第十四話「アスカ様の戦争」④
それにしても、ここでも服装がモノを言うとはなぁ……。
なにせ、終始バタバタしていて、着替える暇もなかったのだから、しかたないであろう。
と言うか、すっかり忘れてた。
確かに、この猫耳少女と似たような服装なのは確かなことで……。
いっそ、一目で神樹様の御使いと誰もが思えるような荘厳かつ華美な服装だったら、今頃この者も素直に平伏していたかもしれない。
……まぁ、今更気づいたところで、手遅れなのだがな!
しかし、えらく尊大だから、そこそこの爵位かと思っていたのに、男爵だと?
……それは、そんな偉そうに自ら名乗るような爵位なのか?
そう言えば、皆も男爵と言っていたようだったが。
さすがに、それはありえないと思って聞き流していたのだが……。
本当に……男爵の称号持ちだったのか。
ダンシャク、男爵……。
なぁに、私もよく知っているぞ?
男爵と言えば、帝国でも有名な爵位だからな。
なにせ、男爵とは男性の性犯罪者に付けられる爵位がそれだったのだからな。
この称号が付けられた時点で、名を呼ばれるだけで、性犯罪者だと告知されるようなもので、当然ながら、居住地域や移動も大幅に制限されるし、所在についても24時間治安維持局に把握され、その動向は常に把握されることとなる。
要するに刑罰であるからなぁ。
性犯罪と言うものは……まぁ、人間である以上は付きまとう欲望を制御できなくなって……と。
私には、全く理解できないのだが、覗きだの痴漢だの強姦だの、三十一世紀になっても、世の殿方達で、その手の犯罪に手を染める者達は後を絶たなかった。
まぁ、やってしまったものは仕方がないので、犯罪者としての刑罰……罰金刑やら強制奉仕活動などで、十分に反省していただいた上で、再犯防止と性犯罪抑止として、不名誉称号の授与と言う施策が行われることになったのだ。
その不名誉称号が「男爵」
この称号制定時の皇帝が男性嫌いで定評ある女性皇帝だった事もあって、こうなったらしいのだが、詳細はよく知らん。
もちろん、男爵と言う称号は、古代地球のヨーロッパ地方の貴族の称号だという事は知っているのだが、帝国でもこの爵位制度を導入するにあたって、色々あってだなぁ。
爵位制度自体は、本来名誉称号のようなものだったのが。
ならば、犯罪の抑止力の為に不名誉称号も制定しようとなって、性犯罪を起こす者達の大半が男性ということで、男爵も不名誉称号となってしまったのだ。
他に収賄罪で逮捕された強欲商人に強欲爵の称号を与えるだの、ついカッとなって暴力沙汰を起こした者に、怒爵と呼ぶだの……。
これら七つの大罪に当てはめた不名誉称号は、その多大なる社会的デメリットのおかげで、きっちり犯罪抑止力として機能した。
なにせ、常時見えるように所持することが義務付けられている市民IDカードにも、名前とともにそんな称号が付いてしまうのだからな。
まぁ、経緯はどうあれ、帝国では、男爵とはそう言う意味になってしまったのだから、仕方あるまい。
もちろん、この世界でも貴族の称号だと言うことは解るのだが……。
とにかく男爵はないだろ! 男爵はっ! 恥ずかしいと思わんのか!
確かに、見るからに好色そうではあるし、なんとも相応しい称号ではあるな。
くくくくっ! おっと、笑ってはいけないな。
「……男爵か……確かに、街の者達もそう呼んでいて、まさか、それはありえんだろうと思ってはいたのだが、本当に貴様、男爵なのか? 本当に本当に男爵なのか……冗談ではないのだな?」
「なんだと! 貴様、男爵たるこの私を馬鹿にしているのか! な、なぜ笑っているのだっ! 何がおかしいのだ! この無礼者がっ! わ、私は男爵なのだぞっ! だから、笑うなと言っているであろうっ!」
さすがに、男爵、男爵と強調されると笑いのほうが先にくるのう。
勘弁してくれ……まったく!
「ああ、すまぬ、すまぬ。貴様の国では誇るべき称号なのかもしれんが、私の居た国では、男爵とは性犯罪者に付与される不名誉称号なのでな……。あまり連呼されたり、そのように誇られるのは、性犯罪者であることを自慢しているようにしか聞こえんのだ。はっはっは! いやぁ、申し訳ない……文化が違うとこう言う事もあると言うことで、教訓にしていただければ何よりだ」
……それだけ言うと、何か言い返そうとしているのだが、男爵は何も言い返せないようだった。
私だって、文化が違うから意味が違うと言われてしまえば、途方に暮れるしか無いからなぁ。
ちなみに、トッテンパルラーは間違っても人に向かって言っては駄目と言われたし、ゲルハムダゼリの実物は普通にモンスターだった。
確かに、例えられたら怒って良いと思った。
「ところで、一つ聞くが、男爵とはどの程度の立場なのだ? そこまで尊大な態度を取るからには、さぞ高い位階なのであろうな? 今後の参考にするので具体的に上から数えて何番目くらいなのか教えてくれぬか? まぁ、下から数えたほうが早いのであればそっちでも構わんぞ」
どっちかと言うと、こちらが大事なのだが。
まぁ、こんな辺境の地に、そんな上から数えた方が早いような上級貴族が配されているは思えんからな。
男爵は下から数えたほうが早いとかそんなものなのだろう。
つまり、下っ端三流貴族と言うことなのだな!
「き、貴様ぁ……いい加減にしろっ! エルフだからとこちらが優しくしていれば、付け上がりおって! もう一度言う……そこから降りて来て、平伏の上でこの男爵たるこの私に詫びろ。さもなくば……」
んー? 優しく……どこが?
これで優しくしているつもりなら、厳しくなら、果たしてどうなるのだろう?
「さもなくば……何かな? ああ……まったく、実に偉そうな態度だから、さぞ御大層な爵位持ちかと思ったら、よりにもよって男爵だったとはなぁ……はっはっは! ああ、すまん、すまん……だから、この国の男爵はどの程度偉いのだ? それが解らぬことには、私も定義を変えようがないのでな。早く答えてくれぬかのう? それとも答えられぬほどに下っ端なのか、或いは貴族どころか我が国と同様、性犯罪者の称号だったりするのかのう? 男爵殿っ!」
……心底、馬鹿にされているのがいい加減気に触ったのか、黒騎士が露骨に殺気立つのが解る。
ふむ、コヤツ、やはり侮れんな……なかなかの殺気だ。
「おい、そこのエルフ。確かに男爵は最下級の位階だが、平民とは別格であり、貴様らのような流民とは訳が違うのだ……あまり調子に乗るな……この雑草がっ!」
淡々と来て、最後にドカンと空気が震えるような怒声と殺気。
ほぅ……なかなか大したものだったが。
……それだけでしまいか?
どうも「雑草」と言うのはエルフへの侮蔑の言葉のようだが……。
なぜそうなるのかが判らんし、そもそも私はエルフではないからなぁ。
要するに、何を言っているのかさっぱり解らん。
どれほど怒りを込めて、雑草呼ばわりされても、こちらとしては首を傾げるしかなかろう。
悪口も罵声も相手に通じていないのでは、何の意味もない。
渾身の罵声が不発に終わり、
私が涼しい顔をしているのを見て、黒騎士も怪訝そうな顔をしている。
まぁ、この程度の殺気で怯むと思われていたなら心外であるな。
オリジナルユーリィなんぞ、VR環境で再現データ相手だと解っていても、相対した時点でこれは何をやっても、死ぬと解るほどだったのだからなぁ。
アレと比べたら、コヤツの殺気などそよ風程度よ。
いっちょ前にボウガンなぞ、こちらに向けているが、それを撃ったら最後であるぞ?
「どうした? 撃たぬのか? どう見ても連射は効きそうもなさそうであるからな。外したら、しばらく何も出来そうもないからのう……。気に障ったのなら、遠慮なく撃ってみれば良い。だが、慎重に考えろ……その引き金を引いたら最後、もはやこの私と貴様らは徹底的に殺し合う他なくなるぞ?」
……無言のまま、怒りを込めた目でボウガンを向ける黒騎士。
だが、まだまだ本気の殺意もないし、トリガーに指もかけていない。
それくらい、バレバレであるぞ? これはただの悔し紛れの威嚇と言うことだ。
なかなかどうして、よく躾けられているではないか、感心、感心。
「落ち着けシュミット。このような流民の戯言に本気になってどうするのだ? 私は寛容なのでな……無知ならば仕方あるまい。何よりもこのような奇跡を呼び込む事が本当に出来るのならば、利用価値も高そうではないか。そうだな……まるで古の精霊の再来のようではないか……幸い私には色々ツテもあるからな。コヤツを売れば、もはやいくらになるかも解らん。では、この場は任せるぞ……後は……解るな?」
それだけ告げると、男爵は悠々と踵を返す。
ほほぅ、人買いはコヤツが黒幕だったのか……。
そして、私が有用と見るや早速売る算段とはな……。
……殺さない理由を探すほうが難しくなってしまったではないか。
「では、あの雑草は殺さない程度に痛めつけて、後悔させるとしましょう。ところで、連れの半獣人の子供はいかが致しますか? 男爵殿」
「あ? あんな半獣人のような半端者など……売ってもはした金にしかならんであろう。なら、殺してしまえ……その方が見せしめになるであろうし、むしろ、ゴミが減って清々するというものよ」
再び、背中を向けた男爵が手を上げるとさっと振り下ろす。
それが合図だったのか、黒騎士がさっとボウガンを構えると、一切の躊躇いもなく引き金を引いた。
「この感覚! 狙いは……こっちか! ふっざけるなぁあああっ!」
私の膝の上で、眠っていた猫耳少女……黒騎士の狙いは寸分違わず、その眉間へ……。




