第十八話「魔女の黄昏」②
「ふむ、案の定……あれだけの集中砲火を避けきったのか。エインヘリャル共は、相変わらず反応速度だけは、化け物であるなぁ。よもや、あそこまで避けるとはのう……。もっとも、なりふり構わぬ言った様子で、些か不格好であったが……。あんなもの私だって、手足の一本ぐらいは失っていただろうな……。ファリナ殿達も容赦ないな」
暗がりの中、大通りを堂々と歩いてくるものがいた。
小さな人影が2人と大きな人影がひとつ。
篝火の明かりに照れされたその者達の姿は、全身に黒い蔦が巻き付いたような異様な姿だった
「だよなぁ……なんだありゃ? 明らかに矢が届く前に反応してたぜ。だが、今のはチャンスだったんじゃねぇか? むしろ、ジタバタ避けてたのを取り押さえてくれたようになってたんだから、まとめてズドンと射抜いちまえばよかったんじゃねーかって、このインカムっていうんだっけ? コイツの向こう側でファリナも言ってやがるぜ」
大きな剣を背負った人影が耳元から伸びた蔓のようなものを叩きながら、不満そうに呟く。
「ソルヴァ殿、そう言うな……なるべく、犠牲を少なくするように言ったのは私なのだからな。あの副隊長……バルギオ殿だったかな? 見たところ、フレッドマン殿達同様、正気に返っておるようだ。ふむ……どうやら、寛解の条件が見えてきよったな。イース嬢、怒りの対局の感情とは何だと思う? 恐らく、それが答えだぞ」
「うーん、怒りの正反対? 愛情……じゃないですよね……? あの副隊長さんやそこら中に転がってた騎士さん達が抱いたであろう共通の感情……となるとぉ……。あ! アスカ様、解りました……もしかして、恐怖……ですかね?」
「であるな……さすが、イース嬢だ。なにせ、恐怖と怒りは相反する感情であるからな。なるほど、現状、まだ仮説段階であるのだが、ラースシンドロームの寛解条件は恐らく二つだ。一つは神樹の種を吸い込むなり触れるなりで、身体に取り込むこと……。もう一つはその状態で恐怖の感情を抱くことなのだろう。さすれば、炎の精霊の力が弱まって、神樹の種と相殺される……。そう言うことならば、辻褄が合うな……」
「確かに、ビビりながら怒るとか器用な真似が出来るやつなんて、そう居ないからな。喧嘩でもそんんなもんなんだぜ。相手がどんなにブチ切れてても、怒鳴りつけてビビらしちまえば、もう勝ち確だな」
「あ、それエイルさんも言ってましたよ! 喧嘩の極意は最初のメンチ切りの段階を制するかどうかって……。そっか、火の精霊憑きって、昔からたまにあったんですけど、死ぬほど怖い思いさせて、ぶん殴れば治せたんですね! 要するにビビらせれば勝ちっ! さすがアスカ様です!」
「私は……殴る蹴るの喧嘩なんぞした事ないし、そんな単純な話ではないと思うのだがな。それに、恐怖は恥ずべき事ではないぞ。恐怖に飲まれ、膝を屈し、臆したことを認めながらも、そこから尚、立ち上がる心意気こそ、勇気と言うモノなのだ」
「なるほど! 私もいつも怖くても負けるかーっ! って、思いながら、必殺パンチをお見舞しようとしてるんですが、まさにそれが勇気なんですね! 私、間違ってなかったんですね!」
イースの言葉にアスカもソルヴァも揃って、首を傾げる。
確かに、間違っていないような気もするのだが、ちょっとニュアンスが違う。
「ばぁか、おめーのそれはただの蛮勇って言うんだ。似てるようで全然違う。勇気と無謀を履き違えるなって、良く言うだろ?」
ソルヴァの容赦ないツッコミに、アスカもそうそう、それなと言う気分になる。
敵を前に随分な余裕だったが、アスカの中では、装甲騎士団を挑発して、無謀な夜間出撃の上で壊滅に追いやった時点で、すでに戦は終わっていた。
実際、装甲騎士団はその兵の大半を失い、壊滅状態であった。
むしろ、上手く行ったら見っけもの位でやらせたら、恐ろしく上手くハマってしまい拍子抜けしていた程だった。
もっとも、ラース・シンドロームの暴徒達と言うのは、得てしてそんなもので、アスカも暴徒たちが自滅するようにお互い相争って、勝手に全滅してしまったり、一箇所に寄り固まって、まとめて圧死したりと言った自滅同然の最後を遂げるのを何度も見てきた。
餌にされたフレッドマンは、複雑だったようだが、助けられそうなものは、先程イースが治療をして回っていて、運の悪い数名の死者は出たものの、全員がラース状態からも回復しており、治癒の条件も見えてきていた。
敢えてアスカがここに来たのは、装甲騎士団の敗戦処理交渉と、黒幕のベルダを確実に葬る為だった。
レールガンとパワーアシストアーマーと言うチート装備を使いこなし神樹の戦士となったソルヴァ達と言えど、成り立てで、いきなりエインヘイリャルの相手ともなると、さすがに返り討ちになりかねない……アスカはそう判断していた。
だからこそ、アスカは一人でエインヘイャルと相対すつもりだったのだが。
例によって、おせっかいなソルヴァと、今度こそお供をすると言って聞かないイースにアスカも根負けした。
なお、ファリナはエルフの狙撃隊の一隊を率いていたし、モヒートは光学迷彩と同様の能力を持つ宇宙植物「トランスルーセント・モス」と言う苔のような植物を身に纏い、陣地の周囲に置かれた従士隊の斥候と音もなく戦い、次々と沈黙させていっていた。
「えーっ! 違うんですか! じゃあ、勇気ってのはなんなんですかぁ……? 私のはただの蛮勇なんですかぁ……」
全否定されたイースが、悲しそうに告げる。
ソルヴァは言う時は容赦ない男だったが、イースの保護者のようなものだと自認していたので、勇気と蛮勇を取り違えないと言うのは、彼女のような者にこそ、覚えていて欲しかった。
と言うよりも、基本的にか弱いくせに腕力に訴えようとする思考がそもそも問題なのだが。
そこは今に始まったことでもないし、今の彼女は大の大人を軽く殴り倒せるくらいになっている。
あんまり、増長するなと言う意味も込めてのお説教だった。
「イース嬢も見たであろう。あの男……すでに、レールガンの威力を目の当たりにし、散々に恐怖し逃げ帰ったにも関わらず、レールガンが雨あられと打ち込まれる中、迷わずあのベルダを捨て身で守った……敵ながらあっぱれな心意気よ。ああ言う者こそ勇者と呼ぶべきであるのだ。要するに、勇気とはそう言うものなのだ」
「確かに、今のはちょっとばかりカッコよかったですね。つまり勇気とは恐怖に屈しないことなんですね」
「まぁ、そんなところだな。ただイース嬢はそんながんばらなくていいと思うぞ? 婦女子とは殿方に守られ、頼っても一向に構わんのだ。であろう? ソルヴァ殿よ」
「そうだな。可愛い女の子に頼り甲斐のある野郎だなんて言われたら、俺だって嬉しくなって張り切っちゃうぜ! ハッハッハ!」
……小さな子供とその保護者。
バルギオもその枯れ木に覆われたような異様な風体さえ視界に入っていなければ、そんな風に思えてしまうほど、緊張感のない者達だった。
けれども、その言葉には、バルギオへの明らかな称賛が込められていて、何とも言えないくすぐったいような気分にもなった。
勇者呼ばわりとか、なんとも調子が狂うと思い、バルギオも思わず苦笑する。
「……貴様らは何者だ? エルフではないとでも言うのか……確かに、そのような異様な鎧……エルフの技術ではないな……なんなのだ? 貴様らは……」
「そうさのう……何と言うべきかなぁ……停滞し、衰退する世界にカツを入れに来たといったところかな。一応言っておくが、貴殿には今、何人ものエルフが狙いをつけている。殺そうと思えば、すぐにでも殺せるのだが、敢えて殺さんでいるのは何故だと思う?」
「……何故だ? 先程も殺せたのだろう? なぜ、手加減をする? 騎士の誇りを愚弄するつもりか?」
「殺す必要もない……そう思っているだけなのだ。そんなに死に急ぎたいなら、考えなくもないが。お主はなかなかの武人だ……その勇気は称賛に値する。正直、死なせるには惜しい。実際、死ぬには余りにバカバカしい戦であろう?」
大義もなく単なる復讐心で戦いを続ける。
そんな自分たちの戦いを死ぬには、バカバカしいの一言で、許容する。
この小さな子供にしか見えない少女の器の大きさにバルギオも半ば無意識に感服すら、覚えていた。
「確かに死ぬにバカバカしいな……きっとこの場で降伏したとしても、アンタはあっさり受け入れてくれるんだろうな」
「当然だ。だが、魔女ベルダ……あれは駄目だ。奴は確実にこの場で殺す。これは決定事項であり、私の最優先戦略目標と言える。逆を言えば、他はお主含めて、どうでもいいのだ。ちなみに、ここに来るまでにあちこちで転がって動けなくなっている者達もいたが、応急手当くらいはしておいたから、全員生きているぞ」
やはり、手加減されていた……そう言う事のようだった。
もっとも、手加減と言っても、死なない程度にと言う但し書きが付くようだったが。
「どうでもいいだと? 騎士とは、恥辱に塗れた生にしがみ付くくらいなら、名誉ある死を望む……そう言うものだ! 俺はベルダ様を今は亡きシュミット隊長に託されたのだ。だからこそ、ベルダ様を害するというのであれば、命を捨ててでも守り抜いて見せる! 掛かってこいっ! 俺は最後まで戦うっ!」
威勢よく、怒鳴り散らそうとしたのだが。
あれ程までに猛り狂っていたのが嘘のように落ち着いていて、初めの方など、むしろ淡々とした口調で話していたくらいだった。
本音を言うと、降伏勧告については願ったり叶ったりなのだが。
このまま、降伏したところで、何一ついいとこなしであり、ここは意地を張るべきだと自分に言い聞かせていたし、勇者等と称賛されたのであれば、それに応えるのも一興とも思っていた。
敵に勇者と称賛され、討ち死にする。
それこそまさに、本望と言えた。
「困ったな……これでは、まるで我々の方が悪役のようだ。ではまぁ、こちらもせめて、正々堂々一騎討ちにて、お相手すると致そう。ソルヴァ殿、この場は任せて良いかな?」
「ああ、コイツは実に俺向きの仕事のようだな……任せとけっ!」
大柄の異形の戦士……ソルヴァが重剣を抜くと、ゆっくりとバルギオの元へと歩み寄る。
チラリと天幕の中を覗くと、ベルダは必死になって、木箱の影に隠れようとしていているのだが、隠れきっておらず、なんともみっともない姿だった。
こんな者に命をかけて、忠義を誓っていたのかとバルギオも急速に冷めていくのが解った。
「ソルヴァ殿、死なない程度には手加減するのだぞ?」
「努力はしてみるさ。なぁ、手足をぶった斬る程度なら、問題ないんだよな? イース」
「あ、はいっ! それくらいなら、治せるみたいなので……。いやはや、神樹様のお力を借りれば、失った手足すらも再生できるなんて……。是非、実験データを蓄積したいので、ここはむしろ、ザックリとやっちゃってください!」
なんとも酷い話ではあったのだがイースとしては、ここに来るまでに以前だったら、さじを投げていたような重症者を簡単に救えたことで、限界を知りたいと思っていたので、死なない程度の怪我人はむしろ歓迎だった。
ソルヴァも今の自分が人外の力を持つと自覚しており、それで手加減などと言う器用な真似が出来るか、疑問であったのだが。
この調子では、即死さえさせなければ、イースがなんとでもしてくれそうで、相手もなかなかの剛の者……本気で戦える事を確信して、もはや楽しくてしょうがなかった。
「ああ、いくぜ! おら、さっさと構えろっ!」
ソルヴァが重剣の剣先を引きずりながら、凄まじいスピードでバルギオの元へ駆け寄って来る!
あっという間に間合いに入られ、尋常ならざる速度で振り上げられる。
だが、バルギオも大剣を振りかぶって、振り下ろし、その一撃を真っ向から受け止める。
とっさに発動した「剛力」の魔法で強化した上での岩をも砕く一撃。
これを受け止めた者はこれまで誰も居なかった。
馬上の装甲騎士ですら、吹き飛ばす程の膂力……またの名を剛剣のバルギオ。
シュミットの影で目立たなかったと言えど、彼もまた一角の武人だった。
だが、ソルヴァの力は想像以上だった。
バルギオも2m近くの巨躯を誇り、強化魔法の「剛力」を使うことで、絶大な力を誇り、力比べなら誰にも負けないのが自慢だったのだが。
渾身の力を込めた全力の一撃は軽く弾かれて、バルギオは浮き上がるとそのまま大きく吹き飛ばされたっ!




