第二十話「帝国の守護者」④
「……「帰還者」ですか。もちろん、私も知っていますし、実際その可能性は考えましたが、それはないと思いますね。なにぶん、我々の文明の播種船は、重力加速航法で光速近くまで加速して、数千年、数万年をかけて、外宇宙を旅して新天地たる惑星を目指す……そう言う気の遠くなるような方法で、恒星間航行を実現していたので、そもそも、エーテルロードの存在を知らなかった……そうとしか思えないんですよ」
「なるほど、「帰還者」はエーテルロードを自分達の物だと言って、執拗にターゲットにしていたし、星系間航行にしても、そんな気の遠くなるような方法は使わないみたいだからねぇ。そうなると完全に別口の独自星間文明ってことかな。確かに植物系ヒューマノイド文明って時点で、明らかに「帰還者」とは毛色が違うよね」
「なにぶん、我々の主星たる惑星もどこだったのか、我々自身も知りえませんし、いつの時代から存在する文明なのかも解りません。炭素年代測定によるとヴィルアースに生命の樹が根付いたのは凡そ一万年程前だと推測されていますが……。それ以前の事となると記録も何も残されていないので解りかねますが、文明としては、数億年の歴史を持っていても不思議ではないかもしれません」
色々と桁がおかしい時間単位が出て来た事にむしろ、ユリコが驚愕していた。
「す、数万年かけての亜光速航法での宇宙の旅って、それ、気が長いなんてもんじゃないでしょっ! しかも、ヴィルさんのとこですら、一万年前からってどれだけなのよ……。挙げ句に数億年って! 植物系星間文明……なんかもう、時間のスケール感がまるで桁違いで、本気で訳解んない宇宙人って感じで「帰還者」の方がまだ解りやすいよーっ!」
「確かに、文明の後継者にして、当事者たるヴィルゼットくんが主星の場所も知らないって……。それって要するに、播種船送るだけ送って、あとは知らないって、投げっぱなしって事だよね? 一体、何のために播種なんてやってたんだかねぇ……」
「いえ、人間以外の植物や動物の生息範囲拡大戦略を考えると、むしろ、それが自然だと思いますよ。可能な限り、種の生存域を拡大する……行き当たりばったりにしか見えない広域播種戦略も種の存続と言う観点で考えると妥当な戦略です。実際、植物などの拡大戦略も、できる限り遠くへ数多くばら撒くとかそんな調子ですからねぇ……」
「なるほど……。種の存続を考えると、拡張を止められないと言うのも解るし、本星が全滅しても、どこかで存続していれば、それでいいと割り切っているのか」
「まぁ、そんなものですからね。多分、人類種くらいだと思いますよ。共存共栄とか、生存圏の自重とか……訳の解らない事を言って、内に籠もって引き籠ろうとするのは……ああ、これは銀河連合と称する生きた化石のような者達の事ですし、異文明種族を平然と受け入れる帝国の温情に助けられたのも事実ですので、全否定まではしませんよ」
「そうだね……。生命ってのは本来身勝手なものだし、どんな文明でも拡張を止めてしまったら、ゆっくりと衰退していくだけだからねぇ。これは歴史が証明している。そうなると、君達の文明と我々の文明は何処かで激突していた可能性もあったのか……。いや、将来的に激突の可能性があるということでもあるのか」
「ええ、生存競争とはそう言うものなので、その可能性は否定はしません。我々はたまたま衰退して滅びる所を帝国に救われたと言うだけの話ですから。もっとも、それは誰にとっても僥倖だったと言えるでしょうし、私達と言う存在は、ヴィルデフラウ文明が人類と共存は可能と言う証明にならないですかね」
「そ、そうだねっ! このヴィルデフラウさん達のスローライフ生活やら、ヴィルさん見てると割りとなんとでもなりそうだし、実際に農業惑星の助っ人や魔法指導官として、ヴィルデフラウの人達も何人か帝国に帰化しちゃってるんだよね?」
「そのようだね。確かに君達、ヴィルデフラウの理想惑星環境は、我々銀河人類にとっても悪くない環境のようだからね。実際、君達のお陰で帝国の食糧事情は大きく改善したし、魔法が気軽に使われるようになったとか、色々と面白いことになってるからね! 僕はね……銀河とは常に混沌としているべきだと思うんだよ。帝国は色んな惑星で様々な異種文明とも接触していると言うし、君も物凄く帝国に影響与えてるよね……全く時を超えても、我が帝国は根本的に全然変わってないんだね」
「だねっ! EADとか魔法科学学院とか、ファンタジーな感じになってて、超ビックリしたし、天然食材もあちこちで無造作に売ってて皆、普段から食べれてるって聞いてビックリだったよ! あ、そのうち、そのEADも使わせてもらっていいかな? わたし、魔法少女にも憧れてたんだーっ!」
「再現体も使えるかどうかは解りませんが。改良型のEADはドローンの搭載AIですら、魔法を使えるようになったという話ですからね……結論として、多分使えますよ。まったく、我が教え子たちもなかなか優秀なようで……」
「マ、マジですか……。陛下、聞きました? 魔法使いドローンとか、斬新すぎるでしょ。いやぁ、長生きはするもんだねぇ」
「そうだねぇ……。いやはや、不死不滅の帝国の守護者とか、我ながら面倒な役割を引き受けたとか思ってたけど、こんな風に異種星間文明人から、色々話を聞ける機会が出来たなんて、ちょっと面白すぎるよね。確かに長生きはしてみるもんだ」
「そう言ってもらえれば、こちらも気楽ですよ。いずれにせよ、私はこの生命が続く限り、帝国へ忠義を誓うと約束しますよ。当然ながら、ゼロ陛下とユリコ殿にもこの場にて忠誠を誓います」
そう言って、ヴィルゼットはゼロに向かって跪くと深く頭を垂れる。
それを見たユリコが手を打って腰の剣を抜くと、ゼロへ手渡すと、ゼロもその剣の腹でヴィルゼットの肩を叩く。
「うんうん、これにて帝国騎士の誓いの儀ってことで! ヴィルさんも不死者って事だから、私と同じく帝国永世守護騎士って事で「Knights of Eternity」って名乗っていいからね! わーいっ! おっなかまーっ!」
ヴィルゼットもユリコのお気楽な宣言とともに「Knights of Eternity」の称号を与えられてしまったのだが。
帝国の歴史をよく知るがゆえに、彼女もその称号の重みをよく理解していた。
「謹んで、お受けいたしましょう。我が友ユリコ、そして銀河帝国永世皇帝ゼロ陛下! 我こそ、今ここに帝国の守護者たらんことを誓うっ!」
ヴィルゼットもユリコと同じ装甲服姿になると、胴の入った仕草で剣を真っ直ぐに構える。
3Dホログラム生活者ならではではの機転であり、それはヴィルゼットのユリコ達の新たなる仲間となる意思表示でもあった。
ユリコも素直に感激したようで、背中を向けると号泣しているようだった。
かくして、新たなる「Knights of Eternity」が誕生したのだった。
「二人共ありがとう……。僕も嬉しいし、そう言われるとご期待に応えないといけないって思えてくるよ。うん、これで名実ともに君は僕らの同志ってことだよ。まぁ、一緒に力を合わせて、かるーく銀河を救っちゃおうか」
「いやぁ、実際、ヴィルさんが居なかったら、さしもの私達でもこんな状況、途方に暮れてたよ! そいや、「Knights of Eternity」って、今の時代どのくらいの権限があるのかな?」
「「Knights of Eternity」に命令を下せるのは、古来から皇帝のみですよ。そして、その称号もユリコ殿達、初代近衛騎士団の皆様だけの称号で、以降、300年来誰一人として、その栄誉に預かるものはいませんでした。私は武人ではなく、学者畑の者なので、手に余る光栄と言えますね」
「また、またぁ。ヴィルさんって素で強いよね? わたし、そう言うの解るんだ。多分、生身でハイエンド級強化人間位の身体スペックあるよね?」
「そうですね……。我々は様々な植物を体から生やすとか、既知の植物の特性を取り込むなど普通にできますし、身体構造からして、強靭に出来ているんですよ。脳や心臓に該当する器官も複数あるので、恐らく首を落とされても死なないでしょうね」
「マジですか。でも、脳が複数あるってなると……例えばさ、身体が半分になったらどうなるっての?」
「さすがに実験していないので、推測の域ですが。解りやすく左右に一刀両断されたと仮定すると、恐らく最終的に左右どちらも再生し、二人の私が出来てしまう事でしょうね」
「きょ、脅威の生命体……だね。けど、そうなると意識はどうなるの? 主観が連続しているからこそ、意識は個我を認識出来るのであって、自分が分裂してどっちも自分ってなると……あれー? わけ解んなくなってきた」
「それは、いわゆるスワンプマン問題だね。けど、それについては、AI達がすでに答えを出してるじゃないか。完全なるコピーを作り出しても、オリジナルとコピーとが分かたれた瞬間から、コピーはオリジナルと同一存在ではなくなり、限りなく近似値でありながら別物「≠」となるってね。でも、脳に該当する器官が複数あるってなると、並列思考でもしてるってことなのかな?」
「並列思考って言うと、自分の意識が複数あって、頭の中でワチャワチャやってるとか、そんな感じ? ああ、でもスターシスターズの子達は当たり前のようにそんな感じらしいね」
「おそらく、そうですね。私はむしろ、あなた方地球人類の単一意識による意識形態の方がうまく理解出来ないんですよ。まぁ、そこは種族差異ですので、致し方なしでしょう」
「むしろ、それで普通に帝国の人類社会に溶け込んでるってのも凄いよね。おまけに宇宙生物学や植物学、考古学や医学の分野でもトップクラスの研究者として知られてるとか……。こりゃまた、帝国もエラい拾いものをしたもんだね。アスカくんにいたっては、帝国の至宝とまで評価してたみたいだけど、納得だ」
「あの方には、随分と便宜を図っていただきましたからね……。特に私のような指導者タイプの個体は、他の一般個体よりも「脳」の数が多いようで、それ故に他の個体よりも知能も高く、生命力も強く、強靭な個体になっているようなのです。さしずめ「女王アリ」ならぬ「女王ヴィルデフラウ」と言ったところですかね」
「なるほど、我々で言う所のコスト度外視のスペシャルチューニング強化人間と言うところかな。僕やユリコくんみたいなものだって、考えると解りやすいか……」
「はぇー、確かに解り易いわー。そうなると、やっぱり生命の樹のオペレータみたいな感じだったのかな……本来は……」
「そうですね。実際、私も播種船と接続した上で播種船を操れるだけの権限も持っていたようなのですが……。生命の樹は私が生まれるよりもずっと前に枯死してしまっていたので、私は単なる同胞の指導者でしかなかったのですよ」
「そうなると「Knights of Eternity」にはむしろ、相応しいよね。陛下、後追いで申し訳ないけど、正式にって事でヴィルさんの権限に追加しちゃっていいよね」
「もちろんだ。そうなると、ヴィルゼットくんについては、僕以外の誰もその行動を制限できないと思っていい。まぁ、権限は大いに便利使いするといいし、君、自分の権限に萎縮するとかそんなタイプじゃないだろ?」
「そうですね。権限はあくまで道具ですからね。議会の者達は、少し権限を譲るたびに子供のようにはしゃいでいましたが。正直、全く理解できませんでしたよ」
「権力なんてのは、目的じゃなくて、手段なんだけどね……。そこまで理解してるなら、僕としては何も言うことはないよ。さて、そうなると今後の方針はどうするつもりだい? 君のことだから、すでに道筋は出来ているんだろう? ラースシンドロームについても、君がかなりのところまで解明していて、今後はもう少しマシな対処が出来る目処も立っていると思いたいんだけどね」
「はぁ……残念ながら、状況は厳しいと言わざるをえないですね。現状、各星系を接続するエーテルロードはその要所を尽く銀河守護艦隊に完全に抑えられており、無人船団による最低限の物流は、先方の良識派提督の好意で確保出来ている為、大きな混乱は起きていないのですが、ラースシンドロームの対処については、その要となるマナストーンが圧倒的に不足しており、どうにも八方塞がりです……」
そう言って、ヴィルゼットはため息を吐く。
ゼロとユリコと言う心強い助っ人の参戦は、大いに歓迎であったし、一気に動きやすくなったのは事実なのだが。
銀河守護艦隊による圧力はまったく緩む様子もなく、各帝国傘下星系もいつゲートを超えて、銀河守護艦隊が通常空間に進出してくるか解らず、どこも先が見えない状況での警戒態勢が続いていて、特に旧銀河連合の星系群については、帝国宇宙軍の残存艦隊がかろうじてゲート周辺流域を維持しているのだが……。
帝国軍艦隊への物資補給は、銀河守護艦隊により完全に遮断されており、派遣艦隊群は孤立状態となった事で窮状に陥りつつあり、探査船の建造と送り出しについても、どこもスケジュール遅延となり、実施すらも危ぶまれている星系も少なからず出ている状況だった。
ヴィルゼットの計画もこの時点で、破綻が目に見えてきており、ヴィルゼットもそれ故、半ば絶望的な気分となっていたのだ。




