第十六話「ラース・シンドローム」③
超空間通信機能を持つ大型無人探査船を建造し、送り出しさえれば、銀河連合の傘下星系など、もはや用済みと言え、惑星上の人々も感染者が居ないのであれば、放置しても構わなかった。
問題となるのは、とにかく時間だった。
銀河守護艦隊の始動……占領地域の返還要求と各国への賠償と謝罪、連中の最初の要求は比較的穏当なものではあったのだが。
先の事情で、その要求は突っぱねる他無かった。
そして、そんな我々の回答に向こうはいよいよ、武力行使の上で奪還作戦を実施しようとした。
要するに力づく。
とても解り易い形態の戦争が開始されたと言う訳だ。
もちろん、我々も銀河守護艦隊の諸提督に事情を説明し、理解を求めたのだが。
向こうは、基本的に銀河連合の守護者を自認しており、その銀河連合を事実上、粉砕してしまったのだから、聞く耳を持たないのは自明の理だった。
もちろん、話の解る提督もいて、何人かはこちらの話に聞く耳を持ってくれて、相応の理解を示してくれていたのだが。
肝心要の守護艦隊のリーダー。
ハルカ・アマカゼと言う石頭のアバズレが、帝国の武装解除と銀河連合諸国の無条件即時解放を絶対条件として譲らず、交渉は物別れに終わった。
なお、その交渉はハルカ・アマカゼが終始ヒステリックに喚き散らし続けると言う交渉とも言えないような交渉だったらしい。
ハルカ・アマカゼについては、300年前の帝国建国の時代でも、色々とあったようで、初代皇帝のゼロ・サミングス陛下やユーリィがボロクソに貶していたり、ユーリィが出向いていって、ボッコボコにぶん殴って勝利することで、力付くで言うことを聞かしたりしていたそうだが。
どうも、その辺も根に持たれていたようで、クローン体の私までも、半ば目の敵のようにされていたとの事で、惑星焼却の件もあってか、絶対に殺すとまで言われていたそうな。
伝聞なのは、対外交渉担当の第四帝国皇帝から、会わない方がいいと交渉の席から外された事もあって、私自身はハルカ・アマカゼとは面識はなかったが、会った事もない相手に殺意を抱けると言うのも不思議な話ではあった。
かくして、そんな経緯を経て、我が銀河帝国は銀河守護艦隊と言う難敵相手の開戦となったのだが。
我々の戦略目標は、あくまで時間稼ぎであり、とにかく、銀河守護艦隊の目を銀河連合傘下星系から逸らす事が第一とされた。
一方、守護艦隊側の戦略目標は、帝国のエーテル空間戦力の殲滅を第一義としていた。
エーテル空間の戦力を殲滅してしまえば、占領地域の維持など不可能なだけに、この戦略は妥当なものと言えたのだが。
彼我の戦力差は、開戦前の時点で圧倒的と解りきっていたのだが、この戦略目標の相違が数少ない勝機と我々は判断した。
かくして、我々は敢えて銀河守護艦隊に積極的に戦いを挑む方針とし、銀河帝国宇宙艦隊の総力を挙げた遅滞戦闘を挑み、多大な犠牲を払いつつも、特務部隊による片道切符の銀河守護艦隊根拠地の奇襲作戦を実施し、その補給物資をまとめて吹き飛ばした事で、向こうにタイムリミットを与えることに成功し、銀河守護艦隊の矛先を我々に向ける事に成功していた。
我々の戦いとは、ヴィルゼットが生命の樹の探査計画を実行に移し、銀河連合内領域の各星系の隣接領域への探査船を放つまでの時間稼ぎと言ってよく、この奇襲作戦が成功した時点で十分善戦していたと言えた。
もっとも、時間を十分に稼げたかと言えばそんな事は全く無かった。
タイムリミットが区切られた事で本気を出した銀河守護艦隊の戦力は強大で、帝国艦隊は各所で敗退を重ね、囮として敢えて最前線へ赴いた皇帝達も次々と倒れ、やがて私の番が回ってきて……結局、帝国艦隊は壊滅した。
稼げた時間は一年にも満たず、計画の進展率もあの時点で6割程度と芳しくはなかった。
なにより、もともとの計画自体も長期戦の想定で、軽く数十年単位……或いは百年単位の可能性すらあった。
もっとも、「ラース・シンドローム」の対処計画自体は、数々の実績を打ち立てたことで、いよいよ総責任者と言う立場を押し付けられた不老不死の異星人ヴィルゼットが、例え千年かかっても必ず成し遂げると豪語していたので、時間の問題で完遂すると信じているのだが。
結局、ロクに時間も稼げず、最後まで力添えすることも叶わず、私自身も半端なところでリタイアしてしまったことは本当に悔やまれる。
銀河守護艦隊にしても、連中は古来から銀河連合と言う体制の存続の為に存在すると言っても過言ではなく、そもそも人間を殺せない非殺プロテクトがかかっているような連中に、あの状況に対応しろと言うのが、無理な話であり、戦争屋にどうにか出来る状況だとはとても思えなかった……。
考えれば考えると、あの銀河系の未来は絶望しか無いような気がして、今まで考えないようにしていたのだ。
……まぁ、いずれにせよ。
もはや、あの銀河系の運命も今となっては、知る由もなかった。
……ヴィルゼットがなんとかしてくれたと思いたいが。
それも希望的観測に……過ぎない。
だが、そうなると。
この世界には、極めて重要な問題が発生していることになる。
「ラース・シンドローム」
あの銀河人類を絶滅させかねなかった恐るべき脅威が、この世界にも存在するという事なのだ。
(お母様……その火の精霊の欠片とは、なんなのだ? 私の知識に「ラース・シンドローム」と言う恐るべき感染症があるのだが……。それと極めて酷似しているのだが、どう思う?)
(確かに似てるねー。そっくりだねー。おんなじじゃないかなぁ。ヴィルゼット・ノルン? ほぅほぅ、娘といっしょ? これは間違いなくご同類だねー。一度、会ってみたいなー)
うん……肯定と思っておこう。
と言うか、やっぱりヴィルゼットと私は、起源を同じくする同族だったのだな……。
だが、そうなるとヴィルゼットに情報を伝えること位できるかもしれない。
なにせ、ヴィルゼットの捜し物はここにあるのだからな。
実際、惑星ヴィルアース中をくまなく探査し、あちこち掘り返して一年に一度くらいのペースで1g程度の欠片が発掘される……その程度には貴重だった「マナ・ストーン」についても、ご覧の有様。
全部集めたら、トン単位……それどころではない程には、余裕である。
なんとか、これを銀河系に届ける手段がないものか……。
或いは、ヴィルゼットがこの惑星を見つけてくれる可能性はないだろうか?
だが、そうなるとこの惑星がどこにあるのかと言う問題が再燃する。
銀河系と違う系外銀河、或いはそもそも別の宇宙……異世界の可能性だってあるのだ。
(お母様……例えば、他の同胞……ヴィルゼットにマナストーンを送り届ける方法や情報を伝える方法などはないものかな? それと、お母様はいつどうやって、この星に根付いたのだ? この惑星は銀河系の惑星なのか? 知っていたら教えて欲しい)
(わっかんなーい! わたしにも出来ることと出来ない事はあるし、ご同類が居たなんて、娘の記憶で始めて知ったのだ。昔のことなんてよく覚えてないのだー。でも、星の世界はひとりぼっちでとても寂しかった……その事だけは覚えてるのだ)
……把握。
まぁ、そんなものであろう。
お母様は、播種船のようなものながら、案外母星サイドも送り出したと言っても、感覚的には綿毛に乗ってバラ撒かれる植物の種子とそう変わらず、単なるスケールの違い……要するに、生存域の拡大戦略の一環と言う可能性が高かった。
なにぶん、相手は、地球外起源星間文明なのだ……その思考や行動原理が我々に理解出来るような代物であるはずもなかった。
それにしても……どうみても、頭悪くなってるぞ、お母様。
もしかして、マナ・ストーンばら撒いたせいで、知能が下がったんじゃないの?
あれって、そんな景気よくばら撒いて良いものじゃなかったんじゃないの?
案外、このマナストーンが本体って可能性だってあるのだ。
これだけあれば、マジで銀河人類三回くらい救えるのだがなぁ……。
しかし、ヴィルゼットも生命の樹については、宇宙の何処かにあるという事は解るというような事を言っていたし、こうなってくるとこの惑星も未発見だっただけで、銀河の何処かの惑星の可能性が俄然高くなってきた。
彼女がこの惑星を探り当てる可能性も出てきたかもしれないが……うーむ、ホント、ここどこなんだかな。
……まぁ、いい。
とにかく、この件は保留だ。
考えたところで、今の私で、なにか出来るわけではないのだからな。
それよりも、現状の問題だ。
(では、お母様、火の精霊の欠片について、詳しく教えてくれないかな?)
(んっとねー。火の精霊の欠片は、目に見えないくらいに、とても小さい粉なんだけど、火の精霊の力が込められているから、燃えるものに降りかかると燃え出しちゃうし、人が吸い込むと怒りっぽくなって、暴れたりするんだけど……そのうち、この人みたいに身体がぼろぼろになって、皆死んでしまうのー。それはかわいそうなのだー)
……「ラース・シンドローム」の発生地域で観測される現象の一つに、謎の空中発火現象と言うのが確かにあった。
一言で言えば、突然の流星雨、そして、大気圏内での爆発。
大抵、デブリ警報と言った前触れも何もなく、現象としてはそれだけで、無害と思われていたのだが。
その後、その惑星では大抵「ラースシンドローム」の発生が確認されていた。
そして、「ラース・シンドローム」の発生地域では、火の気もないのに、突然、物が燃え出すと言うことが頻発していたし、感染者自身が突然火達磨になって燃えると言うケースもあった。
その関連性もよく解らず、原因もまた不明だったのだが……。
お母様の説明を聞く限りだと、まさにそのまんまだ。
これが偶然の一致のはずがなかった。
(治し方……治療方法はあるのか? 私が知る限り、感染者を隔離して殺す以外の対策はなく、感染者を救う手立なぞなかったのだが……)
(火の精霊の欠片はしぶとくてやっかいなのだ……神樹教会の人達も色々試してたみたいだけど、無理って言ってて、わたしも、もうこれはほっとくしか無いなーって思ってたのだー。でも、娘が火の精霊の欠片を浄化して、みんなまとめて救ったのだー! あの時、娘はあの人達をギロって睨んでたでしょ? それだけでなんか浄化されたのだ。だから、娘すごーいって、わたしも誉めてるのだー)
……驚愕する。
あの……「ラース・シンドローム」を根絶する可能性。
それを、今のこの私が手にし、やってのけたと言うのか……。
……もはや、あの銀河世界は世界の壁に隔たれた帰りようがない世界であり、あの情勢ではもはやどうにもならないだろうと思っていたのに……。
銀河を救う手立ては……希望は……。
我がこの手のうちにあったのだ。
せめて、私の意思を……言葉をヴィルゼットに伝えたい。
我が帝国に……一度で良いから、戻りたい。
そう願うのだが……それは……叶わぬ願いよな。
ならば、せめて私は……。
自らの手が届く範囲の者を……一人でも多く救うとしようっ!




