第十四話「アスカ様の戦争」⑥
『死ね』
……そう強く念じて、黒騎士の首に手をかけるイメージを思い浮かべる。
次の瞬間、唐突に黒騎士がビクッと身体を震わせたと思ったら、その身体を大きく後ろにそらして、はっきりと私の目を見た。
それがまさに致命的なミスだった。
目玉が見えているなら、狙いはそこで決まりだ。
「やっとこっちを見よったな……だが、見えたであろう! 貴様自身が死ぬ瞬間が……もうすぐ、それが現実となるのだっ! 死ぬがよいっ!」
手を振り下ろし、黒騎士の目線に合わせてピタッと止める。
瞬間、電磁草が強力な電磁力を励起させる。
黒騎士の目に始めて、怯えと恐れの色が浮かび、兜の隙間から覗いた口元がピクリとわずかに動くのだが、言葉も出せないようだった。
コヤツ、ようやっと死が目前に迫っていると気付いたのか……。
まぁ、どのみち手遅れなのだがな。
直後、ローレンツ力の導きに従い、目にも止まらない速度で矢が打ち出される。
そして、それは身体を後ろに反らしたことで、真正面に来た黒騎士の兜の目の部分のスリットへスコンと潜り込み、その眼球を射抜き、その脳髄を破壊し軽く貫通していった。
カーンという甲高い金属音が響くと、黒騎士の兜の目のスリットの反対側から、矢の先端部が飛び出していた。
脳髄に穴を開けられて生き延びるようなものはさすが滅多に居ない。
兜のスリットからプシューと噴水のように真っ赤な血が吹き出ると、傷口を抑えようとしたのか……或いは矢を引き抜こうとでもしたのか。
バタバタと頭を振りながら、顔と後頭部を手で撫で回していたのだが、後頭部から生えた矢の先端部に手が当たった瞬間に、ビクンと痙攣して、ピタッと動きを止めた。
そのまま黒騎士はガックリと前に向かってうなだれると、そのまま馬上で力なく両手を地面に向けて、ダラリと垂らしたまま動かなくなった。
ふむ、結局、兜を貫通したのか……ならば、何処を狙っても同じだったか。
さすがは、レールガンであるな。
「シュ、シュミット? ま、まさかっ……し、死んでいるのかっ? ば、馬鹿な! 我が配下、最強の装甲騎士……戦場において凡そ無敗っ! 無敵の黒騎士と呼ばれたお前が……死んだだとっ! そもそも、お前の鎧は炎神の加護に守られた不破不壊の黒銀製のはずなのに……なぜ、あのガキではなく、お前が死んでいるのだぁあっ! ありえんっ! ありえんだろうっ! これは……なにかの間違いだっ! そうだろう……へ、返事をしろ……シュミットォオオオオッ!」
この場から、立ち去ろうとしていた男爵も異変を感じたのか、慌てて引き返してきたのだが。
死体となった黒騎士を見て、驚愕を隠せないようだった。
馬からも降りて、死人のような顔色でゆっくりと黒騎士の元へと歩み寄ろうとしていた。
なお、護衛の装甲騎士達もその場に残っていたのだが。
何が起きているか理解出来ていないようで、彫像のように固まっていた。
「ほぅ、シュミットと言うのか……そやつの名は……そうか、そうか。まぁ、どう見ても死んでいるのだから、返事などする訳がなかろう。これで死ななかったら、どうしようかと思っていたが、きっちり死んだようだな! まぁ、この私に手傷を負わせたのだから、当然の報いよのぉ……」
私が声をかけると、今更のように男爵がこちらを見て、絶叫する。
「貴様ぁあああっ! シュミットに何をしたのだっ! こ、これは紛れもない反逆行為だぞっ! 死刑だ! 貴様は貴族反抗罪に加え、貴族を殺めた罪……反逆罪で死刑とするっ! 貴様がエルフだろうなんだろうが関係ない! これは決定事項であり、何者であっても覆せんぞっ!」
「はっ! 痴れ者が……撃ったら撃たれる! 戦場では当たり前のことだ! 私は当てるつもりで、殺すと言って撃ったのだ。それをなんだ! この阿呆は……鼻で笑って突っ立ったまま、避けもせずあっさり死によった! なんと傑作よ! 敵を侮り、己を過信し、無様に死んだ! なんともくだらん最期よのぉ……! ハァーハッハッハァッ!」
「き、貴様は! 我が盟友たるシュミットの死を愚弄するのか! 貴様が……貴様が殺しておきながら、何を笑っているのだぁっ! こんな事が……こんな事が認められるものかァッ! ふっざけるなぁああっ! こうなったら、その首……この私自らが叩き落としてくれるっ! シュミットの仇だ……直ちにそこから降りて、この私と一騎討ちをしろっ!」
怒髪天を衝くと言った調子で、両目から涙を流しながら剣を抜き両手で握りしめる男爵。
見るからに豪華な飾りだらけの剣で、武器としての実用性なぞ皆無であろう。
おまけに、構えからしてなっていないし、ここまで激昂しているのに、何ら脅威にも感じない。
そもそも、まだこちらの方が兵力的には不利なのだからな。
高所と言う圧倒的に有利なポジションを専有しているのに、わざわざ降りていく訳がなかろう。
こやつ……馬鹿なのか?
まぁ、一騎討ちと言うのも趣があって悪くはないが、この男相手では、一方的な弱い者いじめになってしまうからのう。
それでは、些か興が醒めると言うものよ。
「はははっ! お前と一騎討ちだと? そんな剣の握り方も解っていないようなド素人相手に勝っても、自慢にもならん……謹んでお断りさせていただこう。私にも慈悲の心があるのでな……死に方くらい選ばせてやろう。それにしても、黒騎士殿も不憫よのぉ……こんなド素人の付き人として、何の役にも立たずに、無様に死んだのではなぁ……なんとも惨めな人生よのう……」
私の指摘で、ようやっと片手剣を両手で握るという珍妙な握り方を慌てて直す男爵。
まぁ、素人なのは一目瞭然だった。
「お、おのれ……コケにしよってっ! それに、シュミットの死を愚弄するなと言っているのが解らんのか! 我が友シュミットは……私の背中を狙った貴様の卑劣な凶弾から、この私を守り立派に死んだのだ……! 騎士として恥ずべきことなど何もない、見事な名誉ある最期だった……貴様らも見ていたであろう?」
……捏造良くないぞ?
実際、同意を求められた護衛の騎士達も、困惑しているようで、何を言ってるんだとばかりに、首を傾げていた。
まぁ、こういう者なのだろうな。
自らの妄想が真実だと思い込める……幸せな話ではあるがな。
「それは、単なる貴様の妄想であろう? 私は貴様なんぞ、そもそも眼中になかったし、さっさとどこかへ行ってしまったではないか。良いか? そこのシュミットとか言う外道は、武器も持たぬ弱者を真っ先に狙い、我が逆鱗に触れたのだっ!」
実質、ついカっとなったようなものだったが、要は方便よな。
まぁ、いい……続けよう。
「挙げ句に、この私の怒りの前に恐れを懐き、棒立ちのまま為す術なく撃ち殺され、無様に死んでいった。まさに、不名誉極まりないっ! 全くもって、いいとこなしではないか……。だが、それが現実なのだ……。そこのお前も見ていたであろう? それとも男爵の語った妄想が真実だったのかのう……。どう答えるかはお前の自由だが……くれぐれも、己に嘘は付かぬほうがよいぞ?」
そう言って、装甲騎士の一人に指を指すと、反射的だったのか、思い切りコクコクと頷いてくれた。
頷いてから、しまったと言わんばかりに男爵に向き直ると、ペコペコと頭を下げながら、ジリジリと距離を取る。
なるほど……シュミットとやらに比べたら、コヤツらは随分と可愛げがあるようだ。
別に何かした訳でもないのだから、見逃すことも考慮してやろう。
「き、貴様! 何をやっているのだ! わ、私の言葉こそが真実なのだっ! そう言うことにでもせねば、シュミットの死後の名誉が地に落ちてしまうではないか……黒騎士シュミットの最期がそんな無様なものでいいはずがないっ! もうよいっ! 貴様ら撃て! あのエルフを撃ち殺すのだ!」
男爵が喚き散らすと、騎士達がガクガクと震えながら、ボウガンを構える。
「もうよいっ! 貴様らいい加減にするが良いぞっ!」
一喝……それだけで男爵はビクリと身体を大きく震わせると腰を抜かしたように座り込む。
同時に騎士達もボウガンを放つのだが、いずれも見当違いの方向を狙い撃っていて、中には地面に向かって撃つものすらいた。
ふむ、なかなかに殊勝な心がけのようだな。
「この痴れ者がっ! 貴様の妄想なんぞ、もはやどうでもいい。そして、もう一つ、残酷な事実を貴様に告げるとしよう。何よりも、その命を下したのは他ならぬ貴様であろう? 貴様が下らぬ欲をかいた挙げ句に、シュミットに罪もない少女を殺せと命を下した。その結果、この男は無様に死んだのだ。よいか? 他者に命じる以上は、命じた者にこそ、全ての責任があるのだ! シュミットは私に殺されることで、その罪を全て清算した……」
そして、一度言葉を切り。
睥睨……たったそれだけのことだったが、護衛の騎士達の僅かに残っていた戦意が消失するのがわかった。
「そうだ……シュミットはこの私が殺したっ! だが、それは貴様の代わりに死んだようなものだ! だが、貴様の罪は未だに残っているし、シュミットの死は貴様の責任……言わば、自業自得だ! それをなんだ……。訳のわからぬ美談を語り、現実逃避し、友を死地に追いやった……その罪から目を逸らすとは何事か! 貴様こそが、友の死を汚している……その事に何故気づかないっ! その上で……どうするつもりなのだと、私は問うておるのだ」
なにせ、私はやられたから、やり返したに過ぎんし、シュミットもどちらかと言うと、単なる自信過剰で、私の能力を見誤って、死んだようなものなのだがな。
だが、そうは言ってやらない。
男爵には、己の罪深さを自覚していただき、心から反省していただくのだ。
なにせ、下手人は始末したが、命じた者はまだ生きているのだからな。
それになにより、コヤツは私に死刑を宣告した。
であるからには、私も奴を殺すしか無い。
死刑を命じた以上、それを取り消すなどあってはならない。
命じたものが死なぬ限りは……な。
……死刑を命ずるというのは、そう言うことなのだ。
戦場でよく言うであろう?
人を殺して良いのは、殺される覚悟があるものだけだと。
もはや、私か男爵、生き残るのはどちらかなのだ!
私の言葉の前に男爵は、魂が抜けたように呆然として、もはや顔面蒼白になっていた。
完全に心が折れて、放心中……そんな様子だった。
護衛の騎士達も、もはや背景に徹する事に決めたようで、ボウガンを投げ捨てて、交戦の意志が無いことを態度で示しながら、男爵からも離れたところに固まっていた。
まぁ、私は事実を述べたのだからな。
人は誰しも自分自身に嘘は付けぬのだよ。
「わ、私が……悪かったとでも言うのか? だが……確かに私が命じなければ、シュミットも……死なずに……。では……私はどうすればよかったのだ……。私は領主なのだ……この街は先祖代々受け継がれてきた、私の土地に領民共が勝手に住み着いただけなのだ……。貴様も勝手に地に現れて、勝手にこんな真似をして……。それを私の物を好きにして……何が悪いというのだ……」
まだ言うのか?
つくづく、痴れ者であるな……。
だが、明らかに様子がおかしいし、顔色も土気色になっているし、先程まで座り込んでいたのだが、唐突に苦しそうに胸を抑えると、そのまま横たわる……。
これは……見覚えがある。
……死相だった。




