第十九話「炎の精霊、滅ぶべし!」⑤
「ああ、私も状況を把握したぞ。僅かな間にすっかり頼もしくなったのだな……。これならば、安心して任せられるな。どうだ、援護などは必要か? 私もこのまま、人任せで座してみているつもりは毛頭ないぞ」
「では……牽制射をお願いしていいですか? 通常弾では、当たっても効かないかもしれませんが、撃たれると反応はするようなので、動きが制限されることで読みやすくなると思います……。次にソルヴァさんに向かっていった後に上へ飛び上がるはずなので、そこを立て続けに狙ってキルゾーンへ追い込んでください!」
「いいだろう、存分にやれ。では、こちらは牽制射の統率を行うとしよう。全エルフ狙撃手に命じるっ! 炎の精霊がソルヴァ殿に追い払われて、上へ駆け上りだしたら、当たらなくて構わんが、とにかく殺す気になって、一斉に時間差を付けて狙撃するのだっ! リンカ……仕上げは頼むぞ?」
エルフ達から続々と了解の返信が帰ってくるのだが、肝心なリンカの返事はない。
極限まで集中しているようで、一点を注視していて、もはや周りも一切見えていないし、耳も前を向いたまま、固まったようになっていて、ピクリとも動かない。
尻尾だけはゆらゆらと揺れているが、これでタイミングでも測っているのかもしれない。
いわゆるゾーン突入状態……並外れた集中力だった。
イース嬢がこそーっとリンカの肩にマントをかけようとしているのだが、何もするなと手を振って押さえる。
その代わりにとばかりに、私の肩にマントが乗せられるのだが。
結構ずっしりと重いし、肌に当たるとチクチクザラザラうっとおしい。
……むぅ、別にこんなものは要らんのだが……好意故に無下には出来んか。
実際、イース嬢も満足そうであるしな。
リンカの方もコイルガンの銃身もまるで銃架に乗せたように安定している。
ぶっつけ本番、かつ初陣でこれか? 何より、本当に服着てない方が集中できているようだった。
やはり、この娘……狙撃手としては超一流の才能の持ち主のようだった。
もはや、そこ居るという気配すらも消しているのだから、尋常ではない。
まさに、忘我の境地。
若い娘が野外でほぼ全裸と言うのは、絵面的にどうかと思うが、私も似たようなものだし、イース嬢もエルフの狙撃手も皆女子だし、本人も気にしていない。
なら、気にしない、気にしない。
ここは私も堂々としているべきであろう。
あ、あくまでリンカの付き合いであって、好き好んでこうしている訳ではないし、マントがウザったくて、脱ぎ捨てたいとか思ってないぞ?
そして、リンカはゆっくりと深く行っていたその呼吸すらも止めた。
同時に、ソルヴァ殿へ向かっていった精霊がソルヴァ殿の裂帛の気合の乗った剣を避けるように急上昇を掛けるっ! ここだっ!
「今だ! 総員、撃ち方はじめーっ!」
そう言って、肩に掛けられていたマントをバッサと脱ぎ捨て、コイルガンを構える!
イース嬢がなんでーっと言いたげな顔しているが……。
今のはカッコよく決まったと思うぞ?
マントって、ここぞという時に脱ぎ捨てると言うのがお約束ではないのか?
一斉にエルフ達がコイルガンを放ち始める。
もとよりコイルガンではエネルギー生命体には、効果も何もないのだが、全員当てるつもりで、相手を殺すつもりで撃っている。
当然ながら、殺気に反応して、無駄な動きが入り、動きが鈍る。
如何に慣性や重力を無視できても、無駄な動きは取りうる動きの選択肢を狭めていく。
その上で、殺気を放ちながら、私も狙い撃つ。
案の定、当たっても意に介した様子も無かったのだが、私の存在を思い出したのか、こちらに注意を向けて、向かって来ようと方向転換をかける……今っ! と思った瞬間にリンカはすでに撃っていた。
そして、炎の精霊はまるで自分から飛び込んでいくようなコースで、リンカの設定したキルポイントに飛び込み、狙いすませたように神樹の弾丸がエネルギー転化し、エメラルドグリーンの輝きが大きく派手に広がり、天に向かって青白い光の柱が打ち上がる!
完全に光に飲み込まれた精霊が、γ線レーザーに打ち上げられながら、消滅するのが見えた。
思い切り、チェレンコフ光だのう……あれ。
……指向性対消滅反応って……。
テクノロジーの水準が本気で半端ないな……。
周囲のγ線被爆については……あの分だと完全に制御しているようだし、他の皆も強化の時点で放射線耐性等も体細胞レベルで強化されているようなので心配は要らないだろう。
その光景を見て、誰もが凍りついたようになり、静まり返っていた。
そして、光が消えると、もうそこには何もなかった。
「……ふむ、気配も消えたか。よくやったな! リンカ! と言うか、早く息をしろっ! 息をするのも忘れるとかどれだけ集中しているのだ! もう終わったぞっ!」
そう言って、リンカの背中をバンと叩くと、後ろからイース嬢が抱きついて来た。
「ふわぁっ! リンカちゃん、すごーいっ! 何、今の! アスカ様の作った弾丸も凄かったけど、あんなの動きしてたのに、こんな距離で一発で当てるとか、すごい! 凄いよーっ! と言うか、お願いだから、服くらい着てーっ! 色々丸出しとか女子として駄目なのですー! アスカ様もーっ! なんで、マント脱ぎ捨てちゃったのーっ!」
そう言いながら、イース嬢……抱きついた衝撃で丸出しになってしまったリンカの胸を両手で覆い隠す。
「うひゃあっ! な、なんで、そんな所触ってるんですか! イース殿っ!」
「え、いや……ただ、丸出しじゃ可哀想だって思って……思わず……。と言うか、この感触……意外とおっきい? ま、負けてるっ?!」
そんな事を言いながら、モミモミと……。
イース嬢、それはさすがにどうかと思うのだが……まぁ、目的は達成してるんで、それでいいのかな? と思うのだが、なんだか無意識に胸ガードしてた……。
うん、見せるのは一向に構わんが、触られるのは……ちょっとイヤ。
ま、まぁ、軍事演習後の女子更衣室に慰問に行くと、こんな感じの光景はよく見た覚えがあるからなっ!
彼女達は、勝利のスキンシップとか言っていたし、女子が女子の胸を揉んだところで、問題ないと言っていたからなぁ……多分、問題ないと思うのだ。
ならば、私はイース嬢にでも抱きついてみるかな!
「ひぁんっ! アスカ様、いきなりなんですかっ! ちょっ! そこはっ!」
……手が滑って、イース嬢の胸をがっつり掴んでしまったのだが。
服の上からでも、全然無いのがよく解る。
まぁ、これはお互い様であるのだがな! あるだけ、十分羨ましいし、今のは本当に事故だぞ?
「すまん、手が滑った! いや、二人して楽しそうであったのでな……ついっ! いや、もう硬い事は言いっこなしで、素直に勝利を喜び合おうではないか!」
そう言って、イース嬢を脇に抱き寄せて、リンカも同じように腰を抱いて、引き寄せる。
うむ! 美少女二人を両手に花とか、まるでハーレムのようであるなぁ!
「ア、アスカ様、見てくれてました? 私……やりましたよっ! お役に立てましたか? 教官殿、言われた通り、頑張りましたよっ!」
なお、リンカが抱きついてきたおかげで、丸出し状態ではなくなっている。
うむっ! こう言う手があったかっ! まさに身体を張ってガードであるなっ!
リンカも身体のどこを触っても良いと言っていたから、問題あるまい。
これがホントの裸の付き合いであるなぁっ! ふははははっ!
「役に立ったどころではないだろうっ! ええいっ! 皆の者っ! 勝ったぞ! 我らの完全勝利であるぞ! 勝どきを……あげるのだー!」
リンカとイース嬢を小脇に抱えたまま、盛大にジャンプ!
ふたりともタイミングを揃えて地面を蹴ってくれたので、結構な高さにまで飛び上がった。
その様子を見ていた者達が、今更のように勝どきを上げると、一斉にこちらへ向かって駆け寄ってくるのが見えた。
うむ! これにて完全勝利! 我が方の勝利であるぞーっ!
勝利の鍵は……猫耳は正義! 服なんて要らなかった!
この一言に尽きるのではないかな?
ソルヴァ殿やエイル殿といった殿方達も来ているので、慌てて装甲化でイース殿の差し出したマントも羽織る。
うん? これは一つ演説の一つでもやって然るべき雰囲気であるな。
「諸君っ! ご苦労だった! 皆の尽力で、諸悪の根源だった炎の精霊は討滅された! この勝利はとてつもなく大きいっ! 大勝利であるっ!」
そこで言葉を区切ると皆が一斉に湧いた。
ああ、実際……この勝利は大きいぞ……。
ラースシンドロームの撲滅に一歩近づいたのだからな……。
「今のこの世界は、炎の精霊という脅威に脅かされていると私もハッキリと認識した! こんな状況で貴族だなんだ王国再興なのくだらない夢物語を語って、バラバラな小国しかないような現状に、私は深く憂いている。アリエス殿……私はこれより我が帝国の建国を宣言し、我が名に於いて平原諸国を統一しようと思うのだが、問題はあると思うか?」
「……ございません。アスカ様こそ、神樹様の名に於いて、この大陸を平定するにふさわしいお方です! 我ら神樹の民は皆、喜んでアスカ様に着いていく所存でございます!」
「そうだな。我々エルフも異論はない。長年続いた流浪の民としての日々ももう終わりとしよう……! これより神樹の帝国の民として……アスカ様と共にあらんことを!」
「……了解した。だが、国を起こすとなると私一人の力ではとても足りん。そこで、この度、神樹様の力を与えられ、炎の精霊との戦いを制した諸君に問おう! 我と共に覇道を歩む……それはきっと困難な道のりとなるだろうが、共に戦ってくれるか?」
「はっ! アスカ……今更、水くせえこと言うなよ。確かに貴族共が一斉に潰しに来るのは目に見えてるが、今の俺たちの力ならば、軽く粉砕してやるぜ! なぁ、皆……そうだろう?」
ソルヴァ殿の言葉に応えるように、あちこちから同意の言葉広がっていく。
「では、これより私は……クスノキ・アスカは、神樹帝国の建国と、諸君らの導き手となることを宣言しようっ! そして、ゆくゆくは星の世界を目指すのだっ!」
そう、一地方の統一だの大陸平定などケチな事は言わん。
ラースシンドロームをこの惑星から駆逐した上で、惑星覇権国家を建国し、お母様を完全体にまで育て上げ、宇宙に進出するのだ。
果たして、この惑星が銀河の惑星かどうかはわからないのだが。
何れにせよ、宇宙に進出しないことには話にもならんからな。
かくして、一連の戦いは終わり……つかの間の平和が訪れた。
先行きは困難な道のりではあるが、なんとかなるであろう。
何故なら、私は生まれついての銀河帝国皇帝陛下なのだからなっ!
……他の生き方など今更出来るはずもなかった。




