第二十一話「アスカ様のスローなライフ」①
……あれから、ひと月ほどが過ぎていた。
今日も朝から天気もよく、私は半ば日課となった正午過ぎの日光浴を堪能していた。
文明との接触、初めての街で浮かれていたら、訳が分からないうちに誘拐されて……。
お母様のやらかしで、この辺り一帯をスーパー穀倉地帯化したら、領主に喧嘩売られて……。
その黒幕がラースシンドロームの感染源で、それを撃破しめでたしめでたしと。
なんと言うか初日から嵐のような展開だったが。
街に立ち寄っただけで、そんな騒動に巻き込まれるとか、そりゃスローライフとかどうやっても無理だったと言うことだな。
これも、我が業ゆえに……と言ったところか。
この一ヶ月はもうバタバタだったが、街の様子もすっかり落ち着きを取り戻して、ジャングル状態だった大通りも復旧し、人々の暮らしも平穏を取り戻しつつあった。
神樹帝国の建国宣言に伴い、各地のエルフ氏族や近隣の農村の人々もシュバリエ市周辺への移住を始めており、現在、急ピッチで市街区の拡張工事や衛星都市の建設などが行われていて、農地の管理も進められていて、もはや人がいくら居ても足りないと言う事で、隣国のスラム街などからも労働者が流れてきていて、人口も急激に増えつつあった。
どうも、近隣の別の領主の農村からも耕地を放棄した農民が続々と流入しているようだが。
待遇が悪ければ、良い所に移る……そんなのは当たり前であろう?
なお、我が国の方針は来るもの拒まずとしており、難民だろうが、よそ者だろうが片っ端から受け入れている。
もっとも、犯罪者共はお断りなのだがな!
その辺はソルヴァ殿や、元スラムの住民のスキンヘッド氏……もといデリック氏達が、お任せで勝手に駆逐してくれているようなので、別に問題にはなっていない。
皆、お母様による強化を受け入れてくれた強化人間なので、武装盗賊団やはぐれ魔物程度に後れを取るわけがなく、むしろ、手頃な実戦経験値稼ぎになっているようだった。
私自身は、皇帝だのなんだとの言ったものの、やってることは、色んなところから相談やら陳情やらを聞いては、各部署に指示やアドバイスを行いと……要するに、御意見番といったところだった。
まぁ、これでも私は政治経済のプロとして、様々な事例や対応について、熟知しているのでな。
こんな数万人程度の規模であれば、どうと言うことはない。
人口の把握や税収システムの構築などは、まだまだ発展途上ながら、役人達に住民管理システムの概念を理解させることは出来ているので、そこら辺はおいおいやっていけばいい。
それに、シュバリエの行政府の役人達は、元々貴族の干渉を排除した自治の体制を構築していたほどには優秀で柔軟性もあり、こんな急激な変化に巻き込まれて居るにも関わらず、大きな問題もなく対応できているようだった。
人員不足の懸念もあったが、神樹教会からの増援が続々と到着しており、特にヴィルカインズと呼ばれる教会子飼の秘蔵っ子の少年少女達はやたらと優秀で、皆、10代と若いのに率先して行政の仕事なども手伝ってくれていて、評判も悪くないようだった。
ちなみに、イース嬢のお兄さんのアーク少年も招聘されていて、挨拶に来てくれていたのだが。
見た目はどこにでもいそうな根暗な少年と言った風貌ながら、実は教会の諜報員として活動していたとのことで、本人も希望していたので強化処置の上でで、近隣諸国の潜入偵察任務に付いてもらっている。
ちなみにコレは言うまでもなく、非常に重要な任務である。
敵を知り己を知れば百戦殆うからずと言うであろう?
近隣諸国との戦争は、避けられん。
なにせ、私は覇権国家を建国するつもりなのでな。
今は準備段階なので、積極的に動ける段階ではないが。
時節が来れば、片っ端から恭順か死かの選択を迫って回るつもりである。
だが、今が一番危険な時期ではあるのだ。
軍勢は、編成途上で街も難民キャンプのような有様で、何もかもが混沌としている。
こんな状況で攻め入られるというのは悪夢でしかない。
だからこそ、隣国には信頼出来る味方に潜入偵察を行ってもらいたかったのだが。
エルフ達は目立つし、モヒート殿やソルヴァ殿には軍の主力として、外せない。
人選に困っていたのだが。
アリエス殿に相談したら、うってつけの者がいるということで、アーク少年を招聘してくれた。
あのイース嬢の兄上ということながら、大変地味で印象の薄い少年だったのだが。
諜報関係者に必要なのはむしろ目立たない事。
ひと目で使えると判断し、早速隣国へ調査に向かってもらい、次は伯爵領、その次は港湾都市のルペハマの偵察と言うことで、我が耳目として早速動いてもらっている。
アーク少年も諜報は拙速を尊ぶということは言うまでなく解っていたようで、私はしばらく休暇を与えようとも言っていたのだが。
一晩イース嬢と兄妹水入らずで過ごしただけで、翌日には数名の仲間と偵察行に行ってしまった。
まぁ、敵地であろうが、教会がない都市のほうが珍しいので、どこでも支援が受けられるし、セーフハウス等も各所に用意されているようなので、投げっぱなしでも問題無さそうではあったので、お任せにした。
政治についても、ひとまず暫定的ながら、議会も設立し、エイル殿が議長となって、上手くやっているようで、神樹教会の細かい住民サービスのおかげで、医療や弱者救済なども問題なく回っているようだった。
全く神樹教会の者達、いちいち有能過ぎるぞ?
なお、肝心な私についてだが。
ひとまず、市庁舎の屋上の片隅に小屋を建ててもらえて、そこで寝泊まりしながら、仕事もさせてもらっている。
ああ、もちろん私は常識人なのでな。
ちゃんとオンオフの切り替えは弁えているし、今だって、ちゃんと服くらいは着ているぞ?
将来的には私の宮殿を建ててくれると言う話も持ち上がっているのだが、別にそんなものは優先度が低くくても問題ないから、余裕が出来てからで良いと言っているのだが……何故か、皆にはいたく感動された。
とりあえず、当面の宿の希望を聞かれて、一番日当たり良好なところが良いとちょっとしたワガママを言ったら、市庁舎は三階建てで城壁よりも高く、屋上は使っていないとかで、私専用のスペースとして、快く提供していただけた。
周囲には、50cm程度の低い壁と長い間使っていない見張り台がある程度で、何もない所なのだが、今も大きなタライに水を張ってもらって、水に浸かりながら、直射日光を全身余すところなく浴びているところだった。
これ……絶対に気持ちいいと思っていたが、思っていた以上に最高だった。
おかげで、すっかり病みつき。
時々、立ち上がって両手両足を広げながら浴びる日差しと、素肌を撫でるそよ風もまた最高だった!
「うーむ、やはりこれはたまらんな! ヴィルゼットの気持ちがよく解るなっ! やはり、全裸ライフは素晴らしいなっ!」
そう言いながら、傍にあったテーブルに乗ったタンネンラルカをゴクリと飲む。
うむ! 実に美味いなっ!
ちなみに、この手の調理業務従事者へ衛生指導もさせてもらったのだが。
……案の定、腹を壊す者が激減したとの報告が神樹教会の療養所から来ていた。
実際、ガラス玉を作る程度の技術はあったようなので、レーウェンフックの顕微鏡と呼ばれる初歩的な顕微鏡を再現して、医療従事者などに微生物などを実際に見てもらう事で病原菌と言う概念を教え込んだことで、公衆衛生の概念も理解してもらえるようになったので、これまで原因不明とされていた病についても、一気に理解が深まりつつあった。
まぁ、私は博識なのでな。
この程度のことなら、いくらでも指導するし、知識の独占などするつもり無かった。
「アスカ様、ご機嫌でありますね! 確かに、服なんて着なくても、別にいいですよねー」
同じように、タライに浸かって日差しを浴びているのは、猫耳娘ことリンカ嬢だった。
なんと言うか、この娘とはもはやトイレ以外、常に一緒に居る気がする。
彼女は、あの精霊との戦いでのMVPと言え、その驚異の能力はあの場に居た者達の誰もが知ることとなり、私の側近として、側仕えとすることについては、何の異論もなかった。
その後もソルヴァ殿と手合わせなどもすることで、戦闘技術については近接戦闘も含めて、超一級品だと証明されていた。
なにせ、この娘……お母様によって再現されたユーリィの再現データに鍛えられ、一番弟子のお墨付きをもらっているほどなのだ。
なんで、お母様が帝国でも最高機密に属していたユーリィのデータを再現できたのかは、お母様に聞いても、良く解んなーいそうなので、私も良く解んなーい。
リンカの話を聞く限りだと、どうも私の知っているユーリィデータそのままのようだった。
と言うか、あれはあれで帝国の最高機密ネットワーク、アストラルネットの機密データだったのだが。
私の記憶と言う手がかりだけで、何の接続支援デバイスも使わずにVR演習システムどころか、ユーリィ教官まで再現と言うのは、ちょっと訳が分からない。
まぁ、余裕があったら、私が直接接続させてもらって検証してみてもいいのだが。
あの地獄の訓練プログラムを受けされられると思うと、どうしても躊躇してしまっていて、それには及んでいなかった。
それにしても、リンカ……。
ついこないだまで、スラムの栄養失調児だったのだが。
神樹の眷属となり、ユーリィプログラムの地獄の訓練を乗り越え、エインヘイリャル相手の大一番を制した事で、完全に戦士として覚醒したらしかった。
と言うか、そもそも獣人の戦闘力は人族を遥かに凌駕しており、半獣人と言えど、生粋の獣人には及ばないものの、人間よりも普通に強く、それが神樹の眷属化で強化されたことで、一騎当千の兵と言えるほどには、戦士として強力な存在となったようだった。
なお、彼女の話だと獣人は本来服を着る習慣がなく、人間の都市部などでは、人間に合わせて服を着るのだが、獣人の村落などでは誰も服なんて着てないそうな。
この娘も獣人の血を引くだけに、内心服はむしろ邪魔だと思っていたらしく、もはや私の日課となっている、この日光浴にも喜んで付き合ってくれて、今も私に膝枕をしてくれながら、団扇で風を送ってくれてと、至れり尽くせりだった。
ただまぁ、この娘……獣人と言えど、普通の人間との違いは耳と尻尾が生えているくらいで、それ以外は普通の人間と変わりないので、外では服は着るように厳命してあるし、今も一応腹掛けのようなものを着ていて、私も似たような姿だった。
……本来は、全裸が理想なのだが。
さすがに、それだとイース嬢の「服着てくださーい!」が炸裂するので、日光浴の際は腹掛けで妥協している。
だって、イース嬢……わざとなのか、天然なのか知らないけど、胸やらなんやらを手で隠そうとしてくれるのはいいのだけど。
自分でやるのはいいのだが、本来、他人に触らせるような所でもないので、さすがにやめて……となり、妥協を受け入れた。
まぁ、腹掛けと言っても、少し長めなので一応前は隠れてるし、立派に下着ではあるので、問題はない。
後ろから見ると背中と尻は丸出しのようなのだが、日光浴には露出が多い方が効率良く、本来全裸が理想なのだ。
だから、そこは私自身、問題にしていない。
宇宙戦艦でも、後ろは機関部むき出しで一発でも貰ったら轟沈と言うのが宇宙の常識なのだから、後ろ丸出しでも問題あるまい?
イース嬢は、せめてズロースを履いてとかいつも言っているのだが、ズロースは風通しも悪いから、日光浴の時くらいは、解放させてくれと言って妥協してもらっている。
まぁ、後ろの防御力が低いのは承知の上であるし、無警戒に人に背中を向けることなど早々ないので、これで構わんであろう?
ちなみに、この腹掛けは一応、女性の間では一般的な下着だそうで、日中野外で仕事をしているような者達は、これと腰巻きくらいで堂々としていたりするらしい。
とにかく、気温が高く、日差しの強い日は全部スパーンと脱ぎたくなるのは、もう不可抗力なのだ……本当は、この腹掛けだって要らないくらいなのだが。
そこは文明人として妥協せねばなるまいな。
実際、ヴィルゼットだって、3Dホログラムを被って妥協していたからな。
あれはあれで、直接触ったり、偏光フィルター越しに見たりしない限りは、解りようがないし、絶対に快適だったと思う。
「……あ、あの……アスカ様、リンカちゃん……ふたりとも日光浴がお好きなのは解りましたが。なんで、いつも揃ってそんな際どい格好なんですか……。しかも、こんな青空の下みたいなフルオープンな所でなんて……。すみません、私……毎回すごく恥ずかしくって……」
そんな事を言いながら、真っ赤な顔で胸と股のあたりを必死で隠しながら、突っ立っているのはイース嬢だった。
一応、同じように腹掛けを着ているのだが、その時点でもう恥ずかしいらしい。
なお、私は別に脱げなんて一言も言っていない。
リンカも私も本来は全裸が理想なのに、腹掛けで妥協しているだけの話で、好き好んでやっているだけなのだ。
他人に服を脱ぐことを強要など一度もしたことはない。
と言うよりも、一日に一回はこの日光浴タイムを設けないともう無理な身体になってしまったのだ。
曇りや雨の日だと、もう露骨にテンション下がる。
「服なんてホログラムでよかろう?」とはヴィルゼットの迷言なのだが、大いに納得。
3Dホログラムユニットがあればなぁ……。
あれさえあれば、堂々と全裸生活を送れるんだけど、さすがのお母様もよく解んなーいとか言っていて、再現は出来ていなかった。
……そう言えば、かつては誰も居ない森の中で全裸で居ることを恥ずかしがって、座り込んで居たりもしたなぁ……。
あの頃の私は、実に初々しかったが、裸族ライフの快適さに慣れてしまうと、服など着ていたくなくなるし、羞恥心も何処かへ行ってしまうのだ。
なお、リンカは私の考えに目一杯賛同してくれていて、私が脱ぐと黙って自分も脱いでくれる。
旅は道連れ世は情けと言うであろう?
同志がいると言うのは、なんとも心強くなるもので、寝る時などはもう揃って全裸が基本だった。
「腹掛け」ってなぁに? と言うご質問について
金太郎が付けてる四角い布を首と腰の部分で縛っただけのシンプル肌着の事です。
まぁ、ファンタジー女子とかで、腰の辺り前掛けだけで、どう見ても履いてないって感じのおるやろ?
あんな感じ。




