第十八話「魔女の黄昏」③
「な、馬鹿な! 俺の豪剣を受けて、逆に弾き返しただと! ……な、なんだ……その力は、貴様一体何者なのだ?」
バルギオは驚愕していた。
手がジンジンと痺れていて、大剣を取り落としそうになるのだが。
そこは、なんとか耐え忍んだ。
「あん? まぁ、名乗るもんでもないが……蒼剣のソルヴァって二つ名で呼ばれてたりするんだが、聞いたことないか?」
「蒼剣のソルヴァ……聞いたことあるな。元王国近衛騎士くずれの冒険者……。だが、そのパワーはなんだ! この俺が打ち込んで逆に吹き飛ばされただと……!」
「ああ、アンタの一撃……結構、良かったぜ。生身でやりあってたら、打ち負けてただろうな……。つか、アスカ……この鎧ヤベェだろ。俺が思ってる以上に早く走れたし、このクソ重てぇ重剣が羽みてぇに軽い……。この調子なら、なんでも斬れそうだぜっ!」
「そうであろうな。むしろ、人間相手では手加減せんといかんぞ? ひとまず、その様子ではこの場は任せて問題もなさそうだな。イース嬢、まず問題はないだろうが、怪しくなったら、適当にサポートを頼んだぞ」
そう言って、アスカは悠々と天幕へと歩み寄るのだが、バルギオもソルヴァの相手で手一杯で、完全にパワー負けしていて、防戦一方でとても止められる状況ではなかった。
「まて! 貴様っ! 行かせんと行っただろうっ!」
バルギオも慌てて、天幕の方へ振り向くのだが。
そんな事をやっている場合ではなかった。
「何処見てんだ! このボケっ! てめーの相手はこの俺だろっ!」
ソルヴァの容赦ない鉄拳を横っ面にまともに浴びて、一瞬バルギオの意識が途切れかける。
けれど、負けじとばかりに殴り返す!
まるで鉄板でも殴ったような感触だったが、向こうもたたらを踏んでダメージは与えたようだった。
「そうだったな……。だが、どうやら少しは効いたみたいだな……一矢報いたと言ったところか?」
「あわわわっ! ソルヴァさん! 大丈夫ですか! まさか神樹様の鎧を着ていてダメージを受けるなんて……! こうなったら、私も助太刀をっ!」
慌てて、イースが駆け寄ろうとするのだが、ソルヴァも手を向けてそれを静止する。
「……おっと、イース……手出しは無用だぜ? さすがに今のはちょっとは効いた……油断してたとしか言いようがねぇ……。確かにチェインメイルの類は動きやすいが、殴られたりするとそれなりに効くからな……。よっしゃ! 殴り合いがお望みって事なら上等だ! 武器なんて要らねぇ! ここはいっちょお互い気が済むまで、殴り合おうぜ!」
重剣を放り投げて、バルギオに殴りかかっていくソルヴァ。
かくして、いつぞやかのような暑苦しい漢の意地を賭けた殴り合いが始まったのであった……。
「ソルヴァさん……やっぱり、いつも通り脳筋コースなんですねッ! もう、気が済むまで殴り合ってくださーい! そこだーっ! ジャブ、ジャブ! フック、フック! そこっ! カウンターっ! ああっ! 惜しいっ!」
お気楽なイースの声援を聞きながらも、ソルヴァは楽しくてしょうがなかった。
「はっはーっ! 楽しいなぁ……! やっぱ、男の勝負ってのはこれでなくっちゃな! ほら、どうした! 遠慮なく殴り返してこい!」
バルギオもニヤリと笑みを浮かべる。
正々堂々、素手で殴り合い……こんな幕引きなら、大いに歓迎!
そんな晴れ晴れとした気分で、バルギオも殴り返す!
男達の戦いが始まった……!
「さて、そこの者よ。そんな隅っこで震えとらんで立て……。まったく、エインヘイャルとは思えんほどのビビりっぷりであるなぁ……。もっとキレキレで喚き散らす……それが貴様らの常であろう?」
一方、アスカはすでに天幕に入り、ベルダと相対していた。
「……き、貴様が……神樹の精霊、シュミットの仇だな……き、貴様さえ居なければぁ……」
ガタガタと震えながらも、短剣を抜き、アスカと向き合うベルダ。
炎神教団において、最も忌むべき感情は恐怖……彼女はそう教えられてきた。
だからこそ、恐怖を抑え込んで、立ち上がることが出来た。
だが、いくらそう思っていても、直接相対した瞬間に、格の違いを一瞬で理解してしまった。
「くそったれ! あああっ! むざむざ殺られてなるものかぁっ!」
そう言いながら、もはやベルダは一歩も動けなくなっていた。
見た目は小さな子供にしか見えないのに、その背後にはとてつもない人数の影……死の影を背負っているのをベルダははっきりと知覚していた。
「ほぅ、まだやる気のようだな。だが、貴様が今の私に勝てるかな? この武器はシュミットの鎧をも軽く撃ち抜いた。この距離……如何に反応速度が高くとも、もはや外しようがないぞ。すまんが、貴様にはこの場で死んでいただく。理由は説明するまでもあるまい?」
そう言って、アスカが左腕のコイルガンを向けると、殺気を放つ。
次の瞬間、ベルダは力なく座り込むと、その目も焦点が合わなくなっているようだった。
「……な、なんなのだ……貴様は……一体どれほどの人を殺めてきたのだ……」
「ほぅ、解るのか? そうさなぁ……ざっと50億人。或いは100億を超えていたかもしれんな。貴様も大層な業を背負っているようだが、私と比較したら、話にもならんよ。納得したなら、死ね」
「ば……ばけ……も……の……」
完全に意気消沈……項垂れて、もはや言葉すらも出ない様子に、アスカは呆れたようにため息を吐く。
「下らぬな……臆した……という訳か。もはや、殺すまでもないか。お母様、この者はどうなっている? フェイズ1なら、恐らくこれで正気に帰ると思うのだが、エインヘイャル相手にも通じるのかのう……」
(むすめ、気をつける。炎の精霊の……最後の悪あがきが来るのだっ! そこから離れるっ!)
神樹からの警告。
一瞬アスカが注意をそらした隙に、ベルダの身体は変貌を遂げつつあった。
「……へ? こ、これは……なに? なんで私の身体から、こんなものが……」
ベルダの身体のあちこちから、赤い水晶のような物が次々と生えていく。
「……なんだこれは……。私もこんな現象は知らんぞ!」
「待って! 待って! 精霊様! どうしてっ! いや……し、死にたくな……」
赤い水晶は容赦なく、ベルダの身体中の至るところから、飛び出していって、やがて人の形をした水晶の塊のようになる。
「……まさか、これは……マナストーン?! 炎の精霊の結晶体なのか! これが……エインヘイリャルの成れの果てという事かっ!」
驚愕するアスカをよそに、赤い水晶に一斉にヒビが入ると、破裂音と共にそれが一斉に砕け散ると、ベルダだったものを中心に盛大な爆炎が広がった。
ベルダさんの最後は、ファフナーの同化現象みたいな感じです。
どうせ、皆、いなくなる。(笑)




