く50億人ほどばかりの人間を虐殺したが、それはあくまで国家としての役割……正義を貫き、銀河人類の未来を守るためだったのだ。
異論は認めない。
他に方法はなかった。
要するに、あれは悪辣な伝染病の撲滅のようなものだったのだ。
あのままほっとくと、確実に全銀河人類が詰むことが解ったから、把握出来た範囲でまとめて感染者と病巣を焼き払った。
他に有効な対処法も無かったのだから、仕方あるまい。
当然、きっと他にもいい方法はあったとも思うのだが。
それを探しているような時間など、残されてはいなかった。
出来ることなら、誰かに代わって欲しい位だったが、その役目を担うべきものは、あの時、銀河の何処にもいなかった。
だから、我々がやった。
それ以上でもそれ以下でもない。
そして、私は出来る限りの責務を果たし、その死を以って、その罪もきっちり精算したのだ。
どこの世界にも、どんな国であろうとも、死後も永遠に罪を償い続けなければならないなどと言う法はない。
死んだ人間を罰したところで、なんの意味もない以上、どんな罪人も死ねば許される。
別に、あの世で詫び続けるようないわれなど、何一つ……無いっ!
つまり、今の私は至って無責任な立場であり、銀河帝国皇帝という役割からも解放された自由の身なのだ。
誰にも縛られず、誰はばかることなく。
私は、ふつーの女の子として……第二の人生を生きるのだっ!
ああ、素晴らしい気分だ。
こんなにも晴れ晴れとした気分になったのは、生まれて初めてかもしれない。
なお、現在地はどことも知れぬ惑星の森林地帯に転がってる大木のウロの中のようだった。
持ち物一つない、全裸スタートとなかなかハードな状況であるが。
まぁ、なんとかなるだろう。
何故なら、私は銀河帝国の皇帝陛下だったのだから。
何が起きても、イージーモードでちょちょいのちょいのちょーいであるぞーっ!
「……さてさて、とは言っても……どうしたものかのう。植生は、地球由来植物の亜熱帯種あたりと大差ないように見えるが、現在地の座標はまったく不明……。星空を見た所で、データベースに接続できればともかく、私の知る天文知識程度ではさすがになんとも言えんなぁ。せめて天文学の講習だの銀河の主要恒星の特徴くらい覚えておけばよかったな」
思わずつぶやく。
うん、森の中にいる……ここは森の中だな。
それは、見れば解る。
見たところ、針葉樹系の植物があまり見当たらないし、気温もちょっと高めだし、湿度も高めのような気がするので、気候帯としては亜熱帯とかそんなところだと思われる。
温度計も湿度計も無いのだから、単なる憶測なのだがな。
ホント、無い無い尽くしで困るなぁ。
実際、植わっているのはシダ系の植物やヤシの木みたいな背の低い樹木が多いようだった。
いわゆるジャングル……そんな感じだった。
ああ、そんな所行ったこともないぞ!
私の友人に、銀河最高峰と言っても過言ではない植物学の権威がいたので、植物の知識は割と詳しい方なので、この手の知識はなんとなく、覚えさせられてしまったのだ。
もっとも、今わかっていることはあまりに少ない。
とにかく……はっきり言って、情報がなさすぎるのだ。
なんかもう、あれだ……異世界転生! ただし、チュートリアルはない。
まさにそんな感じだ!
死後異世界に転生し、第二の人生を送る……いわゆる異世界転生系の物語は、電子データ書籍などで、気分転換で読んだことがあるので、一応私も知ってはいる。
三十一世紀の宇宙時代でも、その手の物語は遥か昔に書かれた古典作品であったり、現代作家によるオリジナルであったりと、結構な数があり、もはや一つの物語の類型として、1000年以上にわたって確固たる地位を築いていたのだ。
たかが夢物語……と言うなかれ。
今の人生に不満があったり、死の影に囚われつつある者にとっては、死後に次の人生があるかもしれないと言うのは、ちょっとした希望なのだ。
もしも、死後に次の人生があるのであれば……。
せめて、次の人生はもっと幸せになりたい。
そう思って何が悪いと言うのだ?
この願いは、死が刻々と近づいていると実感できるようになると、半ば必然的に思い描くようになるのだ……実際、私もそうだったからな。
今際の際に、うっかり異世界で次の人生とか始まったりしないだろうかとも……ちょっと思ったのも事実ではある。
もっとも、本当に謎の世界で人生セカンド・ステージが始まるとは、さすがにこの皇帝の慧眼を持ってしても見抜けなかったのであるがなっ!
ただ、あの手の物語では、より良い人生を贈る為のギフトとして、死んだ直後に神様だのなんだのと言った超存在と遭遇して、超能力やチート能力と呼ばれるインチキを与えられるというのが相場だったのだが。
これがまた、ものの見事に何もなし。
核融合炉への直撃弾により、艦内で荒れ狂ったプラズマの奔流を浴びながら、身体が原子単位にまで蒸発していくのを感じた直後、次の瞬間ここで目を覚ました。
私自身の主観的にはこんな感じだ。
例えるなら、身体メンテナンスで長期休眠措置を取って、一週間ぶりに目覚めた時のような感覚だった。
すなわち、シャットダウン→一瞬ブラックアウト→覚醒。
こんな感じ? 主観ではシャットダウンから覚醒まで、ほぼタイムラグも感じていないのだが、日付はきっちり一週間飛んでいるし、シャットダウンしたときと全然違う場所に居たりもして、パニックになりそうになるところまでがセットだ。
今回も、アレと同じような感覚で、思わず手で顔を覆いながら飛び起きて、しきりに周囲を見渡して、副官の姿を探してしまったほどだった。
なお、心臓はバクンバクン……とまだ言ってる。
実は、全てはVR世界での出来事とかだったのでは……なんて思わなくはないが。
その可能性はあまり考えられなかった。
なんと言うか、VRと比較すると、明らかに情報量が多すぎるのだ。
空気がやたら美味いし、涼し気な風が肌を撫でる感触が気持ち良い。
なるほど、これが異世界の風と言うものかぁ……。
始めて訪れる惑星の空気を吸うと、惑星独自の独特の空気の香りがするものなのだが。
……なんかカビ臭いような気もするし、甘いような匂いもする。
うん、色んな匂いが混ざってて、なんとも言えない。
こんなもんがVRであってたまるか!
改めて、木のウロにごろりと寝転ぶと、星空を眺めて見る。
あ、なんかちょー寝心地いいっ!
でも……やっぱり現在地は良く解らないし、そもそも、これはどこの宇宙の星空なのだ?
そう思ってしまうほどの一面の星の海だった。
ちなみに、上空への視界は頭上にもさもさと葉っぱが茂ってて、かろうじて葉っぱの隙間から星空が見えてる感じではあるのだが……。
そんなでも、この星の海は十分に堪能できた。
少し顔を動かして、周囲を見渡した限りでは、衛星らしきものは見当たらないが、世の中には衛星が20個くらいあるような惑星もあれば、アステロイドベルトに囲まれて、夜空を流れ星が常に流れているような惑星もあったりするのだ。
基本的に、衛星はそこまで大きくないので、こうも星が多いと、判別も難しいだろう。
かつて、古代地球には月と言う巨大衛星があったそうで、地球の四分の一もの直径があったと言う話だったが……そんな惑星、私ですら聞いたことがなかった。
なお、どれくらいで朝が来るのは解らない。
惑星の自転周期によって、一日の長さが異なるなんて、宇宙環境では当然のことだ。
一日が僅か三時間しかない目まぐるしく昼夜を繰り返す惑星もあれば、一週間くらい長い夜が続いて、長々と昼が続くような惑星もある。
そんな惑星でも住めば都で、慣れるものらしい。
人類の長所は、この高い環境適応能力だと言われており、人類種は多少の環境の差異は乗り越えてしまうくらいには、タフな種族のようなのだ。
そもそも、時計もないので、時刻も解らないのではどうにもなるまい。
それに、銀河標準時の何年何月、何日なのか……それも解らない。
私の中のカレンダーは、帝国歴327年6月27日を最後に止まっている。
まぁ、過去に遡ったと言う事はあるまい。
時間というものは決して、過去へ後戻り出来ないと言うのはこの時代になっても同じだった。
すべては過ぎ行き、過去となるのだ。
過去というものは記録でしか存在しない非実存のものであり、
そして、誰しも過去には決して帰れないのだ。
もっとも、過去から未来へ時間を飛び越えると言うことは、可能だった。
実際、私が戦っていた再現体と呼ばれる者達は、その素性は1000年以上も過去に存在した人物達で、彼らは皆、誰も知り得ないであろう、過去の生の記憶を保持していると言う話は聞いていたし、コールドスリープ処置により時間を飛び越えた過去からの帰還者も帝国には幾人も存在していた。
その者達は、間違いなく過去からの時間超越者と言える。
もっとも、それは本人達の主観で……と言う注釈が付くのだがな。
要するに、タイムマシンは夢もまた夢と言うことだ。
……これは、そう言う話だ。
もう一度、星空を見上げる。
夜空に広がる星々の密度があまり偏っておらず、まんべんなくぎっしりと並んでいる様子から、銀河の外周部や中央付近の星系ではなく、銀河の渦の中程の少し奥まったあたりの星系だということは伺えるのだが、果たしてここはそもそも銀河系なのだろうか?
銀河の灯台とも言われる巨大恒星カノープスやイータカリーナ星雲、シリウスのような明るく目立つ星でもあるなら、最低限銀河系のどこかだと解るし、それらの位置関係から銀河座標も計算できると思うのだが。
とにかく、星が多すぎて、もう訳が解らんし、赤っぽい星がやけに目立つような気がする。
うーん? 赤くて明るい星となると、赤色巨星などの類だと思うが、それらは基本的に恒星としての寿命を迎えつつあるような星々なのだが……。
銀河系と言うものは宇宙全体で見ると比較的若い部類に入るので、そう言う恒星は意外と少ないのだ。
そう考えると、赤く明るい星がこんなにたくさん見えてる時点で、なんとも雲行きが怪しくなってくる。
そうなると……老齢な恒星や赤色矮星などが多い銀河中央より? いや、まさかとは思うが、数万年くらい時間をすっ飛ばしたりとかしていないだろうな?
だが、恒星の色など惑星上からだと大気組成でいくらも変わるし、星系によってはアステロイドベルトならぬガスベルトのようなものがあって、偏光フィルターのような役割を果たすような事もある。
他に、あまり考えたくない可能性としては、系外銀河と言う可能性もあった。
なお、人類で系外銀河の惑星地表からの星空なんぞを見た事があるような者は当然ながら誰もいないし、この先数十万年に渡って、そんな所にたどり着けるものはいないだろう。
はっきり言って、限りなく異世界だ。
……いや、これ以上考えても、どうせ何も判らんだろうし、あまり意味はなさそうだった。
そもそも、地上から見た星空など、全く興味がなかったので、知識がないのでさっぱり判らん。
結論:保留。
棚上げとも言う。