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第一話「とある森の片隅にて」③

「あ、あの……三人共……。ちょ、ちょっと……いいですか?」


 少し離れた所で、樹を蹴っ飛ばしていたはずのファリナが青ざめた様子で、唐突にソルヴァ達の元へとやってくると恐る恐ると言った様子で告げた。


「なんだ、ファリナ……お前も撤退には反対なのか? 文句があるなら、後でいくらでも聞いてやるから、今は納得してくれないか?」


 ソルヴァがそう言い返すと、違うそうじゃないと言いたげにファリナは首をブンブンと横に振り、落ち着かなさげに辺りをキョロキョロと見渡し始める。


「ファリナ? ……な、なんだ、この気配はっ!」


 ソルヴァも唐突にその気配に気付いて、反射的に身構えてしまう。


 周囲全てからの視線と何かの異様な気配……。

 例えるなら、巨大な生き物の腹の中にでも入り込んだような濃密な気配が辺り一帯を包んでいた。


 盗賊団も何人かが、この異様な気配に気付いたようで、一斉に武器を取りお互い背中合わせになって戦闘態勢に入っていた。


 その動きは素早く、明らかに訓練されたもので、この盗賊団がただの盗賊団ではないことを物語っていた。


 一瞬、ソルヴァも自分達が気付かれたかとも思ったのだが、まだ距離もあるし、風下から近づき、夜闇と草木の影に紛れている自分達を焚き火という光源がある開けた場所から見通すのは、困難を極める。

 

 要するに、彼らも同じ気配を感じて反応しているだけのことで、ソルヴァたちから見ても盗賊たちはいずれもあらぬ方向へ注意を向けていた。

 

 当面の危機は避けられた……ソルヴァもそう理解し、ファリナの言葉の続きを待っていた。

 ひとまず、無言で顎をしゃくって続きを促す。


「……じ、実はですね……。先程から森の植物が一様にざわめいていて……。何を言っているのか最初はよく解らなかったんですが、今は揃って同じ言葉を繰り返しています……。この森に女王が誕生した……と」


 彼女達エルフ族と呼ばれる亜人種は、本来は植物の精霊だったのが、長い年月の末、すっかり劣化して人間のような存在となったらしいのだが。


 その特徴として、おぼろげながら植物と意思疎通が図れると言う特殊能力があった。


 そして、彼女はその能力故にこの森の植物達からの明確なメッセージを受け取っていたのだ。


「どう言う意味だ……そりゃ? 森の女王って……ま、まさかこの気配かっ!」


 何という間の悪さ。

 ソルヴァも思わず天を仰ぐ。


 人質救出の最後のチャンスを目前に、その決断を下そうとしていたのに、未知の状況の発生で、先の展開が全く解らなくなってしまった。


 これから、一体何が起こるというのか? ソルヴァももはや、恐怖しか感じていなかった。


「ええ、そのまさかのようです……。なんというか、その女王様……めちゃくちゃお怒りのようでして……。と言うか、すでに私も蔦に捕まってるんです……。ど、どうか、お許しください……森の樹を八つ当たりで足蹴にして、ホントにすみませんでしたぁっ! だ、誰か助けてぇ……ひょええええっ!」


 ファリナはすでに足元から伸びてきた蔦でがんじがらめになっており、小さく情けない声を上げながら、すでに身動きひとつできなくなっていた。


「ファリナ! 今助けますっ! 動かないで!」


 ナイフを持って駆け出して、ファリナに絡まった蔦を切ろうとしたイースも、あっさり足元の蔦に絡め取られ、そのまま逆さまに吊るされてしまった。


「あきゃーっ! スカートがぁああああっ! いやーっ! 誰か助けてー! ソルヴァァあああっ!」


 逆さ吊りにされながらも、スカートが捲れ落ちないように必死で足でスカートの裾を挟んで、ジタバタと抵抗するイース。


 思いっきり下着も見えているのだが、顔を手で覆って見ないようにしてやる程度には、ソルヴァは紳士的な男だったが、同時にこの状況に頭を抱えたくなったのも事実だった。

 

 なにせ、今の状況でそんな絶叫を上げるなど、いくら音無しの結界が張られていても、言語道断と言えた。

 

「静かにしろ……この……イースっ! ったく、迂闊に動くからそう言うことになるんだ……。おい、モヒート、そっちはどうだ? それに今のイースの悲鳴で盗賊団に気づかれたはずだ……ちょっと不味いことになりやがったな……」


 この馬鹿娘と言いかけて、そこは胸のうちに抑え込んだソルヴァも大概だったが。


 さすがに、もう隠密行動は諦めるしか無かった……。

 逃げるにせよ、戦うにせよ、20人以上が相手となると厳しい……こうなったら、覚悟を決めるしか無い……そう思い詰めていたのだが。 


「へへっ、ソルヴァのアニキ……。すまねぇ……実を言うと俺も動けねぇんだ……。それに盗賊団の奴らも似たようなもんだぜ……? なんだこりゃ、巧妙に関節を固定してるから、こんな蔦が絡んだ程度なのにさっぱり動けねぇし、気配も音もなんもしなかった……こんなの対処のしようがねぇよ……。なぁ、こいつはもう観念するしかねぇんじゃねぇか……?」


 見ると、モヒートも同じような状況。

 足元から伸びてきていた蔦が全身に絡まっていて、もはや指先と頭くらいしか動かせないようだった。


「ファ、ファリナ……。お前はどうなんだ? 一体何が起きているのか判らんのかっ!」


 ソルヴァも焦る。

 さすがに、このような展開は想定外も良いところだった。


 ファリナとイースが拘束。

 腕利きのはずのモヒートも一瞬で拘束。


 この時点で、もはやパーティ壊滅に近い状況だった。

 そうこうしているうちに、足元から蔦が伸びてきて、ソルヴァにも襲い掛かってくる!


「冗談じゃねぇぞ! くそっ!」


 だが、ソルヴァは歴戦の戦士でもあった。


 素早くバックステップで回避し、腰のサブウェポンのナイフを振りかざし、その蔦の戒めを何とか回避できていた。


 蔦のスピードもとんでもないスピードだった。

 剣の軌道すら軽く見切る鍛え抜かれたソルヴァの動体視力を持ってしても、ほとんど影しか見えないのだが、そのおかげで、かろうじて軌道を予測して、回避できていた。


 だが、こんな芸当いつまでも続けられるわけがない。


 ひとまず、手近な樹を背中に背負おうとすると、待ってましたとばかりに樹に巻き付いていた蔦で、一気に手足を固定されて、動けなくなってしまった。


「ちくしょうっ! 罠だったのかっ! まさか……この俺が……ここに誘導されたってのか! クソッタレッ!」


 どう見ても、この樹を背にすることを予め予測していたとしか思えない状況だった。


 白兵戦ともなると、死角である背中をカバーするためにも、壁や木を背にするのは、基本だったのだが……相手はそれを熟知していたのか、当然のようにそこに罠を張っていた。


 ソルヴァも歴戦の戦士故に、この植物を自在に操っている未知の存在の得体のしれなさに恐怖していた。


「こ、これは……精霊語? えっと……これをやった存在によると、正義は何処にある? そんな感じのことを言ってるみたいです……。ううっ、精霊様……精霊様っ! お願いします! どうか……お怒りをお鎮めください……! 私、悪くないですっ!」


 ファリナがうわ言のように呟く声が聞こえて、ソルヴァも思わず呆然とする。

 だが、正義は何処にあると問われて、彼が返す言葉はもう決まっていた。


「はっ! 正義だと……上等だっ! なら、伝えてやってくれ……俺たちは正義の味方だってな! ああ、我こそ正義、ここにありってヤツだっ! そして、あのクソッタレの賊どもは悪党! どうせ殺るなら、あっちを先にしてくれってな!」


 半ばやけっぱちの回答だったが、正義は何処にある? それは彼自身が常日頃、自分自身に問いかけていた問いでもあったのだ。

 

 だからこそ、彼は迷わず答えたのだ。

 

 我こそ、正義であると。


 結果的にこの言葉が彼の運命を大きく変えることになるのだが。

 この時点では知る由もなかった。

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