第十九話「炎の精霊、滅ぶべし!」②
「ふむ、あの妙な動きをしている火の玉のようなものが……敵の正体という事か……」
広場の方を見ると、人型の炎のようなものが空を飛び回っていて、時折地面に向けて炎を吹きかけているようだった。
ファリナ殿やエイル殿の率いるエルフの狙撃隊がレールガンで狙撃しているようだが、実体がないのか当たっても有効打になっていないようで、反撃の炎を浴びて、飛び退いては再度狙撃……そんな状況を繰り返しているようだった。
「そうです……。アスカ様が吹き飛ばされて、いきなりあんなのが出てきたので、皆、浮足立ち掛けたんですが、ソルヴァ殿が一喝してくれて、持ち直したんですよ」
……そんな状況、何もかもグダグダになりそうなものだけど、そこから立て直して、膠着状態に持ち込む。
ソルヴァ殿の仕業だったのか……さすがであるのう。
「なるほど……だが、なんだあれは? 実体がないだと? ……イース嬢は、あのような魔物と遭遇したことがあるのか?」
「一応、ゴーストとかスペクターと呼ばれる霊体系のアンデッドと戦った経験はあるんで、アレと同様……だと思うのですが。エイル様は炎の精霊の分体とおっしゃっていました。もっとも、弱点のはずの水魔法では動きが早すぎて、追いきれないようでして……。一応、アリエス様達が対アンデッド用の術式「鎮めの霧」を展開してるんですが、当たっても微妙に縮む程度で、効果はあるにはあるようですが……倒しきれる程でもないようです」
「精霊の分体? まさか、アレはエネルギー生命体……なのか? 確かにヴィルゼットはラースシンドロームの感染源はそんな生命体の可能性があると言っていたが……」
思考するエネルギーとでも言うべき、生命体。
だが、その存在はありえないと否定出来るものでは無かった。
人間の脳と言う思考回路はシナプスの電子反応の集合とも言えるし、AIについても、実存存在ではなく、電脳世界を駆け巡る電子の奔流こそが、その本体と言えた。
一定濃度のエネルギーの塊が、その密度の偏りから思考回路を形成し、知性を持つ。
それが精霊と呼ばれるモノの正体なのかもしれなかった。
だが、そんなものへの対抗策となると……。
(お母様! 助言を求む! あれを倒す方法を知らないか?)
困った時はお母様頼み!
その程度には、お母様は当てになるのだが……。
銀河帝国でも、そんなエネルギー生命体への対抗など、想定していなかった。
期待半分、ダメ元で聞いてみる。
(むすめー! しんぱいしたーっ! めちゃくちゃ遠くまで吹き飛ばされて、呼びかけても起きなくて、しんぱいしてたのだー! あわわ……足の骨? 折れてない? 歩けない? 治す? 治せる? 遠隔シールド掛けたのに、間に合わなかった?)
どうやら、このほとんど無傷の奇跡は、猫耳だけでなく、お母様の支援もあったようだ。
……ありがたい話だった。
(遠隔シールド? なるほど、だからこの程度で済んだのか。お母様、心配かけてすまなかったし、助かったぞ! だが、私のことは良い! あの気持ち悪い動きをする炎はなんだ……恐らくエネルギー生命体だと思うのだが、対抗手段はないのか? 少なくとも私はあんな物への対抗手段は知らない……)
(んっと……多分、あれ炎の精霊の分体じゃないかなー。そう言う事なら、娘が言ってた神樹ビーム? アレ使えば、さすがに消し飛ぶと思うけど……。多分、余波だけでそこの街が無くなっちゃうし、娘も巻き込んでしまうと思うのだー)
……適当に名付けて、本当にすまぬ。
要するに、過剰火力という事か。
お母様、精密なピンポイントアタックとか駄目駄目だからのう……。
だが、今の話だとアレを使えば、倒せると言うことでもある……要するに、お母様の力なら対抗は可能と言うことだった。
……マジですか。
(そうか……では、質問を変えるが、あのビーム……一体何を撃ち出しているのだ? 前に一緒に魔物退治をした時、カクカクと曲線を描いて目標に当たっていたな……もしかすると、エネルギー兵器ではないということか?)
(よくわかんないのだ。やってることは……種を凝縮して結晶化させて、エネルギー転化させる? 娘の知識だとそれが概念的に近いと思うのだ。種の状態で、遠隔でこう……チョイチョイと誘導して、当たったら一気にバーンとエネルギー転化させる……多分、そんな感じなのだーっ! まぁ、精霊と言っても、このわたしから見れば、吹けば飛ぶ程度の存在……精霊は、より強いエネルギーでかき消せば、消えちゃうのだっ!)
エネルギー転化って、まさか、それ……物質のエネルギー転化のこと?
こりゃまた、とんでもない技術が出てきたなぁ……。
多分、それ……反物質爆弾とか、そんな感じ。
核融合反応とかも、物質のエネルギー転化と言えるのだけど、反物質による対消滅エネルギー転化ははっきり言って、効率が違う。
物質の質量を全て、エネルギー転化するようなもの。
間違っても、惑星地上で使って良いものじゃないんだけど……それ。
確かに、あれの着弾の瞬間って、空に向かって光の柱が立ってたけど……あれって、余剰エネルギーをγ線レーザー化して、惑星外へ放ってた……そう言う事?
お母様から、こんな感じと言ったイメージが流れ込んでくる。
……あ、やっぱこれ、そう言う事だ。
そっか……反物質兵器……それもがっつり制御可能とか、なにそれ?
やってることは……多分、誘導式荷電粒子砲とおんなじ方式っぽい。
実際、銀河守護艦隊の戦艦がそんなインチキ兵器を搭載していて、被弾状況と観測結果をもとに帝国の技術者が解析して、そのおおよその理論は解明できていた。
簡単に言うと、陽電子プラズマを強力な磁場で固めた状態のまま、弾体として撃ち出し、局所的にプラズマを解放し、弾道に指向性を与えた上で荷電粒子砲並の弾速を実現し、着弾と共に一気に陽電子プラズマを開放状態とし、対消滅反応を起こす事で尋常ならざる破壊力を生む。
原理的には、プラズマグレネードに自己推進能力と遠隔操作機能を付けたようなものらしいと説明していたのだが。
お母様の場合は、恐らくピンポイントに重力場を連続生成することで、遠隔弾体誘導を実現した上で、陽電子プラズマとマナストーンの凝縮反応で、反物質を生成……。
その膨大な対消滅エネルギーの大半を指向性を与えることで、被害範囲を最小限にする……。
うーむ、あの厄介な曲射荷電粒子砲どころか、軽くその上を行ってるぞ。
こんなものを食らったら、帝国軍の最新鋭km級宇宙戦艦でも一発で沈むぞ……。
だが、そう考えると、お母様の重力制御の範囲と精度もちょっとおかしいレベル……。
重力制御なんて、本格的に惑星上で使うとなると、馬鹿にならない影響が出て、最悪自然重力との複雑干渉でマイクロブラックホールが連鎖爆縮を起こして、惑星の形が変わるくらいの被害が出かねない。
そのあたりお構い無しで、使っているにもかかわらず、周辺環境に影響が出ていない様子から、恐らく、微細重力の多重干渉制御くらいの事はやってそう……。
0.01Gと言った微細重力をナノセク単位で多数生成することで、マイクロブラックホールの発生率を下げて、地上環境で微細な重力制御を行う……そんな精密重力制御技術の研究は聞いたことがあったが、実用レベルには程遠いという話だった。
お母様は、恐らくそれくらいか、もっと高度な制御を行っているようだった。
重力制御技術については、恐らく銀河人類でも比較にならないレベルのような気がするぞ。
もっとも、その辺まるで、無自覚なようなのだがな……。
この辺りは、恐らく我々でいう所の心臓の動かし方やそのメカニズムを理解せずとも心臓は動く……これに近いのだろうな。
だが、そんな調子で、銀河帝国どころか、銀河守護艦隊レベルの超級テクノロジーをしれっと使ってるとか、やはり恐ろしい話であるな……。
そもそも、反物質の生成って……銀河帝国の最新技術を持ってしても、割に合うものじゃない上に、取り扱いが難しすぎて、手に負えないって話だったのだがな。
まさかとは思うが、次元断層シールドなんかも、使えたりしないだろうな?
……でも、それも正直、否定できない……。
アリエス殿やイース嬢の話だと、火の精霊の大ボスが放った核兵器級の遠隔爆撃の直撃を食らったり、エンシェント・ドラゴンとか言う巨大生物に燃やされかけたのに、その辺も物ともしなかったようだし……。
ヴィルゼットはあまり解っていなかったようだが、お母様を見ているだけで、このヴィルデフラウ文明の科学力の凄まじさがよく解るぞ。
万が一、お母様が地球に落着とかなっていたら、人類なんて軽く滅ぼされていたかもしれないし、生命の樹が健在な状態で、ヴィルゼット達と接触していたら、どうなっていたか解ったものじゃなかった。
それを思うと、我々帝国もだが、人類種……マジで豪運が過ぎる。
だが、この未知の敵との遭遇と言う状況。
お母様の力と私の力ならば、切り抜けられるに違いなかった!




