第二十話「帝国の守護者」①
――帝国歴327年8月6日 銀河標準時刻22:50――
――辺境銀河第三帝国首都星系アールヴェル――
――首都星アールヴェル 第三帝国行政府 統合銀河帝国暫定宰相執務室にて――
「……やれやれ、全セキュリティとガードAI群が素通しどころか平伏とは、恐れ入る。ひとまず、ようこそ……そして、お目にかかれて光栄であると、言わせていただきましょうか」
そう言って、ヴィルゼット・ノルンは膨大な数の空間投影モニターに埋め尽くされ、怪しげな色の液体が詰まったボトルが林立する執務机から顔を上げ、気だるそうに立ち上がると、背筋を伸ばして訪問者達を出迎える……。
彼女は、アスカ達七皇帝が銀河守護艦隊との戦いに破れ、戦死したあと、その後始末を託された者として、七帝国を統括し束ねる新体制……統合銀河帝国の暫定統括宰相と言う役職を与えられていた。
そして、今も各地で籠城を続ける各帝国をまとめ上げ、相互支援を行いつつ、その上でラースシンドローム対応の最高責任者としての役目を果たしと、多忙を極めていたのだが。
帝国最上位優先コードを持つ二人の訪問者の来訪の知らせを受け、急遽すべての予定をキャンセルし、行政府からも完全に人払いを行った上で、その訪問を受け入れていた。
執務席から立ち上がり、腰を直角に曲げる最敬礼をよこすヴィルゼットに、訪問者達は鷹揚に答礼する。
「忙しい中、すまないね。いや、楽にしていただいて結構だよ。まずは、銀河帝国宰相ヴィルゼット・ノルン閣下……初めましてだね。僕らの自己紹介もした方がいいかな?」
白い背広を着て、黒いバイザーで顔を隠した銀髪の男性が軽い口調で告げた。
そしてその背後には、赤いメッシュのはいった銀髪の「No.Ⅰ」と書かれた記章が入った銀色の装甲服を着て、やはりバイザーで顔を隠し、帯剣した小柄の女性が気軽な様子でヒラヒラと手を振っていた。
「いえ……結構です。辺境銀河帝国初代皇帝……ゼロ・サミングス陛下。そして帝国永世守護騎士……「Knights of Eternity」クスノキ・ユーリィ卿……。この度はわざわざ、我が元へご来訪いただき、感謝の言葉もありません。早速ですが、現状の帝国……いえ、銀河の窮状について、ご説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「大丈夫、わたし達もすでに情報共有で状況はあらかた把握してるから、細かい説明は抜きでいいよ。と言うかさぁ……こんなの普通に帝国どころか、銀河存亡の危機じゃないの……。わたし達「帝国の守護者」の起動条件にも余裕で合致してるし、遠慮なんて無用だって。でも、ヴィルゼットさん……本物の宇宙人なのに帝国の宰相を拝命するとか、いくらアスカちゃんの最後の命令とは言え、付き合い良すぎじゃないかなぁ……」
「今は亡きアスカ陛下は……我が友であり、良き理解者にして、我が娘のような方でした。何より、我々ヴィルデフラウ族は、帝国に多大なる恩義があります。あのお方亡き後……帝国の命運を託され、その礎となる所存でしたが。まさか、このような緊急時支援プログラムが用意されていたとは……正直、ありがたい限りです」
「銀河連合に銀河守護艦隊なんて守護者がいるんだから、帝国にだってイザって時に助太刀する守護者がいたっていいんじゃないの? でないと不公平でしょ。あ、あとわたしの名前……ユーリィじゃなくて、ユリコだからね? ユーリィは戦時コードネームだったのに、後世ではそっちの名前で呼ばれてるとかなんだか、ちょっと不本意……。あ、ヴィルさんって呼んで良い? 代わりにユリコって呼んで! わたし、宇宙人とお友達になるの夢だったんだーっ!」
なんとも、お気楽な調子のユリコに、ヴィルゼットも思わず苦笑する。
その上で、伝説というのは、案外あてにならないものだと実感もしていた。
「と言うか、もっと早く我々を起こしてくれれば、ここまで事態を悪化させずに済んだかもしれないのに……アスカちゃんもだけど、我が末裔達も皆、揃いも揃って、無茶しやがってってとこだよ。なんで、こんなになるまで頑張っちゃったかなぁ……」
「陛下、そう言う事……言っちゃ駄目。皆、自分達なりに精一杯、頑張ったんだし、帝国がギリギリになるまで、わたし達が目覚めないように設定したのは陛下じゃないですか……。それにこの様子だと「帝国の守護者」の存在……後世にちゃんと伝わってなかったみたいだよ?」
「ま、まぁ、そうだね……気楽に起こされちゃこっちも迷惑だからって、システム起動条件を割りと厳密に設定して、機密レベルを最高ランクに設定したのは確かに僕だ。だって、伝家の宝刀も簡単に抜けちゃ、ありがたみがないでしょ?」
「そりゃ、そうなんだけどさー。もうちょっと甘くしといても良かったんじゃないの? まぁ、今更言ってもしょうが無いんだけどさぁ……」
「す、すまないね……僕も設定キツくし過ぎたって、ちょっと反省してる」
「と言うか、200年以上お呼びナシってのもどうかと思うよ? まぁ、皆、優秀な子達ばっかりで上手くやってたって事かもしれないけどね。それにしても、ハルカのヤツ……このわたしの弟子にして娘同然だったアスカちゃんを……よくもやってくれたわね……。この落とし前は絶対に付けさせるんだからねっ!」
「そうだね。ハルカ・アマカゼ提督の件については、僕も同感だよ……いくらなんでも、皇帝を全員皆殺しとかちょっとやり過ぎだ……帝国にとって皇帝ってのは、外交窓口でもあるんだから、それを全員殺すって、そんなの和平も何も考えてないって事じゃないか……。この調子だと、またなんか拗らせてるみたいだし……。あの子って、そもそも、そんな人の上に立てるような器じゃないんだよね……」
「相変わらず、容赦ないね、陛下……。確かに、あの子っていいとこ一艦隊の指揮官とか、影で暗躍する黒子向きって自分でも言ってたんだけどなぁ……何をどう拗らせたら、あんなになるんだかなぁ……久しぶりに一発ぶん殴らないとちょっと気が済まないね!」
「まぁ、戦上手が優秀な指導者とは限らないからねぇ……。あの子は何処まで行っても、戦場の一兵士や部隊指揮官程度の器しかないんだよ……。それが無理して背伸びしたところで、誰もが不幸になる……昔、僕が予言したとおりになってるじゃないか」
「そういや、陛下、普通にそれ、本人に言ってましたよね。さすが慧眼、慧眼、御見逸れしましたー!」
「まぁ、伊達に、君の上司やってないからね、僕は……。大局を見れない、割りと行き当たりばったりと言う点では、君はハルカくんを全然笑えないよ?」
「ふんぎゃーっ! ヤブヘビィ! で、でも、わたしには陛下がいらっしゃいますから! わたしが大局とか見えて無くても、陛下が見てくれてるから、わたしはいつでも迷いなく戦えるのですよーっ! さすが陛下! 略してさす陛っ!」
「ま、まぁ……だからこそ、今回も僕が君に同行してるんだけどね。それにしても、ハルカくんも……銀河守護艦隊とは……。あの娘がそこまでして、抜け殻同然の銀河連合を守る意志を持ってたとか、さすがに驚きだったよ」
「そうですね……。ここ100年ほど、母港流域を閉鎖して引きこもっていたので、我々もまさか、銀河の脅威認定されるとは思っても居ませんでした……。結果的にお二方のお手を煩わせる事となり申し訳ありませんでした。」
「まぁ、そこは気にしなくていいよ、ヴィルゼット君。こちらも色々と状況把握と根回しに時間がかかってしまって、顔見せが遅れて済まなかった。でも、とりあえず……お互い立ったままとか落ち着かないし、ここはじっくり腰を落ち着けて話をしようじゃないか。いかんせん、僕も年寄りだからね……。起きてからずっと、ユリコくんに振り回されっぱなしで、ヘトヘトなのさ」
「あ、はい、それは失礼しました……! どうぞ、おかけください……。ひとまず、お茶でもお持ちしますので……」
そう言って、ヴィルゼットも執務室の片隅にある応接用のソファを示す。
当然のように一番の出口側……下座に座ろうとするヴィルゼットを見て、ユリコは苦笑するとその手を引いて上座に座らせる。
「あ……あの。お二方をお相手に、私が上座に座るというのは……」
「いいから、いいから。君は今の銀河帝国の最高責任者って事になってるんだから。そこが君の座るべき場所だよ。君にはその程度には敬意を払う価値があると僕は認めているよ。何より、たったひとりで本来、そうする義理もない帝国の命運を一手に背負おうとしてたんだからね。そんな方に敬意以外の何を持てと言うんだい?」
ゼロにそう言われて、ヴィルゼットも観念したように上座に座ると、ゼロとユリコもお互い向き合うようにソファに腰掛ける。
後世に伝わっている逸話で、この二人は夫婦であると言う話もあったようなのだが。
どうやら、この距離感が二人の距離感であり、そんな話をしたら間違いなく、どちらもないわーと言う反応をするのだろうと、ヴィルゼットもそんな益体もないことを考えてみる。
ちょうどいいタイミングでメイド服を来た緑色の髪の少女がお盆に飲み物を乗せて、ガチガチに緊張した様子で執務室に入って来た。
手が震えているのか、ティーサーバーとティーカップがぶつかりあって、カチャカチャと音を立てていて、大変危なっかしかった。
案の定、何もないところで蹴躓いて、お盆諸共ぶち撒けかけるのだが……。
恐ろしい速さでユリコが動くと、その身体とお盆をナイスキャッチ!
「ありがとね! おチビちゃん! いいよ、いいよ……あとはわたしがやっとくよ!」
手慣れた様子で、何事もなかったようにお茶を受け取って、さも当たり前のようにテーブルにお茶を並べると、ユリコは嬉しそうにその娘を猫の子を抱き上げるように抱き上げると、怪訝そうな顔をする。
「あ、あれ? 君……ホログラム被ってるだけで何も着てないし、肌の色も……偏光かかってるだけで緑色? も、もしかして、君って、地球人じゃない? と言うか……誰かに似てない?」
至って無抵抗ながら、不満そうな様子の少女を抱えながら、ユリコもあからさまに狼狽えていた。
「ああ、その娘の名は、アルファ・ノルン……言ってみれば、我が子と言ったところかな。服については……すまんな。我々ヴィルデフラウは本来、服を着る習慣がないし、服を着ていると逆に落ち着かなくてな……。一応、3Dホログラムで外観は誤魔化しているし、そうやって触ったりしない限り、気づかないだろう? 我々なりの妥協と言う事で許容いただければ……」
「え、あ……いあ……確かに、ぱっと見解んないけど。さすがに全裸でホログラム被ってるってのは、なんと言うか、かんと言うか……。でも、アルファちゃん? 君、どっかで見たことあるような気がするんだけどなぁ……どこだっけ……?」
そう言って、アルファのほっぺたをぷにぷにと引っ張るユリコ。
その扱いに抗議でもするように、アルファも眉間にシワを寄せる。
「ユリコくん、見たことあるのも当然だと思うよ。この子、君とそっくりなんだよ。ヴィルゼットくん、これはいったいどう言う事なんだろう? 興味本位で済まないけど、説明してもらってもいいかな?」
「そ、そうだよねっ! なんか、眉毛とかめっちゃ見覚えあるなーとか思ってた! ……うわぁ、なんだろね。この湧き上がる親近感はっ! これがいわゆる身内感ってヤツなのねっ! うう、そうだよっ! この子、ちっちゃい頃のわたしそっくり! 可愛いーっ!」
限りなく自画自賛なのだが、ユリコはアルファをとても気に入ったようだった。
「ああ、そうか……そう言うことか。この娘は私とアスカ様の遺伝子合成で生み出されたハイブリッドクローン体なのだ。少し前から育成していて、アスカ様が逝かれた後にロールアウトしたのだが。アスカ様はユリコ殿のクローン体でもあったからな……図らずもユリコ殿の遺伝的特徴をも有していると言う結果になったという事か……」
「……えっと? そうなるとヴィルさんとわたしの子供みたいなものなの? うっそーっ! わたし生涯未婚だったのにーっ! こ、この場合はどっちがお母さんになるのかな? 親権とかってどうなるんだろ!」
「ユリコくん、ちょっと、落ち着こうか。今更、そんな事で騒がないの……。君は帝国の守護者として、色々伝説作っちゃったでしょ? だからもう、後世の人々からは、軍神のような扱いを受けていたんだよ。クスノキ家の人たちが君の武勲にあやかろうと、凍結保存されていた遺伝情報からクローンを合成して、夢をもう一度って思ったからって、そこは責められないと思うな。実際、アスカちゃんもその類だったんだろう?」
「そうですね。どう言う経緯で、あの方がユーリィクローンとして、第三帝国皇帝として抜擢されたのかは、詳細な資料が残されていないので不明確ですが。戦闘教育も相応に施されていた様子から、戦時想定皇帝だったのは間違いないでしょうね……」
「おおうっ! 私のクローンって300人以上もいたの? ……なんと言うか、無茶苦茶やってくれたねぇ……。でもさぁ、ここまで派手にクローン作りまくってたってなると、テロメアとかヤバくなってたんじゃない? そもそも、クローンと言っても、わたしのそのまんまコピーとかになるワケがないんだけど……」
さっそく、データベースを参照したようで、ユリコもその事実に驚愕していた。
一応、帝国の法で言うと、300人以上のクローン達は、皆ユリコの娘達と言うことになる。
さすがに、そんな300人以上もの子供たちがいて、もはや誰一人生き残っていないと言う事実に、ユリコもなんともやるせない気持ちを抱いているようだった。
「そ、そうですね……。実際、アスカ様なども寿命が20年足らずだったそうで、アルファも本来はアスカ様の延命の為の受け皿とするために私がこっそりと用意していたのですよ。一応言っておきますが、遺伝子テロメアの問題は、私の遺伝情報を合成しヴィルデフラウ寄りに設定した時点でクリアされており、アルファは事実上の不老不死者と言えますね」
「……ヴィルゼット・ノルン……君はとんでもないね。地球人と君達ヴィルデフラウの遺伝子合成キメラを平然と作り出してる事もだけど、意識の移植……? いや……まさかとは思うけど、死者の再現を行おうとしたってのかい?」
ゼロが驚くのも無理もなかった。
ヴィルデフラウと地球人類とでは、遺伝的にかけ離れた存在で、それらを遺伝子合成するなどと言う離れ業は、ゼロの時代はもちろん、最新の帝国の科学技術でもなし得ていなかった。
そもそも、誰もそんな事をやろうとしなかったと言うのが正確なところだったのだが……。
「ええ、そのつもりでした。ですが、どう言う訳かアスカ様の再現は失敗しました。結果的に、アルファにとっては幸せな事だったと思いますし、これで良かったと思っています……。さすがに命を弄ぶほど、腐っていないつもりですし、あの方の面影を残すアルファの相手をしているうちに、すっかり親の情というものに目覚めてしまって……。一応、実験データを見てもらっていいですかね? この死者再現プログラムは、再現体と言う成功例もありましたので、失敗の余地はなかったはずなのですが」
「うーん、君はすごいねぇ……。意識をデータ化して、不滅の存在となった僕らも大概だけど、君も大概だ……よもや、銀河連合の秘匿技術にして、ハルカ提督達が封印したはずの再現体プログラムを独力で再現したなんて……。けど、君のこの再現手順に問題は無いと断言してもいい。あれ自体は人体を模した有機ボディ……受け皿を用意して、AIに死者の名を付けて、本人だと思い込ませる事で死者の魂と同化する……そんな技術だからね」
「つまり、本来自動的なもの……そう言うことですね。そうなると、ますます失敗した理由が解らないな。いかんせん、アルファも目覚める前の段階……自我形成プロセスの段階で失敗してしまっていてね……」
「そうだねぇ……。この方法による死者の再現は、僕らのように意識をデータ化した者達同様、同じ人物を同一時系列で二人同時に再現するって事が出来ないんだよ。人の意識……魂と言い換えてもいいけど、それは分かたれたりもしないし、コピーも出来ない。そう言うもののようなんだ。そうなると、答えは簡単じゃないかな? すでにどこかでアスカくんが再現されてしまっている……その可能性が高い。そう言う事になるんだけど……心当たりはあるかい?」
そんなゼロの言葉に、何故かユリコの方が考え込むような仕草をする。




