第十四話「アスカ様の戦争」⑤
そうはさせない! やらせるものかっ!
とっさに猫耳少女をかばった左腕の半ばで矢が止まり、かろうじて直撃は避けられた。
「……ふむ、大丈夫であるか? 寝コケておらんで、さっさと起きて私の背中に隠れるのだ……」
……よく間に合ったものだと、正直感心する。
アヤツの殺気に反応できたから良かったものの……。
「ふぇ……お、お姉ちゃん! 腕が! 血がっ!」
さすがに飛び起きたようで、その目を開けるのだが。
目の前に飛び込んできたのは、矢に射抜かれた私の腕と……滴り落ちる赤い鮮血。
そりゃあ、驚くだろう。
意外なことにこの私にも赤い血が流れているようだった。
……てっきり、緑の血でも流れると思ったのだがなぁ。
ひとまず、ここはポーカーフェイスでも……と思ったが、さすがに表情が歪むのは避けられない。
だが、こう言う時こそ、むしろ笑うべきなのだ! 笑えっ!
そう言えば……ヴィルゼットもヴィルデフラウの体液は本来無色透明なのだが、空気中の酸素に触れると変色して赤くなると言っていたな。
ふははっ! こんな所まで人間の真似事とはなぁ……。
我が事ながら、実に傑作であるぞ!
手傷を負ったが、この程度……致命傷にはほど遠い。
痛いけどな! 物凄くなっ! 泣けるものなら、とっくに泣いているわっ!
だが、ここで泣いてなんかしてやるものかっ!
当然ながら、こんな矢傷を受けるような経験は前世でもなかった……。
痛いのも辛いのも慣れてはいるが、痛みはいつになっても慣れるようなものではないのだな。
考えてみれば、始めて負った傷らしい傷と言えるかもしれんが、弱者をかばって受けた傷なのだ。
ならば、これは誇るべき、名誉の傷よな……。
「この程度、かすり傷……と言いたいが……。実に……実に痛いな」
これが、痛み……戦場の痛み。
脳天まで突き抜けるような痛みがズキズキと広がっていく。
だが、同時に自らの力が増大していくのが解る。
そこら中にあるキラキラと輝くマナ・ストーンが浮かび上がり、左腕の傷の周りに寄り集まってくる。
……どうやら、お母様が力を貸してくれているようだった。
たちまち傷がいえていき、血も止まり、痛みも軽減される。
返しがついている様子もないので、矢も簡単に抜けそうだった。
まったく、不甲斐なき娘を許せ……お母様。
「お姉ちゃんっ! は、早く矢を抜かないと! でも……もう血が止まってる?」
「ああ、私は不死身なのだ。だから、この程度どうということもない……だから気にするな……。だが、これより少々血なまぐさいこととなるだろうからな。しばらく、目でも瞑っておれ、よいな?」
そう言って猫耳を撫でてやると言われたように、目をつぶって猫耳も折りたたんでちゃんと塞いでくれた。
……これでよい。
と言うよりも、ここから先の私は、言わば修羅のようなものなのだからな。
子供には、少々刺激が強すぎるというものだっ!
「……貴様、よくもやってくれたな! だが、この痛みこそ、我が生きている証……これぞ戦場の痛みよっ! ああああああっ! ああーっ!」
叫びとともに腕から矢を引き抜く。
更なる痛みが全身を突き抜ける……だが、心地よさすらも感じる。
いいぞ、左腕の指もちゃんと動く。
神経系は問題なし。
抜くときの痛みったら、そりゃもうっ! だったがな!
ああ、すっかりスイッチが入ってしまったぞ?
痛みもたちまち消えて傷跡すらなくなったが、完全に頭がコンバットハイモードになっている。
そう、これこそが我が真祖……ユーリィの真骨頂!
凡そ、個人戦闘では敵なしと言われ、戦に臨んで不退転にして不敗っ!
帝国史上屈指の猛者! クスノキ・ユーリィの力っ!
文字通り、全身全霊が戦闘に最適化され、あらゆる敵を打ち倒す!
ご本人様曰く「修羅モード」
……そうだ! 我、転じて修羅となる!
もはや、血を見ずには済みそうもなかった。
これは宣戦布告以外の何物でもないっ!
ならば、徹底的に戦争あるのみだっ!
「ああああ……この痛み、この流した血の代償……なんとしても支払ってもらわんとな! そして、なによりも……戦うすべを持たぬ、何の罪もないこのような幼子を迷わず射殺そうとするその悪虐さ! そして、その全身から漂う腐臭の如き死の気配……貴様こそ、紛れもない悪よっ!」
そう言い捨てて、矢を握りしめる。
左腕に違和感……見ると腕から黒光りする細い蔦がいくつも生えてくると左腕に巻き付きながら、螺旋状になってバチバチと放電を始める。
ほぅ……これは、これは。
そうか、私の新たなる力……ということか。
おそらくこれは、コイルガンの一種だ。
この蔓草も、電磁力を発生する変異植物のようだった。
確かに、ヴィルゼットご自慢の地球外惑星植物園にこんなのがあった。
地球外惑星植物園……ヴィルゼットが趣味ならぬ、学術研究の為に必要と言う事で築き上げた大植物園で、彼女の惑星フィールドワークの集大成とも言うべき、ゲテモノ植物の楽園……だった。
様々な惑星の環境を無理やり再現しているせいで、アホみたいに電力を食い、重力制御から電磁場制御、環境シールドなど数々のハイテクギミックが満載され、本来ご法度な地球外起源植物の移植に加え、いつバイオハザードが起きても不思議ではないと言うことで、厳重な隔離区画まで備えた第三帝国でももっともヤバい施設だった。
当然ながら、維持費がとんでもない額になっていて、財務官僚から施設縮小の嘆願が来たりしていたものだがな。
結局、どうしたか?
ヴィルゼット当人と彼女の声掛けで集まった帝国宇宙植物学会の学者達、総勢100人あまりと、数人の財務官僚を大会議室に押し込めて、心ゆくまで話し合っていただいた。
……我関せず。
そんなもんを私の決済に回してくるくらいなら、当事者同士で話し合って決めればよいのだ。
結局、財務官僚達がボッコボコに言い負かされ、涙目になり、めでたく現状維持が決まり、私もさよかさよかと黙って決済のハンコを押した。
電磁草……確かそんな名称だと思った。
例によって、長々とその奇天烈な生態について、ヴィルゼットから説明してもらったから、良く覚えている。
とある地球型惑星に自生する例によって、植物に見えない植物なのだが。
その惑星は海もあるような一見悪くない環境に見える惑星だったのだが、濃密なプラズマ雲に包まれていて、惑星全域で年中無休四六時中、雷が縦横無尽に落ちまくると言う過酷に過ぎる環境で、人類の生存など論外と言われ、生物も存在しないと思われていたのだが……。
ヴィルゼットは命知らずの宇宙生物学者達と共に、耐電磁防護服に身を固めて、惑星上陸調査を行い数々の惑星固有植物や空飛ぶクラゲのような浮遊生物などを発見し、その惑星の生態系までも解明したのだ。
なんでも、その電磁草はレールガンの要領で、金属に覆われた種子を遠方に撃ち出すことで、繁殖すると言う恐るべき生態を持った植物で……。
驚くべき事に、空を飛ぶ浮遊生物目掛けて、種子を撃ち込むことでより遠くへ種子を運ばせようとする性質もあり、その浮遊生物もその種子を受け止めることで運動エネルギーを得て、惑星成層圏付近まで飛ばされてから、自由落下することで、生息域を拡大すると言う……言わば共生関係にあると判明しているのだ。
惑星探査ドローンが雷以外の要因で、何機も撃ち落とされた事で、最初は先史文明の対空攻撃兵器だと思われて、揚陸戦隊が出動する騒ぎにもなったのだがな。
……なんで、そんな変異植物に過ぎる変異植物が私の身体から生えてくるのだ?
(その鉄の棒を投げ返すなら、これが良くない? 我が子は色々な事を知っているから、再現してみた。アイツ、殺して良いヤツ? なんなら、やっちゃう? やっちゃう? やっちゃおうっ!)
お母様の思念を感じる。
どうやら、コレもお母様からの贈り物のようだった。
と言うか、やけに饒舌な気もするのだが、この口調はなに?
まるで、幼い子供が話しているような口調なのだが……。
しかも、どうもこれは私の記憶から、再現した……そんな代物のようだった。
……この惑星の植物のみならず、私の記憶を頼りに、銀河の特異環境惑星の惑星固有種を生み出しただと?
神樹様とは一体何なのだ? そもそも、このヴィルデフラウもどう言う種族なのだろう?
ヴィルゼットも、植物の自分がなぜ人間の形をして、知性を持っているのか?
地球起源生物や、各惑星の原生生物や宇宙生物について研究を重ねるほどに、自分達の存在の訳の解らなさが際立ってならない……などと言っていたのだが。
……疑念は尽きない。
まぁ、自分のことを気にしていても仕方あるまい。
(これは私が売られた戦争なのでな。お母様は優しく見守っていただければ、結構であるな。それにしてもお母様……やけに饒舌になったのだな。いつもと調子が違うので面食らったぞ?)
神樹ビームとか撃たれたら、この辺一帯が灰になりかねんからなぁ……。
(わかった、見守るー! 聞いて、聞いてーっ! 我が子のために思いっきり力を使ったら、なんか思考がねー! とってもクリアーになったのー! とっても気持ちいいー!)
先程のマナ・ストーンぶっ放しのせいなのか?
以前はもうちょっと荘厳な雰囲気だったのに、一気に頭悪くなったような気がしないでもないのだが……。
まぁ、手出し無用としてくれたなら、それで満足せねばな。
実際、この電磁草だけでも十分過ぎる支援であるからなぁ。
打ち込まれた矢も明らかに導体であり、これならばっ!
この植物の操り方も何となく解る。
この植物は、発電素子のような植物細胞を持ち、その電力を蓄積する……古くから使われているコンデンサやキャパシタとも呼ばれる電子部品と同等の蓄電機能、そして、空中を浮遊する物体に対する索敵能力……レーダーのような機能すらも持っているとヴィルゼットは説明していた。
まさにトンデモ植物。
実際、ヴィルゼットの生態調査結果で、兵器転用すら可能なのでは無いかということで、詳細な研究もされていたのだからな。
まぁ……結論として、普通にレールガン作った方が早いとなったのだがな。
逆を言えば、これは私の手元にレールガンが転がり込んできたようなものでもある!
これは実に面白くなってきたな。
はっきり言って、訳が判らんが、お母様は本気で無限の可能性を秘めているようだ。
まずは、左腕をまっすぐ上へと突き上げて、電力チャージ完了を待つ。
もはや、反撃を躊躇う理由もない!
「そこの黒騎士、貴様は確実に殺す! 覚悟するがよい!」
この私に血を流させたのだ。
殺すことはもはや確定なのだが、訳も分からぬまま、殺されるのも不憫であるからな。
だからこそ、殺すと宣言し、真正面から射殺してやる!
だが、黒騎士はこちらを一瞥すると、鼻で笑うと興味なさげに目線を戻して、手元のボウガンのハンドルを回して、弦を引き絞る作業に専念し始める。
なんと言うか、殺意をむき出しにした敵を前にして随分な態度だった。
どうやら、よほどその黒い鎧の防御力を信頼しているのか。
もしくは、そもそも、これが武器だと思っていないのか。
だが、目線が下に向いているおかげで、その兜の庇が邪魔で、このままだと直撃しても貫通するかどうか解らなかった。
だが甘いわっ! ……貴様はこの場で死ぬのだっ! コレは確定事項だ!




