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第一話「とある森の片隅にて」②

「まぁ、戦ってもんは、冷静さを欠いた奴から先に死ぬ……いつも言ってるだろ? 奴らは許せん、生かしちゃおけん……それは確かなんだが……。現実問題として、この戦力差じゃ、どうやってもこっちが返り討ちになるだけなんだわ。さすがにこの数はなぁ……。ちぃとばかりどころじゃないくらいは、厳しい。お前もそれが解らん訳でもないだろ?」


 ソルヴァも自分自身を言い聞かせるように、現実を口にする。

 さすがに、経験豊富なベテラン冒険者だけにその程度の事は解りきっていたのだ。


 怒りに身を任せ、飛び込んでいくのは簡単だが。

 飛び込んでいった結果どうなるかは、火を見るよりも明らかだった。


「そうさなぁ……20人もいるとなると、俺ら一人頭で最低でも5人がノルマって事だ。イースもファリナも一人で5人もまとめて殺れるってのか? さすがに、俺だって無理だぜ」


 モヒートも現実というものが良く解っているようだった。


 ソルヴァも剣士としては、かなりの腕前の持ち主で、元近衛騎士団所属と言う冒険者としては、異色の経歴の持ち主で、冒険者ギルドでも剣術指南役として、若手の指導に当たっているほどの剛の者だった。


 それでも、同時に相手取れるのはせいぜい二人までで、三人同時を相手ともなるとキツイ。

 それ以上となると、もう背中を向けて、逃げ出したほうがまだマシ。


 ……そこは素直に認める所だった。


 相手と直接刃を交える白兵戦とは、総じてそんなものだった。


 イースも二人の言葉で、現実を理解したのか、力なく首を横に振る。

 ファリナも、そのへんは解っているようで、それ故に罪もない樹に当たり散らしているのだ。


「そもそも、クライアントの提示した事前情報が間違ってたからなぁ。この討伐依頼は事前情報と齟齬があった時点で、クエスト放棄も認められるんじゃねぇかな……。俺らの責任じゃねぇよ……こいつはな」


 モヒートがそう言うと、イースも顔を上げて、ごもっともと言った調子の顔をしつつ、首を縦に振る。


 始めから相手が20人以上もいるという事が解っていれば、如何にB級の有力パーティといえど、こんな4人組パーティに依頼など来るはずもなかった。


 そもそも、ソルヴァも相手が10人程度と言う想定で、攻略プランを組み立てていて、ファリナの言っていたように、まず焚き火に水魔法を撃ち込んで明かりを消した上で、夜闇に紛れて奇襲をかける。


 ファリナ達エルフは、真っ暗な森の中でも、昼間のように見通して獲物を仕留めるような暗視能力の持ち主でもあるので、恐らく本人が言っているように、その状況でも弓だけで5人ほどは射倒せるだろう。


 彼女は別に虚勢で大口を叩いていたのではない……彼女がやれると言えば、やれるのだ。

 ソルヴァはファリナのことをその程度には、信頼していたし、その程度には腕利きだった。


 10人相手だったとしたら、その時点で残りは5人。

 数はほとんど互角……ソルヴァもモヒートも夜襲で混乱している状況で、一人当たり二人相手なら、なんとでもなる。


 ……そんな風に考えていたのだが。


 蓋を開けてみれば、人数は当初の想定の倍以上。

 ソルヴァ達の当初案で10人を仕留めても、まだまだ元気なのが10人以上残る。


 そして、奇襲効果もなしで、真正面からその10人以上と戦わねばならないのだ。

 実際は、もっと不利な状況……乱戦必至となるだろう。


 これで勝てると思うほど、ソルヴァも愚かではなかった。


「ああ、冒険者ギルドからもこういったケース……敵の戦力が想定を超えていた場合は、偵察に留めて、身の安全を第一に図り、出来る限り情報を持ち帰るように指示が出ている。まぁ……人質の娘達には気の毒だが、背に腹は変えられん……ここは一度撤退あるのみだ……退くぞ!」


 苦悩しつつも苦々しげにソルヴァが決断を告げた。

 その判断は決して間違っていなかったし、彼の決断は妥当なものと言えた。


「でもっ! ここで退いたら、なんのためにここまで来たのか……! 今、ここで逃げたら、彼女達を助けることなんてもう……」


 すかさず、イースが抗議する。


 虐げられているものがそこにいるのであれば、弱者がそこにいるのであれば、我が身を省みずに手を差し伸べ救うべし。


 そんな風に弱者救済を第一義として掲げる神樹教会の教徒として、それはむしろ当然だった。


 けれど、実際のところ、彼女は聡明な娘でもあった。

 内心では、今の現実を理解していたし、ソルヴァ達の主張も尤もだと納得もしていた。

 

 奇跡でも起こらなければ、自分達がこの大規模盗賊団に挑んだ所で犬死にとなる。

 そして、今度は自分があの荒くれ者たちに組みしだかれている女性たちと同じような立場となることも。

 

 そう解っていたのだけれども、敢えて反論せずには居られなかった。


 彼女の言葉を聞いて、ソルヴァも舌打ちをすると、露骨に苦悩する様子を見せる。


 本音を言えば、ソルヴァもイースと同じ思いなのだ。

 まだ人質が生きていた……これは、ソルヴァにとっても予想外だった。


 このようなケースで盗賊団が人質を生かしておくのは、せいぜい三日程度だ。

 救出依頼を受けて、ここまで来るだけでその三日という時間はとっくに使い果たしていた。


 ここがギリギリのラインなのは明白だった。


 ここで彼女達を見捨てて撤退し、ギルドに状況を報告し、武装した20人以上の盗賊団を相手に確実に勝てるだけの戦力を揃えて、討伐隊の編成をした上でとなると……次の機会はどんなに早くても10日後と言ったところか。


 そんな風に、ソルヴァは素早く計算する。

 いや、そんなに早く準備が整うはずがなかった……一月、二月後になっても別に驚かない。

 

 20人以上の武装盗賊団を確実に、かつ最低限の損害で殲滅するとなると、50人近くの冒険者や兵士を集めたうえでないと危険だった。


 これは大げさな数字でもなんでも無かった。

 ソルヴァも元軍事関係者故に過去の事例などを熟知しており、こう言う場合の必要戦力も素早く計算することが出来た。


 そもそも、近衛騎士師団ともなれば、家柄、剣の才はもちろん、頭脳にもそれなりのものを求められるのだ……それが凡俗の衆であるはずがなかった。


 一般的な冒険者パーティは、通常4人から6人程度で編成される。

 50人となると、およそ10パーティ分にも及ぶ。

 

 そこまでの規模の討伐隊となると、人数を集めるのも苦労するし、道中の食料なども相応の量を用意しないといけないし、そうなると飯炊き女などの非戦闘員なども随伴しないと何かと苦労することとなる。

 

 当然、馬車も何台も用意しないといけないし、その結果、馬車の御者や騎獣の世話役など、後方支援要員も相応に必要となるし、非戦闘員達を守る護衛戦力も必要となる。

 

 大勢の戦力を動かすと言うのは、そういうもので、人数が増えれば増えるほど、加速度的に面倒事が増えていき、人出も必要となるのだ。


 それに50人と言う人数も相応の損害を許容した場合の数字で、この場合でも10人は死傷者が出るだろうと計算していた。

 まぁ、その程度なら許容範囲とも言えるので、妥当な人数ではあった。


 ……ただし、この場合でも最終的に100人規模の討伐隊となるだろうと予測していた。


 そんなものを編成するとなると、如何に冒険者ギルドとは言え、一日二日では到底不可能だ。

 一か月後と言うのも、むしろ早い方かもしれなかった。


 そもそも、ここまで来ると本来ならば、軍……領主お抱えの直轄軍の出番で、本来冒険者の出る幕ではないのだが……。


 もっとも、ここらの領主でもあるユーバッハ男爵のケチな人となりと軍事音痴は、一般にもよく知られており、こんな中立地帯の盗賊退治などで、軍を出すわけがないと言う事もソルヴァには解っていた。 

 

 いずれにせよ、そんなに時間をかけてしまっては、間違いなく彼女達は全員殺されるだろう。


 盗賊団も無駄な食い扶持をいつまでも生かしておくほど甘くはない。

 いたぶるのに飽きたら、ゴミのように始末する……それが奴らにとっては当たり前なのだ。


 であるからには、今すぐ、盗賊団に戦いを挑み、彼女達を救出するしか、チャンスはなかった。

 だが、今の戦力差で盗賊団に挑むのは無謀と同義だった。


 だからこそ、ソルヴァは激しく苦悩していたのだ。


 苦悩していたからこそ、立ち止まり、逡巡していた。

 もっとも、それはこのソルヴァと言う男がお人好し……つまり、善人だと言う証左でもあったのだが。

 

 ……その決断の時は容赦なく近づいていた。

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