第十九話「炎の精霊、滅ぶべし!」③
お母様の主砲が、誘導型対消滅反応兵器と判明し、あの敵にも有効という事ならば……。
単純にそれをスケールダウンすれば済む話だった。
対消滅反応なら、僅かな量でも十分であるからのう。
それを弾体にして、コイルガンで狙い撃ちにする……多分これが正解だ。
(なるほどな……では、この場で種を凝縮して棒状の結晶体にすることは可能か? その上でコイルガンの弾頭として使い、あの火の精霊に当たった瞬間にエネルギー転化する。それならば、いくらか威力も控えめになるであろうし、あれも倒せるのではないか?)
威力自体は、生成される反物質の量を減らせば、抑えられるし、余った分をγ線レーザーとして上空へ撃ち出せば、二次被害も最小限に抑えられるだろう。
(おおおっ! むすめ、すごいぞーっ! なんで、そんなすごい事を思いつくのだ! では、早速試すぞー! えーいっ!)
私の目の前に神樹の種が集まり、結晶化し融合すると5cmほどの長さのペンのような弾頭が生成される。
……このサイズでも、結構な範囲が吹き飛びそうな気がする。
これ、駄目。
大きさ的には、もっと小さめで良いかもしれん。
そんな事を思っていると、お母様も思考を読んだようで、一気に削れて、直径1cm程度の球状の弾丸となった。
(どう? リクエストどおり? けーさん上、その大きさならエネルギー転化しても、余計な分を空へ飛ばして、半径50mくらいの範囲に収められると思うのだ! でも、そのコイルガン? 金属でないと飛ばせない? 失敗ーっ! すまぬ、むすめぇ……急ぎ代案を考えるのだっ!)
むしろ、この大きさで半径50mもの範囲が消し飛ぶということか…!
けれど、多分それが精霊を消し飛ばして、かつ二次被害を最小限に留める最小公約数と言ったところなのであろうし、対消滅反応で被害範囲を50mに抑え込める時点で、ちょっとおかしい……。
対消滅反応に伴う放射線については、気になるところだったが。
爆縮時点で、余剰エネルギーを制御しているのだ。
それらも、軽く抑え込む事が出来るのだろう……。
確かにコイルガンの弾体は導体である必要があるのだが、あれは表面を金属でコーティングするなどでも、構わない。
(いや、こうすれば良いであろう? さすがお母様……であるな)
身体から根を伸ばして、地面に突き刺す。
その上で鉄分を集めて、神樹の弾丸を握りしめて、一時的に体組織と一体化させ、その表面を金属でコーティングする。
(……あっさり問題解決ーっ! やっぱり、娘はすごいのだーっ! 親としてほこらしいのだー)
お母様に褒められて、ちょっと嬉しくなる。
まぁ、細かい工夫なら任せてくれといったところか。
しかしながら、問題はこれどうやって当てるか……であろうな。
「もしかして……これ、神樹様の種を弾丸にしたのですか? 綺麗です……」
イース嬢がうっとりとしたように呟く。
確かに、コーティング越しでもエメラルドグリーンの輝きを放ち、濃密なエネルギーを内包しているのが見るだけでも解る。
これが……エネルギー生命体をも倒しうる力……。
なんと言うか、こんな簡単にラースシンドロームの対抗手段が出来てしまって良いのか? と言いたいところだが……。
お母様のテクノロジーがチートなだけ。
ホント、ヴィルデフラウ……敵じゃなくて良かったぞっ!
「ああ、お母様の予測だと、これをエネルギー転化して、巻き込めばあの精霊を消し飛ばすことができるようだ……しかし、アレを倒す算段は付いたが、問題はどうやって当てるかだな……。イース嬢、あの動きにパターンなどはないか? かなり複雑な動きをしているようだが……」
「はい、地上のソルヴァ達やエルフの狙撃に反応して、動いてはいるようなんですが。動きの予想がし辛い上に、ああも縦横無尽に動かれると、先読みも難しいです。前線のファリナが言うには、こちらの狙いに先に反応して回避しているようで、対アンデッド術式も「鎮めの霧」のような広範囲タイプしか当たらないそうです」
エインヘイリャルの成れの果てだけに、奴らお得意の先読み回避も容易くやってのけると言うことか。
アリエス殿達の「鎮めの霧」にしても、準備に時間がかかっている上に、当たっても対して効いていないとなると厳しいだろう。
未だに全員健在なのは、神樹の鎧が火や熱に強い上に、お母様が要所要所で、支援をやってくれているようだった。
特にソルヴァ殿が集中砲火を受けているようだが、むしろ石を投げつけたり、挑発したりで率先して、その攻撃を一手に引き受けることで、他の者達に攻撃が行かないように立ち回っているようだった。
何よりもソルヴァ殿が重剣を振り回すたびに青く輝く斬撃が飛び、どうも、精霊はその攻撃を一番の脅威と感じているようで、ソルヴァ殿へ執拗に攻撃を仕掛けていた。
だが、やはり、思い切って皆を神樹の眷属化させておいて正解だったな。
装甲騎士に挑むのには、過剰戦力だとは承知の上だったが、こう言う想定外もままあるのだから、戦力は過剰なくらいでちょうどいいのだ。
ケチったり出し惜しみなど、やっているから一敗地に塗れるのだよ。
軍事バランス? 知るか……そんなものっ!
あの時、火の精霊の欠片も盛大にバラ撒かれたようだったが、誰一人としてラースシンドローム発症の兆候はない。
恐らく、一帯に撒かれた神樹の種で完全に相殺され、封殺出来たのだろう。
しかし、エインヘリャル……やはり、厄介であるな。
追い詰められると、結晶を辺りにばら撒いた上でエネルギー生命体化するのか……。
いずれにせよ、戦況としては双方決定的な打撃を与えられない膠着状態……。
早いところ始末をつけたい所なのだが。
今の私では、足のダメージがあるから、近接戦闘を挑むにしても恐らく足手まといになるだけだろうし、実戦経験の甘さは否定できない。
だからこそ、敵に認識されていない今のうちに、この位置から狙撃するのが最善と判断しているのだが、現状普通に撃っても、当たるかどうかは私にも解らない……正直、自信がなかった。
この弾丸は、多くは生成できないだろうし、初撃を外したら、精霊も自分を倒しうる脅威として認識し、その結果、ここから逃げられてしまう可能性もあった。
敵が猛り狂っていて、撤退という選択肢を除外しているからこそ、この膠着状態が生まれているのだ。
ここでアレを逃してはいけない。
私の直感はそう告げていて、やるならば、一撃で仕留めるしかなかった。
「一か八かで……狙い撃ちしてみるか……」
そう言って、神樹の弾丸を左腕にセットして、左の膝を立てて、腕を乗せてパワーチャージを始める。
こうなったら、動きを先読みして極限まで弾速を加速した上で、直撃を狙う。
もはや、これしかなさそうだった。
距離500m……コイルガンならば、普通に外しようがない距離なのだが。
だが……出来るのか?
相手はこちらの殺気に反応して避けるのだ。
普通に撃ったところで、確実に避けられる。
それに付加条件として、地上から100mは離れたところで当てないと、地上に被害が出るし、巻き添えも避けられない。
幸い相手は飛び道具や水魔法を警戒しているのか、時々急上昇して、それくらいの高さにまで飛び上がっているので、タイミングを絞れば、問題なさそうだった。
ただ、私には、ユーリィほどの高精度未来予知や超級索敵と言えるほどの能力はない。
あるのはせいぜい、劣化した半端な能力程度だった。
気配を消して、無の境地で狙い撃つ……ユーリィが言っていた射撃の極意だが、VRシュミレーションならともかく、実戦でそんな神スナイプを決めたような経験はないし、正直、出来る気が全然しない。
そう思えば思うほど、腕が震え出して、照準がガク付く。
この私がプレッシャーを感じているだと! そんな馬鹿な……。
思わず、頭が真っ白になる。
これは……無理かもしれない。
けれど、撃つしかない……覚悟を決めて、撃とうとするのだが。
不意に肩を叩かれた。
「待ってお姉ちゃんっ! 今、撃っても駄目! あの……私、あれが止まるタイミングや動き……何となく解るんだけど……。多分、今から5秒後、一瞬止まって上に上がると思うの」
傍らの猫耳がそんな事を言うので、注意してみていると、本当に言った通りの動きをした。
あんな物理法則を無視したような動きを先読みしただと! この娘はいったい……。
「……何故、解ったのだ? お前は戦いなど縁が無かったと言っていただろう」
今のは予想とかそんなレベルじゃなかったぞ。
秒数もきっちり5秒後で、一瞬止まって、真上に上がるという動きまで読み切っていた。
先程から見ていても、動きのパターンは完全なランダム移動で、慣性も重力も無視したような動きで、とても読み切れるような物ではなかった。
実際、私は動きのパターンから上ではなくノンストップで斜め上にに動くと予想していたのだが。
結果的に、大外れだった。
「アスカ様、その半獣人娘の言葉は恐らく本当です。アスカ様より、この娘を観測手として付けていただきましたが、先程の戦いで先頭を切っていた装甲騎士は、この闇の中減速もせずに突っ切っていて、フレッドマン殿に追いつきそうになっていたのです……。ですが、この娘が言うタイミング通りに撃ったら、測ったようにその騎士が減速し、結果的に馬の頭を撃ち抜き、仕留めることが出来たのですよ」
それまで、黙って側で控えていたエルフの射手がそんな事を言ってきた。
「……走っている馬の頭を撃ち抜くのは、お前たちでも困難なのか?」
「ええ、普通ならば、このコイルガンの矢の速さの前では、回避など出来ないでしょうが。あの装甲騎士はかなり戦慣れしていたようで、こちらの狙いに反応して、先手を打って矢を避けていたんです。それ故、前列の者達は仕損じて、最後尾受け持ちの私のところまで来てしまったのですよ……危うく、抜かれるところでしたが、この娘のおかげでなんとかなりました」
確かに、ラースシンドロームの罹患者は、エインヘイリャルほどでないが、殺気に反応して、先読みでの回避くらいはやってのける。
エルフ達の射手としての適正は相当なもので、そんな彼らをもってしても、仕留め切れなかったのに、この猫耳はそれを読み切ったとなると……。
まさか、この娘……未来視の能力者なのか?
確かに、神樹の種と同化し、眷属化するとその潜在能力なども引き出される可能性はあった。
だが、だとすれば……それはあのユーリィにも匹敵する……そんなレベルだぞ?
これは思わぬ拾い物だったな……。
「ふっふっふ……よい、実に良いな。ならば、この勝利を決める一撃はお前に託すとしよう。そう言えばちゃんと名前も聞いていなかったな……改めて名を聞かせてくれぬか?」
「あ、ハイッ! 私……リンカって言います! あの……お姉ちゃんじゃなくて、アスカ様とお呼びした方がよろしいでしょうか? それとなんだか、あの時思わず、勢いで手を上げてしまったのですが、こんな私なんかが、こんな所に居てよかったんですか?」
「私は、来るものは誰であろうが拒まぬよ。お姉ちゃん呼ばわりも一向に構わんし、言葉遣いも無理に敬語など使わずともよい。私は皆に頼られ、甘えられる存在でありたいのだからな。良い、お前の能力の正体も見えてきた。ならばこの大一番……リンカ、お前に任せるとしよう。期待しておるぞ?」
「わ、私がですかぁっ! あ、あのタイミングを指示するだけでは……駄目なんでしょうか? 私はそのコイルガン? ……を使った事もないし、弓だって使ったことない……戦った事なんて一度も……」
「なぁに、お前もすでに我が眷属なのだ……同じ力は扱えるはずだ。あれはこちらの撃つ気に反応して避ける……そう言うものらしい。だから、アレを落とすとなると、無の境地で未来の敵を撃ち抜く……そう言う力が必要とされる。話を聞き、実際に見た限りだと、お前はそれが出来る……私はそう思ったぞ。ならば、観測手ではなく、射手として自分で撃ったほうがより確実というものだ。残念ながら、私ではリンカのような真似はとても出来ないし、このザマでは恐らく撃っても当たらんよ」
……この娘は5秒先どころか、その先の動きまで読み切っていた。
数多くのサンプリングを繰り返した上での統計予測、相手の殺気を読んで反応する超反応……この程度なら、訓練や実戦を積み重ねれば、誰にでも出来る様になる常能力と言える範疇なのだが。
未来を垣間見る未来視……これはもはや別格だ。
ユーリィは亜光速戦闘中に、10分先の敵艦の未来座標を見切って、レールガンで置き当てするとかやっていたらしいが。
未来視とはそう言うものなのだ。
未来を垣間見る事で、変動を続ける未来を確定させる異能。
その能力は、光速の壁すら超えるほどで、まさに神憑りの能力と言えた。
この娘がそこまでというのは、無理があるだろうが……案外、平然とやってのけるのかもしれん……。
ならば、その可能性に掛けてみるのも一興だった。




