第十九話「炎の精霊、滅ぶべし!」①
「まったく、ままならんものよのぉ……。こりゃまた、派手に飛ばされたな……」
星空を眺めながら、誰に言うでもなく、呟く。
どうも、一瞬気を失っていたようで、記憶も飛んでいた。
今の爆発で死んで、お母様の所に死に戻りでもしたのかと思ったが……。
そうでも無いようだった。
まったく、電磁草の鎧を纏っていて正解だった。
「アスカ様! 気が付いたんですね……大丈夫ですかっ! あの爆発に巻き込まれて、火だるまになって、こんな遠くまで吹き飛ばされたんですよ! ……よくご無事でっ! これはもう無理だって思ってたけど、神樹様が大丈夫って言ってて……あああっ! よかったぁ……」
「お、お姉ちゃん、大丈夫? あ、足が変なふうに曲がってるよっ!」
「駄目、動かさないでっ! アスカ様、今……治療を……って、アスカ様の身体の構造、人間とぜんぜん違う……? ど、どうすればぁああああーっ!」
近くで大騒ぎしていたのは、イース嬢と猫耳少女だった。
イース嬢はともかく、猫耳はなんでここにいるのやら……。
この娘も、本人が希望するので強化を施してもらったのだが、戦闘経験など皆無だったので、後方にて、エルフの狙撃手のスポッター役を命じていたのだが。
いや、これは要するに、私が猫耳がいた後方まで吹き飛ばされた……そう言う事らしかった。
ただ、それだと軽く500mは飛ばされたと言うことになる。
……むしろ、なんで生きてるんだ?
イース嬢の話だと思いっきり火だるまで炎上しながら、ふっとばされたって……。
それって、限りなく爆撃を受けて、焼死体が吹っ飛んでいくようものだったのではないか?
なお、怪我らしい怪我は……どうも、吹き飛ばされて落ちた所に瓦礫があって、足を強打したらしく、右足が脛の辺りでグニャリと曲がっていて、それが最大被害といった所のようだった。
結構な距離を転がってきたのか、草むらが盛大になぎ倒されていて、低角度で地面に激突して、何度も地面を跳ねながら、転がってきた。
……そんな様子が伺いしれた。
「イース嬢、慌てるな。こう言う時こそ、治療者は冷静に対応するものだぞ。でなければ、助けられるもの助けられんだろう? まぁ、この程度では死にはしないだろうから、落ち着くが良いぞ」
電磁草の拘束とパワーアシストを調整することで、ひとまず折れた箇所を強引にまっすぐにする。
痛みもあるような気もするのだが、立てないほどでもない……。
出血もなし、ボウガンの矢を浴びた時も思ったのだが、この身体明らかに痛覚が人間よりも鈍いし、回復力も冗談のように高いようだった。
そもそも、痛覚と言うのは防御反応でもあるのだからな。
素の耐久性が高い以上は、その防御反応も相応に鈍いということのようだった。
けれど、立ち上がると妙に不安定で微妙に足に力が入らないようだった。
痛みはないのだが、腕も上がらない。
これは思った以上に、手酷いダメージを受けているようだった。
と言うか、あんな至近距離での爆発に巻き込まれて、数百mも飛ばされて、この程度で済んでいる方がおかしいだろう。
服は……そもそも、着ていない。
鎧を装着するのに、ワンピースとか邪魔だったから、一度全部脱いでから、装備している。
なので今、鎧を解除すると全裸確定なのだが……。
そんな火だるまになるような有様で、身体が無事とは思えないので、ダメージチェックをしたいし、夜の闇の中でもあるし、装甲化を解除して裸になっても問題はあるまい。
べ、別に全裸になって、その開放感を想像して、たまらん気分になってたりしないぞっ!
とにかく、治療に専念すべく、座り込んで鎧も解除する。
全裸状態……うむ、夜風が気持ちいいな。
もちろん、婦女子たるもの裸が気持ちいいとか言ってるのは、どうかと思うのだが。
この着ている服をスパッと脱いで、裸になった瞬間の開放感はちょっとたまらんものがある。
なお、驚くべきことにどこも火傷一つなく無傷だった。
なにこれ? この身体……どうなってる訳?
まぁ、見た範囲、外観上問題ないようなので、次っ!
足の骨折……かどうか判らんが、そっちを確認する。
イース嬢も戸惑っていたが、そもそもヴィルデフラウには、人間で言うところの骨なんぞないのだ。
腕などだと、骨のあるべき場所に、芯のような硬い部分があって、それが人間で言うところの骨と言えるらしいのだが、関節もそもそも、丸い球体を芯が包み込むようになっていて、要するに球体関節人形に肉付けしたような身体構造になっているようだった。
知性を持ち思考し、自由に歩き回るヒューマノイド植物……ヴィルゼットはそんな風に例えていたのだが、言い得て妙だった。
しかしながら、この分だとその芯の部分や球体関節部分にまでダメージが入っているようで、しばらくは動かない方が良さそうだった。
「うわあっ! アスカ様、なんで脱いでるんですか!」
そんな事を言いながら、イース嬢は手で顔を覆い隠す等という、ウブっぽい反応してるけど、指の間からむしろガン見。
別に、初めて見るものでもないであろうに、大げさな反応であるなぁ。
近くに居たエルフの狙撃手もぎょっとした顔で、そそくさと視線を反らしてくれているのだが……一応、女性なので別に見られても気にはならない。
気にならないのだから、そんなあからさまに動揺しないで欲しい。
女子の裸とか、見慣れてるでしょ?
……なお、猫耳娘は割りと平然としているようだった。
むしろ、付き合いますよと言いたげに、うなずきながら自分の服の裾に手を掛けて、一気に脱ぐ気満々と言った様子なのだが……。
なぜ脱ぐ? それは、やめなさいっ!
手を伸ばして、猫耳娘の手をペチリと叩いて、首を横に振ると通じたようで、思い直してくれたようだった。
「ああ、回復に専念したいし、今の状況で鎧を装備していても意味は無いので解除したのだが……」
「た、たしかにそうですね……。この鎧……服着たまま着れないのが、難点ですよね」
着れなくもないのだが、動きにくかったり、破れたりで良いことなしなので、素肌を直接覆った方が良さそうというのが、皆の意見だった。
実際、イース嬢も先程までは装甲化していたが、今はいつもの青いローブ姿になっていた。
確かにそれっぽい荷物も持ち歩いていたな。
装甲化中は、裸みたいで落ち着かないみたいなことを言っていたので、後方に下がったついでに装甲を解除して、服を着たようだった。
なんと言うか、余裕あるのだのう。
「まぁ、どちらかと言うと頑丈な皮膚のようなものであるからな。もう少し進化させて、薄く出来れば、上から服を着て、違和感もないように出来ると思うぞ」
「それはいいですね! あのスースー風が通ってきて、ヒンヤリした感触がとにかく落ち着かなくって……ここ、安全地帯のようなので着替えちゃいましたよ」
あの感触は、むしろ裸になったみたいで、良いと思ったのだがな。
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
「すまぬが、イース嬢……背中の方とか見てくれぬか? 眼の前で派手に爆風に巻き込まれて、こんなところにまで飛ばされたのだ……。火傷や怪我、打ち身とか出来ていないか?」
「……だ、大丈夫だと思います……多分。すみません、いかんせん過去の事例も何も無いので大丈夫なのかどうかも解らないです。アスカ様の身体の構造はエルフとも人間とも違うみたいなので……さ、触った感じはヒンヤリとしてますけど、ヤワヤワなとこは、私達と一緒なんですね」
恐る恐るといった感じで、背中や肩、脇腹とかを撫で回される。
確かにイース嬢の手の温もりが強く感じられる。
まぁ、植物というのは気温より、数度高い程度が普通で、そもそもヴィルデフラウも恒温動物でもなんでもないからなぁ。
「まぁ、そんなものだな……見た目で問題ないなら、問題はなさそうだな。ただ、一瞬気を失っていたようでな、状況がよく解っていない。イース嬢、状況を簡潔に教えてくれ。ベルダが目の前で結晶化して、爆発したところまでは覚えているのだが……」
「は、はいっ! いきなり、天幕が爆発して、アスカ様が吹き飛ばされた後、顔の付いた炎みたいなのが出て来て、暴れまわっていて……」
「あれか? 炎が意志を持って動き回っているのか……面妖であるな。あれは一応、足止めされているのか……?」
遠目では人型のような炎が自由自在に飛び回っているように見える。
もしも、エネルギー生命体が存在するのであれば、まさにそれと言った様相だった。
「ソルヴァ達が足止めしてますが、ダメージも与えられず、苦戦中のようです。私は皆が時間を稼いでいる間にアスカ様を救援すべく、ここまでやってきたんです。でも、そこの猫耳娘ちゃん……吹き飛ばされたアスカ様を空中で受け止めてくれたようで、おかげでダメージも最小限に抑えられたようでしたよ」
「そうか……。やけにダメージが少ないと思ったら、お前が頑張ってくれたのだな。怪我はなかったか? あまり無茶をするな」
……思わぬファインプレイ!
と言うか、吹き飛ばされて空中を飛んでくる人間サイズの物体を空中にいる間に受け止める?
結構なアクロバットだと思うのだが、それをやってのけたのか……。
この猫耳娘、存外、侮れんのだな。
「大丈夫ですっ! でも、必死でした……お役に立てて、良かったです!」
その猫耳をモミモミモミ……嬉しそうに微笑んでくれる。
よく見ると、あっちこっち擦り傷だらけで、泥やら草やらでドロドロだった。
こちらもなんとも言えず緩んだ気分になって、気分が落ち着いてくる。
戦場においてこそ、こう言う時間は必要であるな。




