第一話「とある森の片隅にて」①
――年号不肖 日付不明――
――星系名及び座標不明――
――地域名称 ロドゴア大陸 バレンツ平原 通称、神樹の森にて――
その時、その冒険者達は夜の帳に包まれた神樹の森の奥地にて、目的地の盗賊団のアジトの目の前までやってきていた。
「……皆、止まれ。これ以上、近づいたら勘付かれる」
先頭を切っていた軽装の双剣士が立ち止まると、腕を水平に上げながら、小さく告げると、背後にて付かず離れずと言った様子で付き従っていた三人の人影もピタリと動きを止めた。
「モヒート……人数は? それと、人質はまだ生きてるのか?」
巨大な大剣を背負い、全身を覆った金属鎧と言う重装備で身を固めたリーダー格の壮年の男が、先頭の男……モヒートの隣まで行くと短く声をかけた。
「人質は五人……一応まだ全員生きてるみてぇだ。ただまぁ……とても無事とは言えねぇかもしれんが、無事は無事だ。ただこの分だと、賊はつかみで二十人以上はいるな。おまけに魔法師らしき野郎もいやがるぜ。……これ、どうなってんだ? ギルドの事前情報じゃ人数は十人程度だって話だったのに、その倍以上じゃねぇか。この人数差ではさすがにキツイぜ……どうするよ、ソルヴァのアニキ?」
その返答にソルヴァと呼ばれたリーダー格の男は押し黙る。
「うっ! ……な、なんて……ひ、酷い事をっ……」
先程まで一番うしろにいた錫杖を持った肩の辺りで切り揃えた蒼髪の……少女と言って良い若い女が、ソルヴァ達に追いつくと、二人が見ていた光景を目にするなり、短く告げると、口元に手を当てながら、身震いしていた。
盗賊団に人質として誘拐されたものの末路は相場が決まっている。
男であれば、ほぼ確実に殺されて、女の場合は凌辱の挙げ句に殺される。
女のほうが少しは長生きできるが、いずれにせよ人質が生きて帰れる可能性は限りなく低かった。
もちろん、貴族や裕福な商人の場合、身代金目当てで生かされて、場合によっては無事に生還できる場合もあるが、今回のケースでは、人質はいずれも平民だということが解っていた。
いずれにせよ、このままだと彼女達の運命は絶望的だった。
「ソルヴァ……ここは仕掛けましょう! 今すぐにでもっ!」
蒼髪の少女が鼻息も荒く、腕まくりをしながら、肩を回して、気合を入れ始めていた。
この娘は腕力に関しては、元々小柄な上に見かけ相応の貧弱なものではあるのだが。
どうにも短絡的なところがあって、頭に血が上ると何かというと腕力で解決しようとする傾向があった。
この娘……名はイースと言うのだが、所属する宗教団体……神樹教会からは、将来有望な若者なので、鍛えてやって欲しいと冒険者ギルド所属の冒険者でも指折りのベテラン冒険者でもあるソルヴァに預けられていたのだが。
……ソルヴァに言わせれば、とんだジャジャ馬の問題児で、この娘のお守りで、何かと苦労をさせられていた。
もっとも、推定十歳ちょっとと若いどころではないほどには若い子供にも関わらず、同業者の中でもトップクラスの実力の持ち主で、治癒魔法や足止めや守りと言った植物操作系の補助魔法の腕前も相応の物で、ソルヴァ自身も何度もその命を助けられており、今更教会に突き返す気は毛頭なかった。
彼女は自分では十八歳と称していて、教会からもその旨伝えられていたが、実年齢は恐らく十歳ちょっとだとソルヴァも当たりを付けており、それは半ば公然の秘密だと言えた。
なお、冒険者ギルドでは、冒険者証を交付して、正式に冒険者として活動できるのは15歳以上と規定されており、本来はこの娘が冒険者になれるはずもなかったのだが。
神樹教会と言うところは、その程度の横紙破りを平然と行える程度には、冒険者ギルドに強い影響力を持っており、教会がこの娘は十八歳だと言い張れば、そう言うことになる。
なにせ、冒険者ギルドに所属する治癒魔法師は、その大半が神樹教会の教徒なのだ。
当然ながら、冒険者も冒険者ギルドも神樹教会には頭が上がらない為、こう言う事が起きる。
教会からの預かりものに何かあると、大変な事になるので、ソルヴァ達はこの娘に対して、何かと融通を効かせ、それはもう大事に扱っていたのだが。
そう言う大事に扱うべきお嬢様が、宿屋の看板娘に絡んでいる酒に酔った冒険者だの、旅のならず者を見ると率先して、鉄拳制裁を仕掛けたりするのである。
そうなると、ソルヴァとしてもほっとく訳には行かず、代わりにブチのめしたり、宥めすかしたりと、フォローに奔走する……。
ソルヴァとしてはいい迷惑な話だったが、それも自分の仕事だと割り切っていた。
もっとも、ソルヴァにも、色々と迷惑をかける事は承知の上での迷惑料と実年齢に関する口止め料など込み込みで、教会から結構な額の活動支援金を毎月頂いており、殊更問題にするつもり無かったし、彼女へのフォローについても、半ば義務だと思って、欠かさずにいた。
「そうよっ! そうよっ! とりあえず、初手で水魔法で焚き火を消して、ここからビシバシ射掛ければ、軽く5人位は仕留められるわ! あんな女の敵! さっさと皆殺しにしましょうっ!」
ソルヴァの頭の上から勇ましい声が聞こえる。
もう一人のパーティメンバー、エルフのファリナだった。
こっちもやっぱり、問題児。
エルフの冒険者自体は珍しくないのだが、若い上にお師匠様とやらが脳筋らしく、こちらもやはり暴力で物事を解決したがる事で、イースの悪い意味での理解者だった。
こちらは、別に押し付けられた訳でもなければ、迷惑料を貰っている訳ではないのだが。
ソルヴァが冒険者達の仲間入りをした頃からの付き合いで、ある意味腐れ縁のようなもので、知り合った経緯としては……。
まだ冒険者になりたてだった頃のファリナを、ソルヴァは指導教官として、指導していたのだが。
人間になんて指図されたくないと言い出した挙げ句、実力を証明すると称して、自信満々でソロでゴブリン退治に挑み……。
案の定と言った調子で、ゴブリンの罠にかかって、慰みものになりかけていたのだが。
ほっておける訳がないと駆けつけたソルヴァによって、助け出され、それからの縁だった。
要するに、このソルヴァと言う男……とても面倒見が良いのだ。
苦労人とも言えたが、当人にはあまりその自覚がないのは良いことなのか、悪いことなのか。
それは神のみぞ知るといったところだった。
例によって、無駄に勇敢さを発揮し、いつの間にか、樹の上に登って絶妙な狙撃ポジションを専有し、ソルヴァからのゴーサインが出るのを待っている様子だった。
「……ファリナ! お前もちょっと待てっ! 仕掛けるにせよ、退くにせよ、少なくとも、それは今じゃない! いいから一度、そこから降りてちょっと頭を冷やせっ!」
……普通は、こんな風に怒鳴り合っていたら、声で気付かれそうなものだったが。
ファリナは、魔法師でもあり、盗賊共と自分達の間に音無しの結界……空気の壁を作って、音を遮断する程度のことは当たり前のようにやってのけるし、今もきっちりそうしていた。
彼女もまたB級と呼ばれる上級冒険者の一人となっており、その辺りはソツがなかった。
もっとも、ソルヴァに窘められて、少しは頭を冷やしたのか。
膨れっ面をしながらも、スルスルと樹から降りてくると、今度は八つ当たりのつもりなのか、樹の幹にゲシゲシとケリをくれていた。
一応、彼女達は、森の妖精などとも呼ばれており、この森にある巨大樹……神樹様の眷属とも言われているのだが、ソルヴァが見てもあまり植物に優しくしている様子は見た事はなく、かつては神秘の種族とも言われていたのだが、その実態は……なんとも残念としか言いようがなかった。
「ソルヴァさん、私はあなたの仲間である以前に、神樹教会の敬虔なる信徒でもあります。虐げられしものがいれば、その身を呈してでも助ける……それが私達の信義です。ソルヴァさんは……あの方々を助けたいと思わないのですか? 人としての心があるのであれば、あの光景を見て思う事はあるはずですっ!」
イースのお説教のようなお言葉。
言っていることは正しく、もっともではあったのだが。
現実というものを理解して欲しい……とソルヴァも思うのだが。
彼女もわかった上で言っているのだろうと、それなりの付き合いで予想は付いていた。
彼女に対し、納得が行く答えを出す……それもまたソルヴァの務めではあった。
一言で言ってしまえば、お人好しの苦労人。
それが、この男の人となりだった。
「イース……この俺があんな光景を見せられて冷静でいるように見えるのか? ああ、くそったれ共がっ! 俺だって、今すぐコイツを抜いて、あのクズどもを撫で切りにしてやりたいっ! クソがっ!」
怒鳴るように口走るソルヴァ。
実を言うと、この男……先程から腸が煮えくり返っていたのだ。
ソルヴァの言葉を聞いたモヒートも、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべると、腰に挿していたダガーを抜くと、チロっと舐める。
ちなみに、この男……髪型はモヒカンで、片目は眼帯と凶悪な見た目をしていた。
「ハッ! 俺も同感だぜ? 俺だって、今すぐ奴らをコイツでバラバラに切り刻んでやりてぇぜ。ああ言う奴らを長生きさせてやるほど、俺も優しくはねぇ。だがまぁ……イースちゃん、ここはひとまず落ち着こうぜ……な?」
そう言って、イースのもとへ向かうと、その凶相に似合わない優しげな笑みを浮かべると、無造作にイースの頭をワシャワシャと撫で回す。
「……モヒートさん、すみません。確かに、少しばかり冷静さを欠いていました。私らしくもないですね……」
いや、物凄くお前らしかったぞとソルヴァは内心付け加える。
むしろ、一人で突っ込んで行かなかっただけ、この娘も少しは成長するのだなと妙なことで感心すらしていた。