第十四話「アスカ様の戦争」②
……ざっと四時間と言ったところか。
物見を出して、この騒ぎを知って軍勢の出撃準備を整えて駆けつけて来たとなると、それなりに迅速な対応と言ったところだな。
もっとも、随伴の歩兵はなし。
装甲騎兵もわずかしか連れていない……戦力の逐一投入など褒められたものではないが。
タイムリミットが迫る中、これでも思い切った方なのかもしれんな。
……だが、四時間も……か。
距離があるならともかく、貴族街からなら十分もかからんのに、こうも待たせるとはまったくもって話にならん。
こちとら、暇すぎてすっかり、宴を堪能してしまって、街の人々も別会場での二次会に突入しているのだぞ?
さすがに私も戦を前にして、たらふく飲み食いするほど愚かではないので、例によって、限度を知らぬ異世界の贅沢料理の数々を前にして、軽く摘む程度で我慢したと言うのに……。
いくらなんでも待たせすぎだっ! この大馬鹿者がっ!
もし、私が街を焼き払うつもりだったら、とっくに終わっていたぞ!
天災と言った突発事態や敵国の奇襲攻撃、謎の疫病。
それら、起こりうる突発イベントの発生から、初動まで四時間もかける。
論外というのだ! それはっ!
帝国なら、そんなもん例え辺境惑星だろうが、30分以内に即応部隊が現着するぞ?
緊急事態ともなれば、1分1秒を争うのだから、当然だ!
それをなんだ! 4時間だと!
私が把握できた限りでは、様子見の偵察が動きだしたのですら、1時間以上経ってからだぞ?
そんな時間をかけている時点で、こやつらは全員不合格だ。
所詮は、こんなものか……と言う呆れの感情の方が先にくる。
こんな無能が執政者……度し難いわっ!
そう言う訳で、私は極めて機嫌が悪かった。
兵の数が少ないと言うのは、こう言う有事の際の即応性に関しては、優良な要素なのだから、せめて一時間以内に駆けつけるくらいはやって欲しかった。
大方、偵察の持ち帰った情報が要領を得なくて、何度も人を出しているうちに混乱し、思考停止に陥っていたのだろうな。
だったら、自分が真っ先に動けば良い。
責任あるものが現場で、判断し命令する……これが一番手っ取り早いのだ!
特に、こんな情報の伝達性に問題があるような文明では、尚更であろうに……。
いずれにせよ、これでも相当頑張ったのだろうな。
日が暮れきる前に到着したのは、向こうも日が暮れると都合が悪いのだろう。
だから、日が暮れるギリギリに領主の現場到着を間に合わせた。
そこを考えると、悪くない判断とも言えた。
それに、随伴の装甲騎兵にも、なかなかの使い手と思わしきものがいる。
領主の側に、漆黒の鎧を身にまとい、如何にもと言った強者のオーラを纏うものが影のように付き従っていた。
この者……少々やるようだな。
気配が明らかに違う……それに、このどす黒い気配。
私には解るぞ? 相当な人数を殺しているようだった。
恐らく、殺しているのは一人や二人ではないだろう。
しかもこれは……好き好んで人を殺す。
快楽殺人者とか、そう言う類の者の気配だ。
私とは、同じ穴の狢……と言えなくもないが。
同じ大量殺人者でも、決定的に違うと言わせていただきたい。
誰が好き好んで人なぞ、殺すものかっ!
……私は、これまで一度たりとも、自分の楽しみのために人を殺したことなぞないっ!
まぁ……人殺しに正しいも間違っているもないのだがな。
いずれにせよ、この黒騎士……なかなかに外道と見た。
であるからには、相応の報いは与えてやらねばなるまい。
そして、黒騎士にばかり、注目してしまっていたが。
ご本命のご領主様……か。
イノシシに乗って、綺羅びやかな服を着て、随分と肥えた腹の持ち主で、なんと言うか。
実に悪党と言った容貌である ……まぁ、偏見なのだがな!
なお、豚が豚に乗るとか滑稽な事になっているし、途中で落馬でもしたのか、泥やら草の汁まみれになっている。
「ふむ、見下ろすようですまんが、貴殿は何者ぞ? まずは名を名乗るが良い」
もちろん、誰かも解っているし、名前も知っているのだが、敢えて知らないフリをする。
要するに、演出だ。
この木の枝に腰掛けたまま、見下ろしながらと言うのも、これもまた演出よ。
ほとんどの市民達は、郊外の避難場所に退避しているのだが。
草むらに隠れて、様子を見守っている者達もいるし、建物の屋根の上に登って見ている者もいるのだ。
……これから、起こるであろう男爵の討伐劇は出来るだけ解り易く、そして劇的に決めたい所であるからな。
ちなみに、私の膝の上では、先程私の身代わりとなろうとした猫耳が気持ちよさそうに寝息を立てていた。
こっちは、演出ではない……。
なんだか、なりゆきで行く先々に同行されてしまってだなぁ……。
……要するに、とっても懐かれてしまったのだ。
てっきり、先程のおばさま達の娘か何かだと思っていたが。
スラムに捨てられていた捨て子で、スラムの住民達が親代わりになって育てていたらしい。
話によると、獣人と人間のハーフのようなのだが、獣人ほどの強靭さはなく、限りなく人間と言うなんとも中途半端な位置づけにあるようで、どちらからも疎まれ、居場所がなくなりスラムの住人となったり、野垂れ死ぬケースも珍しくないらしい。
だからこそ、親の顔も知らないし、愛情にも飢えていたようで、彼女によると「神様のお姉ちゃんのお側にいさせてください」とかなんとか……。
……猫耳幼女にそんな風に言われてみろ!
私でなくとも、抱きしめるくらいするに決まっておろう!
この場にいるのは、危ないからと何度も言い聞かせたのだが。
なら、盾代わりに使ってくださいと来よった。
そんな事を言われて、邪険に出来るほど、私も非情ではない。
だからもう、この猫耳はうちの子にするのだっ! もう決めたのだっ!
今もよほど安心しているのか、安らかそのものと言った表情で指をくわえながら、ぐっすり寝ており、今の問答でも目を覚ます様子は無かった。
時折、ピクピクと動く猫耳と、ユラリユラリと動く尻尾とかたまらないのだが……触ったら、起きてしまう。
ちなみに、尻尾も猫耳もさわり心地は抜群で、どちらも触り放題とのことだった。
……だが、困ったな。
神様云々は別にかまわないし、盾として使う気なぞ毛頭ないのだが。
別に、私に幼女趣味はないのだ。
そもそも、私も幼女なのだぞ?
幼女趣味の幼女って、ただ単に仲良しで微笑ましいだけのような気がするのだが、どうなのだろう?
ああ、猫耳は好きだぞ? と言うより、嫌う理由がないであろう。
「わ、私はこのシュバリエ市の領主! ユーバッハ男爵であるっ! き、貴様こそ、何者なのだ! そんなところからこの私を見下ろすとは、いったい何様のつもりだぁっ! さっさとそこから降りてこい!」
人が猫耳の良さについて、浸っていたのに無粋な奴であるな。
案の定……見下されるのは、お好みではないらしい。
まぁ、私に言わせると、このような下賤の輩と同じ目線で話し合うなど、論外なのであるがな。
「……ほぅほぅ、なかなかにお冠のようであるな。まぁ、どうしてもと言うのであれば、降りていってやらんでもないがな。で、降りて私にどうしろというのかな? 別に私は貴殿に用向きなどないのであるがな」
別に来なかったら来なかったで、私としては一向に構わなかったのだがなぁ。
実際、日暮れまで待って、小一時間過ぎても来なかったら、エルフ達に後始末を頼んで私は、宿で優雅な晩餐を頂き、この猫耳娘とイース嬢の三人でお風呂にでも入って……とかそんな話もしていたのだ。
「どうしろだと? まずは、地面に這いつくばって私にひれ伏せっ! さぁ、そこの市民共も! 何をボケっと突っ立っているのだ! これは見世物ではないのだぞ! さっさと、ひれ伏すのだ! そして、この騒ぎの首謀者を出せっ!」
……なんと言うか。
話にもならん。
いきなり、こんな剣幕で怒鳴り散らすなど、正気を疑るぞ?
交渉に際して、お互い相手に礼を尽くすなど、当然なのである。
それをイキナリ怒鳴り散らすなど、言語道断だぞ?
この男はそれを解っているのであろうか。
異文明との交渉というのは、何かと難儀な代物なのだよ。
もっとも私自身は、この領主については、始めから交渉相手として、認定していない。
帝国は、多くの惑星文明と接触しているのだが。
異文明との接触の際に最初に行うことがあるのだが。
それはその惑星の代表者……惑星代表の認定である。
要するに、惑星文明の交渉窓口と言う事なのだが。
当然ながら、惑星文明レベルでは、惑星統一国家が誕生している事はほぼない。
基本的にどの惑星文明でも複数国家が並び立つ事となっていて、我々星間文明側としては、誰と交渉すれば良いのかと言う問題が出てくるのである。
普通に、向こうに代表は誰だ? などと呼びかけようものなら、我先に我こそが! などとやり始めて、収拾が付かなくなる。
その点、我が帝国の対応は毎度、シンプルだ。
事前現地調査の上で、その惑星でも、穏健で軍事力を頼みとしないような国、或いは列強に虐げられたまともな武力も持たない弱小国家や弱小勢力を惑星代表に認定し、窓口とするのである。
陸の孤島のような小国や、いかにも強面な国々に囲まれた小国などな。
要するに、徹底して弱者の味方をする。
例え、その惑星の大半を支配する覇権国家があろうが、明らかに異生物が席巻していようともだ。
当然であろう?
帝国は正義を自認する国なのだ。
それで惑星文明の覇権国家だの列強だのに加担して、弱い者イジメの片棒を担ぐ。
……そんな事は正義のすることではないのだ。
弱者のために、弱者と共に戦う。
それでこそ、正義なのである。
このやり方は、現場サイドからも好評であったし、弱小国家や非武装国家と言うのは、武力に頼らない人に優しい統治を学んでおり、何かにつけて穏健で分相応と言う言葉の意味もちゃんと解っているので、惑星代表窓口として扱うには、なにかと都合がいいのだ。
反面、覇権国家や下手な強国は、自分達が最強と思いこんでいるから、とても扱いにくい。
要するに、めんどくさい。
当然ながら、そんな列強だの覇権国家が、名も知られていないような弱小国をお前らの代表に決めたと言って、納得するはずがない。
我々が惑星代表として認定した者達を総力を上げて潰そうとしたり、恫喝に出てきたりもするのだが。
そうなれば、我々の出番と言う訳だ。
我々の軍事力の前では、カテゴリーFだのE程度の地上文明では、敵にもならない。
やっている事は、ただの弱い者いじめではあるのだが。
友好国や弱者を守ると言う大義名分もある以上、我軍の将兵たちも何ら負い目も感じずに、正しい戦争として、勇敢に戦ってくれる……要は方便なのだが、そこが重要なのだよ。
そして、力こそ全てと驕り高ぶる強者に、上には上がいると力付くで思い知らせる。
それだけの話であり、なんら恥ずるところもない戦いと言えるだろう。
さて、今回のケースでも当然ながら、私としては、すでに惑星代表を認定している。
その相手はシンプルに神樹教会とした。
当然であろう。
神樹教会は、すでにこのバレンツ平原諸国の至るところに情報網を張り巡らし、教会という拠点も各国にあり、信者も相当な数がいる。
確固たる武力や権限は持たないものの、純然たる善意と信仰心、幹部達の鉄の結束で、事実上の超国家と言える枠組みを作り出し、平原諸国を席巻している。
先程、存分に話し合ったアリエス殿の話を聞く限りだと、教会とはそう言う組織のようなのだ。
まぁ……その柔軟な仕組みや組織構造は、限りなく地球教徒や自由主義テロリストの組織構造に通じるものがあると思ったのだが。
それがどれだけ厄介なものかは、私とて良く知っているのだ。
……なかなか恐れ入る話ではあったのだが、味方ということであれば、是非もない。
近隣だけで28もの国があって、まずは何処の誰を相手にするべきかと思っていたのだが。
そう言う事なら、迷う理由もなかった。
何より、彼女たちは私のことは神同然とのことで崇めてもいる。
そんな都合のいい者達を代表認定しない手なぞないであろう?
なお、エルフ氏族もその辺りの事情は、全く一緒で最初から忠誠度マックスと言った様子だったので、同列として扱う事にした。
そんな訳で、このバレンツ平原諸国の支配者達には、いずれまとめてご退場いただくと言うのは、すでに決定事項だ。
もちろん、歯向かわずに、諸手を挙げて迎合するような者達もいるだろうが。
そう言う話の解る者であれば、歓迎こそすれ敵対する理由もないのだから、許容するつもりである。
皆の話を聞く限りでは、あちこちに相応の脅威が出現しつつあって、この辺りを一纏めにする覇権国家の誕生が望まれているにも関わらず、出る杭は打つとでも言うように、古臭い秩序を守る事に懸命になって、少しでも前に出るものがいれば、寄ってたかって叩き潰し、自分達の既得権益を守る事ばかりに熱心で……。
要するに、ゆっくりと自滅に向かう世界……。
いずれ、外からの敵によって滅びの日を迎えてから、誰もが後悔する。
なんと言うか、どこかで聞いたことがあるような話ではあった。
まぁ、そう言う事なら、私が救いの手になるしかあるまい?
なぁに、銀河帝国に比べたら、惑星文明の覇権国家の運営などチョロいものよ。
そして、これより始まるのは、私がこの世界へ覇を唱える第一歩のようなものだ。
この男爵殿と配下の装甲騎士団は最初の生贄になっていただく。
喚き続ける男爵を後目に、返事の代わりにニヤリと笑みを浮かべる。
まぁ、このまま男爵の頭の上目掛けて、飛び降りてやれば、それで終わってしまうような気もするのだが。
この男には、立派な悪として滅んでいただかねばならぬのでな。
今はまだ、その時ではない。
遅れて、短足でなんとも不格好なイノシシモドキに乗った甲冑姿の騎士たちが幾人も現れて、男爵の周りに円陣を組んで周囲のまだ残っていたスラムの住人や市民たちを威嚇し始める。
黒騎士もイノシシ風の馬を巧みに操って、周囲をウロウロしつつ、まだ残っていた人々に見せつけるように、剣を抜きその切っ先を向ける。
向けられた市民は、ほうほうの体で逃げていく。
どうみても、怯えられている様子から、なかなかの前科持ちのようだった。
……なんなのだ? コヤツらは?
自国の軍人が国民を威嚇し、その生命を脅かすだと?
そんなものは言語道断というのだ!




