第十九話「炎の精霊、滅ぶべし!」④
「わ、解りました……やってみます! 私……やります! こ、こうかな? うわっ! ホントに出てきた……」
リンカが左腕を前に出すと、腕から電磁草の蔓が生えてくるとコイル状になり、銃身を形成する。
この辺りは、どうも、お母様も眷属となった者達と直接、コミュニケーションラインを繋ぎ、個別に指示やアドバイスをしているようなのだ。
これも、お母様の即時最適化進化で実装した。
これを応用することで、神樹の戦士たちを相互ネットワーク化する通信システムも構築できている。
当然であろう? 近代軍において情報連結は要と言える。
声を枯らして怒鳴り合ったり、伝令を使っての連携なぞ、非効率以外の何物でもない。
誰もが全く不慣れで混乱はしているが、最低限の機能は保てているので、今後に期待といったところか。
どんどん、お母様や皆が、化け物じみていっているが、そこは一向に構わんだろう。
なにせ、これから様々な試練が立ちはだかるであろうからな。
味方が強大であることに越したことはない。
戦力は過剰なくらいで丁度いい……これは、帝国軍のドクトリンであり、過去の戦訓にも裏打ちされたもので、実戦というものは、常に戦力は不足し、何もかもが足りなくなる……そう言うものなのだ。
『予備の予備の予備のそのまた予備を用意しておくくらいで、丁度いい』と言うのは、ユーリィの戦術指南でよく出てくる言葉だったのだが。
戦時における彼女のポジションは本来、そのくらいの予備兵力の締めだったらしいのだが。
それでも、少なからず出番があったと言うのだから、実戦と言うものはそんなものらしい。
「3秒後……アリエス様が「鎮めの霧」を放つ。アレは急下降で回避……低空飛行でソルヴァさんに向かい、炎を放ちながら急上昇……ソルヴァさんの斬撃……届かず……」
リンカが爪を噛みながら、戦場を見つめながら、ブツブツと呟いているのだが、もはや、それはまるで予言のようだった。
炎の精霊がリンカの言葉通りに動き、味方も打ち合わせでもしたかのようにその言葉通りに動いていく。
さすがの私もその能力を目の当たりにして、驚愕を覚える。
「あああっ! やっぱりチクチクして、鬱陶しいっ! すみません、集中したいので……脱ぎますっ!」
そう言って、リンカは着ていたボロのようなワンピースをぽーいと脱ぎ捨てて、下着姿になる。
……ちょっと意味が判らんのだが?
「……リンカ……何故、脱いだ?」
ばっさと宙を舞ったワンピースを思わず受け止めながら、そんな事を聞いてしまう。
さすがに、戦場で裸になるスナイパーなんぞ、聞いたこと無いぞ?
なんと言うか、同性と言えど、こうも躊躇いなくスパッと眼の前で脱がれると、こちらもどう反応すべきか……困る。
「あ、はい……服って着てると、気が散りません? えっと……お目汚し、申し訳ないですっ! 終わったら、ちゃんと着ますし、アスカ様も服着てないじゃないですか……よし、これも邪魔……」
どこも一切隠そうともせず、堂々たる態度で一度立ち上がってから、下着も脱ごうとするのだけど、慌ててイース嬢が駆け寄って、涙目でフルフルすると仕方なさそうに、下着から手を離し、イース嬢に手渡されたタオルのような布切れで、胸も隠してくれる。
「すまんな、リンカ。さすがに婦女子故にしまうところはしまうべきだと思うぞ。ちなみに、私は服を着ていないのではなく、着れる状況ではないのだ。実際、恥ずかしいのを我慢してるのが解らんのか?」
すまぬ、嘘ついた……むしろ、我慢は全くしていない。
イース嬢がジト目で見てるので、腕を組んで胸だけでもしまっておく。
別にイース嬢に脱げとか言ってるわけではないのだから、気にしなければよいと思うのだがな。
まぁ……リンカについては、際どい水着だとでも思えば、許容範囲内であるかなー。
続いて、尻を地面に着けて座り込むと片膝を立てて、腕を乗せた膝射姿勢で、狙いを付け始める。
どうも、私の射撃姿勢を見ていたようで、何のアドバイスもせずに、自然とその体勢にたどり着いたらしかった。
何やらブツブツとつぶやいているが、この様子だと未来予想と現実結果のすり合わせによる誤差修正、キャリブレーションと呼ばれる作業に没頭しているようで、不意に何処も見ていないような目になって、じっとしていた。
「……裸の方が感覚が研ぎ澄まされて、かえって落ち着くというのは、私も解らんでもないからな。イース嬢、獣人とは皆、そんなものなのか?」
これは事実であるぞ?
現に私も実に落ち着いている。
単に、裸だったことをリンカに言われるまで、忘れていただけなのだが。
あまりに、快適すぎて忘れていたのだ。
これは、認めねばなるまいな……服なんて、要らなかった!
「そ、そうですね……。確かに獣人はただ単に人間のルールに合わせているだけで、本来は服なんて着ないって話は有名ですけど……。それは毛皮が服代わりだから、気にしてないだけで、この子はハーフだから、見ての通り耳と尻尾以外は普通なんですが……」
確かに尻尾の周りや手や足の甲にちょろっと毛が生えてるくらいで、他は普通の人間と変わりないように見える……。
「あ……うん。私が言うのも何だが、これは殿方にはとても見せられんな……」
下着と言っても、縁はボロボロで穴が空いてたりするし、胸のタオルもいまにもずり落ちそうで、イース嬢が手を出したくてウズウズしてるようだけど、それはストップ。
どうもお母様と同期して何か説明でも受けているような感じなので、邪魔はしてはいけないだろう。
ここはこちらが理解を示すべきであろうし、案外普段から服なんて邪魔と思っていて、常識と本能の狭間で葛藤してたのかもしれん。
解る! 解るぞっ!
どうにも、私自身、何かと服装に無頓着だったのも、そう言うことなのだろう。
それに服を着ていない方が感覚が研ぎ澄まされるという話には納得が行く。
現に、今の私も全裸だが、いつもより感覚も研ぎ澄まされているような気がする。
今なら、恐らくレーザー狙撃だって、回避できるような気がするぞ。
戦場においては、この肌で気配を感じると言うのは、とても重要なのだ。
そう言うのもあるから、ベテラン軍人ほど軽装になるのだろう。
「……アスカ様、準備完了しました……。突然、ぼーっとしてたように見えたと思うんですが、神樹様からチュートリアルを受けていました」
「なるほどなぁ……。どうだ、リンカ……援護などはいるか? 私も何もせず、見ているだけで済ますつもりはない。それと、その弾丸……思っている以上に威力がある。地上に当ててしまったら、ソルヴァ殿達が全滅しかねないし、当てるとしたら上空100mを奴が超えた辺りにして欲しい」
「大丈夫であります! 神樹様のチュートリアルでその辺りも説明されてます。神樹様の仮想現実空間で特別コーチ殿から体感時間で三日三晩ほど訓練してもらったので、コイルガンの弾道特性とかこのエネルギー転化弾の危害半径なども把握済みです。けど、本当に現実では数秒しか経ってないんですね……」
……この僅かな時間で、リンカの纏う雰囲気が別人のようになったと思っていたのだが。
お母様……そんな事やってたのか……。
恐らく、やっていた事は時間圧縮VRシュミレーション……。
あれと同様の事をやっていたのであろうなぁ……。
うむ、驚かんぞ。
お母様は向こうの超AIがやってた事は、軽くやってのけるし、私の記憶からあっちのテクノロジーの概要を引き出して、自分なりに再現し、実現するくらいはさっきからやってる。
お母様もリンカの秘めた可能性を理解して、短期間で戦力化すべくそう言う方法を使ったのだろう。
ただ……特別コーチってなんだろ?
恐らく私の記憶の中の人物を仮想人格化したとかそんなところだと思うのだが。
私にスナイプ道を叩き込んでくれたのは、かのユーリィの仮想人格データだったのだが……そう言う事?
あの地獄の無茶振り猛特訓と浴びせられた罵声の数々が蘇る。
と思いきや、休憩と称して膝枕してくれて、ひどく優しくしてくれたり、一緒に食事を作って食べたり、力尽きて倒れたら、添い寝して介抱してくれたりもしてくれたな……。
単なる人格再現データと言う話であったのだが、とてもそんな風に見えない……言ってみれば、心の母のような方だった。
逆を言えば、あれを体験してきたなら、もはや一端の帝国宇宙軍狙撃手となったと言って良いだろう……そこは断言しても良いくらいだ。
実際、先ほどまであった子供、子供した雰囲気は消えていて、目つきも鋭くなっていて、猫耳の角度だってピシッとしてる。
言葉遣いも軍人風となっている。
もっとも、相変わらず、服を着る気もなさそうで、恥じらいも何もないようであるのだが。
これ……教官殿に、何も言われなかったのかな?




