第十四話「アスカ様の戦争」③
「すまんが、騒ぎの元凶と言う事なら、それは私であろう。だから、無関係な者を威嚇しても意味はないし、それは筋違いと言うべきものだ。控えるがよいぞ、痴れ者呼ばわりなどされなくなかろう?」
「な、なん……だと? 痴れ者とは……まさか、私のことかっ!」
ようやっと、こちらをまともに見返してくる。
だが、その前に一言言ってやらんといかんな。
「安心しろ、まだ痴れ者とまでは言っていないぞ? もっとも、自覚があるのであれば、敢えて言うまでもあるまい? そんな事よりも、貴様っ! 遅いっ! 遅すぎるぞ!」
その一言に騎士達も男爵も呆然としつつ、私を見つめる。
相手が言い返してくる自体、あり得ない……そんな様子にも見える。
なるほど、貴族は平民に何をやってもいいし、反論すらも許さない。
きっと、それが常識なのであろうな。
だが、そんなもんは知らん。
悪いが、私はそんな常識の外の存在なのだ。
痴れ者に痴れ者と言って何が悪いのだ?
「なんだ、貴様ら、言い返されるのに慣れていないのか? まぁ、いい。それよりもだ! 貴様ら、いくらなんでも人を待たせすぎであろうっ! ……こちらも、いい加減待ちくたびれておった所だったぞ……。確か、えっと……そうっ! バーバッハ……だったかな? 貴様、有事に際し、こんなモタモタしているようでは、話にもならんぞ? 良かったのう……私が侵略者だったら、とっくに終わっていた所だぞ」
まぁ、この程度の軍備では、我軍の降下歩兵が10人もいれば、軽く制圧完了であろうからな。
むしろ、一時間くらいの簡単なお仕事だと笑われるかもしれん。
だから、この程度と評しているのだ。
「な、な……貴様! 貴族である我々に口答えするのかっ!」
「すまんが、私は貴様らの常識に少々疎くてな。なにか問題でもあるのか? それにこの有様にも随分と驚いているようだし、誰がやったのかと問うていたな? ならば、それはこの私だと答えよう。それで満足かな?」
「な、なんだと! では……こ、この街中が植物に埋め尽くされているのも、まさかとは思うが、貴様の仕業だとでも言うのか! それに今……口答えばかりでなく、この私を呼び捨てにしたなっ! そもそもなんだ! バーバッハとは……まさか私のことか? ええい! 良いかよく聞け! 私の名は、ユーバッハ・ボルール男爵様である! ……それ以外で呼ぶのは許さんぞ?」
「何でもよかろう……。ボーバッハだか、バーバッバだか知らんが、バが多すぎるのう……略してもいいかのう?」
まぁ、ちゃんと名前くらいは覚えているのであるがな。
戦を前に敵を挑発して、冷静な判断力を奪うなど、兵法の基本であるからな。
「黙れっ! さては貴様、覚える気もないのであろう! ふざけよってからに……そもそも貴族に口答えをする……その時点で反逆罪だと言うことを知らんのか? 貴様ら平民は「ハイ! 解りました」とだけ言っていればそれでいいのだ!」
貴族に口答えをしただけで反逆罪?
我が帝国でも、そこまでやっていなかったぞ。
そもそも、市井の人々の愚痴や陰口、遠慮のない文句。
一見耳が痛いそれらは、本来値千金の情報とも言えるのだ。
いかに画期的な政策を実施したり、良かれと思って導入した制度が本当に人々にとって、本当に必要だったのか?
そして、本当はどうすればよかったのか?
市民達に問うたところで、無難な答えが返ってくるのが関の山……。
まぁ、これは専制政治の欠点の一つで、下のものが何かと萎縮しがちで、本音をしまい込んでしまうようになってしまうのだ。
だからこそ、帝国では不敬罪のような法は存在せず、酒場などに敢えて、帝国の問題点などを大声で愚痴りだすような諜報員を送り込んで、その場の者達を同調させて本音を引き出したり……。
銀河共有ネットワークの匿名掲示板などに書き込まれた市民の愚痴やらなんやらの書き込み傾向を分析したりなど。
市民の本音サンプリングとも言うべき作業に、結構な労力を投入していたのだ。
まぁ……自信満々で実施した政策がガッツリ大不評で、裏では市民の怨嗟の声に塗れていたり、これ絶対文句言われると思って、恐る恐る実施した政策が、なんで、これもっと早くやらなかったのー? と言った好評価に満ちていたと言う事も少なからずあり、市井の者達と執政者の感覚のズレと言うものは、得てして起こりがちなのだ。
それをこの男はなんだ? 市民は「ハイ! 解りました」と言っていればそれで良い……だと?
ああ、全くもって論外だ。
こんな執政者が居て良いのだろうか?
……断じて否っ!
同じ執政者である以上、同病相憐れむと言うことで、似たような苦労をしているのではないかと思っていたが、臭いものには蓋をしろとばかりに、問答無用で黙らせるだと?
そんなものは、言語道断というのだっ!
ああ、落ち着け、落ち着け。
こう言う奴だとは、始めから解っていたのだし、今すぐ胸倉つかんで、小一時間説教したいと思っていても、それをやる価値などなかろう。
「……知らんと言っているであろうが……。なるほど、コレほどまで無能にも関わらず、誰も忠言しようとせずに、貴様が居ても居なくても関係ないように、自治の仕組みが構築されていたのは、貴様に許可を得たり、アドバイスをしようとしただけで反逆罪とされていたからなのか……。だが、そんな下らぬ仕組みを作る時点で、自らを無能と認めているようなものだぞ? 何より、市井の者の言葉を聞こうともしない時点で執政者としては、失格だ! 話にもならん! 言語道断であるぞっ!」
……そう言い切ったのだが。
こちらを見ると小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「はっ! 見たところ、エルフの子供のようだな……。ならば、人族の常識も知らんのは無理もないか。……それにしても無能だの言語道断だの好き放題言ってくれよって……。流浪の民風情が何様のつもりなのだ? よほど私を怒らせたいようだな」
と言うより、ずっと怒り続けてようにしか見えぬのだが……。
延々、こんな調子では疲れると思うし、あまり延々カリカリしていると血圧が上がりすぎて、脳の血管がプッツンして死ぬ……なんて話も聞く。
「そうか? 執政者たるもの市井の者達の評価を常に気にするべきなのだぞ? それに外部の者がどう見ているかも、もちろんだ……。私に言わせれば、それらこそ耳を傾けるべき、値千金の言葉というべきものなのだがなぁ……。まぁ、言っても判らんか」
「ほざけ! いいか? この件は貴様らの長のエイルにも厳重に抗議させてもらうし、伯爵に報告させてもらうからな? だが、さすがにこの街を草木で飲み込むなど、いくらお前がエルフでも、ここまで出来るとは思えん……。誰の仕業だ? 正直に言えば許してやらんでもないぞ?」
なるほど、エルフと言うのはコヤツらにとっても、面倒くさい存在らしい。
だが……エイル殿に抗議したからと言ってそれが何なのだろう?
エイル殿は初っ端から平身低頭で、崇めていたくらいなのだが……私のことで文句を言ったところで、馬耳東風と言った調子で聞き流されて終わりだと思うのだが……。
そもそも伯爵って誰なのだ? この様子だともっと偉いヤツのようだが、泣きつくとでも言うのであろうか?
なによりも、私の態度に文句を言いたいなら、目の前にいるのだから、私に言えば良いのではないのか?
なんだか、この男が言葉の通じない異世界人か何かのように思えてきた。
まぁ、実際……異世界人だし、そもそも同種族ですら無いのだがな。
「そうであるなぁ……。実のところ、この街を植物で埋め尽くした件の首謀者は私ではなく、神樹様がこの地に神の恵みを撒いた……つまり奇跡の顕現。そんなところなのだ……皆もそれで納得しているようだし、むしろ降って湧いた恵みと言うことで、先程までそこらでお祭り騒ぎになっていたのだがな。一つ聞くが、この世界では神の奇跡に、ただ人がイチャモンを付ける事が許されているのかな? 私が言うのも何だが、あれは正真正銘の神であろう?」
まぁ、私がやったようなものなのだが。
さすがに私一人では、ここまでの事は出来るとは思えない。
言ってしまえば、神樹様のやらかしのようなもので、実際そうなのだが。
神樹教会ではこれを大いなる奇跡として認定し、全土に喧伝すると言うような話をしていた。
要するに、神様のやった事なんだから、文句なんぞ誰も言えない。
そう言う理解で構わないとアリエス殿達も言っていたぞ。
この者は、神樹教会に祈りに来たり、寄進を行うような事は一度たりとも無かったそうだが、少なくともこの男程度が文句を言える筋合いではないのは確かだった。
「か、神の奇跡だと? いや……待て! まさか、これは全て小麦なのか……それも一面に……だと? ふははっ! なんと素晴らしい! これだけの量があれば、いったいいくらの金になるやらっ! 神の恵みか……良いだろう! 良いだろう! そう言う事ならば、この私がありがたく貰ってやろうではないか!」
現金なヤツだとは聞いていたが、ただの草原ではなく金になる小麦と気付いたら、態度を一変させよったか……。
先程まで、殺気立っておったのに、施しを受けられると解った途端に……とはなぁ。
清々しいほどの守銭奴なのだな。
もっとも、この手合はむしろ御しやすいからのう。
最初は、殺すつもりだったが、買収が効くと言うなら、それもよかろう。
「なんだ、貴様も施しが欲しいのか? まぁ、そう言う事なら、好きなだけ刈っていくが良いぞ。私は寛容なのでな……他者に施しを与えることに何ら躊躇いは覚えんし、これは神樹様の恵みであり、量についても見ての通り、いくらでもある……貴様がどれほど欲を張ろうが、その手に持てる量など微々たる物であろう? そうだな……これは万人に等しく与えられた奇跡……そう思っておくが良い。さぁ、好きなだけ持っていくが良いぞ」
まぁ、こう言っておけば、この者も満足するであろう。
まさにお望みどおりなのだからな。
実際、街の者達にも同じことを言って、皆、こぞって刈っていって相当な量を持ち帰っていたのだが、見ての通り一向に減っておらんからなぁ。
コヤツも大概強欲のようだが、この手の輩は、その欲を満たしてしまえば満足するのだからな。
まさに、もってけドロボーと言うやつよ。
「し、神樹様の恵みだと? た、確かにそう言う事なら納得は出来るな。だが、そう言うことなら、この一帯の土地は全て私のものなのだからな。それ故に、これはすべて私のものと言うことだっ! それに何が施しだ! 貴様なんぞに恵んでもらう筋合いなぞないわ! そもそも、貴様は何者だと、さっきから聞いているではないか! さっさとそこから降りろ! そして、この私にひれ伏せっ! 何度も言わせるな!」
……この男は何を言っているのだ?
お望み通り好きなだけ持っていけばいいのに、なぜそこで更に欲を出すのだ?
そもそも、神の恵みを世俗の者が独り占めにする権利なぞ、なかろう。
アリエス殿もそう言っていたし、街の者達も皆、同じような事を言っていた。
それが常識というものだと思うし、私もそう思うぞ。
何よりも、何故、この辺りの土地がこの男の物ということになるのだ。
元皇帝の私ですら、帝国の全てが自分の物など、思ってなぞ居なかったぞ?
まさか……こやつ、国の物と自分の物の区別が付いていないのではないだろうか?
さすがに、それはありえんと思うのだが……。
ただ言っていることは、まさにそんな感じで、そう思いこんでいると言う事なら、この奇天烈な言動の数々に付いても納得は出来なくもないが……。
国の物が自分の所有物ではないなど、少し考えれば解ることだし、そんなもの政治家どころか、一企業の社長や個人事業主ですら解っている事なのだがなぁ。
実際、領主に土地の所有権があるなど、誰もそんな事言っていなかったし。
……この男の思考が全くもって理解が出来ない。
「はぁ、お前の言っていることは筋が通っておらぬではないか。お前はただの政治屋であり、土地の所有者などではあるまい? 何より、この世界では神の恵みは誰もが等しく受け取る権利があると神樹教会の者達からも聞いている。それに、この私にひれ伏せだと? さすがにそれは聞き捨てならんなぁ。ひれ伏すとしたら、それは貴様の方であろう……。そんな不格好な豚に乗っておらんで、早く降りるがよい。そして、地面に頭をこすりつけて、平伏でもしてみせろ。話はそれからであるぞ? ん?」
うん、馬と言うからには馬なのだろうが、とにかくスマートさが欠ける。
あれだ……豚をフサフサにして、大きくさせたようなシルエットで、荷車を引いていた脚長イノシシよりも一回り大きいし、鼻の横には立派な牙が伸びている。
まぁ、大きなイノシシ……であるなぁ。
猪突猛進と言う言葉の語源だけに、真っ直ぐ走る分には中々のものなのだろうが……馬に比べるとどうにもエレガントさに欠けるな。
「……貴様ァッ! そんな薄汚いナリをして、誰に物を言っていると思っているのだ! 私は貴族であり、男爵であるのだぞ! つまり、このシュバリエの王と言える存在なのだ! この土地にしても我が祖先が切り開き、この街を作り上げたのだ! であるからには、この土地すべてが私のものなのだ! 貴様のような平民……それもゴミのようなスラムの者どもとは、訳が違うのだ!」
……やれやれ。
少しは話し合いにもなるかと思ったが、これは無理だ。
自我が肥大し過ぎていて、妄想の中の世界に生きていて、それが絶対だと思いこんでいる。
テロリストや狂信者の類がよくこんな風になるのだが、この手合とは話し合いもするだけ無駄。
だからこそ、てっとり早く現場判断で問答無用で射殺となるのだ。
アリエス殿も話し合うだけ、時間のムダと断言していたが、納得した!
これでは、神樹教会の者達もだが、街の者達もこぞってサジを投げるわけだ。
どうやら、お話し合いは決裂のようだった。




