第二十話「帝国の守護者」②
「心当たりはないですね……。あの……ユリコ殿……どうかされましたか?」
ユリコの仕草に気付いたヴィルゼットがユリコに尋ねる。
「うん、君がそんな深刻そうな顔をするのは珍しいね……何か気になる事でも?」
「陛下ぁ……それじゃ、わたしが年中お気楽って言われてるような気がするんですけど……」
「実際、年中お気楽だよね? おっと、茶化してすまないね。いいから、続けて……君の気になるとか、予感がするってのは、本気で侮れないからね。何か気付いたのなら、遠慮なく言ってみてくれ」
「それがですねぇ……。実は最近、帝国軍のVR訓練プログラムの再現データとして、わたしの再現データがVR召喚されたんだけど……。あれってなんだったんだろうなって……えーと、ヴィルゼットさん、最近、わたし指名で猫耳の未来視能力者のVR訓練プログラムって実施したりしました?」
唐突な質問にヴィルゼットも、目を白黒させる。
けれども、冷静に情報支援AIに確認を取るとすぐさま返答をする。
「い、いえ……帝国軍では、籠城中の地上軍も含めて、ユリコ殿の再現データを指名した上でのVR訓練プログラムは実行されていませんし、そもそもユリコ殿の再現データは帝国の最高機密に属するので、その利用は、帝国最高機密ネットワーク、アストラルネットへのアクセス権限所持者に限られています。そもそも、なんなんですか、その猫耳の未来視能力者って……。そんな超常能力者が帝国軍にいるなどと言う報告は来ていませんが……」
「ユリコくん、君……また、なんかやらかしたっぽいねっ! もう、洗いざらい白状したまえだよ? それ絶対、クリティカルなイベントっぽいよ! まったく、相変わらず、何かが起こると必ずそこにいる……引きが良いなんてもんじゃないねぇ……」
「あーうーっ! えっと、えっとですねぇ……珍しく、ご指名での再現データ呼び出しがかかってたので、いっちょ揉んでやるかーって事で鬼軍曹モードで時間圧縮の上で三日三晩ほぼ不眠不休で、その猫耳新兵ちゃんのお相手をしたんですけーどーっ! 今から考えると、装備とかも腕から直接加速コイル生やした謎の武器だったし、想定も一分くらいの未来確定予知の上で、殺意も存在感もゼロにした上で狙撃とか無茶振り想定だったし、弾丸も反物質エネルギー転化弾とか良く解んない謎の兵器だったし……。普通にやったら、ちょっとこれは無理臭くね? って思ったんで、テンプレ再現データ任せじゃなくて、同期かけて、直接手出しちゃったんだけど……」
「ちょ、ちょっと待ったーっ! 休眠設定のはずの君が再現データへ同期アクセスしてたって、それどういうことなんだい?」
「ご、ごめんなさーい! 私の再現データって、要はもう一人の私みたいなもんで、その度にわたしも起こされて、意識同期状態になってたんだよぉ……。でもでもーっ! いい暇つぶしだったし、色んな子を弟子みたいに育てるのって、楽しくって……つい……何度か……。アスカちゃんとかとも、お母さん気分で相手してあげたりとかしてたし……。ゼロ陛下、今まで黙っててごめんなさーいっ!」
土下座せんばかりの勢いのユリコを見て、ヴィルゼットもオロオロするのだが。
ゼロは、その長い銀髪をさらりと、かきあげながら、輝けんばかりの爽やかな笑みを浮かべると、パンと手を叩く。
「いいさ、僕は君のやる事については、どんな横紙破りだろうが、どんなはた迷惑なやらかしだろうが、全て許容する……それは昔からの事だし、むしろ、それが突破口になるとかザラだったからねっ! 今回のそれもきっとむしろ、前々からの伏線だったんだじゃないかと思うな。でも、そうなると、それはアストラルネットにダイレクトアクセスがあったって事じゃないか……? なら、話が早い……アクセスログ開示要請……んー? こ、これはっ! どう言うことだ……?」
最初、ゼロも飄々とした調子だったのだが、ログを精査していくに、何か気付いたようで、あからさまに狼狽える。
そんなゼロは普通にレアなので、ユリコも思わず真剣な顔になっていた。
「……ゼロ陛下、驚愕されているようですが……。陛下が驚く程の事なのですか? 申し訳ない、私も事情がサッパリ分からないのですが……。私もアストラルネットの存在は知っていたのですが、アクセス権限までは持たされておらず、詳細は存じ上げません……」
「アストラルネットは、要は僕ら帝国の守護者の為の固有空間のようなものでね。スターシスターズの言う所の情報集積空間……アーカイブ空間と似たようなものなんだよ。ああ、ヴィルゼット君も僕の権限で、アクセス権限を付与しといたから、いつでもアクセスするといい。と言うか、君……立場の割に権限が半端過ぎやしないかい?」
「そ、そうですね。宰相の時点で皇帝程の権限はないのは解ってはいたのですが。次期皇帝の決定が先延ばしにされ、帝国議会に最終決定権を握られていることで責任ばかりが多い割には動きが取りにくくて困っていました」
ヴィルゼットが言うように、今の帝国は七帝国体制から元の一つの帝国へと体制移行中なのだが、事は簡単ではなく、一人に権限を集中させ過ぎることへの懸念や次期皇帝を誰にするのかで、迷走中だったのだ。
ヴィルゼット自体は、アスカの遺言で第三帝国の宰相として、任ぜられていたのだが。
他の帝国では、後継者も決められておらず、最後まで生き残っていた帝国の皇帝に国を託すとなっていたのだ。
これは、自然な形で皇帝をひとりに絞り込んだ上で、その決定にすべてを託すと言う事で皇帝達が意図した事で、これはアスカに対する逃げ道として機能するようにもなっていたのだが。
アスカは、その意図を読みきれず、他の皇帝達を見習うように、銀河守護艦隊に決戦を挑み、敗死してしまったのだった……。
結果的に、アスカが倒れたことで、その後始末を託されたヴィルゼットが事実上、銀河帝国皇帝のような立場となってしまったのだが。
この宰相と言う役職自体は本来は、帝国議会の代表のようなもので、議会の決定を尊重するとの但し書きがあったのだ。
それをいいことに議会の者達は、ヴィルゼットを蚊帳の外にした上で、責任の割には権限が無いという、お飾りのような役職に陥れていたのだった。
「やれやれ、この調子だと帝国議会の連中は、君をトカゲの尻尾にする気満々だったんじゃないかな……。まったく、帝国にもいつのまにか益体もない害虫共が巣食っていたようだ。そこら辺も大掃除が必要なようだねぇ……。よし、帝国議会の権限凍結の上で君と君の直属AI群に権限を集積しておいたよ。コレで君は自由に動けるし、情報制限も無くなったはずだ」
……同時刻、帝国議会の議員全てに権限とID凍結の上での無期限待機と言う恐ろしい通達がなされて、最高権力を手に入れたことでほくそ笑んでいた者達は、自分たちが手に入れたと思っていた権力が砂上の楼閣に過ぎなかったと言うことを思い知らされていた……。
「おお、権限が一気に増えましたね……。最深階層データベースのアクセス権限も付与……これは地味に助かりますね。いかんせん、決定権が議会にあるのでは、何をするにも時間ばかりかかっていて、訳の解らない理由で再審議となったりで、私も辟易していたんですよ。そもそも、私は政治経済については門外漢ですからね……」
「まったく……帝国議会はあくまで無責任な立場で参考意見を集める場であり、決定権も権限も何もないってなってたのに、なにこれ? 帝国が衆愚政治のマネ事を始めてどうするつもりなんだかね。とりあえず、帝国議会は明らかに問題ありだから、議員達は全員ID凍結で自宅待機で反省してもらうことにしたよ。あんな連中、重用するくらいならAIに権限与えた方がずっとマシでしょ」
「……申し訳ない。忙しさにかまけて、議会への権限委譲を許諾した結果がこれです……。私のミスでした」
「いやいや、こんな状況で一人にすべてを丸投げにする方が問題だよっ! まぁ、この僕が戻ってきたからにはなんとでもするけどねっ! 君は、国の運営なんて些事よりも、ラースシンドローム対策に集中すべきだし、君にしか出来ない事や解らない事は山ほどあるみたいだからね!」
正直なところ、ヴィルゼットもこの状況は意図しておらず、明らかに彼女のキャパを超えており、追い詰められたような気分になっていたのだが。
帝国のすべての問題を解決する神のような絶対なる存在……ゼロが来てくれたことに心の底から安堵を覚えていた。
けれど、そんな絶対なる存在が動揺する出来事。
ヴィルゼットもその事が気にかかっていた。
「それよりも……先程の様子では、ゼロ陛下も想定外の何かが起きた……そのように推察しているのですが」
「ああ、そう言えば、その話の途中だったね……。でも、そこまで理解してもらえてると話も早いね。でも多分、これは君も驚くと思うよ。アストラルネットのアクセスキーは……なんとアスカ君のものだったんだよ。厳密には委託された第三者認証のようなんだけど、アクセス元も接続ハードウェアも何もかも不明……。どうもハッキングの上で一時的にシステムを専有されていた……そんな感じみたいなんだ」
「アストラルネットがハッキングですか? 私も色々試したのですが、アストラルネットはそもそも物理的に既存ネットワークに接続されていない為に、手も足も出なかったんですが……」
「うん、アストラルネットってのは、精神世界ネットワークとも言ってだね……」
「ゼロ兄者、ユリコにはさっきから、もう訳わかりませーんっ! アンポンタンなユリにも解るようにですねー! もうちっとわかりやすくお願いしまっす!」
背筋を伸ばして、勢いよく片手を伸ばして、解りませんと主張するユリコ。
なお、先程から彼女は話に全くついていけてないようで、少々ご立腹のようでほっぺたをプクプクにさせている。
後世には、寡黙かつ苛烈な武人として言い伝えられている彼女だったが。
その中身は割りとお気楽女子高生そのものといった調子で、後世に伝えられているような人物では決して無かった。
ゼロとヴィルゼットはお互い顔を見合わせると、苦笑しあうと、どうぞどうぞと同時に手を向け合う。
もっともユリコの相手を手慣れているのは、どう見てもゼロなので、ゼロも困ったように自分を指差すと、説明を始めることにしたようだった。
「はいはい、ユリコくんにも解りやすく説明するとだね。つまり、これはアスカちゃんの委任を受けた何者かが、真っ当な手段ではアクセスすら出来ないはずの我が帝国のクローズドネットワークでもあるアストラルネットにハッキングしてきて、そのまま訓練プログラムを乗っ取って、君の人格データを呼び出して、相乗りしていった。どう、君に解るようにかなり端折ったんだけど、通じてる?」
「えーっ! あれってそんなんだったんですか! 確かに、同期時の記録でも、接続先不明ってなってるしっ! じゃあ、わたし……一体何処の誰とVR訓練やってたの?!」
「うん、そこまで解ってくれたなら、問題ないね。でも、君が同期した上で直接指導したってのなら、話が早いよね。その猫耳の少女は何者で、何処の所属だとかって聞いてる? とりあえず、帝国軍には該当将兵はなし。となると、その娘、誰? って話になるよね?」
「さぁ……? そもそも、よその子がアクセスしてくるなんて、私だって想定してるわけ無いじゃん! 普通にヒヨッコ訓練生かーとか思ってたし、猫耳生えてるのも新手の遺伝子合成強化人間とか思ってたっ! あれよ、猫科のパワーと反射神経と人間の知能を併せ持つ遺伝子合成人間とか! 帝国ってそれくらい平気でやるよね?」
「まぁ……否定はしないけど。所属や身元確認くらいしない? 普通……」
「いやぁ、久々だったんで超楽しくなってたし、向こうも急ぎっぽかったんで、つい端折っちゃいました……。でも、帝国地上軍の標準装備を支給設定したのに、武器は自前のがあるとか言い出して、腕からニョキニョキと蔦みたいなの出して、自力でコイルガン作った挙げ句、気が散るとか言って、いきなり服も脱ぎ出したりして、すっごい変な子だったなぁ……。最初は言葉使いとかもそこらのお子様丸出しだったんで、まずはそこから鍛え直しーっ! ってやったんだけど」
「どう見ても、それ……思いっきり部外者だし、そもそも、ナチュラルに猫耳って、その時点でもう地球人じゃない可能性が高いよねっ! あのさー、少しは疑問に思わなかったのかい? 割りと鈍感って事は知ってるけど、そこまでポンコツだったの?」
「い、いやぁ……。再現データに与えられる情報って、すっごい限定されてるし、猫耳人間だってありえなくないでしょ? それに三日三晩不眠不休でしごかれる覚悟はあるか! って聞いたら、お姉ちゃんの為に頑張ります! ってすっごい健気だったし、激レアな未来予知の才能もあって、無茶な修行も平然とこなしちゃって……。思わず最後には、我が一番弟子を名乗るが良い! とまで言っちゃったよー。それにあの猫耳と猫しっぽ……触るとすっごい可愛い声出しててねー! 思わずグッと来ちゃった!」
「いやいやいや、君が女の子大好きってのはよく知ってるけどさぁ……。想定も色々おかしいし、意味が解んないでしょ……それ。大体なんなの? その反物質エネルギー転化弾って……ふむ、これが訓練時に使用した諸元データかい? あのさぁ……これ、ハンドガンサイズで宇宙戦艦軽く沈めるとか意味解んないレベルの超兵器っぽいよ? えーと……他に何か言ってなかった?」
さすがのゼロの次々と明らかになっていく驚愕の事実に頭を抱え始めていた。
「えっと……エインヘリャルを討つ力って言ってたんだけど……。えへへ……なにそれーって感じだよね?」
「ま、待てっ! ……ユ、ユリコ殿……それは確かにそう言ったのか?」
立ち上がって、ユリコの目の前までせまるヴィルゼット。
その鬼気迫る様子に、さすがのユリコもタジタジだった。




